━━不死の兵隊。其れは、セントニア王国の兵隊を目の敵のように襲い続ける、神出鬼没の集団に付けられた異名だ。
本当に不死である……という訳では無く、死をも恐れずに、鬼人の如き表情で只管に攻め立て続けるその姿が、「まるで死の概念が無いのではないか」と錯覚させることから、不死の名を欲しいままにしている。
だが━━私から見れば、不死の兵隊の頭に君臨する男、ヴァッシュ・セントニアは、或る意味では本当に「不死」と呼べるだろう。
━━何故なら、彼は既に一度「
何故、彼が味方の刃によって死ななければならなかったのか、私の知るところではない。例えば、あの御伽話のように、彼に味方等一人も居なかったのかもしれない。或いは、あの産まれながらにして皇帝であった男が、不死の兵隊の中に自らの刃を忍ばせたのかもしれない。
だが、ヴァッシュ・セントニアという人間の物語は、味方であった筈の名も無き一兵卒に心臓を貫かれて幕を閉じる。此れが運命であり、謂わば
それを覆したい。抗い続けることが出来れば、敗北者は勝者の首を喰い荒らし、運命という空から垂らされた糸を断ち切ることが出来る。「少女」は、其れを証明したかった。
数々の敗北者を見てきた。数多の敗北者を自らの透明な世界へ誘った。そして、世界が産まれたその時から形成され続ける水晶、dramaを通して、抗い続けた歴史を紡ぎ続けた。
彼なら、或いは。
死して尚、抗い続けた彼なら。運命という名の一本道を、敗北者という名の消えない刻印を、粉微塵に砕けるかもしれない。
人間同士の争いも、もう見飽きてしまった。どれ程見ても、未だに少女にとってはまるで非現実的なもので。どちらが優勢なのか、どうすれば勝敗が決まるのか、全く解らなかった。片方を全て殺戮するまで終わらない、というのであれば、ヒトの歴史などとうの昔に終わりを告げていただろうに。
其れでもまだ、ヒトの歴史が続いているのは、ヒトという種族は「敗北者では無い」、ということなのだろうか。
不死の兵隊が、戦場へ現れた。先陣を切る部隊がセントニアの兵隊に飛び掛り、鉄と鉄が触れ合う音、肉が削げる音、男の怒号、逃げ惑う足音、悲鳴……空は清々しい程に蒼く、小さな鳥が鳴き声をあげて飛んでいく。まるで、其れは天使のように。大地は人の血で染まり、薔薇のように紅く紅くなっていく。
ヴァッシュ・セントニアの暴れようは少女の目にも見えた。自らの身を護る鎧も最低限に、二本の剣を振り回す彼の姿は、確かに死など微塵も恐れていそうにない。自らが死ぬ前に、自らを殺そうとする輩を皆殺しにすればいい。まるでそう考えているかのような……。
しかし、彼はこの後、味方の槍に貫かれて絶命することとなる。「以前の彼は」、「以前の世界は」、時計の針を巻き戻す前は、そうであったのだから。果たして……
「うあああああっ!!」
身体が軽い。
剣を振るう腕が嘘のように敵の腹を割く。鎧を剥ぐ。命を獲る。
「以前の俺」は、もういない。敗北者では無いのだ。只管に屠り続ける。軈て訪れるであろう、時計の針が止まった地点まで。
━━この世界では、勝者が未来を創り、敗北者が物語を創る。
俺は未来を創りたい訳じゃない。唯、敗北者になるのが嫌なだけだ。
理由は其れだけでいい。
勝者共の勝手な理由で殺された俺の母親も敗北者だった。
何処にも味方なんて居なかった、誰からも虐められ続けてきたのも俺が敗北者だったからだ。
兄貴に殺されかけて、一人で野良犬のように野垂れ死に掛けたのも、俺が敗北者だったからだ。
敗北者は、全て奪われる。
俺は、もう、これ以上。
これ以上、何も奪われたくない。
━━唯、母親の愛情が欲しかった。
父親と、外で遊んでみたかった。
兄弟と喧嘩しつつも、共に食事がしたかった。
