次の日ようやく学校に行けるようになった入野は直ぐに学校に向かった。そして円堂達から心配されながらも授業を受け、放課後になると別のクラスの出野を連れ部室へと向かった。部室に入ると、円堂達がホワイトボードを囲んでいた。
「入野、そいつは?」
「マネージャー志望の出野だ」
「出野四季です。よろしく」
「あ、出野もサッカー部に入るのか。マネージャー志望なら木野が喜ぶだろな。人手が増えたって」
同じクラスの半田が出野の肩を組む。そして入野に問い掛ける。
「そういや、出野といつ知り合ったんだ?」
「実は、入野さんのプレイを見てたら、もっと近くで見たいなって思って。それなら、マネージャーが一番だと思って朝思い切って話してみたんだ」
「へぇー、そんな事があったんだな」
「そういう事だ。で、何を話していたんだ?」
「帝国学園との試合で俺達の問題点が分かったんだ」
「問題点も何も、体力が無さすぎるって事」
松野の言葉に入野以外の部員には図星だったのか、ズーンと雰囲気が暗くなってしまった。
「……松野、落ち込ませないでくれ」
「あ、ごめん。今のでヘコんだ?」
悪びれる様子もなく松野は謝る。気を取り直した円堂はホワイトボードに向き直った。
「体力作りはもちろんなんだけど、フォーメーションも考えたんだ」
円堂はホワイトボードにあるコートの図に名前を書き込んでいく。そして円堂が書き終えると、それぞれポジションを確認すべく全員がボードを凝視した。
「えー!?僕試合に出られないのー!?」
「逃げた奴が何言ってんだか」
「戦略的撤退と言って欲しいね」
目金は不服そうに反論すると、一年組は呆れた様な目を向けた。入野も呆れたように見ていたが、無視して再びボードを見る。
「で、円堂。私のポジションなんだが……」
「入野さん!?無視ですか!?」
目金は入野の方を指差すが、入野はそれも無視して話を続けようとする。
「当たり前だろ。お前、入野に女だからって言ったこと謝ってないだろ?入野はお前と違って体張ってまで点を取ってくれてんだからな」
半田の言葉に目金はうっと言葉を詰まらせた。少しして、おずおずと入野の横に立ち、頭を下げてきた。
「ごめんなさい」
「もう私は気にしてはいない。だが、もう女子を馬鹿にする発言は辞めておく事だな」
入野は目金の肩をポンと叩くと、円堂の方に顔を向けた。
「話の続きだ。私が何で……えっと……」
「FW、だろ。しっかりしろよ副キャプテン」
「そうそう……ん?副キャプテン?私がか!?」
「あれ?言ってなかったっけ?」
染岡の言葉をそのまま飲み込もうとした瞬間、副キャプテンという単語に疑問を覚え円堂に詰め寄る。円堂は数歩後ろに下がりながら、答えた。
「昨日入野休んでただろ?その間に決めたんだ。お前以外に任せられる奴は居ないって。皆賛成したんだ。FWなのも、入野が特にこだわりが無いって言ってたから……」
「……その時ポジションが全く分からなかったからどれでも良いと言ってた筈なんだが」
「あれ?そうだったっけ?」
「……まぁ皆がそれで良いのなら、喜んで引き受けよう」
円堂と入野が話していると、宍戸が恐る恐る手を挙げた。
「あの〜キャプテン……」
「どうかしたのか?」
「この間の豪炎寺さん、呼べないんですかね」
豪炎寺の名が出た瞬間、染岡の表情が険しくなった。それに便乗して壁山と目金も彼を呼ぶべきだと話し出すと、堪忍袋の緒が切れたのか染岡はコメカミに青筋を立てながら立ち上がった。
「あんなの邪道だ……俺が本当のサッカーを見せてやる!」
「そ、染岡?」
半田が驚いた顔で染岡を呼ぶ。しかし染岡は聞こえないのか、口々に話し始めた。
「豪炎寺はもうやらないんだろ!?」
「それは……分からないけど」
「円堂もあいつに頼り過ぎだ!」
「そんな事は……」
「染岡、落ち着け」
「入野も黙ってろよ!俺達だって出来るさ!もっと俺達を信じろよ!」
(染岡の気持ちも分からなくはないが……)
すると部室のドアが開き、秋が入ってきた。秋は部室の暗鈍な雰囲気に気が付いた。
「何かあったの?」
「え、あ、何でもない」
円堂がその場を取り繕うように秋に説明する。秋は察したのかその事にはそれ以上触れる事は無かった。秋はお客さんが来たと部室に招き入れた。
