FAIRY TAIL~選択者の軌跡~   作:ダブルマジック

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選択

 深い霧に覆われた不思議な空間。

 水の匂いがする。流れる気配と音もある。

 近くに川か何かがあることはわかったので、砂利の道なき道を進んでそちらへと歩み進んでみた。

 霧は依然深いままだが、視界に大きな川が見えてきて1度その足を止める。

 どうにもおかしな気配を持つ川で、自分の意思とは別に本能がこの川の先へと行きたがっているようだった。

 おあつらえ向きに渡し舟も停まっているので、それを使えば問題なく向こう岸へは渡れるだろう。

 そこに何の疑問も持てない自分がだいぶおかしいことには気付いていたが、もう何かを深く考える必要もないので思考は停止気味。

 そう。自分は死んだのだ。

 選択の力の対価。自らの寿命を削ってメイビスの身体にかけられたアンクセラムの呪いを断ち切り、圧倒的に足りなかった寿命の対価を自らの命そのものを差し出すことで支払った。

 故にここは生者の来る場所ではないのだろう。

 全てをなんとなくわかった上で今、ウィズは川を渡ろうとしていた。

 

「やーっぱり来た。ここで待ってて正解だったわ」

 

 川を渡るために渡し舟に乗ろうと近寄るところで、ふとその渡し舟の近くから声がした。

 聞いたことがある声。

 忘れるはずもない、大好きな人のその声を聞き間違えるわけがなかったウィズは、あらゆることが吹き飛んで霧の中から浮かび上がり目の前に現れたティア・レンドリーに視線を釘付けにされる。

 

「ティア……なのか?」

 

「違うって言ったら面白い?」

 

 腰に手を当てて「なーんてね」とか言うティアは相変わらずだが、霧の中でもその存在感は健在だ。

 そんなティアに歩み寄ろうとしたウィズは、しかしその手で制したティアによってそれ以上の距離を詰めることを拒まれる。距離にして10m程度。

 

「こらこら。大好きなティアお姉さんに会えたのが嬉しくても、あんたはそれ以上こっちに来ちゃダメ」

 

「…………ごめん、ティア」

 

「……何が?」

 

「オレ、ティアの願いを……精一杯生きろって言われたのに、あっという間にここに来ちまった」

 

 触れられない距離でそんな話をしたウィズは、呆れているであろうティアに謝罪をする。

 結果としてティアのあとを追うように死んでしまった自分に、何を言うのかと待っていたウィズだったが、怒られる覚悟もしていたのにティアは予想外の言葉を口にする。

 

「あなたは自分のやったことを後悔してるの?」

 

「そんなことはない! たとえオレの命が尽きることになっても、それで誰かを救えたのなら、そこに後悔なんてない」

 

「だったらいいのよ。でも自己犠牲をカッコ良く言ってもダメ。それは残された者達のことを考えない自己満足」

 

 酷く正論だった。

 自分のしたことに後悔はないが、それを実行する時に誰の意見も仰ぐことなく強行し、直前で止めに入ったメイビスとマカロフも無視した。

 この世に未練はない。これは自分にしかできないことだと、そんな言葉で自分を納得させて。

 

「そうだったとしても、オレは救いたかった。ずっと絶望の中で苦しみながら希望を待ち続けていたあの人を、救いたかったんだ。ティアみたいな正義の味方に、なりたかったんだ……」

 

「ふんっ!」

 

 でも、目の前で救いを求めるメイビスを救いたいという思いまでも否定したくなかったウィズがそう言えば、しゃらくせぇとでも言うように拳大の石を拾って投げたティアは、それを腹に受けて沈んだウィズに言葉を紡ぐ。

 

「あなたの思いを否定してなんかないわよ。私だって困ってる人を見たら放っておけないお人好しだもの。ただあなたの選択があまりに短絡思考だから頭を抱えてるわけ。これじゃ何のために選択なんて魔法を扱ってたのかわからなくなるわ」

 

 師匠らしくガミガミと説教をしてくるティアだったが、声を荒らげたのはそこまでで次には落ち着いた口調で言い聞かせるように心を込めて言葉を紡いだ。

 

「選択は今ある選択肢から選んで抜き取る魔法。何かを消したり生み出したりする魔法じゃない。ああ、真刀滅却のあれは別としてね。でもそれがあなたの思考にまで侵食してはダメ。人間は常に新しいものを──未来を生み出す生き物。そうやって創造と、時には破壊をすることで今日まで人類は繁栄してきた。選択は創造と破壊をしない魔法。だからこそそれを扱う人は誰よりも思考を停止しちゃいけない。考えて考えて考えて。未来を生み出す、決して諦めない不屈の心を持たないと、今ある選択肢から選ぶだけの、今のあなたみたいになっちゃう」

 

 ズキンッ、とティアの言うことに心の深い部分を突かれたような痛みがウィズを襲う。

 長く選択を使ってきたウィズは、だからこそ『物事を見極める目』を誰よりも養ってきたつもりだったが、それはいつの間にか目の前のものしか見ない狭い視野になっていたのだ。

 最初からそうだったわけじゃない。

 少なくとも妖精の尻尾にいた頃の自分は、ナツ達の将来をあんなにも夢見て面倒を見ていたではないか。

 それがギルドを出てティアから記憶を返してもらってからはどうだ。

 目の前の事態にただ力を振るって寿命を縮めて、どうにかできそうな可能性に思考が停止していた。

 

