尾刈斗中との試合の次の日、入野は夏美に呼ばれ理事長室に来ていた。ソファに座って待っていると、夏未が入ってきた。
「あら、早かったわね」
「お疲れ様、毎日精が出るな」
「理事長代理として当然よ」
「それで、話というのは?」
「これを見て欲しいの」
夏未は入野の前のソファに座りお互いに向き合う。夏未は持っていた封筒を差し出した。入野はそれを受け取った。
「開けても良いか?」
「えぇ、貴女にとってとても大事なことだから」
「私にとって……?」
不思議に思いながら、封筒を開ける。中から数枚の書類が出て来た。その一枚を取り出す。どうやら、フットボールフロンティアの規定事項の様だ。
「その書類のマーカーが引いてある所」
「……女子生徒は男子生徒との体格差、技術差等を考慮しサッカー協会が開催する試験に合格した生徒のみ参加可能。参加不可の生徒は女子フットボールフロンティアへの参加……は?」
「……まさかうちの学校が出るなんて思わなかったから、気になって調べたら、ね。しかも気付くのが遅くて、試験来週なのよ」
「……嘘だろ……」
入野は思わず絶句した。まさか大会に出るのに試験しなければならないとは。改めて女子に転生した事を恨んでいると、夏未がもう一枚の紙を差し出した。
「此れは?」
「試験内容と日程。必要事項は此処に書かれているわ。申し込みは既に済ませてあるわ。試験と言っても実技だけだから、大丈夫だと思うけど」
「……ありがとう。夏未が調べてくれなかったら、出られない所だった。色々と迷惑を掛けたな。豪炎寺の件も」
「あら、私は何もしてないわよ。それに……」
「それに……?」
「……貴女のサッカーが見られなくなるのは嫌なのよ」
「……そうか。本当にありがとう」
「気にしないで頂戴。それより、彼等には伝えるの?」
「否、内緒にしておいて欲しい。彼奴等に心配は掛けたくない」
「分かったわ」
「なら、早速練習しなくてはな。じゃあ、また明日」
「えぇ、頑張ってね」
夏未の激励の言葉を背に、入野はその場を後にした。
「参加資格!?そんな物が必要だったのですね……」
「まさかこんな事になるとはな」
学校が終わり、円堂達に断り先に学校を出た入野は自宅の裏庭にて出野と共に試験の練習をしていた。裏庭なら円堂達に気付かれることなく練習が出来るからだった。
「きちんと読んでおけば……失念していた」
「試験は来週、でしたよね?」
「そうだ、うかうかしている暇はない。練習だ練習」
入野はボールを蹴りドリブルの練習を再開する。やるべき事は沢山ある。くよくよしている暇などはない。それを見ていた出野は昔を思い出しくすりと笑う。嘗ての入野も、今と同じ様に何かに集中する時、少しだけだが笑っているのだ。
「……何を笑っているんだ」
「ごめんなさい。昔を思い出していて……昔の明様も、集中している時、微かに笑ってらっしゃるので、つい」
「……此れは俺の悪い癖だ」
「いえ、とても素敵な癖で御座いますよ?」
「……揶揄うな」
「私はそこに惚れたのですよ?」
「……嗚呼!!お前が居ると気が散る!!」
「なら、私は帰りましょうか?」
「……否、そこに居てくれ。居てくれるだけで良い」
「はい、分かりました」
入野は再び練習を再開させた。今度は出野も笑わずに入野をじっと見つめていた。前世では二人きりで過ごす時間は少なかった。しかし今は、入野を苦しめた病も、二人の時間を割いた仕事も無い。今世になって初めての二人だけの時間だと言っても過言では無かった。静かな時間が二人を包んだ。ボールの跳ねる音だけが辺りに響いた。
「……此処が試験会場、という所か」
いよいよ試験日を迎えた日、円堂には部活の休みの連絡を入れておいた。
(大分心配されてしまった……子孫に心配されるというのは慣れん……さて、時間も押している。急がねば)
目の前の建物に入る。どうやら建物の先にグラウンドが整備されているようだ。入野は入口の受付と書かれた紙が貼り付けてある机に向かった。
「あの、こんにちは。試験を受けに来た入野明です」
「はい、今確認しますね……確認しました。ではこちらの方に名前を書いて頂いて、書き終わりましたらこの腕章を貰って、あちらにあるロッカールームで着替えて外のグラウンドに集合して下さい。腕章は左腕に付けておいて下さい」
