━━少女の形をした水晶。其れは其の世界の神であり、或いは御伽話の少女である。
敗北者である以上、少女にも物語は存在する。
もし、次生まれ変わることが出来たら。
━━今度は、二人で世界に愛されますように。
私が神様なら、願いを叶えたでしょう。然れど、私は神では無い。
生まれ変わることも赦されず、敗北者の物語の欠片の集まりとなった私は、透明な世界の、敗北者の物語の管理者……或る意味では神となった。
どうやら私は死して尚、神となって尚敗北者だったらしい。唯、数多の世界を、数多の時間を見届け、敗北者となり、歴史に葬り去られる前の物語を水晶に閉じ込め、敗北者の物語を紡ぎ続けるのみ。新たな命を吹き込むことも出来ず、死せる者を選ぶことも出来ない。唯、永遠に近い時を眺め続けるのみである。
私は、抗い続けた。
彼を、世界に認めさせる為。
二人で、世界に愛される為。
彼が、傷つかなくとも良い世界を見る為。
━━ユキムラの為に、抗い続けた。
その結果が、人の皮を被った悪魔達からの私刑による死刑。全身を引き裂かれるような痛みと、笑い声に対する恐怖。怒号で耳を殺される感覚は、死して尚、悠久の時を経ても忘れることは無い。
私は、透明な少女となり、悠久の時を過ごすうちに、幾多もの敗北者を目にした。数えきれない程の物語を追い、星の数程の敗北者の死を見届けてきた。
そうしていくうちに、心は歪み始めた。御伽話の中で語られる「私」と、今ここにいる透明な少女。その心の内は、既に大きく違ったものになっているだろう。
其れでも。敗北者であったとしても、死して悠久の時を生きる私が、透明な少女が、心を壊すこと無く敗北者達の物語を見届け続けることが出来たその理由。
━━ユキムラの、生まれ変わった後の姿を。今度こそは、世界に愛される姿を見たいだけ。
例え敗北者として産まれてしまったとしても、抗い続ける姿を。抗い続け、世界を変える姿を。
そう信じ、抗い続ける敗北者達の物語は自らの近くに置いた。何年も、何年も、唯只管に物語を見届け続けた。
そして、敗北者の神となってから何年が経っただろうか。
間違いようも無い、かつて愛した黒腕の男、ユキムラの生まれ変わった姿を見つけることが出来た。
セントニア王国と呼ばれるその世界の勝者とも言える国の、国王の子、ヴァッシュとして生を受けた。
世界に愛されるだろう。国王の子なのだから。
そう、信じていた。
然し、世界は少女に、ユキムラに、敗北者に、ヴァッシュに牙を剥いた。
ヴァッシュの母親は殺され、ヴァッシュという王子は存在していないことにされ、家族から、使用人達から、世界から迫害を受け始めた。
━━あぁ、きっと彼はまた世界に嫌われている。
赦せない。
然し、今の少女には隣で見守ることすら赦されない。
彼は一人でも抗い続けた。その姿はまるで黒腕で槍を振るう彼のようだった。彼の戦う姿は見たくなかった。同じように、彼の吼える姿もやはり、見るのは辛かった。
彼は「不死の兵隊」として、王子の座を捨て、家族に抗い続けた。その姿は不死と言うべきではなく、「既に死んでいる」、まるでそう表現した方が正しい気がした。ユキムラが虚無の侭に戦っていた時と同じだ。
彼には、私のような、縋る為の存在が必要なのだ。其れが無ければ、軈て死んでしまう……敗北者として。
やはり、彼は死んだ。敗北者として。
運命がそうさせたのか、彼はユキムラと同じように、味方の刃で命を絶たれた。胸が張り裂けるかと思った。初めて、ユキムラのdramaを見届けたその時のように。
少女は、初めて神として世界に干渉した。せざるを得なかった。
ヴァッシュは当然ながら、少女のことを知らなかった。其れが当然なのだ。生まれ変わる前の存在等、全て失われるのだから。
今やユキムラという存在は御伽話であり、敗北者のdramaであり、少女にとっての全てなのだ。
其れが解っていたから、そして、ヴァッシュはユキムラの生まれ変わりでもユキムラでは無かったから。ユキムラと同じように接することはしなかった。出来なかった。高慢な、敗北者の神として。
「敗北者のままでいいの?」
くすくす。
━━願わくば。私のことは思い出さなくてもいいの。唯、もう貴方が敗北者になるのは嫌。貴方の望んだ世界を。貴方が、世界に愛されますように。
彼と巡った五つのdrama。最初の二つは、少しだけ少女の我儘も込められていた。
願わくば、私のことを思い出して欲しい。
願わくば、このように二人で愛し合いたかった。その最期が、悲劇であったとしても。
残りの三つは、ヴァッシュに向けてのメッセージ。抗い続けよ、抗うことをやめては敗北者と成り果てる……。
恐らく、少女が神として、最初で最後の命のやり取り。ヴァッシュの時計の針を巻き戻し、世界を巻き戻した。
彼は、死して尚「敗北者じゃない」と叫び続けた。死したその時に、願わくば、生まれ変わることが出来たら、と敗北を認めた私やユキムラとは違った。
最期まで抗い続けた彼ならば。死したその先を切り開き、敗北者の刻印を消し飛ばし、そして勝者としての愛を手に入れられるかもしれない。
愛されたかった?
私が愛したかった。
然れど、それは赦されない。私は敗北者の神なのだから。勝者を愛するのは、敗北者であってはならない。
━━願わくば。生きて、ユキムラ。
生きて、ヴァッシュ。
少女が透明な世界から見下ろした、彼の世界は、世界に幕が降ろされる瞬間そのものだった。
彼は、獣の形をした水晶を遺し、敗北者として死んだ。
二度目の干渉。
━━敗北者は、産まれたその時から永遠に敗北者なのかもしれない。
死した後の世界でも良い。二人とも、敗北者でも良い。
わたしは、かれといっしょにいたい。
━━願わくば。
「……ヒスイ。それが、お前のdramaか」
彼が、私の名前を呼んだ。
気が付けば、彼が私の手を握っている。
……ああ、そうか。私は再度世界に干渉し、彼をこの透明な世界へ招き入れた。
そして、手を握った。
水晶に触れたその時に、dramaは始まる。
ヴァッシュは。ユキムラは。私の悠久のdramaを見届けたのだ。
だから、ヴァッシュでありながら、彼はユキムラの記憶を。私の、少女の、御伽話でユキムラを庇って殺された、ヒスイの名を、物語を思い出したのだ。
「……俺は、ユキムラは。死ぬ前に、願わくば。お前と世界に愛されたいと願った」
「……私も」
その結果が、私は敗北者の神。貴方は、また世界に嫌われた敗北者だなんて。
この透明な世界が、似合っている。
「……この透明な世界なら、二人だけだよ」
「そうだな」
もう、水晶も要らない。彼がいれば、私はもう何もいらない。
なにもいらないの。
「俺達二人で、透明に色を与えればいい」
「どうするの?」
神であるはずの私が知らないのに、貴方は教えてくれるの?
「……俺が、初めてここに来た時。お前を見た途端、この世界に色が広がったんだ。きっと、俺とお前の二人なら。この透明な世界も無限に彩られるはずだ」
……嗚呼、神様がもしいるのであれば。
━━願わくば、もう生まれ変わりたくない。
永遠が死より重く、凄惨なものだったとしても、貴方と二人なら最期まで愛し合うことが出来る。
この世界なら、私達を愛してくれるでしょう。
敗北者でもいいの。抗う必要も無いの。
━━最期まで、二人で愛し合うことが、できますように……。