──咆哮。
それは人間のものではない、もっと巨大で獣じみた、恐怖を覚えるほどの声。
それが天狼島に響き渡ったのは、ウィズがキャンプ付近にまで全速でやって来た頃だった。
みんなも異常な咆哮に不穏なものを感じていて、まだ姿なき声の主に不安が募る。
そこに合流したギルダーツが、義手になったその根元を急に押さえて痛がりだし、この声に覚えがあるらしいギルダーツはいち早く皆に逃げるように叫ぶ。
しかしもう遅い。
その叫びに反応し皆が動き出す前に、雲を突き抜けて上空から姿を現した黒いドラゴンは、ゆっくりと降下しながら天狼島へと着地しウィズ達の前で咆哮。
「黒い竜……あれが話に聞くアクノロギアなのか……」
ティアから聞いた話を思い出しながら、特徴の一致するそのドラゴンと圧倒的存在感でそれと確信。
マカロフも伝承に聞くアクノロギアに間違いないと話し、ギルダーツもその左手足を奪った相手だと言う。
そのアクノロギアを見てウィズが思ったことは、勝てる勝てないとかそういう理屈ではない何か。
生きるか死ぬかの2択。
確実にわかるのは、いま立ち向かっても確実に勝てないこと。
そして……全員が無事に逃げ切れないことだ。
「…………じいさん、ギルダーツ、ラクサス。みんなを連れて逃げ切れ。どうやら全員が生存するって道は無理そうだ」
「ウィズ! お前さん、何を言っておるか! それではお前さんが……」
「足止めをしたところで、勝てないだろうな。だがこの中であいつに『負けない』のはオレだけだと思うぜ」
それら全てを鑑みて、ウィズは立ち尽くすみんなを抜いてアクノロギアへと歩み寄ると、グルグルと唸るアクノロギアに臆することなく真っ向から対峙する。
「負けない? それってもしかして……ダメよウィズ!! それだけは絶対にダメ!!」
今の会話でこれからウィズがどうしようとしてるのかわかったミラが止めようと叫ぶが、その声をかき消すようにアクノロギアがその巨大な尻尾を振るって森の木々をへし折りながらウィズ達を凪ぎ払おうとする。
回復したとはいえ残りの魔力は少ない。無駄遣いはできないな。
そう思いつつ襲い来る尻尾に一足早く右手で触れたウィズは、その撃力を抜き取って即座に左手で尻尾に触れて撃力をそっくりそのまま返して弾き返す。
意外な反撃にあったアクノロギアは少し驚く挙動を見せて戻ってきた尻尾に振られてバランスを崩す。
「早く行け! アクノロギアがその気になる前に、早く!」
「そんなのできるわけない!! だってあなたが……アクノロギアの命を抜き取るつもりだから!! そんなことしたらあなたもその代償で……」
最大にして最後のチャンスだと思って叫んだウィズに反応して皆が逃げようとした中、ミラだけが立ち止まってそんな余計なことを言ってしまったため、全員がその足を止めてしまう。
「……守らせてくれよ! もう……家族を目の前で失うのは嫌なんだ……だから!!」
それでもやらなきゃならない。
自分にそう言い聞かせてその場に踏み留まっているウィズは、振り向くことなく皆に聞こえるように本心を吐露し、その思いがとても重いことをついさっき話で聞いた一同も迷いが生じる。
逃げるべきか否か。
その葛藤はウィズの決断と同等レベルで辛い選択だろう。
それでも大人な選択ができたギルダーツやラクサスが迷いを断ち切るように皆に逃げるよう叫び、その声に涙しながら走り出した者もいたが、最後までその場でどうすべきか迷う者は無理矢理引っ張っていかれてしまった。
──これでいい。
自己犠牲に美学などない。それが美しいなどと評されるのは空想の物語の世界でだけ。
いつかレビィから借りて読んだファンタジーの本にもそれで称えられ英雄となった話があったが、そこには重要な残された者達の悲しみや思いが書かれていなかった。
きっと自分が死ぬことでギルドの仲間達は悲しむことだろう。
あの時1人残して逃げてしまった自分達を一生呪うかもしれない。
