X771年。
とある片田舎にあった小さな村。
そこにウィズ・クロームは優しい両親と一緒にこれといった不満もなく幸せに暮らしていた。
だがある日、食料や金品に飢えた賊が村を襲い、女は奪われ、逆らう者は殺され、あらゆる物を略奪し村は焼かれた。
ウィズはその時、両親の機転によって近くの森に逃がされて難を逃れていたが、一夜明けて焼かれた村に戻ったウィズは、そこにあったたくさんの返事なき人達を見て泣くこともせずに地面を掘って1人1人埋めてお墓を立てていった。
「野蛮な賊に襲われたのね。可哀想に」
そんな時だった。たまたま近くを通りかかったティア・レンドリーと、ウィズが出会ったのは。
ティアは1人生き残ったウィズと墓に、まだ埋められていない人達を見てから、何も言わずに手伝いを始めて、不思議な人だと思いながらウィズは何も言わずにそれを受け入れた。
「これからどうするの?」
埋葬を終えてから、ただ墓の前に立つウィズにそんな問いかけをしたティアは、まだ小さな子供を放っておけないといった雰囲気でウィズを見る。
「……新しい家を探さないと」
「……切り替えが早いのね。子供らしくなくて怖い感じ」
「泣いてみんなが生き返るなら、いくらでも泣くよ」
「じゃあもし、この村みたいなことにまたなった時、君はどうする?」
「オレにはどうすることもできないよ。仕方ないんだ」
冷めた子だと、この時のティアは思っただろう。
しかしティアはそんなウィズに可愛く頬を膨らませて頭にチョップを振りかざすと、割と痛かったそれに頭を擦りながらティアを見上げれば、真剣な顔つきでまっすぐにウィズを見てきてちょっと物怖じする。
「そんな簡単に諦めるな。もしそんな時がまた来たら、今度は全部守ってみせろ。男の子なら強くなれ」
「強くとか、どうやって」
「ふふん。これでもお姉さん、結構強いのよ。もしやる気があるなら、私が戦い方を教えてあげる。素養と覚悟があるなら、それを最大扱える『力』も与えてあげるわ」
「…………お姉さんって、何してる人?」
「これは秘密なんだけど、実はお姉さん世界の平和を守る『正義の味方』をやっているのですよ」
「…………」
元々、世話焼きなところがあったティアは、天涯孤独となったウィズの面倒を買って出たが、なんの恥じらいもなく正義の味方とか言うティアに真顔になってジト目で見てしまった。
それがティア・レンドリーとの日々の始まり。
ティアの指導は割とスパルタ方式で、自給自足で流浪の旅をしながら、その合間でとにかく組み手。
毎回ぶっ倒れるまで続く特訓に始めこそあんまり乗り気ではなかったウィズだが、ちょいちょい「男の子なのにだらしない」だ「女に負けて悔しくないのか」だと嫌味なことを言われてはスルーもできないので、その度にムキになっているうちに日課になっていた。
そんなことが半年ほど続いて、特訓でぶっ倒れることがなくなった頃に、ウィズを見定めていたティアは唐突ではあったがある1つの魔法を伝授する提案をしてきて、魔法の素養はあったウィズも魔力を扱えるようになるならと話を聞く。
「私が教えられる魔法は選択。これを扱うためには必要な条件が1つ。それは私と同じ『正義の味方』であり続ける覚悟があるかどうか。冗談じゃないわよ。その覚悟がない人に、この魔法は割に合わないほどの足枷をはめることになる」
これまでの旅でティアが言う正義の味方が単なる自称などではないのかもと思えていたウィズ。
何故なら行く村、街で困ってる人を見れば必ず話を聞いて、どうにかできることなら解決して回っていたから。
選択という魔法もすでに何度も見てきたからなんとなくどんな魔法かもわかっていたが、それほどの覚悟で扱っていたことを初めて知って少々驚いた。
しかしいつしかそんなティアに憧れて背中を追っていたウィズは、自分もそうなれるというなら願ってもないとその問いに対して首を縦に振る。
「その覚悟でいつか、私を殺すことになっても、ためらったらダメよ」
「そんなことにならないだろ。だってティアは正義の味方。そんな人を殺すなんて意味がない」
