verlieren   作:亜梨亜

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 ━━翼の生えた天使の形をした水晶。とある国の、小さな世界の物語。

 其れは、神とさえ呼ばれた画家の物語。世界を飛び越える程の想像力と、それを産み出す創造力を持ち合わせた彼は、世界と関わりと持とうとしなかった。

 ……持とうとしなかった理由も察せられるわよね。私も、きっと同じことをしていたと思うわ。貴方はどう?


drama 天使にさよなら

 ━━創ることは出来ても、羽撃くことは出来ない。奪われても、取り返せない。

 

 名画「アトリエ」作者……バロン

 

 作品名の通り、彼が実際に絵を描く際に使用しているアトリエをテーマに描かれたものである。机の上に置かれた筆やカップは非常に写実的に描かれているが、それとは真逆にキャンバスの周りは夢の中のように幻想的だ。色鮮やかな多数の腕がキャンバスに指で自らの色を塗りたくり、その色彩は何も無い空間にすら色を与えている。

 ━━絵を描いている時は、無限の想像力で無から有を創造する。アトリエはその儀式を行う為の小さな世界なのだ。無口で人見知りの彼が、この絵を世に送り出した時にそう呟いた、とされている。

 

 名画「黒腕の戦士」作者……バロン

 

 海の向こう、極東の島国で語られる御伽話をテーマに描かれた作品。名前の通り、真っ黒な腕の男が槍を振るい、異形の獣を突き刺している姿が描かれている。

 注目すべきはその躍動感もさながら、戦士であるはずの男が涙を流していることだろう。バロンが何故、この男に涙を流させているのか。それは無口で人見知りな彼が語るはずも無く、多数の噂が独り歩きしているのみである。

 

 名画「白い花」作者……バロン

 

 戦場に咲く、一輪の花をテーマに描かれた作品。しかし、作品名とは違い、描かれている花は真紅に染まっている。そして隣には生気のない人間の腕が横たわり、周りには一本の剣と、花と同じ色の血が飛び散っている。

 恐らく、この花は名前の通り「白い花」だったのだろう。戦場に降る血の雨に打たれ、真紅に染まってしまったのだ。この絵が争いを嘆いているのか、反戦を掲げているのか。多くの者がそう考えているのだろうが、一部の者は、「この真紅の花も美しい」と、ある種の死や争いといったものへの美意識を感じるらしい。作者であるバロンは、何処まで考えてこの作品を創りあげたのだろうか。

 

 名画「私の隣人」作者……バロン

 

 真っ黒な背景に、仮面を被った紳士が描かれた作品。仮面に表情は無く、ただただ真っ白である。背景の黒と対照的に明るい為、余計にその白が白く見える。無口で人見知りと言われる彼の交友関係は不透明を極め、本当にこの絵が彼の隣人をテーマに描かれているかは不明。

 彼の作品の中でも特に様々な考察、議論が起こされているのがこの作品である。仮面を着けている、そして背景が真っ黒であることからバロンは隣人を良く思ってはいない、という意思の表れだという意見、真っ黒な中に白い仮面を被っているのだから、彼にとって隣人とは光のような存在であるという意見、はたまた隣人というのは「心の中のもう一人の自分」であり、自らの心の中を描いたのだという意見……。真実は作者であるバロン以外に知り得ることは無い。否、彼自身も知り得ないのかもしれない。

 

 名画「精霊の森」作者……バロン

 

 鬱蒼とした森に、蒼い小さな光が幾つか漂っている。そして、木々の間に隠れ、「こちら側」を静かに睨む、エルフの様な種族達。名前の通り、精霊が住まう森を描いた作品であろう。

 この絵に描かれているエルフ達は、一見すると人間のように見えているが、よく見ると何処か恐怖感を煽る、まるで「人間とは全く違う種族」に見えてくる。実際、エルフや精霊といった種族が存在するかどうかは不明であるが、まるで絵の中に生きており、何らかの理由で絵の向こう側、つまりこちら側にいる私達人間を恨み、睨んでいるように感じられるのだ。彼等が何故こちら側を睨んでいるのか、エルフや精霊達は生きているのか、本当に存在しているのか。

 

 名画「詩人」作者……バロン

 

 斬首台の上で、風を一身に受けながら歌っている女性が描かれた作品。この女性のモチーフは、セントニア王国に抗い続けた旅の詩人、セレナであると言われている。彼女とバロンに交流があったかどうかは不明であるが、彼女の出自も不明である為、真偽を確かめることは不可能であろう。何故なら、彼女は既に死んでいるのだから。

 この作品もセレナの詩同様、セントニア王国に抗い続ける、という意思を感じられると言われている。セレナは斬首台に掛けられて死亡しており、その理由は「詩による世界への冒涜」とされている。そんな彼女を斬首台の上で、風を受けながら清々しく歌っている姿を描いたのであれば、彼女と同じ思想を持っている、と言われても文句は言えないだろう。バロンはこの絵について、「あくまでも自分の世界を描いているだけである」と述べているらしい。