それでも生きてほしいと願って前へ出たウィズの思いがわからないやつらでも、あとを追って死のうとするバカもいない。
「……さぁ、いつまで寝てるんだアクノロギア。少しくらい本気を出さないとオレを倒せないぞ」
背中越しに仲間の気配がなくなってから、明確に自分だけに照準してきたアクノロギアにそう言い放ったウィズは、これほどの体格差では選択によるカウンターが精一杯で命を抜き取ることなど懐の奥深くに潜り込まないと無理そうだと悟り、小細工なしで一直線にアクノロギアへと接近。
迎撃するように右拳を握ってきたアクノロギアの一撃を右手で受けて即座に左手でカウンターし押し戻し進撃を止めないウィズだが、あまりに強大な撃力のカウンターに魔力をごっそりと奪われてしまって、命を抜き取る事も考えてあと2回が限度かと思った矢先に、今度は尻尾が横から強襲しそれもカウンターし進撃するが、あと1回でアクノロギアの懐に入るにはかなりの運が必要になってきそうだった。
あと数歩でいい。
それさえ稼げれば懐に入れるのだが、その数歩が届きそうになくて振り下ろしてきた左の拳を最後のカウンターで返そうと右手を構えたウィズだったが、直前でアクノロギアが自分ではなくその後ろに視線を向けたのがわかり何事かと思った。
「うぉぉおおおおお!!」
次いで訪れた異変は後ろから聞こえた野太い叫びと、振り下ろされたアクノロギアの拳を同等の大きさの手で止め掴み合いに持ち込んだ巨大化したマカロフの出現。
「自分から死のうとしとるガキを残して逃げられるほど、儂は賢く出来ておらんわ!!」
ぎりぎりとアクノロギアと力比べをするマカロフは、足下にいるウィズに向けてそんなことを言ってきた。
さらに奮起したマカロフに続くように後ろからどんどん仲間達が戻ってきてアクノロギアへと迫ると、先陣を切っていたナツがマカロフと同じようなことを叫ぶ。
「ウィズを……死なせるなぁあ!!」
その言葉に不覚にも足を止めてしまったウィズは、聞き分けのないバカな家族の姿に死んじゃいけないのかと考えを改めてしまう。
皆、すでに満身創痍のボロボロの状態で勝ち目などない。
それでも自分を死なせまいとアクノロギアへと立ち向かっていく仲間の思いを無下にできなかったウィズは、ありったけの魔力を使って総攻撃を仕掛けていった仲間達に続くように真刀滅却に触れてアクノロギアへと立ち向かった。
『火竜〔鉄竜〕【天竜】の……咆哮ぉお!!』
怒涛の連続攻撃からのナツ、ガジル、ウェンディの3人の滅竜魔導士によるブレス攻撃を受けて海上まで吹き飛び沈んだアクノロギア。
渾身の一撃を放った全員が息を切らせて確かな手応えを感じながらアクノロギアの沈んだ海を見るが、それをあざ笑うように悠々と海から出てきたアクノロギアはゆっくりと上昇していき、お返しとばかりにナツ達のようなブレスを放つ予備動作を始めたが、その魔力は次元が違った。
あんなのが放たれたら、自分達どころかこの島さえも吹き飛ぶ。
直感的にそれがわかったウィズは、もうそれだけの規模の攻撃をカウンターできる可能性がないことを悟り膝を折ってしまう。
そんなウィズを他所にこの状況でもたくましくどうにかしようと意見する仲間達は、最大の防御魔法を張るために全員の魔力を集めようと手を繋ぎ始めて、ミラとリサーナに両手を握られたウィズも立ち上がらされてその輪の中へと入れられる。
「皆で帰ろう。ギルドへ」
『フェアリーテイルへ!!』
絶望はしないと言い聞かせたばかりだったのに、その自分が真っ先に膝を折ったのがどうしようもなく情けなかった。
希望を信じて進んだ者にこそ、奇跡は起きる。
これも物語の中での話ではあるが、今だけは信じよう。
ここにいる全員が、またギルドへと戻れる奇跡を。
そしてアクノロギアのブレスは容赦なく放たれて、12月16日になるこの日。妖精の尻尾の主要メンバー共々、天狼島は消滅。
それを確認したアクノロギアは空を舞ってその姿をくらませた。