「分かりました、有難う御座います」
受付の女性から説明を受けた入野は名前を記入し、腕章を受け取り案内されたロッカールームに入った。部屋には二、三人の生徒が着替えていた。
(一瞬吃驚してしまう……慣れないな、本当に)
挙動不審にならないよう平然を装い奥のロッカーで雷門中のユニフォームに着替え始めた。着替え終えた入野は腕章を取り付け外のグラウンドへと向かう。もう既に何人か外でストレッチを始めていた。皆、かなりの経験者の様だった。入野も彼女達に倣いウォーミングアップを始めた。暫くすると全員が集まったのか、試験監督らしき男がグラウンドに入ってきた。
「これより、フットボールフロンティア参加の試験を行います。皆さん、精一杯頑張って下さいね」
「はい!」
女子の明るい返事に一瞬遅れたが、入野も元気良く返事をした。そして試験の説明が始まった。
(試験員の選手からボールを奪い、ドリブルで躱してシュートを決める……成程、至極単純なルールだが……選手の実力がどれ位に拠るな)
そして試験の順番を決めるくじ引きが始まった。入野の順番は七番目、最後になる。試験を待つ間は、建物に入り最後のウォーミングアップをする事になっていた。
(様子見をしたかったが……残念だ)
「それでは一番の人から始めます」
入野達が建物に入ると、ホイッスルが鳴った。いよいよ試験は始まったのだ。入野は入念にストレッチを始めた。すると隣で同じくストレッチをしていた生徒からの視線を感じた。
「ねぇねぇ」
「え?あ、は、はい……」
「そのユニフォーム、雷門中のだよね?」
「はい、そうです」
「てことは、もしかして入野明って!」
「わ、私です」
「マジで!?噂って本当だったんだ!!」
「う、噂??」
彼女の大きな声に他の生徒達の視線が入野に向けられる。彼女達は入野の顔を見るや驚いた表情で近付き、間髪入れずに入野に質問攻めを始めた。
「あれでしょ??めっちゃ弱いサッカー部に強い選手が二人も入ってきたって!」
「しかもあの帝国学園に勝ったとか!!」
「この前は尾刈斗中にも勝ったんでしょ!!」
「確か一人は豪炎寺、だったよね?」
「もう一人は全くの無名の選手で、しかも女子って聞いてたから会えるかなーって思ってたんだけど!マジで会えるとは思わなかった!!」
「しかも超カッコ良くてファンが多いんだって!!」
「あー、納得」
彼女達の質問攻めに先程から困惑してばかりの入野はどうにか落ち着こうと彼女達に恐る恐る質問してみた。
「私の事、知ってるんですか……?」
「当たり前じゃん!!超有名なんだよ!!」
「ねぇねぇ!帝国学園から一点取ったってホント!?」
「え、あ、はい」
「あの帝国学園から一点取れるって凄いよ!!」
「皆さんも、フットボールフロンティアに出場するんですか……?」
「敬語は無しでいいよ!そうそう!うちの学校、弱いし、ちょっと位は力になれたらいいなって」
「女子同士じゃやっぱ物足りないって感じだから、折角なら男子に混じって思いっきりやってみたいんだ」
「どうせ高校生位になったら力の差はハッキリしちゃうから、最後みたいなモンだし」
「そっか……」
「そういや、明って何でサッカー始めたの?無名の選手がいきなり有名だなんて、滅多に無いよ」
「嗚呼……手助け、か?私の友人がサッカー馬鹿でな。彼奴を見ていると、一緒にやってみたい、というか、そんな気分になって、気付いたら入部してた」
「えぇ〜!結構以外!!てことは初心者?」
「そう、だな」
その後も彼女達との会話は弾んでいき、何時の間にか残るは入野だけとなった。彼女達に見送られ、入野はグラウンドに出る。三人の女性が何やら話していた。入野の近くに試験監督が走り寄ってきた。
「入野明さん、だよね?」
「はい、宜しく御願い致します」
「やり方はさっき話していた通りに。時間は10分間」
「分かりました」
「では、位置について!」
指定されていた位置に立ち、相手の選手達をスっと見つめる。此処で負けてしまう訳にはいかない。
(子孫の為にも……仲間の為にも。此処で終わる訳にはいかない!)
試験開始のホイッスルが鳴り響いた。