「…………そういうことじゃ、ないんだけどね……」
おそらくはそのくらい覚悟がないと教えてくれないという意味だと当時は思っていたウィズはその意思を揺るがせなかったが、ボソリと呟いたティアはそれからいつもの調子になって了承すると、選択を扱うための誓約の儀式をウィズと行なう。
腰に差した真刀滅却を抜き、それで自らの腕を軽く斬ったティアは、次にウィズの腕も同じように軽く斬って、それで流れ出た互いの血を刀身に垂らして混ぜ合わせると、それをウィズに飲ませる。
血を飲むという行為に抵抗はあったものの、必要なことならと極少量のそれを味わうこともなく飲んだウィズだが、その後に訪れた全身を襲う激痛に意識が保てなくなる。
「選択に与えられた恩恵よ。身体能力が強化されるんだけど、内側から作り変わるから痛みが伴うの。だから話はその痛みが引いてから。今は寝なさい」
その言葉を最後まで聞くかどうかでウィズは意識を手放したが、次に目覚めた時には痛みも引いて自分の身体が根本から変わっていることが感覚的にわかった。
それからティアによる選択を使う上での誓約を聞かされたウィズは、選択以外の魔法を使えなくなったことを素直に受け入れて、飛躍的に向上してしまった身体能力に心が追いついてないチグハグな状態を克服するためにひたすら組み手を繰り返していった。
X776年。
ウィズが15歳になった年に、ようやく真刀滅却による剣術指南で合格点をもらえた。
ティアの教える剣術は何か型を覚えるようなものではなく、ただ鞘から抜いて一閃に振り抜く。これこそが重要だと、打ち合いもやりつつでこの抜刀だけは欠かさずにやらせてきた。
ウィズも物事の善悪や世界を理解できる歳になったと判断したティアは、ある日の夜に自分達に課せられた宿命についてを話し聞かせた。
「私達……選択を扱う者は代々、この世界の巨悪を討つ役目を担ってきたの。世界を揺るがしかねない存在を討ち倒すために、選択とこの刀を受け継いできた。以前話したけど、この真刀滅却の刀身には魔法無効化が施されているわ。でもこれを選択者が扱う場合は違う」
「でもティアもオレも使ってるけど、特別何か起きたりしたことはないよな」
「そりゃそうよ。だって今の私達は選択者であって選択者じゃない。完全には選択という魔法を会得していないのだから」
会得していない。それはどういうことなのか。
何を以て魔法の会得とするかなど、その人の裁量でしかないようにも思えるが、ティアの言う未完の魔法はおそらく文字通りの意味を持っているのだ。
つまり選択という魔法にはまだ秘密がある。
「今の真刀滅却はその真の力を魔法無効化という殻の封印によって隠している状態。この封印を解くには、ある厳しい条件があるのよ。何百年もの選択者の歴史の中でも真刀滅却を解放状態で振るったのは片手の指で数える程度しかいない。でもそれを振るった人達は皆、世界の大いなる危機を救った。影ながらだけどね」
その選択者の真の力とやらが相当に凄いのは自慢気に話したティアを見れば十分にわかった。
それだけの力を秘めているなら、その封印とやらはよほど厳しい条件を満たさないと解けないのだろう。
「で、その封印の解き方は? それを教えるから話してるんだろ?」
「……そうね。私達の代ではこの封印を解くことはないかもしれないけど、これは選択と真刀滅却の力を継承するために必要なことだから、それをウィズがちゃんと理解できる歳になるのを待った。だから納得しなくてもいいから理解しなさい。そしてもしも封印を解く時が来たら、迷わずに実行して」
ずいぶんな前置きだなと思った。
ティアが真剣な顔つきでここまで言うからには、ティアとしては封印を解きたくないと思ってて間違いなさそうで、その凄みにちょっと引きつつ首を縦に振ったウィズに、自分を落ち着けてからティアは重い口を開いた。
「真刀滅却の封印を解くには……血を分けた選択者の心臓を真刀滅却で貫き糧にする。つまり、命を代償にして封印は解かれるの」