選択の誓約は少々重いなぁと、以前からちょっと思っていた。
選択で他者の命を抜き取ったり、選択以外の魔法を使ったら死んでしまう。その代わりに身体能力の強化はついてくるが、それにしてもだ。
選択自体、それほどの誓約をかけて使うには万能性はないし、ほとんどクロスレンジ。その手が届く範囲でしか戦えないに等しいのは魔導士としては結構な痛手。
その重い誓約の謎が今、解かれようとしていた。
「命を、代償に?」
「そう。私達で例えるなら、私がウィズを、またはウィズが私を真刀滅却で心臓を貫いて殺すことで封印は解ける。そして選択の魔法も今の段階から昇華する」
あまりに衝撃的な話に、開いた口が塞がらないウィズだが、質問はあとで受け付けるといった雰囲気で話を続けるティアにウィズも色々とあったが口を閉じて黙って聞きに徹する。
「封印を解かれた真刀滅却はまず、その所有者が持った時にのみ任意で魔法無効化が解除できるようになって、選択の魔法は真刀滅却を通じて変化し刀身に作用する。その効力は『あらゆる因果や概念、形なきものだけを断ち切る』。抜き取るのではなく、断ち切ってこの世界から消滅させるってこと。その原理は選択と変わらないから、そのものに対する最低限の理解は必要だけど、その威力が絶大なのはわかるわね」
つまり真刀滅却は傷つけることなくその斬りたいものだけを斬れる刀へと変化するということ。
そしてそれで斬られたものはこの世界から消滅する。
だからティアは真刀滅却を扱う上で抜刀術に重点を置いていた。当たれば文字通り必殺。その太刀を相手は防ぐことすらできないのだから、当てるためだけに極める最速の抜刀術というわけだ。
だがそれほどの大魔法。当然その上でも代償はあるらしく、ティアからそれを聞いて多用もできないことを知ったウィズは、まだ聞いていない選択の強化についてに耳を傾けた。
「選択もまた扱い方に種類が増えるわ。これはオールレンジ対策に使えると思うけど、右手で選択して抜き取ったものを左手から放出するカウンター魔法。相手の魔法をそっくりそのまま返すことも不可能じゃないと思うし、接近戦でも相手の打撃力を右手で抜き取って左手に乗せて返せば、自分の力が必要ないカウンターも理論上は可能。でもどんな魔法にも限界はあるから、それを抜き取って返せるかどうかは感覚で理解するしかないみたい」
要するに選択という魔法はこの封印を解いた状態に対しての誓約がなされている。
だから封印状態では誓約が重く感じてしまうわけだ。
これがいつからそういう魔法になったのか、或いは始めからそういう魔法だったのかはわからないが、生み出した魔導士はきっとろくでもないバカ野郎だったことには間違いない。
人の命を糧にして強くなる魔法など、闇魔法と変わらない。
そんなものを扱って『正義の味方』などと笑わせる。
「命を代償にした力なんて……」
「ウィズの言い分はもっともよ。でもね、世界を揺るがしかねない脅威というのはそれくらいの代償を支払わないと討つことはできない。世界というものから見れば、ひと1人の命で救われるなら……」
「命に高いも安いもないだろ!」
「…………そうだね。ウィズは正しい。そうやって命の尊さを忘れないことは大事よ。でも私はあなたに選択を教える時に言ったわ。私を殺すことになってもためらうなって。選択は生涯で1人にしか継承できない。真刀滅却が継承の段階で混ざった血を覚えるから誤魔化しが利かないの。だからその時が来たら後世に選択を残すために糧となるのは師匠の役目。納得しろなんて言わないわ。それでも討たねばならない巨悪が現れた時、選択の真の力が必要になったら私を殺しなさい」
ティアがどんな覚悟で自分に選択を継承したのか、ここで初めて真に理解したウィズは、自分が死ぬ決意を固めるティアと正面から向き合えなかった。
本当にいつかその時が来ても、自分はきっとティアを殺せない。
ティアは自分を救ってくれた恩人で、目指すべき目標で、何よりも大好きな人だから。
「……まぁ、そんなことにならないのが1番だし、長い歴史でそうしなきゃならなかったのが片手の指で数えるくらいだったってことが言えるわけ。実際、私と師匠の代もその前も前も、その必要がなく今に至ってる。だから私を殺したくないなら、正義の味方であり続けなさい。世界の脅威を芽が出る前に摘むことが出来れば、その可能性だってぐっと低くなるんだから」
自分が死ななきゃならない話で、ウィズ以上に心穏やかなティアは少々異常にさえ思えるが、師匠として情けない姿は見せたくなかったのだろう。
ウィズの顔に優しく手を触れながらニコッと笑ったティアは、そんな日が来ないことを願いつつ各地を旅するその思いを吐露し、ウィズもそれに改めて理解を示して選択者としての重責を一緒に背負った。
翌年の冬頃だったか。
フィオーレという国に数ヶ月ほど滞在していたウィズとティアだったのだが、この国には400年前に存在していた黒魔導士ゼレフを盲信する怪しげな組織があり、情報収集を重ねることでそのゼレフが不老不死でまだ生きているかもという。
中でも闇ギルドの悪魔の心臓と
そのためにイシュガルの四天王とかいうお偉いさんに会ってきたとかいうティアのさりげなさは物凄いのだが、ゼレフと一緒にアクノロギアというもう1つの脅威も消えていないことを聞いてきた。
今はまだ何も起きてはいない。
しかしそれは脅威がくすぶって表面に出てきていないだけ。