「あ、夏美」
「え!?」
理事長代理である夏美を呼び捨てにした入野を部員達は驚いて目を向く。夏美は、入野に微笑んだが直ぐに顔を顰め鼻を摘んだ。
「臭いわ……」
「運動部の部室はこんなものだ」
「こんな奴何で連れてきたんだよ!」
「話があるって言うから……」
「落ち着け染岡。まずは話を聞くぞ」
先ほどの件で苛々していた染岡は舌打ちを打つ。入野は染岡をこれ以上怒らせないように宥める。夏美は染岡の態度にもお構いなしで部室に入る。
「帝国学園との練習試合、なんとか廃部は免れたようね」
「おう!これからガンガン試合していくからな!」
「そう、なら次の対戦相手を決めてあげたわ」
夏美の言葉に円堂と入野は喜び、他の部員達は驚いていた。帝国学園と試合して直ぐに他の学校と試合出来るとは思わなかったからだ。
「スゴいでヤンスね!!もう次の試合が決まるなんて!!」
「やったな、円堂!」
「ああ、夢みたいだよ!また試合が出来るなんて!!」
円堂たちが喜んでワイワイ騒いでいると、先程から喋ろうにも喋れない夏美が少し口調をキツくして話を続けようとする。
「話を聞くの、聞かないの?」
「ああ、すまない。で、どこの学校なんだ?」
「尾刈斗中よ……試合は一週間後」
尾刈斗中という聞き慣れない学校名に円堂達は首を傾げる。
「勿論、ただで試合をやれば良い訳では無いわ」
「今度負けたらこのサッカー部は直ちに廃部」
「またか……」
逃れられたと思ったがまた直面した廃部の件に風丸は苦笑いをする。
「ただし、勝利すればフットボールフロンティアへの参加を認めましょう」
フットボールフロンティアの言葉に部員全員が驚いた様に夏美を見る。
「せいぜい頑張る事ね」
そう言い残して夏美は部室を後にした。
「フットボールフロンティア……これに出られるのか」
「スゴいですね!!中学サッカー日本一を決める大会ですよ!!」
「オー!俺、盛り上がって来たでヤンスよ!!」
「私が入った当初はそんな事夢物語か何かだと思っていたが……」
「部員七人の頃じゃ考えられなかったもんな」
「考える所か勧誘すらしてなかったし、それにグラウンドが使えないって言って練習サボってたもんね」
秋の一言に後から入って来た組以外がバツが悪そうに冷や汗をかきながら目を逸らした。染岡は半ば慌てて話を逸らす。
「喜ぶのはまだ早い。俺達は今度の試合に勝たないと出られないんだからな」
「分かってるさ!皆、この一戦絶対に負けられないぞ!さぁ、練習やろうぜ!!」
「オー!」
「うおりゃあああああああ!!」
尾刈斗中戦に向けて練習を始めた雷門中サッカー部。しかし、入野は頭を抱えていた。原因は先程から暴走している染岡だった。松野に危険なスライディングをするわ影野の服を掴んでボールを奪う。明らかにファールと言われても仕方の無いプレーだった。半田の諌める声も無視し、挙句の果てには風丸の肩を押しシュートする。しかしボールはゴールに入らず弾き返された。染岡は大量の汗をかきながら膝をつく。
「どうしたんだよ染岡」
「こんなんじゃ駄目だ!」
「染岡さん、ちょっとラフプレー過ぎますよ!」
「そんなことねぇよ!」
円堂や宍戸の言葉にも乱暴に返す。入野は頭を抱え溜息を吐いた。秋と心配そうに様子を見ていた出野が入野の方に近付いてきた。
「明様……その……」
「嗚呼、分かっている」
入野は再び溜息を吐くと、染岡の方に向かい染岡の前にしゃがみ込んだ。そして額にそっと指を近づけた。バチッと音が鳴った。いきなりの痛みに染岡はびっくりし、数歩下がった。
「何すんだよ!?」
「何って、デコピン」
「……て、てめぇ!!何しやがる!!」
最初は何が何だか分からなかった染岡だが、段々状況が掴めてきたのか怒りに震えながら入野の胸倉を掴んだ。いかにも殴りそうな様子で円堂達が助けに入ろうとするも、入野はそれを制止した。
「目は覚めたか」
「はぁ!?」
「何がそんなことねぇよだ!!お前のやっている事は危険な行為だという事が分からんのか!!お前がもし相手を怪我させてしまったら、お前はどうする気だ!?怪我をさせてしまった相手の分の気持ちも背負ってサッカーが出来るのか!?」
染岡は入野の剣幕に呆気に取られてしまい思わず手を離す。入野はユニフォームを簡単に整え、染岡に向き直る。
