[安価]転生したらバスの中に居たんだけどどうしよう 作:原作未読マン
短めです
綾小路視点 1
とても居心地が悪い。
だからといって行動する気はない。
お婆さんに席を譲る?
金髪の男の話ではないが、なぜそんなことをしなければならない。
お婆さんに席を譲るよう周りに声掛けした女学生の勇気は賞賛出来るが、それが自分にも降りかかってくるとなると面倒なことをしてくれたというほかない。
バスの中には嫌な雰囲気が漂っている。
自分は動きたくないが、誰かこの空気を変えてくれと思った時、その声はバス内に響き渡った。
「フルーツバスケット!」
思考が止まる。動きが止まる。時間が止まる。
突然響いた意味不明な言葉はバス内のすべての人の動きを止めた。
いや、一人だけ、フルーツバスケットと叫んだ男?男なのか?スカートではないから男か
目出し帽と帽子とサングラス……その他諸々を身に付け、日傘や本等を持っている同じ学校の男物の制服を来た男だけが一人だけ忙しなく動いていた。
バスジャックを警戒するが、武器も持っておらず、悪意が有る訳でも無さそうだ。
ただ、不審者過ぎる。たしかに誰か空気を変えてくれと願ったが、贅沢を言うならば、少なくとも目出し帽を被っていない人間にこの場を収めてほしかった。
俺がそんなことを考えていると不審者は運転手の方に近付いていく。
ふざけた格好をしているが、やはりバスジャックなのか。
俺はいつでも動けるように警戒する。
俺のそんな思惑を裏切るように不審者が発言した。
「運転手さん。もしかしたら、聞こえていなかったかもしれないので念のため言いますが、フルーツバスケットですよ」
しかし、運転手は動かない。動きはしないが混乱しているだろう。不審者の体に隠れて顔は見えないが、恐らく冷や汗が流れていることだろう。
不審者がさらに喋る。
「フルーツバスケットを知りませんか?結構有名なんですけど。あ、実は帰国子女だったりします?それなら仕方ないですね。説明します。ルールは簡単なのですぐに理解できると思いますよ。
フルーツバスケットとは要するに椅子取りゲームでして……」
台詞が長い。ペラペラ喋る。
間違いなくバスジャックでは無い。バスジャックにしてはアホすぎるというか考えなしというか。
だが、面倒臭さでは同等かもしれない。
まだ、誰も動かない。
不審者は運転手の肩に手を置いたり耳元で囁き始めた。
やめろ、事故ったらどうする?
バスの運転手が動かないとわかると、不審者はやれやれと首を振った後、乗客側を向いた。
コッチに来るなという思いは届かない。
不審者はまず、もっとも目立っている金髪の男に目を向けて言った。
「フルーツバスケットですよ。動かないと失格ですよ」
「はあ、まったくもって論理的でない。私を説得したいならせめてそこのプリティーガールのように議論出来る内容を持ってくるべきだと思わないかね」
「ああ、思わない。論理性など不要だ。フルーツバスケットと言われたら全員が席を変える。これは絶対のルールだ。例え運転中だろうと例外は許されない」
「君には会話をする気もその内容を理解する能力も無いようだね。なぜ、君がその制服を着ているのか理解に苦しむよ。この学校の実力主義というのは、その程度だったのかもしれないね」
「いいから、早く席を立つんだ。一度全員が席を替える。そして、誰か立っている人が、もう一度フルーツバスケットといって全員が元の席に戻る。それだけでいい」
「話にならないね。まったくもってナンセンスだ」
「早く席を替えて早く元の席に戻ればそれだけ早く運転手が運転に専念できるし、目的地までの時間も短縮される。早くバスを到着させたいなら早く席を替えるんだ」
バスの運転手は今も運転中なので、流石にその理屈はおかしい。
金髪の男は言葉を発しなくなった。
金髪の男と不審者は両者とも首を振っている。
不審者は諦めたのか金髪の男と話を切り上げた。
わざわざ金髪の男を覗き込みながら、ガッツポーズしてレスバトルに勝ったと言葉を発している。
金髪の男は青筋を立てているが、不審者を無視し続けている。
不審者は次にお婆さんに近付いて声をかけた。
「お婆さん。フルーツバスケットですよ。動きませんか」
お婆さんは萎縮して動けない。当たり前だ。目出し帽を被った男を誰が相手したい。
しかし、ここで勇敢な少女が庇うように前に出た。
男は少女に声をかけた。
「フルーツバスケットをしたら、お婆さんが席に座れると思わないか」
少女はハッとした顔をする。
仮にこの不審者の目的がお婆さんを席に座らせることだったとしてもやり方というものがあるだろう。
しかし、少女はその話に乗るようで頷き、そして口を開こうとした。
そのとき、バスが停車した。立っている乗客は慣性により揺れる。しかし、不審者は揺れる車内でピクリともしないのが気になった。なにか武術でも嗜んでいるのだろうか。
バスが開くと我先にと乗客が降りていく。
それはそうだろう。この不審者と同じ空間にいたくない。
不審者はブツブツと呟いている。
耳を澄ましてみた。
「安価失敗?いや、フルーツバスケットを成功させよとは言っていない。全員失格なら……」
何を言っているのか理解出来ない。
不審者もバスを降りた。あからさまにバスの運転手がホッとしている。
不審者は金髪の男に近付こうとしたが、金髪の男はそれに気付くと早足になった。
俺も俺の隣の女生徒もバスを降りた。
少し歩くと学校の入り口付近を取り巻くように人だかりが見える。入り口付近には人がいない。
どうしたのだろう。
目を凝らしてみると不審者が五体投地しながら入り口を陣取っていた。
たとえ危険では無いとわかっていても、あれには近づきたくない。取り巻いている人達の心理がとてもよく分かる。
騒ぎに気付いた警備員と教員が駆け付けてきた。
誰かが呼んできたのかもしれない。妥当な判断である。
そして、騒ぎにも関わらず、不審者は五体投地をやめる様子が無い。宗教的な儀式なのか?
結局、五体投地の格好のまま、警備員に連行されていった。
この学校の生徒が不審者みたいな人ばかりだったらどうすればいいのだろう。
俺はこれからの学校生活に不安を抱えながら校舎に入った。