「……んぅ……あ?こ、ここは……?」
「明ちゃん!大丈夫?しっかりして!!先生!入野さんが目を覚ましました!!」
目を開けてみると、視界に入って来たのは保健室の天井だった。入野は辺りを見回す。自分はどうやらあの後運ばれて来たらしい。
「入野さん、大丈夫?起きれる?」
「はい……何とか。秋……その……試合は?」
「それは後で話すから」
保健室の先生に診て貰い、松江に迎えに来て貰うことになった。先生は電話してくると言い部屋を出て行った。秋と入野の二人が残った。
「実は、あの後ね……」
入野が保健室に運ばれた後、試合は再開した様だった。その後もラフプレーに近い攻撃で再び攻撃されてきた時、目金がユニフォームを脱いで逃走してしまったらしい。しかし直後、豪炎寺がグラウンドに入りユニフォームを着、試合に参加すると言った。これにて雷門中サッカー部の士気も上がり、豪炎寺が見事にゴールを決め、円堂も再びシュートを止める事に成功した。その後、帝国学園側が試合を棄権し実質雷門中サッカー部が勝利した形となった。その話を聞いた入野は内心ホッとしたような複雑な表情を浮かべた。
「……そうだったのか」
「うん。皆、この二点が始まりだって、凄い喜んでたよ!」
「それなら良かった」
(……狙いは豪炎寺だったのか……勝ったといえば勝ったのだが、どうも釈然とせんな)
「……どうかしたの?」
「否、何でもない……済まないな。迷惑かけてしまって」
「ううん、全然だよ!それに……明ちゃんが居てくれたから、あの一点が取れたんだし」
「あれはまぐれだ」
「でもあの時、思ったでしょ?円堂君なら止めてくれるって」
「嗚呼、あの目は絶対に止めると思ってな」
「あの時の二人、とってもカッコよかったよ!」
「有難う……円堂達は?」
「今、明ちゃんの荷物取りに行ってる所。多分もうすぐ戻ってくるんじゃないかな」
秋が言い終わるのと同時にガラリとドアが開き、円堂達が入ってきた。そして入野を見つけると一目散に駆け寄った。
「入野!頭大丈夫か!?」
「その言葉だと私が頭が可笑しいとでも言いたいのか?まぁ、頭痛も無いし体中が擦り傷塗れな事以外は特に異常はない」
「その喋りだと、もう大丈夫そうだな」
「良かったっス!!」
「入野!聞いてくれ!!俺達」
「勝ったんだろう?本当に良かったな」
円堂が肩をガシリと掴みぶんぶん振り回す。傷は痛むが、入野はその手を払おうとはしなかった。
(まぁ良いか。子孫の笑顔が見られただけでも充分だ。)
入野は微笑み、円堂の手にそっと手を置いた。
「あの……松江さん。学校……」
「駄目です」
「そこをなんとか……」
「駄目なものは駄目です!!明さんは昨日頭を撃ったではありませんか!大事を取って今日はお休みです!!」
「昨日学校に私を迎えに来て素っ頓狂な悲鳴を上げながら病院に行きましたよね?病院の先生もこの子は人1倍丈夫そうだから平気って言ってたでしょう?」
「もしもの事を考えて言っているのです!私は奥様と旦那様から、明さんをよろしくと頼まれているのです!怪我をさせてしまったなど、私家政婦失格です!!」
「それは、私が油断したから……」
「油断も何もありません!!とにかく、もう学校には連絡を入れておきましたので!ほら、早くお部屋にお戻りください!!そしてゆっくり休む事!良いですね!?」
「は、はい……」
次の日の朝、入野が学校へ行こうとすると松江が全力で阻止してきた。いくらでも言いくるめる事も出来るが、既に学校に連絡を入れられてしまってはどうすることも出来ず、結局休む事にした。素振りも今日は禁止されてしまい部屋に居ても退屈なので、リビングで録画していた時代劇を見る事にした。
(子孫達は今頃学校に行っているのだろうな……嗚呼……暇だ。水戸黄門は面白いが、どうも身体を動かしていないと、気が乗らない……)
普段は品行方正で通っている入野だったが、今日ばかりは、ぐうたらな一日を送っていた。お昼を食べ終え松江とまた時代劇を見ていた夕方、入野は時代劇に夢中になっている松江の代わりに、郵便物のチェックをしようと外に出た。ポストを開けてみると一枚の封筒が入っていた。拾ってみると、裏に円堂様とだけ書かれていた。一瞬、心臓が掴まれる思いがした。入野以外、前世の事を知っている人間はいない筈だと思っていたからだ。
(……えん、どう。此処に円堂と書いて送ってきたという事は、俺が前世からの生まれ変わりだという事を知っている人間。一体誰だ!?)