「お前の焦る気持ちは充分に分かる。だがな、これ以上危険な行為をするのなら、降りた方が良い。今のお前では、誰にも勝てやしない。なぁ染岡、お前の目指すサッカーは本当にこんなものなのか?」
入野の言葉に染岡は息を飲み顔を背ける。そして暫くして絞り出すような声で呟いた。
「すまない……」
「私も悪かったな。言い過ぎた」
入野は染岡の頭に手を置くとクシャクシャと撫で、そして優しく微笑んだ。秋から一旦休憩しようとなり、円堂達はベンチに集まった。ベンチには帝国戦の時、秋と一緒に観戦していた春奈が居た。何でも、怖い噂があるというらしい。
「尾刈斗中の怖い噂ってなんだよ」
円堂が春奈に声をかける。春奈は手帳を開きながら話し始めた。
「えっと、噂っていうのは……まず、尾刈斗中と試合した学校の選手は、三日後に全員高熱で倒れてしまったとか」
「高熱?」
「尾刈斗中の中に風邪ても引いてる奴がいたんじゃ無いのか?」
「とりあえず真面目に聞いてろ」
入野が呆れた顔で円堂と半田を睨む。先ほどの件もあってか、ビクリと肩を震わせた。春奈は話を続ける。
「他にも、尾刈斗中が試合に負けそうになるとスゴい風が吹いて結局中止になるとか。尾刈斗中のゴールにシュートを入れようとすると足が動かなくなるとかですね」
「ト、トイレ行ってくるっス……」
青ざめた顔をして壁山はその場を離れていってしまった。
「呪いか……」
影野の一言に何人かが壁山程ではないが、顔が青ざめていた。入野は特に興味も無さそうに聴いていた。
「こ、怖くないんでヤンスか……?」
「呪い?そんなのあるわけが無い。迷信だ迷信」
栗松が聞いてくるも、入野はあっけらかんと答える。それもその筈、入野は前世の記憶を持っている。お化けや呪いなんて、そんなものがあるのなら、自分達が何故現代を生きているのかが分かるはずだ。ふと、出野と目が合う。出野も同じ考えの様で苦笑いをしていた。
「ホントなんですかね、キャプテン」
「噂だよ、噂」
円堂も同じく信じてはいないようだった。しかし、すっかり春奈の持ってきた話にビビってしまった一年組はまた彼の名を口に出す。
「やっぱり……豪炎寺さん……」
「そうでヤンスね……」
栗松と少林寺の話が耳に入った染岡は案の定反応し、二人を怒鳴った。
「なんだお前ら!?豪炎寺なんかに頼らなくても俺や入野がシュートを決めてやる!FWは俺達で充分だ!!」
「染岡、痛い」
染岡は入野の横に立ち背中を叩く。結構力が入っていたのか、痛がった入野は染岡を睨む。染岡はバツが悪そうに手を引っ込める。
「豪炎寺豪炎寺ってそりゃ染岡も怒るよな」
「それに、元から居るメンバーで頑張るってのも良いと思うけどね」
半田や松野が苦笑しながら言う。その言葉に何人かが賛同する。しかし、宍戸はまた声を上げた。
「でもキャプテン。もし豪炎寺さんが来てくれなかったら、キャプテンや入野さんが頑張ってくれたとはいえ、俺達廃部だったんですよ?」
「今度だって……なぁ……」
「うん……」
「キャプテンも、負けられない試合だって言ってたじゃないですか。尾刈斗中……なんか怖そうだし……やっぱり」
心配が止まらない宍戸と栗松と少林寺。円堂は皆に言葉をかける。
「みんな、人に頼ってたら強くなれないぞ」
「そうだ!」
染岡も同意して声を上げる。根本的な所は違うのだが、入野は何も言わなかった。秋達が心配そうに見つめていた。
練習を終えた入野は出野と共に帰り道を歩いていた。先程から入野の溜息が止まらない。
「明様……」
「大丈夫だ。心配掛けてすまなかった」
「いえいえ、とんでもありません。大変なのですね……サッカーというのは」
「少し怒りすぎたかな?だが、あーでも言わなければきっと気付かないだろうし……一年も一年で、豪炎寺に頼り過ぎなのも問題なんだがな」
「私からは何も言える事はありません。ただ、無理はなさらない様に。明様が倒れてしまっては皆さんも心配されると思います」
「ありがとう……それにしても、良く彼奴等の前と俺の前で切り替えが出来るな」
「性格ですか?そうですねぇ……楽しいからですね、この現代が」
「そうか……お前が楽しんでいるのならそれで良い」
「明様も楽しまなければいけませんよ?では私はこちらで……」
