━━巨大な槍の形をした水晶。極東の島国に語られる物語。
其れは、御伽話かもしれない。だが、歴史の中の一つの物語として語られている以上、彼もまたとある世界、とある時代の敗北者であり、確かに存在していたのだろう。
━━少し、貴方に似ているかもしれないね。
━━戦が続く時代は嫌いではない、と言えば。また、「異端者」だと弾かれてしまうだろうか。
だが、それでも彼の生きやすい時代は、確かに戦が続く世界であるのだろう。
極東の島国、ヤマト。古の時代に封印された魔獣の復活により島は魔物に蹂躙され、ヤマトの国に生きる人々は逃走と闘争を余儀なくされた。
人ならざる力を持つ魔物は圧倒的な強者であり、弱者となった人はただ殺されるばかり……では無かった。魔物ならざる力、知恵と団結という名の力の下に、人々は苦しいながらも抗い続けた。
唯一人。人でありながら人ならざる力を持ち、知恵という武器も、団結という武器も持たず、一人で魔物を屠る男がいた。一本の槍を黒い両腕で掴み、異形の魔物を突き刺し殺す男、ユキムラ。魔物と人の間に生まれた忌み子として虐げられ続けた彼だったが、戦が続くこの瞬間に於いては、彼は忌み子では無く英雄であった。
物心ついた頃には、既に父も母もいなかった。ただあったのは周りと違う真っ黒な両腕と、周りから感じる恐怖と拒絶の視線。
ああ、きっと俺は嫌われている。
何に嫌われている?
そんなこと、幼いユキムラに知る由も無く。
殴られようが、罵られようが、只そこにいる。惨めな世界と同化しようとした。
彼が世界と同化しようとした時、やがて世界の方がユキムラと同化しようとしたのかもしれない。島を襲った悲劇。古の魔獣、九尾の復活。そして島中に産み落とされた、魔物達。
ヤマトの国は悲劇に抗い始めた。人が死に、魔物の血で大地は汚れ、弔いの煙が空を覆った。ユキムラを殴った男は魔物に食われ、罵った女は顔のみが何処へと消えた。
黒い両腕は人ならざる力を持つらしく、ユキムラは少年にしてヤマトの国の中で最も強かった。壮年の兵士が束になっても赤子のように弄ばれ、気付いた頃には地に伏している、という程に。その力の所為で虐げられ続けていたが、その力のお陰で彼は英雄と祭り上げられることとなった。
戦が続く時代は嫌いでは無かった。
人に求められる事が、今まで自分を虐げ続けていた者が急に媚び諂う姿が、無心で槍を振るい、魔物を屠る事が好きだった。恐らく、この心は人ならざるモノなのだろう。謂わば異常、異端者。それでも良かった。
この世界は、俺を嫌っていない。
なら、今までの「アレ」は何だったのだ?
そんなこと、ユキムラにはどうだって良かった。
畏れられようが、恐れられようが、ただ自分の為に戦い続けた。
魔物達は黒い腕の人修羅を恐れ、人間達は黒い腕の忌み子を畏れる。果たしてユキムラは人間なのだろうか?それとも魔物なのだろうか?はたまた悪魔か、神の使いか……。
「なんだっていいじゃない。貴方は貴方だもの」
唯一、ユキムラを恐れず、畏れない人間がいた。魔獣復活の悲劇の際に片腕を失った少女。彼女はユキムラを「ただの人間」としか見ていなかった。
彼女は戦が続く時代を嫌っていた。
「いつか、こんな戦いが終わればいいのにね」
「そしたら、俺はまたこの世界からいなくなる」
「私がいるよ」
彼女は、ただ微笑んでいた。鈴を転がしたような優しい声で、微かに笑っていた。
ああ、きっと俺は、彼女といられるなら、世界を好きになれる。
戦が続く時代は嫌いでは無かった。自分が存在していていいんだ、と思えたから。血を浴びれば、生きていると実感出来たから。この世界、この時代なら、俺は敗北者では無く勝者だ。そう信じられたから。
けれど、この少女となら、戦が終わった時代でも、敗北者にならずに、世界に生き続けていいと思い始めた。
ユキムラは、戦う為に戦うことをやめた。戦いを終える為に戦い始めた。
どれ程の人間に畏れられようが、どれ程の魔物に恐れられようが、「あいつは人ではない」と言われようが、「悪魔だ」と囁かれようが。ただ、戦を終わらせる為に血を浴び続けた。
ユキムラが初めて戦場で負傷したのは、少女と出会って暫くした後のことだった。彼の負傷は人間達にとって、絶望的な情報であっただろう。彼が勝利を挙げられない魔物がいるのであれば、もう人間に勝ちの目は無いのではないだろうか?そう思えたからだ。
しかし、人間達はユキムラの負傷を聞いた時、皆胸を撫で下ろした。彼も赤い血が流れていた、これで暫く人修羅が暴れることは無いだろう、いっその事死んでしまえば良かった……口々にそう言った。
そんな囁きに異を唱える者がいた。片腕を失った、ユキムラを「異」と見ない少女である。
「貴様も人修羅か」
「よく見れば片腕が無いではないか」
「片腕を捧げて人修羅と契約したのではないか」
「貴様は人間か、それとも魔物か」
人間達は少女を口々に罵倒した。同じ人間を、畜生に叩き落とそう勢いで罵倒した。
それでも少女は異を唱えることをやめなかった。歯を食いしばり、涙を堪え、必死に異を唱え続けた。
大丈夫。貴方は、世界に嫌われていない。
負傷し、戦場から少し離れている彼に、そう伝えたい。
「ユキムラは、世界に嫌われてなんかいない!!」
少女は、人間達に、世界に抗おうとした。
明くる日、少女が世界に抗い始めたその場所には、誰のものとも解らない死骸が転がっていた。
戦場を離れ、療養していたユキムラは心に穴が空いたようだった。
早く戦いを終わらせる為に、また俺が戦わないといけない。彼女の望む、戦いの無い世界を見る為に。
彼女はいつ、ここに来てくれるのだろう?