 

 名画「神の光」作者……バロン

 

 幾多の兵士が路傍の石の様に転がり、その中心に真っ黒な光が輝いている作品。「神」の光である筈なのに、その輝きはあまりにも冒涜的で悍ましいものであった為、多くの宗教家や神父からの罵声が浴びせられた作品である。

 バロンという画家は、その本名は疎か出自、性別、年齢、現在の住所からどのような顔をした人物なのか、全てが謎に包まれている人物である。この絵が世に送り出された時には多くの宗教家が彼を探そうと躍起になったがついに見つかることは無く、この絵だけが紅蓮の炎の元に葬られることとなった。その際に天へと昇っていったどす黒い煙は、まるで作品の中に描かれた真っ黒な光のようにも見えたという。既に失われた絵画、という意味では、この作品は彼の作品の中でも非常に勿体無い作品であろう。

 

 名画「行き先」作者……バロン

 

 剣を提げた一人の旅人が、道を唯歩いている作品。道の先は、真っ黒な闇に覆われている。空は蒼く描かれているが、奥に進むにつれ暗くなっている。夜よりも、遥かに深い闇に。

 この絵に描かれている剣は、セントニア王国の兵士が訓練兵として野外訓練を行う際に支給される剣らしい。この情報により、バロンという画家は兵役があったのではないか、という推察もされたが、真実はこの作品の道の先と同じ、闇の中である。唯、彼がセントニア王国の国民であろうことは間違いは無いのだろう。

 訓練兵の訓練用の剣を態々描いたことには何の意味があるのだろうか。戦続きのこのセントニア王国は、いつか争いに敗北し、暗闇の中を彷徨うことになる、と伝えたいのではないか?という推察も行われた。後日、その説を持ち上げた学者は行方知れずとなった(歴史の闇に葬られた)

 

 作品名「約束」作者名……トード

 

 少年と騎士が向かい合っている姿を描いた作品。若くも実力の高い画家、トードによって創られた作品である。

 彼の作品は非常に写実的でありながらも少し幻想的な雰囲気を漂わせており、謎に包まれた天才画家のバロンと作風が酷似していた。然し、バロンの影響力はそれ程に強く、似たような作品は湯水のように世に送り出されていた為、それ自体は大したことでは無かった。唯、トードの作品は、それ等の既製品の様な作品群と比べると、頭一つ抜けて才能が感じられたのだ。

 然れど、バロンという画家の壁は非常に高かった。既製品達に比べればトードの実力は非常に高かったが、それをも超えるバロンの想像力と創造力。彼は神に等しかったのかもしれない。確かに其処に存在する筈なのに、その存在はあまりにも不確定である。

 

 名画「天使」作者……トード

 

 純白の(穢れなき)白い翼。漆黒の(争い続ける)黒い翼。そして穢れなき表情で大空を舞い、争いの絶えぬ大地を見下ろした天使が描かれた作品。トードの稀代の傑作と呼ばれ、その絵はバロンを遥かに越えたと言われる作品である。

 大地は血と剣と死体で塗れており、それでも尚戦い続ける人々が描かれており、空はただひたすらに蒼く、天使の表情も穏やかである。まるで空は純白、大地は漆黒と言わんばかりに翼だけが異質であり、天使の表情はまるで「全てを受け入れる」と笑っているように思えてくる。美しい世界と穢れた世界、その全てを受け入れると。全てを受け入れた結果、この世界に何が生み出されるのであろうか……。

 

「遺言」執筆者……バロン

 

「天使」がトードの手によって世界に送り出された数日後、セントニア王国の小さな街の小さな家にて自殺者が発見された。首を吊って死んだ彼の傍らには一枚の遺言書が置かれていた。

 

 ━━私は、天使に見放され、殺された。私に抗う力は無い。

 

 たったこれだけの文章。そして紙の端には「バロン」という文字が刻まれていた。

 家の地下には大量のキャンバスや絵の具、様々な画材が並んでいる部屋が発見された。その描きかけのキャンバスや恐らく世界に送り出すことを断念した絵を見るに、この自殺者は間違いなくバロンである、と断定された。

 

 彼の残した、「天使に見放された」という一言。間違いなくそれはトードの作品「天使」だろう。彼はトードという、自らを越える存在に絶望し、敗北したのだ。……世界は、神を引き摺りおろした。地の底に。

 然し、バロンの作品は未来永劫評価され続けることとなるだろう。宗教家達によって破壊された、「神の光」と……彼の没後、何者かによって破壊された「私の隣人(トード)」以外は。




 ━━抗っても敗北者に成り果ててしまった者と、抗うことを放棄した敗北者。どちらも同じ敗北者。

 ……然れど、彼も抗おうとしていたのでしょうね。このdramaはただ一辺からしか、彼の世界を覗くことが出来ないから、見えないだけで。

 ━━何故そう思うのかって?そうね……そうでもしないと、dramaにはならないのよ。きっと。

 ……彼は少し、気の毒かもね。
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