━━其れは、とある国で語られる英雄の物語。
嘗て、悪魔の国と呼ばれた王国にたった一人で抗い続け、やがて多くの人々を先導し革命を起こそうとした英雄。然れどその力は悪魔に及ばず志半ばで倒れてしまう、という悲劇の英雄の物語。
彼が抗い続けた先にあったモノとは━━
人はこの世に生を授かったその瞬間、死に直面するその時まで、世界に抗い続ける。
彼の名はヴァッシュ。やがて歴史に名を残すこととなるその男は、死に直面するその時まで……否、死して尚、世界に抗い続けた。
彼の生きた時代、その圧倒的な国力を以て世界の中心に君臨したセントニア王国。四代目国王ガイウス・セントニアは膨れ上がった野心を鎮める為、更なる領土の拡大を目論み、幾度も他国へ戦争を仕掛けていた。
度重なる戦争は多くの人の命を奪い、人と人の繋がりを焼き、幸福を踏み潰し、憎悪を肥えさせる。親を失った少年、愛情が欠乏した少女、心を黒く塗りたくられた青年達……多くの人々の恨みの矛先はセントニアへと向けられた。
そんな傷だらけの人々を先導し、セントニアの軍隊を無差別に攻撃し始める者がいた。彼こそが「
出身不詳、年齢も不詳。ただ揺るがない事実はセントニアへの恨みの炎が誰よりも強い、という事のみである。たとえ戦力差がどれ程あろうとも、たった一人であろうとも、セントニアの軍隊へ勇猛果敢に立ち向かい、多くの兵士を屠り帰ってくる姿は、心に傷を背負った者達の先導者となるには充分過ぎた。
やがて「不死の兵隊」と呼ばれたヴァッシュ率いる心的外傷者達の集まり。半ば自暴自棄のように暴れ回り、
だが、たとえ彼等が不死の兵隊と呼ばれていようと、彼等が人である限り、人は例外無く何れ死に至る。それは抗うことすら赦されない、世界から外れた真理である。
驚くことに、不死の兵隊を率いた勇猛果敢な羅刹ヴァッシュは、とある小さな戦場で、ただの一兵卒の槍に心臓を貫かれて絶命した。不死であったはずの兵隊の頂点が、死に至った瞬間は驚く程に呆気の無いものであった。
彼は世界に敗北した。
勝者が
「敗北者のまま、終わるの?」
ヴァッシュの瞳が暗闇の底のような黒に染まろうとしていたその時、薄れゆく意識の中でやけに鮮明な声を聞いた。
戦場には似つかわしくない、幼い少女の声色。
視界が、開けた。
何も無い、白い世界。兵士の鉄の色も、紅い血の色も、蒼い空の色も、黒い煙の色も、緑の草木の色も、何も無い。在るのは、「透明」の少女。今まで自分が居た世界では無い。
「敗北者のまま、終わるの?」
その声はひどく透き通っており、真っ白なこの世界に反響していた。敗北者、という言葉がヴァッシュの貫かれた心臓を抉る。
蘇る記憶は、憎悪と絶望の記憶。虐げられ、命を狙われ、弱者と嗤われ、醜くも生き延び、痛む身体と心を抑えながら這ってでも抗い続けた記憶。
世界に生を受けたのにも関わらず、死んだほうがマシだ、と言いたくなる程の苦痛。それでも抗い続けた記憶。
抗い続けなければ、「敗北者」として葬られるのだから。
「抗っても、敗北者だったね」
五月蝿い。黙れ。
頭を掻き毟りたくなる。目の前で兄が……。どうして母親が……?一人で逃げなくてはならない……。セントニア王国は悪魔の国だ……。死の合間に見る走馬灯。蘇る、「敗北者」としての物語。透明な少女は彼の精神を河の向こうへ連れて行く天使だろうか?
「ねえ、哀れな復讐者」
黙れ。
「抗い続けたのに、どうして」
五月蝿い。
「どうして、敗北者に成り下がったの?」
「黙れっ!!」
心臓が焼けるように痛い。頭の中が割れそうだ。四肢は枷を付けられたかのように重く、ただ、心だけが鮮明に拒絶を覚えている。
「俺は敗けていない……敗北者なんかじゃ……ない……敗けてなんか」
真っ白な世界に、少女の笑い声が反響する。くすくす。くすくす。くすくす。
「敗北者」
やめろ。
くすくす。くすくす。
「ねぇ、敗北者のままでいいの?」
くすくす。
いい訳ないだろ。
俺は敗けてなんかいない。敗けたくない。まだ死にたくない。
両手足が軽くなっていく。この真っ白な世界には、「地」も「空」も無かったが、自分の足で立ち、歩くことは出来た。
少女の声が反響する。
「哀れな敗北者。まだ敗けていないと言うのなら……」
透明だった少女に、色が生まれた。空のように蒼く、雲のように白い少女。その周りには、五つのオブジェのようなモノが浮遊していた。
「まだ敗けていないと言うのなら、この世界で敗北者達の「drama」を追いかけるといいわ。さあ━━」
五つのオブジェが、蒼く輝く。
其れは、巨大な槍の形をしたdrama。
其れは、一輪の薔薇の形をしたdrama。
其れは、小鳥の形をしたdrama。
其れは、翼の生えた少女の形をしたdrama。
其れは、割れた王冠の形をしたdrama。
ヴァッシュと同じ、敗北者として生を終えた者達の記憶。
「さあ━━私と共に、世界に抗いましょう」
少女の声は、この真っ白な世界を埋め尽くすように反響する。
斯くして、敗北者の物語は世界の理から外れ、新たな時間を歩み出す。
━━此れは、敗北者達の