そればかりを考えていた。
いつまで経っても彼の元を訪れる客人は現れない。彼の元を訪れる客人は、少女一人だけなのだが。その少女は、ユキムラの知らぬ所で、人間に抗って殺された。客人が、訪れる筈が無いのだ。唯一人、傷を癒すことしか出来ない。
今の彼を訪ねる客がいるとするなら、其れは……
「ユキムラ、戦線復帰だ」
━━其れは、戦いを迫る声以外に無いだろう。
傷も癒えていない彼であっても、人間にとっての彼の戦術的価値は非常に高かった。それでも、負傷した「人間」を戦線に投入する程、非人道的な真似をする程戦況が悪い訳でも無かった。
少女は既に殺されてしまった。「人間」が「人間」を殺してしまった。一度狂った歯車は、一度廻った歯車は、止まることを知らない。
少女が死んだことを知らないユキムラは、戦線復帰という言葉に喜びすら感じられた。此処で一人、いつ癒えるか解らない怪我が癒えるのを待つより、戦いを終わらせる為に血を浴びた方が幾分かマシだろう。黒い両腕が疼き、一刻も早く槍を握りたくて仕方が無かった。
戦線の状況は良くなかった。誰が見ようと、人間が押されているのは明白だった。
ユキムラは走った。黒い両腕がただ示すままに、槍を振り回して暴れ回った。魔物の心臓を貫き、首を跳ね飛ばし、頭蓋を叩き割り続けた。傷は痛むが、関係無かった。これは戦いを終わらせる為なのだ。彼女の望む世界を一刻も早く。早く。早く。
━━脇腹に、鋭い痛みが突き抜けた。
「かはっ……!?」
何が起こったのか、解らなかった。
背後から、刃が突き立てられている。
そんな筈は無いだろう。何故なら、俺の背後は味方しかいないはずだ。
ああ、きっと俺は世界から嫌われている。
「ユキムラ……!とある少女からの伝言だ……「ごめんなさい、さよなら」だとよ」
ああ、そうか。
初めから味方なんていなかったんだ。
人間も。魔物も。世界も。全てが俺の敵だった。
全てがこの黒い両腕の敵だった。
怒りは自然と生まれなかった。絶望や憎悪も不思議と沸き立って来なかった。
ただ、そこにあったのは虚無。
「お前は人じゃねえ、黒い両腕を持った悪魔だ!」
うるせえ。
黙れ。
「悪魔ってのはお前達の事だよ!!」
ユキムラは吼えた。
黒い両腕が赴く儘に、ただ只管に槍を振るった。人の心臓を貫き、悪魔の首を跳ね飛ばし、外道の頭蓋を叩き割り続けた。身体がどんどん重くなっていくことを感じた。
視界がどんどん暗くなっていく。
息が荒くなっていく。
ああ、きっと俺は世界から嫌われている。
嫌われているなら、同化する必要は無い。ただ死に絶える最期の瞬間まで、足掻き続けてやる。
どうせ一人なんだ。
この両腕が悪魔の両腕だろうと。知ったことではない。
お前ら人間のその心臓が、悪魔の心臓なのだろう?共に死のうではないか。
「━━━私がいるよ」
耳元で、鈴を転がしたような優しい声が聴こえた気がした。
ああ、きっと俺は世界から嫌われている。
お前も、きっとそうだったんだろう?
もし、次生まれ変わることが出来たら。
━━今度は、二人で世界に愛されますように。
悪魔のお願い、神は聞き入れてくれるかしら。
聞いてくれるさ。俺達は悪魔じゃない。
俺達が、「人間」なんだよ。
……若し、私が神様だったなら。彼の願いを聞き入れていたでしょうね。
けれど、神様は贔屓は出来ないから。彼のような敗北者全ての願いは、きっと聞き入れられない。