次の日、学校は休みだったが午前中が部活だった入野は部活を終え松江から頼まれていたお使いを済ませ商店街をぶらついていた。暫く歩いていると、前の方に見覚えのある人物が居た。入野はその人物の方へと声を掛けた。
「円堂!秋!」
「あれ?明ちゃん!」
「入野か!一緒に帰ろうぜ」
買い出しの帰りだった二人と合流した。そして三人はフットボールフロンティアや尾刈斗中の試合など他愛のない話をしながら歩いていた。
「これに勝ったらフットボールフロンティアに出場出来るな!」
「円堂君、ずっと前からフットボールフロンティアに出るのが夢だったもんね」
「ほぅ、そうだったのか」
「あぁ、でさ……」
「どうかしたの?」
「あれ、豪炎寺じゃないか?」
円堂が指した先には私服姿の豪炎寺が前を歩いていた。こんな所で会うのは珍しいと思っていると、円堂が少し早歩きで歩き始めた。
「追うぞ」
「おい、円堂!」
「どうしよう……」
「止まれと言って止まる奴ではないからな……着いてくか」
「うん」
入野と秋は円堂のストッパーとして豪炎寺の後を着いていく事にした。しばらく尾行を続けていると、豪炎寺はとある建物に入った。横には『稲妻総合病院』の看板があった。
「病院……?」
なんでこんな所にと不思議そうな顔をしていたが、我に返ると中に入ってしまった。
「行っちゃった……」
「……入るか」
秋と入野は円堂の後を追いかけて中に入る。制止しても無駄なのは、二人が良く分かっている。なので何も言わず着いていく事にした。少し歩いていたがすっかり豪炎寺を見失ってしまった。円堂は周りを見渡しながら豪炎寺を探す。
(そのまま見つからずに大人しく帰ってくれるなら良いんだがなぁ……)
「……明ちゃん、あれ……」
暫く歩いていた秋がふと見つけたプレートを指差す。入野はそれを見て、あっと声を漏らした。それに気付かない円堂はどんどん進もうとする。
「こっちかな……」
「円堂、それ以上は!」
入野が慌てて引き留めようとしたが、目の前の病室のドアが開き、中から豪炎寺が出て来た。
「お前ら……!?」
「え、いや、その……」
円堂がしどろもどろに答えようとすると、視界の端にベットに眠る少女が居た。豪炎寺は少女を隠そうとドアを閉め円堂達を睨む。
「何しに来た」
「えっと……豪炎寺がここに入るのを見たから怪我か病気かなって……サッカーを辞めた切っ掛けもそれなのかなーって思って……」
ある意味正直に話す円堂を見て、溜息を吐き気まずそうに豪炎寺に視線を向ける。
「お前があの一度だけってのは分かってる!俺も、誘いに来たわけじゃないんだ。なんか、俺心配でさ……悪いとは思ったんだけど……その……ごめん!!」
勢い良く頭を下げた円堂と、少し目を丸くした豪炎寺。入野と秋も円堂の隣に立つ。
「ごめんなさい……悪いって分かってはいたけど……」
「私も円堂達と同じだ……すまなかった」
二人も同じ様に頭を下げる。豪炎寺は何も言わなかった。不思議に思った円堂が顔を上げると病室横のプレートには、秋達が見つけた『豪炎寺夕香』の文字が入っていた。
「入院してるのって……」
「妹だ……全く、お前らには呆れるよ。入野も木野も、もういいから顔を上げろ」
二人が恐る恐る顔を上げると、豪炎寺は病室のドアを開きそのまま立つ。
「入れよ」
「え、あ、ああ」
「お邪魔します」
「失礼します」
病室に入った円堂達が見たのは、幾つものコードに繋がれていた五、六歳の少女が眠っていた。生きてはいるが、まるで死んでいる様に眠っていた。
「夕香って言うんだ。もうずっと眠り続けている」
「えっ?」
「話すよ、そうでもしなきゃお前ら帰らないだろう?」
「で、でも。豪炎寺君が話したくないなら……」
「構わない。二人も聞いてってくれ」
そして豪炎寺は重たい口を開く様にポツリと話し始めた。豪炎寺の妹、夕香は去年のフットボールフロンティアの大会で兄が出場する決勝を見る為に会場へと向かっていたがその途中、事故に遭いそれ以降眠り続けている様だった。
「……事故の事を聞いたのは、試合の直前だった」
「だからお前は……」
「……病院に向かったよ。この病院には親父が勤めているんだ。俺が転校したのもその都合……」
豪炎寺は静かに椅子に座った。その表情はただただ悲しそうだった。豪炎寺は続ける。
「俺がサッカーをやらなきゃ、夕香はこんな事にはならなかった……!夕香がこんなに苦しんでいるのに、俺がのうのうとサッカーをしている訳にはいかない。だから俺は……!」
豪炎寺は苦しそうにズボンの裾を掴んだ。
「あの時……どうして体が動いたのか……自分でも分からないんだ……自然に、体が動いて……」
その時の豪炎寺の表情はどこか切なげで寂しそうだった。