いずれゼレフを追う悪魔の心臓や冥府の門が影響を与えて何かが起きるかもしれない。
ゼレフもアクノロギアも遥か昔に国を滅ぼすほどの災害をもたらしたとされる巨大な脅威。
「ゼレフを討つわ。そして出来ればそれと同じくらいの脅威かもしれないアクノロギアも」
そしてティアの出した結論はそれだった。
巨悪を討つのが選択者の宿命。
それを考えれば至極当然の流れだったが、ウィズはそれに反論した。
何も起きてないならこれからも何も起きない。
そんな楽観的な考えを口にしたウィズを、ティアは一喝した。
これから先に何も起きないなんて保証もない。その時になってあの時ああすれば良かったと言ってももう手遅れだと。
ウィズだってそんなことはわかっている。わかっていてそれを口にしたし、ティアもそんなウィズの内心を理解して怒っている。
だからティアはこうなることも考えていたのだろう。
絶対に真刀滅却の封印を解かない姿勢のウィズに対して、不意打ちの鳩尾へ一撃。
手加減なしのそれにはウィズでも身動きが出来なくなるレベルで、倒れて動けないウィズをそっと抱き締めたティアは、別れを惜しむように耳元で口を開いた。
「大好きよウィズ。ずっと孤独だった私と旅をしてくれて、ありがとう」
今にも泣きそうなその声に、ウィズも涙を禁じ得なかった。
ティアがもう何をするつもりかはウィズにもわかった。
わかったからどうにかしようとティアを引き剥がしにかかるが、両手を上手く封じたティアはゆっくりとウィズから身体を離して、その右手でウィズの身体に触れて『自分と過ごした日々の記憶』を抜き取り自らに取り入れてしまう。
その瞬間、ウィズは叫ぼうとした。したのだが、ティアの右手が身体を通過した時にはもう、何で叫ぼうとしたのかわからなくなっていて、目の前で立ち上がり離れた女を認識できず呆然とする。
そんなウィズにメモを記した紙を投げ渡した女は、さっきまで泣きそうになっていた顔など微塵もなくして冷徹な表情でウィズを見る。
「私はティア・レンドリー。あなたから大切な記憶を奪った女。それを取り戻したいなら、追ってきなさい。私の目的は全て『ゼレフへと至ること』」
何が何やらなウィズは唐突な話にどうすればいいかまとまらなかったが、それだけ言ったティアと名乗った女はどこかへと行ってしまい、整理するように記憶を辿って初めて記憶にぽっかりと大穴が空いていることに気づき、慌ててティアを探したが、その時にはもうティアの姿は影も形もなかった。
残されたメモには自分に秘められた魔法の色々やティアと自分との簡潔な間柄だけが書かれていて、未だ頭の中がぐちゃぐちゃなウィズは、何故か痛む腹を押さえながら意識を手離した。
雨が降ってきた。
村を焼かれ、親を殺された時も泣くことはなかったウィズだが、自分の手の中でどんどん冷たくなっていくティアから真刀滅却を抜き、必死に止血を試みている時には涙を流していた。
そんなウィズの姿を虚ろな目で見たティアは、そんな顔をさせてしまったことに罪悪感を覚えながらも、その最期の使命を遂行する。
選択者として、弟子に残す最期の言葉。
「これは……私が選んだ道……だから泣かないで。あなたにはまだ、やるべきことが残ってる……ゼレフを……倒しなさい。アクノロギアを……倒し……なさい……」
「黙っててくれティア! 血が止まらないから!」
「私は……幸せだったよ。ウィズと過ごした思い出が……私の何よりの宝物……あなたの記憶からも……幸せな気持ちがいっぱい伝わってね……嬉しかったな……」
「だから、喋らないでくれよ!」
「…………行きなさい、ウィズ・クローム。戦いはまだ、続いてる……あなたにはもう……私よりも大切な家族が……いるでしょう。守りなさい……そのために教えた力と技術なん、だから……」
もう、目も開けてられなくなったティアは、弱々しい手でウィズの顔付近に手を持っていくと、止血をしていたウィズはその手を握って顔へと触れさせる。
「…………愛してるわ。だから……あなたは精一杯……生き……」
「…………オレも大好きだよ、ティア」
応える声はなかった。
顔に触れる手にももう、一切の力が加わっていない。
だがその顔はとても穏やかな表情をしていて、なんとなく笑っているようにも見えた。
「…………メイビス」
あまりに突然の出来事に冷静になれていなかったウィズだが、ティアの死を受け入れた時に今まで感じたこともない鋭い感覚で近くにメイビスの存在があることを認識。
その声に応じて無言で近くに姿を現したメイビス。
「……状況は、どうなってる?」
『……大変危険な状況と言えます。敵の中に天狼樹を倒そうとする者が。そうなると加護を失ったギルドの者達から死者が出るかもしれませんし、加護を逆に利用されて力を抑制されかねない可能性も』
「わかった。それでもやれることからだ。今1番近い敵意がキャンプに近い。そっちから片付ける」
基本的にどこにでも行けるメイビスの状況報告と経過予測でどうするかを決めたウィズは、落ちていた真刀滅却と鞘を拾って納めると、それを腰に差してティアを抱き上げて移動を開始。
泣くのは全てを終えた後。
ティアから受け継いだ力は、いつか来るかもしれない危機から大切なものを守るためのもの。
それをいま振るわなくてどうするのだ。
涙と悲しみは雨が流してくれた。ならば走れ。一刻も早く、大切な仲間のもとへ。