「此処が理事長室……か」
学校に到着した入野は生徒に会わない様に様子を窺いながら理事長室前までやってきた。深呼吸をした入野は二三回ノックをする。どうぞと少女の声が聴こえたのでゆっくりとドアを開ける。中に居たのは自分とほぼ変わらない位の少女だった。制服を着てるという事は、此処の生徒らしい。
「あら、初めまして。私は理事長代理の雷門夏未、二年生よ。よろしくね?」
「あ、い、入野明です……宜しくお願い致します」
「そんなに緊張しなくて良いわよ。もうそろそろ貴女の担任になる先生がいらっしゃるわ。そこに座って待ってて貰えるかしら?」
「あ、はい」
入野は近くのソファーへと腰掛けた。そしてゆっくりと息を吐いた。
(……本物のお嬢様だ)
自分も一応それなりに裕福であり、幼い頃から礼儀作法はきちんとしているのだが、彼女は動作の一つ一つが優雅だった。感心以外の何物でも無い。すると夏未がこちらを振り向いた。
「あら、何かしら?」
「え?いえ、何でも……」
「そう………あら、先生がいらっしゃったわ」
ドアをノックし入って来たのは真面目そうなスーツを着た男だった。
「失礼致します、お嬢様」
「先生、彼女が貴方のクラスに入る転入生です。案内をお願いします」
「はい、分かりました。貴女が入野さんですね?担任の山下です。では、教室に向かいましょう」
担任に続いて廊下に出ようとした時、入野はクルリと後ろを振り返った。
「あ、あの、雷門さん」
「あら、何かしら?」
「ぜ、是非良ければ、私と友達になってくれませんか?」
「……え?」
「私、前の学校では、余り友達が出来なくて……だから、次の学校では一番初めに話した人と友達になりたいと思って……それが、雷門さんだったから。やましい気持ちとかは全く無い、それは断言出来ます。だ、だから……」
暫く無言の状態が続く。自分でも分かるほどに身体が熱くなっている。きっと顔は真っ赤なのだろうか。前世では口先八町で相手を丸め込んでいた自分が、友達一人作るのにここまで戸惑うとは、情けないと心中で自嘲した。すると夏未はボソリと呟いた。
「……敬語」
「……え?」
「と、友達になるなら、敬語は使わないのが常識でしょう?」
一瞬何の事を言ってるのか分からなかったが、直ぐに理解した入野は力強く頷いた。
「た、たまには理事長室にいらっしゃい。転校したばかりで分からない事も多いだろうから、色々と教えてあげるわ」
よく見れば、夏未も顔を真っ赤にしていた。口調もさっきより強めだが、照れているのが丸分かりである。
「あ、ありがとう!な、なつ……夏、未」
「え、えぇ。ほら早く行きなさい。先生を待たせてるわ」
「これからもよろしく頼む」
そう言い、入野はドアを閉め担任の後を着いていった。暫く歩くと教室の前に着いた。そこには昨日、入野達の助けに入った少年も居た。
「じゃあ、俺が呼ぶまで待っててくれ」
そう言い担任は教室に入っていった。残ったのは入野と少年の二人だった。
「あの……」
「何だ」
「……昨日は、本当に有難う御座います……」
「あぁ……」
さり気なく話しかけてみるも思っていた以上に冷たい。しかし、今の入野は夏未と友達になった事で自信が付いている。その程度で怯える程、気弱では無い。
「入野明です。どうぞ、宜しくお願い致します」
「……豪炎寺修也だ」
挨拶を返してくれただけでも充分だろう。入野がホッとしていると、今度は豪炎寺の方から話し掛けてきた。
「……昨日とは随分性格が違うな」
「え?あ、あぁ……あれを見てたらついカッとなってしまって……というより、普段からあんな感じで口調も結構厳しくて……なのでここでは余り口調が厳しくならない様にって思ってて」
「そのままでも良いんじゃないのか」
「えっ?」
聞き返そうとしたが、担任に呼ばれた為仕方無く後で聞こうと教室に入った。
「あーーーー!!!」
突然の大声に全員がびっくりし、声の主の方を向く。入野もその方を見ると目を見開いた。叫び声を挙げたのは、昨日の子孫らしき少年だった。少年は驚きながらも、嬉しそうに入野と豪炎寺を指差して笑っていた。
「何だ円堂、知り合いか?」
「いや、知り合いって訳じゃ無いんですけど……」
「じゃあ、良いから座れ」
「は、はい」
円堂と呼ばれた少年は席に座りながらもガッツポーズを決めていた。しかし入野にはそんな事など関係無かった。
(円堂……円堂!?)
因みに入野明の前世の苗字は円堂である。円堂という苗字は全国的に見てもとても少ない。そしてその円堂がこの雷門町に暮らしている。
(確信した。彼奴が俺の子孫だ)
目の前が真っ暗になる感覚がした。関わるつもりは無い筈だったのだが、これで子孫と関わらないという選択肢は消え去った。
(神よ!!俺が何をしたというんだ!!)