「……辛い話させちゃったな。俺、何も知らずに誘って……ごめん」
円堂は改めて豪炎寺に謝るのも、豪炎寺は何も答えなかった。円堂達はその場を後にしようとした。
「この事は、誰にも言わない。じゃあ……」
「私もだ。では、失礼致します」
「……サッカー部はどうなった?」
「次の対戦校が決まったんだ。豪炎寺のシュートが切っ掛けで皆、練習頑張ってるんだ」
「ありがとう。豪炎寺君」
「有難う」
「あぁ……」
円堂達はそのまま病室を立ち去った。病院を出た三人は何も言わず歩き出したが、円堂がポツリと口を開いた。
「……豪炎寺がサッカーを辞めた理由は、妹の為だったんだな」
「そうだな。だが、彼奴は本当にそれで良いのだろうか?」
「えっ?」
「例えば、だ。円堂、もし私の失敗が原因でお前が眠ってしまったとしよう。そして私がそれに責任を感じサッカーを辞めたとしよう。そしてお前が起きた時、どう思うか?」
「そりゃあ、辞めてほしくないって思うよ。入野の事を責めようとは思わないし、入野とはもっとサッカーやりたいし……」
「きっと、豪炎寺の妹もそう思うだろう。だが、それに気付く為には豪炎寺自身がそれに気付かなければならない。私達が言っても、今の彼奴には届かない」
「そう……だね」
三人の表情は晴れることなく、帰路についた。
次の日の放課後、昼休みに染岡から練習に付き合ってほしいと頼まれた入野は、円堂達よりも一足先に河川敷で染岡の練習を見ていた。染岡は一心不乱にシュートを撃ち続けている。そのどれもがゴールに入らなかった。
(良い線はいっているんだがな……惜しいな)
「染岡、一旦休憩しよう」
「あぁ……」
入野は染岡と共に土手に座り、持っていた水筒を渡す。
「コントロールはあれだが、パワーは充分ある。もう少しじゃないのか?」
「……決められなきゃダメなんだよ」
染岡の表情はどこか思い詰めたような表情だった。入野は心配そうに染岡を見つめる。染岡は重たい口を開く。
「……木野が言ってた通り、帝国との試合が決まるまで俺は練習をサボっていた。グラウンドが借りれないだとか、部員が足りないのを理由にして逃げていた」
入野は何も言わずに染岡の言葉に耳を傾けていた。染岡は自嘲する様に続ける。
「正直、自業自得だよな……今までのツケが今になって帰ってきた。取り戻そうにも、こんな調子じゃあな」
「……染岡、お前の目標は何だ?」
「何だよ急に……豪炎寺みてぇなシュートを撃てるようになる事だ」
「それは無理だな」
「は?」
まさかの即答に思わず口が開く。入野は気にせずに話す。
「染岡は染岡なんだろ?だったのなら、自分のシュートを撃つのが普通じゃないか?誰かを目標にしたとしても、誰かになれる訳じゃない。染岡は豪炎寺にはなれない。染岡なら、そこは豪炎寺には出来ない自分だけのプレーをする。自分なりのプレーを作り上げるじゃ、ダメなのか?」
「自分なりの……?」
「そうだ。それにサッカーは十一人でやるものだ。支えてくれる仲間は一人二人ではない」
染岡は暫く考え込んでいたが、突然立ち上がった。
「そうだな!俺は自分なりのサッカーをやってやる!!」
「その意気だ。もうファインプレーはするなよ」
「おう!!ってそれを言うならワンマンプレーじゃねぇのか?」
「あっ」
染岡の元気が戻った所で練習を再開させた。入野がパスしたボールを染岡が撃つ。しかし中々入らない。センスは良いのだが、ゴールに入らない。
「染岡、自分が撃ちたいシュートを想像して撃ったらどうだ?闇雲に撃つのは良くない」
「分かった」
染岡がイライラしそうになると入野がアドバイスをする。それを何回か繰り返していると、後ろから円堂達がやってきた。
「染岡、入野。頑張ってるな」
「円堂……フッ……上手くいかねぇよ。イケそうなのにゴールに入らない。これじゃあストライカー失格だな」
入野は円堂と交代し、風丸と先頭に立ち走り込みを始めた。二人の掛け声にあわせて部員達も着いてくる。円堂と染岡は先程の入野と同じ様に土手に座り話していた。暫くしてから、染岡が思いっきり立ち上がったのを見て入野はもう大丈夫だろうと確信した。そして円堂と染岡が加わり練習が始まった。この前の様なピリピリとした雰囲気は無くなり、染岡の表情にも笑顔が見えるようになった。暫くしてから休憩の時間になった。円堂と出野が辺りをキョロキョロしているのに気が付いた入野は二人に近づく。
「どうかしたのか」
「実は、入野さんに会いたいって人が……」
「今日からマネージャーが増えたから紹介しようと思って……」
二人が同時に話し出した瞬間、身体に衝撃が走った。いきなりの事で何も分からずに入野はその場に倒れる。何事かと身体を起こしながら首辺りに抱き着いている人物を見ようとする。
