第44話:”アインズ・ウール・ゴウン”
さてガゼフが帰路についた後、ラナーは……
「大体、予想通りでしたわね」
ガゼフの言動が自分の予想の範疇を出なかったことに満面の笑みを浮かべる表情は、やっぱりラナーだった。
去年のことだったか? 毎年恒例のカッツェ平野での合戦で、それなりに顔見知りになってしまった……されど王女として公的には顔をあわせたことの無いジルクニフが、戦場でガゼフをスカウトしたという話を小耳に挟んだのは。
それを聞いたとき、
『頭は切れるしそれなりに果断も英断もできるのに、相変わらず変なとこで抜けてますわね? ジル君らしいと言えばそれまでなのですが』
ラナーは思う。
ガゼフ相手に交渉は無意味なのだと。父への忠誠心が高い、あのアダマンタイトよりも頭の固い堅物を、説得あるいは懐柔しようなんて無駄な努力だ、と。
自分の思うとおりに動かしたいなら、説得するのではなく「自分で考えるように仕向け、なおかつ思い通りの結論が出るように筋道を立てて思考誘導すればいい」のだと。
実はラナー、とっくに今回の出征に限らずカルネ村にまつわる全ての事象を完全把握していた。
別に特別な魔法を使ったわけじゃない。とはいえ、全く魔法が無関係という訳ではない。
要するに《ゲート/転移門》を通じてやってきた
勿論、門が開く予兆と同時にラナーは椅子を立ち、その姿が見えた途端に王女としてははしたないが飛びつき&抱きつき、王女でなくともだらしくなく嬉ションしてしまう。
「自分が(先生の)犬になりたいくらい犬が好き」と公言するラナーなので、もしかしたら本当にマーキングのつもりなのかもしれない。
先生の服に
お尻を叩く罰で再び粗相。どうやらだらしない自分はお尻が赤くなる程度じゃ躾にならないようなので、今度はお尻を抉ってくれるようにおねだり。もう趣旨が変わってるような気もするが、ラナーも先生も気にしない。
そして最後は先生の暖かいものが勢いよく流し込まれているのをお腹の中で感じながら口を金魚のようにパクパクさせ白目をむいて最後の大放水……とここまでが様式美。
そして、目を覚ませば自分が起きるまで優しく頭を撫でてくれる先生に再び抱きつく。
自分の
いや嚥下じゃなくて顔や体に浴びるのもいい。先生の匂いを刷り込みまとわりつかせるだけで安心できる。
その心地よさはどんなドレスや香水にも勝る。
やっぱり自分は、先生の飼い犬だとラナーは夢心地に改めて想った。
☆☆☆
それにしても……彼女の記憶の中にある先生とやらの姿は、多少の違和感はある。
魔化が施された深い蒼が映えるラピスブルーの生地にミスリルの糸が柄や文様に見せかけた隠しルーンを描く刺繍が合わさった後ろが長い燕尾型のコートにウエストコートの組み合わせ。
色使いやデザインはフランス革命以前のブルボン王朝華やかかりし頃(”ベルばら”の世界観と言うと判りやすいか?)の意匠、正統派の”アビ・ア・ラ・フランセーズ”を感じさせるが、下半身は当時の貴族ファッションの主流であったふくらはぎが見える
どうやら先生には「ふくらはぎのラインの美しさを競った」と言われる全盛期のフランス男性貴族のセンスと価値観は理解できないらしい。
そして左腰には鞘から柄尻に至るまで宝石が
……と、ここまでで既に漆黒のフルプレート・アーマーとは別世界だが、確かに服装は着替えればどうとでもなる。
だが、問題なのは服の中身だ。
全身の体つきや
だが、肌はいくぶん白く髪は王国でも珍しくない少しくすんだ金髪で、そして瞳は空の青を映すようなトパーズ・ブルーだった。
”先生”、即位前のランポッサIII世の窮地を救い、その縁で幼いラナーのほんの一時期の家庭教師を務めるはずが、彼女自身の強い懇願と懸想があり今なおこうして時折会う男……
その名は、
「先生……
”アインズ・ウール・ゴウン”
公式的な身分は、各国へ赴くアーグランド評議国”
事実、ツアーは実の息子のように彼を可愛がっている。
煌びやかな服装や華美な装飾品は宝物を好む竜の性質ともされ、凄まじい資産をもつとも言われている。
そして言うまでもなく、”
実はダークウォリアーとは違うベクトルでアインズはそれなりの有名人だ。
例えば、ガゼフはラナーの先生がアインズであることは知らなかったし、ランポッサもかつての命の恩人がアインズであることをガゼフに限らず口外していなかった(それは当時の王室スキャンダルだから。彼の命を狙ったのは身内だったから)。
つまりアインズが父の命の恩人だと知るのは、おそらく教え子のラナーくらいだろう。最も彼女はアインズ・ウール・ゴウン、ダークウォリアー、モモンガが同一人物だと知る王室唯一、王国でも数少ないの人間だが。
だが、このエピソードとは無関係に、王宮に出仕しながら政治や上流階級に疎いガゼフでさえアインズの名を出されたら聞き覚えくらいはあっただろう。
そう、”
彼の外交的功績を物語るエピソードは多いが……例えば、「評議国と竜王国の間に締結された各種支援条約」などは王国でも有名だった。
今から20年ほど前、始まったビーストマンの捕食目的侵攻……今で言う”
また、それまではフリーランスの傭兵のような立ち位置だった二人の超英雄級の存在を、評議国の竜王国に対する支援の一環として竜王国で冒険者登録するよう説得したのもアインズ特使だったと伝えられてるが……言うまでもなく、一人二役のオバロ名物マッチポンプだ。
勿論、ドラウは委細承知の上で、むしろこの茶番に大いに乗り気だった。
彼女は普通に竜の血を1/8引いてるし、国の窮状に対して竜が実質支配する国家の協力を仰げるのならむしろ望むところだ。
評議国は国是的に大規模な軍勢を援軍とすることはなかったが、ダークウォリアーとイビルアイ二人でも戦力的には十分だった。
それにドラウ個人としても『
あのお骨はドラゴン特効のテイム技能でも持ってるのだろか?