緊張した面持ちで封筒を開けてみると、中から一枚の手紙が出て来た。シンプルな紙面に達筆な文字で短く書かれていた。
『初めてお会いした場所で、お待ちしております。今も貴方だけをお慕い申しております』
(はじ、めて……まさか!)
「明さん?どうかなさったのですか?早く水戸黄門の続きを見たいのですが……」
「少し出掛けてきます!夕飯迄には戻りますので!!」
「明さん!?今日は外出禁止だとあれほど!」
「お説教は後で沢山受けますから!!」
松江に止められる前に、靴を履き玄関を飛び出し住宅地を全速力で駆け抜けた。そして、円堂達と特訓していた鉄塔広場に辿り着いた。誰一人も居ない広場、真っ赤に燃える夕陽。入野は先日の試合の疲れからか、ベンチに座り込んでしまった。
「あの時も、疲れて御座りになられてましたよね?」
不意に凛とした声が聴こえてきた。聞き覚えのある懐かしい声に入野はバッと後ろを振り返る。
「……会いとうございました。今は、明様とお呼びすれば宜しいのでしょうか?」
「……お前は!」
そこに立っていたのは、同じ雷門中の制服を着ていた男子生徒だった。線の細い、幽玄な雰囲気を持ち、美少年と言っても足りない程の美人だった。入野は目を見開き、次第に涙が零れ落ちてきた。
「……今世では出野四季と呼ばれております」
「お前か!本当にお前なのか!?」
「はい。前世で貴方と死に別れ、ようやくお会いする事が出来ました……」
出野が言い切る前に、入野は出野を抱き締める。彼もまた、前世の記憶を保持していた。前世では、入野の婚約者であったとある女性だった。入野を病で亡くし、どうしてもあの人の傍で生きたいという執念が叶い、現代へと転生する事が出来たのだった。
「お前には……迷惑を掛けてしまったな」
「とんでも御座いません!お義父様もお義母様も本当に良くして下さりました。息子もすくすくと立派に育ちました」
「……有難う……また、俺と共に生きてはくれぬか?今度は病に負けぬ様、強く生きていこう」
「はい!勿論で御座います!!」
出野も泣きながら入野を抱き締め返した。暫く抱き合った二人は泣きやもうととりあえずベンチに座る事にした。
「これからお前はどうするのか?」
「私も明様と共にサッカー部に入ろうかと思います」
「そうか。因みに運動の方は?」
「……御覧の通り、この様な貧弱な身ですのでマネージャーが精一杯です。ですが、これでも男の身ですので力仕事はお任せ下さい」
「マネージャーか。よし、秋達に掛け合ってみよう。男手が必要だとぼやいていたからな」
「それは良かったです……彼はどうでしたか?」
「子孫の事か?流石俺の子孫だと言った所だ。試合、お前も見ていただろう?」
「えぇ勿論。明様が倒れた時はヒヤヒヤしました。今すぐ駆け寄りたかったのですが、貴方とは今世では一度もお会いしていなかったので」
「そうだったのか……要らぬ心配を掛けたな」
「無茶をする所は前世も今世も変わっておられない様ですね。そして、あの子も……」
「安心しろ。彼奴にはなるべく無茶はさせない。俺が居るのだからな」
「その本人が無茶をしては意味がありませんよ?」
「うっ……」
図星をつかれた入野は、バツが悪そうに顔を背ける。出野は、クスクスと微笑した。そして一瞬寂しそうな表情を見せた。
「……こうして再び会えた事はまるで奇跡のようですね」
「今回ばかりは神様仏様に感謝せねばな……っと、これ以上長く話し続けていれば松江に怒られる。今日はもう帰ろう。実は今日は外出禁止令を出されていてな……」
「それは大変!急いで帰りましょうか!」
階段を早足で降りた二人は並んで夕暮れの住宅地を進んでいった。家に帰った入野が、松江からの説教コース(一時間)をみっちり喰らったのは別の話である。