「な……え……?」
「入野明先輩ですね!?私、新聞部の音無春奈って言います!!今日からサッカー部のマネージャーを務めさせて頂きます!!」
「あ、どうも……宜しく……」
ゆっくりと立ち上がった入野に春奈はキラキラした瞳でドリンクを渡してきた。入野はおずおずとそれを受け取る。
(何だろう……前にもこんな事合ったことが……というより先程から四季の目線が若干痛い)
「私、帝国学園との試合で雷門中サッカー部のファンになっちゃって!特に入野先輩の!!」
「あ、有難う……えっと、音無さん?」
「嫌だなぁ〜水臭いですよ!!春奈って呼んで下さいね!!」
「分かった……宜しくな、春奈」
「先輩の事も明先輩って呼んで良いですか!?」
「別に構わないが……」
「やったーーー!!」
(どうしよう、四季からの視線が痛い。痛過ぎる。頼む落ち着いてくれ、これは浮気では無い、断じて)
再び春奈は入野に抱き着く。入野は抱き着かれた事よりも出野の殺気を含んだかのような視線が気になってしょうがなかった。表面上何でも無いように取り繕っていたが、内心冷や汗が止まらなかった。それを知らない部員達は春奈のテンションに苦笑していた。
「やっぱり音無じゃなくてやかましだ」
誰かがボソッと呟いた。その日の帰り道に出野に無言無表情で詰め寄られたのはまた別の話である。
あれから尾刈斗中との試合に向けて練習を続けていく。染岡のシュートは日に日に威力が上がっていた。もう普通のシュートとは思えない程である。
「よーし!良いぞ染岡ー!もう一回やってみようぜ!!」
「おう!!」
染岡も随分元気になっている様で、入野は微笑ましかった。本人は内心修羅場の真っ只中ではあるが。何度目かに送られてきたパスを染岡に繋ぐ。円堂達や入野自身も随分と成長していた。染岡は受け取ったボールをそのまま撃つ。しかし、それはいつもと違っていた。ボールは青いドラゴンを纏い、唸り声を挙げながらゴールへと一直線に向かう。円堂が対応出来ずに驚いていると、ボールはそのままゴールに入っていった。その様子に全員が呆気にとられた。
「スッゲー……」
「今までのシュートとまるで違う……」
「ドラゴンがガーッて吠えたような……」
「僕もそんな感じがしました……」
栗松と風丸が驚き、半田が手をドラゴンで表現し少林寺もそれに同意する。自分でも実感が湧かないのか、言葉を発さない染岡に円堂が駆け寄る。
「染岡!すっげぇシュートだったな!!」
「これが……俺のシュートだ!!」
「良くやった、染岡!!」
「痛ぇ!?」
入野も染岡に駆け寄り、嬉しさのあまり染岡の背中をバンと叩く。ここ最近、染岡の事を一番気にかけていたのは入野だった。染岡が遂にシュートを完成させたのが嬉しかったのか、思わず力が入ってしまった。染岡は顔を顰めたが、直ぐに笑って頭をグリグリと撫でる。
「ありがとうな、入野」
「嗚呼!」
「よし!このシュートに名前を付けようぜ!」
「賛成!!」
円堂の提案に部員達が次々と案を出してくる。微笑ましい光景に頬が緩む。
「頬が緩んでいますよ、明様」
「そういうお前もだ」
「子孫達がこうして居られるのを見るのも、奇跡なんでしょうね」
「奇跡……前世では信用していなかったが、今回ばかりは、信じるしかないか」
出野とコソコソ話していると、ふと宍戸が入野の方を向いた。
「そういえば、入野さんのシュート名前まだ決めていませんよね」
「そういえばそうだったな」
「じゃあ入野のシュートも決めるか!入野はどんなのが良いんだ?」
「私か?うーん……思い付かん。目金、何か良いのはあるか?」
入野に急に話を振られた目金がびっくりしてこちらを向いた。
「僕ですかぁ!?」
「こういうのを決めるのは苦手だ。頼む」
「そうですねぇ……入野さんって横文字とか似合わなさそうですし……天に響く雷鳴と書いて『響天雷鳴』なんでどうでしょう?」
「『響天雷鳴』……うん、良い。流石だな、目金」
「えへへ、そうですかぁ?」
「入野、あんまり褒めるな。こいつは褒めると調子に乗るタイプだ」
「酷いですよ染岡君!!」
アハハと談笑していると、向こうから足音が聞こえてきた。振り返ると、そこに立っていたのは豪炎寺だった。豪炎寺の姿に一年組は喜び、染岡は敵意を見せた。豪炎寺は何も言わず円堂の前に来る。
「円堂……俺、やるよ」
豪炎寺の瞳には強い意志が見えた。その言葉に喜びの声が上がった。視線を感じた入野が橋の方を向くと、そこには夏未が車に乗ろうとした所が見えた。
「……有難う。夏未」
夏未が何かしてくれたのだと感じた入野は小さな声でお礼を呟いた。