名も知らぬ少女を相手に、恋に落ちたかった。
気の置けぬ友人と、夕日が沈むまで語り合いたかった。
敗北者は全て奪われる。
否、俺は初めから何も持っていなかった。
手に入れるには、勝者となって奪うしかなかった。
手に入れた後、奪われない為に勝者にならなくてはならなかった。
勝者になっても、きっと母親の愛情は与えられない。
父親を殺さなければ、勝者にはなれない。
兄弟をその手にかけなければ、勝者にはなれない。
血に染ったこの腕で、誰かを愛することなど出来はしないだろう。
それでも良かった。
唯。もう奪われるのは嫌なんだ。
敗北者は、命まで奪われる。
其れだけは、赦してはならない。
「ヴェェァァァアっ!!!」
背後に感じる殺気。先回りして剣を振り下ろす。味方であるはずの、不死の兵隊の隊章。其れを貫いて、自らの時計を未だ見ぬ世界へ進める。
俺は此処で死なない。此処で、敗北者にはならない。
世界に、運命に、死にさえ抗い続け、勝者の椅子から全てを引きずり下ろす。
運命は、変わったのかもしれない。
抗い続ければ、抗い続けた彼なら、死という逃れられない運命すら、引きずり下ろせたのかもしれない。
死の運命から逃れるなんて。
本当に彼は「不死の兵隊」其のものでは無いか?
透明の少女は思わず笑ってしまった。
━━不死の獣は死ぬ迄暴れ続けるだろう。
誰も彼を止めることは叶わない。
何故なら、彼は死すら殺してしまうのだから━━
初めて何かに抗ったのは何時だっただろうか。
兄に母を馬鹿にされた時だっただろうか?姉に腹を蹴られた時?それを止めなかった使用人達に対してだったかもしれない。
抗えば、其れより遥かに強い力で抑えられる。そして二度と抗う気が起きぬよう、罰が下される。軈て二度と口答えすら出来ぬよう、その命を奪われる。
奪われるその瞬間も、俺は抗い続けた。結果、奪われることなく逃げることに成功し、その先で野垂れ死に掛けた。その後の人生も楽なものでは無かった。人を騙し、人を殺し、人に裏切られ、人に騙され。
確かに、俺はあの少女の言う通り、産まれながらにして世界に嫌われ。
これ以上嫌われることが怖くて、誰も愛することが出来ずに。
かといって孤独も怖くて、自らを畏れ敬う者共を自らの兵隊として群れを作り。
其れでも今までの虐げられ続けた記憶に縛られ、誰一人信用することも無く。
産まれながらにして、敗北者だったのかもしれない。
だが、だから抗うのだ。
そして、勝利をその手に掴んだその時に、全て手に入れれば良い。
意識が遠のいていく。この感覚は以前にも味わった。あの時、槍で刺された時。
見たことも無い母の顔が、脳裏に浮かぶ。
俺は、敗北者では無い。抗い続ける。
いつしか、俺の周りは屍体がこれでもかという程積み上がっていた。
俺が、奪い続けてきたもの。
お前達も、産まれながらにして敗北者だ。
意識を手放す。
━━きっと、俺は今も抗い続けている。
……これが、「貴方のdrama」よ。
歪な獣の形をした水晶。最期まで抗い続けた、とある戦士の物語。
其れは、不死と謳われた悪魔のような男。死をも恐れぬ、一度は死してまで世界に抗い続けた、名前すら失った王子の戦いの記憶。
……貴方は、最期まで、本当に最期まで抗い続けたわ。然れど、運命は変わらなかった。
━━貴方は、あの戦場で死んだの。敗北者として。
悔いることは無いわ、誰も運命から逃げることなんて出来ないのだから。泣かなくてもいいの。
どうせ、勝者になっても貴方の欲しいものは手に入らない。
そして、私も━━
不死と謳われた、死すら抗おうとした男、ヴァッシュ・セントニアのdrama。
彼は、この透明な世界で、最後の最期まで抗い続けた。
その最期の記憶━━