「嗚呼、また明日」
入野は出野と別れ再び一人で歩き出した。暫く歩き、曲がり角を曲がった瞬間、素早いスピードで引き返そうとした。しかしそれより早く、誰かが猛スピードで突っ込んできた。
「あーーーっ!!雷門中サッカー部の女子部員だーーー!」
叫んできた誰かはそのまま入野の腰あたりに抱き着く。強い衝撃を受けた入野は倒れそうになりながらも何とか耐えきった。腰辺りに目線を下ろすと、見覚えのある顔があった。
「俺のこと、覚えてますか?」
「……確か、帝国学園サッカー部の一人でしたね」
「はい!帝国学園一年の成神健也って言います!」
「御丁寧な挨拶ありがとう御座います……」
未だに先程のダメージが癒えない入野は、やんわりと身体をぶんぶん振る成神を引き剥がそうとする。すると向こうから何人かが走り寄ってきた。入野はその声にも見覚えがあった。
「おい!何やってんだ成神!」
その内の一人が成神を引き剥がす。ホッとした入野は引き剥がしてくれた人物に礼を言おうと顔を見るとお互いにあっと声を出した。その人物は、帝国戦の時に入野にボールを思いっきりぶつけた張本人だった。お互いに無言な状態が続く。
「成神?佐久間?どうしたんだ?」
「あっ……」
「あっ」
そして曲り角からもう一人出て来た。そしてその人物も入野を見た途端、ピシリと固まってしまった。
「離して下さいっスよー。佐久間先輩」
「お前が勝手に走るからだろうが!!」
ガヤガヤと騒ぐ二人を見た人物はハッと立ち直り、入野に声を掛ける。
「……久しぶりだな。すまないな、仲間が迷惑を掛けて」
「あ、はい、大丈夫です」
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は源田幸次郎、GKだ」
「入野明、です」
「あぁ良く知ってる。お前ぐらいなもんだよ。俺達のところに堂々と来る奴なんて」
すると源田は笑いながら手を差し伸べてきた。入野はその意味を察して手を力強く握り返した。
「あの時のシュートは中々だった。次は止めてみせる」
「御手柔らかに頼む」
「あ、入野せんぱーーい!!」
「成神!!」
再び腰辺りに衝撃が走った。今度は何となく予想はしていた為、しっかり足を踏ん張っていたので何とか耐え切った。案の定、成神が入野に
「俺、先輩のファンになっちゃったんスよ!だってあんなカッコイイシュート撃ってくるとは思わなかったっスよ!!」
「成神、一旦離れてやってくれ」
成神は渋々と入野から離れる。しかし、成神からの羨望の目線は止まない。すると、先程から成神と言い争っていた佐久間と呼ばれた少年がこちらを気まずそうに見ていた。
「……どうも、初めまして?と言った方が良いかな?名を教えてはくれないか?」
「佐久間次郎だ……お前、俺の事恨んでないのか」
入野は佐久間の顔を真っ直ぐ見ながら手を差し出す。佐久間はその手を取らず、入野の顔を驚いた様に見る。入野は直ぐに察し、アハハと笑い出した。
「あの時か!!別に気にしてなどいない。サッカーに怪我は付き物だろう?医者からも、あなたは頑丈が取り柄だけだと言われたくらいだ!お前が気に病む事は無い!」
「……すまなかった。あの時、お前が足をくじいていたのは分かっていた。まさか、あんな事になるとは……」
「嗚呼……怪我を隠していたつもりだったが、バレていたか。結構上手く隠してはいたんだがな」
「入野……」
「気に病む事は無いと言っただろ?さぁ、この話は終わりだ。これからは友人として仲良くしてくれるか?」
「……あぁ。よろしくな」
佐久間はようやく入野の手を握った。強ばっていた表情が和らいだ気がした。
(こうして見ると、普通の子どもなのだな……こやつらも)
「あ、そうだ!入野先輩、携帯持ってますか?メアド交換しましょう!」
「メアド?どうやって分かるんだ?」
「……入野。お前、普段どうやって携帯使ってるんだよ」
「……全部人任せです」
「機械音痴か」
「人が気にしてる事を!!」
源田達から携帯の使い方を教わりながら成神や源田、佐久間とのメアドを交換し、入野は彼等と別れまた帰り道を進んで行く。
「あら、御機嫌が良いですね。明さん」
「友人が出来たんです。昨日の敵は今日の友、でしたかね」