普段神など全く信仰していないのだが、この時ばかりは神にも縋りたい気持ちだった。その後、どんよりとした気持ちになりながら自己紹介を終えた入野は、担任に指定された机へと向かった。丁度一番窓側の席だった。
(あ、ここなら現実逃避できる)
「よろしくな、俺は風丸一郎太だ」
「えっ、あっ。ど、どうも宜しくお願い致します」
「そんなに緊張するなよ。確かこっちで使う教科書、揃って無いんだっけ?一緒に見ようぜ」
「あ、有難う御座います……」
隣の席の風丸の方に机を寄せ一緒に授業を受ける事になってしまい、内心焦ったりもしたが何事も無く時間が過ぎていった。そしてお昼休みになり、入野は質問責めを続けるクラスメイトを交わしてトイレに入り、教室に戻ろうとした。
「……サッカーはもう辞めたんだ」
ふと、豪炎寺の声が聞こえてきたので、こっそり教室に入り聞き耳を立てる。側には円堂とクラスメイトが立っていた。
「辞めたって、どうして……」
「俺に構うな」
淡々と話す豪炎寺に円堂は肩を落としてしまった。すると、クラスメイトの女子生徒が入野の方に気付いた。
「あれ?入野さん?」
「何!?」
円堂がバッと入野の方に振り返った。さっきのあの残念そうな表情はどうしたのかと内心考えてしまった。
「入野!!お前もサッカー部に入らないか!?」
「え?えっと……」
「あ、自己紹介がまだだったな!俺、円堂守。サッカー部のキャプテンやってんだ!!ポジションはキーパー!よろしくな!」
「こ、此方こそ宜しくお願い致します」
(自己紹介も何も、俺はお前の御先祖様なんだが……)
入野がそう思っていても、円堂達がそれを知ることは無い。
「昨日のキック凄かったな!!コントロールも良かったし、力強いシュートだったぜ!!」
「そ、それはどうも……」
「円堂!!」
円堂が構わず話し掛けようとすると、教室に一人の男子生徒が飛び込んで来た。少々息切れしている様で、息が若干荒い。
「冬海先生がお前を呼んでいる。校長室に来いってさ」
「校長室?」
「大事な話があるらしい……俺、嫌な予感がするんだ。例えば、廃部についてとか」
「廃部!?」
廃部の話に驚く円堂達。入野は、少し肩を揺らした豪炎寺を見逃さなかった。
「私もそんな噂聞いてたけど……」
「じょ、冗談じゃないぞ。廃部になんかさせるもんか!!」
そう言い残し、円堂は怒りながら教室を飛び出して行ってしまった。
「廃部……?」
「木野、この子は?」
ふと男子生徒が入野の方に気が付いた。木野と呼ばれた女子生徒はハッとなって入野と男子生徒の間に入る。
「今日からこのクラスに転入してきた入野明さんよ」
「入野明です。宜しくお願い致します」
「あ、どうも。俺は隣のクラスの半田真一。サッカー部に入ってるんだ。よろしくな」
「はい、此方こそ」
「……思ったんだけど、入野っていつも敬語使ってるのか?」
「は、はい」
秋と半田は不思議そうな表情をしていた。同級生に敬語を使う方が珍しいのだろう。
「元々、口調がキツい方なので。そのせいで前の学校では仲の良い人が居なかったので、敬語にしておこうかと……」
「んー、そこまで気にしなくても良いと思うよ。俺は素のままが一番良いと思うし、ずっと敬語だと苦しいだろ?」
「普通に話してた方が気が楽になるよ!」
秋と半田に諭され、頬が緩むのが自分でも分かる。
「……二人共、有難う」
「これからもよろしくな」
「私、木野秋っていうの。名前で呼んでね?」
「宜しく、秋」
「昨日河川敷で、助けに入ってくれてありがとう!あの時のシュートかっこよかったよ!!」
「河川敷?何かあったのか?」
「実はね……」
秋が昨日の事を半田に話すと、半田は驚いた顔をして入野の方を向いた。
「……意外と激情家だったり?」
「かも知れない。あの時は、自分でもカッとなってな……」
「すげぇな」
半田の感心の言葉に入野は苦笑い交じりに頬を掻いた。
それから放課後になり、やる事が無い入野はグラウンドの端の木の下に座り込んだ。一人でいるには最適な場所だ。
(これからどうしていこうか……子孫の部活の手助けをするのも有りなのかもしれないが、俺は子孫とは関わる気は無いからな……)
「……ぃ……」
(とはいえ、ああも目を付けられてしまえば関わる事は必須になるだろう……)
「ぉ……りの……」
(一体どうしたものか……)
「おーい、入野!」
「ん?」
顔を上げるとそこには円堂が看板を担いで立っていた。看板には『帝国学園来たる!サッカー部員大募集!!』と書かれていた。
「円堂。それは部員募集の看板か?」
「おう!入野もサッカー部に入るか!?他の奴らにも聞かなくちゃ!行くぞ、入野!!」
「は?私は一言も行くとはって腕を引っ張るな!!」
円堂に腕を引かれ、無理矢理立ち上がらせられた入野は円堂と共に学校中を駆け巡るハメになってしまった。入野は何度か止めようもしたが聞く耳を持たず、何時しか止めるのを諦め大人しく付いていくことにした。学校中を駆け回り、あっという間に時間が過ぎていった。
(……可笑しい。話では現代ではサッカーは人気のスポーツだと聞いていたのだが。此の学校はそうでは無いようだ)
すると突然円堂が歩みを止め、入野の方に振り向いた。その表情はとても寂しそうに見えた。
「ごめんな、入野」
その言葉に入野の良心がズキリと傷む様な感覚がした。
(……何を考えていたんだ俺は……俺は間違っていた。困っている子孫を助けずして、何が御先祖様だ)
そして入野は円堂の手を力強く握った。
「円堂、私にはサッカーの経験などまるで無い。だが、円堂を助けたいという気持ちはある。だからお前の夢を手伝わせて欲しい」
「それって……」
「サッカー部に入部しよう」
「……ありがとう!!入野!!」
円堂は目を耀かせて入野の手を握り返しブンブンと振り回した。その表情を見た入野は内心ホッとしていた。
(そうだ、俺は子孫の此の笑顔が見たかったのだ。子孫の為になら、俺は何だってやろう。これは自分の子供に何も出来なかったせめてもの償いだ)