そういう訳で、竜王国では武の英雄であるダークウォリアーとイビルアイは実在する英雄譚。救国の英雄として国民なら誰でも知る存在となっているが、実はその二人を竜王国に招き冒険者として登録するに至る影の功労者とされるアインズ・ウール・ゴウン特使も救国の有名人だ。
例えば、ダークウォリアーとイビルアイを題材にした舞台や歌劇は竜王国ではとても人気のある演目だが、そこに必ず登場するのが『自由を愛する二人の英雄に対峙し、竜王国に残り冒険者として説得するアインズ特使』という鉄板シーンだ。
そして、それらの民衆に愛される演目を見た商人が情報を王国へと持ち帰り、アインズ特使の名声へと繋がっていた。
それには巧妙なプロパガンダ、何より「ダークウォリアーとアインズが別人である」と強く印象づける意図があったのだが……それは王国に限らず今のところ成功してるようだ。
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これらの事象、種を明かせばどうと言うことは無い。
元々はゲームアイテムだった
実際、課金を要求されるような設定変更も無料ででき、例えばゲームの中では身長や体形のみならず性別すらも変更可能だったようだ。
だが、この世界においては性別の変更はオミットされたようで、代わりに人間時に喪失する種族レベルを補う形で新規に
またアイテム能力の”完全なる人化”は伊達ではなく、生物的変化が作用する……鍛えれば筋肉も尽くし(その状態の記録も可能)、時間が経過すればやはり老いるのだ。
無論、指輪を外せばモモンガの場合はお骨ボディに戻り種族Lvが復活するが、指輪には人間時に習得した職業Lvが自動プールされ、再び指輪をはめたときには指輪を外したときの最終職業Lvが自動ロードがされ復元される。
また一度指輪を外し再び指輪をはめたときの姿は基本初期状態にリセットされるのだが、例えばピーク時の肉体をセーブしておけば、受肉した際にその肉体データをリロードすることもできる。
現にモモンガは1年ごとに人間としての肉体データをセーブ、”最盛期の人としての自分”を模索する為に一度明確な衰えが出るまで老いてから指輪をはずしリセットをかけ、最もバランスの良い肉体をリロードすることをやっていた。
余談ながらそれを知らなかった(モモンガを老いで死ぬ普通の人間種プレイヤーだと思っていた)キーノとの間に一悶着あったのだが……まあ、それはいずれまた別の機会に。
長々と”
モモンガが何故、ダークウォリアーとは異なる”もう一人の人間としての自分”にかつて仲間と過ごした、強い愛着の
何せこのお骨、未練とか郷愁とかとうに乗り越えているのだから。
100年という月日は、不老のはずの
お読みいただきありがとうございました。
いや~、44話にてようやく出せましたモモンガ様のダークウォリアー卿以外に存在する、人間としてのもう一つの姿と名(^^
”アーグランド評議国特使:アインズ・ウール・ゴウン”
ってオチでした。まとめると、
正体にして最強のアンデッド”モモンガ”
古今無双の剣士の呼び声高い”ダークウォリアー”
評議国の名士で辣腕外交官の”アインズ・ウール・ゴウン”
の三つのモードを使い分けてます。
お骨なモモンガ様の姿を知る者が一番少なく、特にカルネ村以外の人間社会では、一部例外を除いて基本、人間モードの二つを使いますし。
ちなみ設定的にはダークウォリアーは妻イビルアイと共に行動したり、昨今は弟子ポジの七星剣やらを連れてる姿も散見されるけど、アインズ卿は独り身っぽい(=ソロ活動用)です(^^