「そうだったんだよな……ティアの言う通りだよ。でもさ、出来ればそれを生きてる時に言ってほしかった……な!?」

 

 言われるまで自分の状態に気づかなかったことがどうしようもなく情けなくて、今になって後悔するような思いが出てくるが、弱音を吐いたウィズに対してまた石を今度は何個も投げ込んできたティアに反射的に回避行動を取る。

 

「今になって私にしがみつくな。私はあの時に私の『全て』をあなたに託したのよ。もう私があなたに渡せるものは、師匠としての言葉しかない。だから弱音は今ここに置いていきなさい。そして回れ右して走れ。振り返るな。立ち止まるな」

 

 石を投げながら意味がわからないことを言ってくるティアだったが、逆らってティアを見ていたらさらに石を投げる速度が上がるので、これ以上は避けられないと逃げるようにティアに背中を向けて川から離れて走り出した。

 その背中を見届けながら石を投げるのをやめたティアは、最期まで世話の焼ける最愛の弟子に短い息をふぅと吐いてやれやれといった表情をする。

 

「精一杯に生きなさい。あなたが生きた証を残せるように、今度は後悔しない『選択』をしてね」

 

 ──どのくらい走っただろうか。

 先の見えない道をひたすらに走って走って走って。

 ようやく見えた光を通り抜けて、眩しいくらいの光に包まれたかと思った瞬間に、ウィズは覚醒した。

 目覚めると目の前には鼻水も垂れ流しながら泣いているメイビスとマカロフの姿があり、視線が合うと2人して驚いた表情から嬉し泣きへと変化して大人気なくわんわんと泣き散らす。

 

『よがっだでずぅううう! ぼんどうによがっだでずぅうう!』

 

「このバカもんが……心配させおってからに……うぉおおおん!」

 

「……生きてるのか、オレは……」

 

 2人のリアクションが物凄い中で、自分の心臓が鼓動を刻んでいることを確認しつつ、落ちていた真刀滅却を拾って自分の命のタイムリミットを見れば、そこには『28Y61D19H41M36S』から狂いもなく一定の速度で減り続ける数字の羅列があった。

 

「オレの寿命は確かに尽きたはず……じゃあこの寿命はどこから……」

 

 不可思議な現象に思考が追いつかないが、意識がなかった、というよりも確かに死んでいたのだろう自分が見た夢のような光景。

 あれが夢でなかったとするならば、ティアの言っていた『全て』を託したという意味は自らが本来持っていた寿命すらも託していたのではないか。

 確信はなかった。でもそうとしか思えない奇跡は確かに現実に起こった。

 驚いて放心状態になっていたウィズだったが、そこにいきなり『3代目』とメイビスの声が聞こえたと思えば、次には巨大化させたマカロフの愛の鉄拳が撃ち込まれてギャグみたいに吹き飛ぶ。

 備えがなかったので相当に痛かったが、なんとか上半身だけ起こすと、今度は泣き止んではいたがその目に涙を溜めたままのメイビスが頬が破れんばかりに膨らんだ状態で怒ってますのポーズ。

 

『何故、命の消滅をわかっていながら私の願いを叶えようとするのですか! 私は誰かを犠牲にしてまで自分が救われようなどと思ったことは1度としてありません!! あなたが先に言ってくだされば、お願いしますなんて口が裂けても言いませんでした!!』

 

 うるうると涙を流しそうになりながらそれを必死に堪えて本気の説教をするメイビスに、ウィズは頭が上がらない。

 ここでもティアと同じようなことを言ってくれる人がいた。

 ティアと同じように怒ってくれる人がいた。

 それが嬉しくて、怒られてるのに笑ってしまいそうで、表情に出さないように我慢していたら、目の前で正座して目線を合わせたメイビスはついに溜めていた涙をポロリと流して口を開いた。

 

『本当に……心配したんですよ……』

 

「…………ごめん、メイビス。オレが悪かったよ。じいさんにも心配かけた」

 

 自分のしたことで泣かせてしまった2人に、心から謝罪したウィズに対して、その言葉が聞きたかった2人はニコッと笑って今度はウィズが生き返ったことを喜んでくれた。

 そして当然、何故生き返ったのかという疑問に辿り着くわけだが、もう結論が出ているウィズは迷うことなくティアのおかげだと言うと、少しだけ考える素振りを見せたメイビスはそこに持論の理屈を付け足した。

 

『一なる魔法。全ての魔法の始まりとされる魔法。それはきっと至るものではなく、始めから誰しもが持っているものなのかもしれませんね。私はその魔法をこう思うのです。全ての魔法は「愛より生まれいづる」と。きっとウィズを想うティアさんの愛が、奇跡という魔法になったんですよ』

 

「ははっ、メイビスはロマンチストだな」

 

『な、なんですか! 私はいつでも夢見る少女なのですよ? ギルドの名前だって元々は妖精には尻尾があるのか。その永遠の謎。故に永遠の冒険という意味でして……』

 

 実にメイビスらしい持論で聞いた方が痒くなるが、だからこそメイビスは妖精の尻尾の初代マスターになれたのだろうし、その意思がギルドに受け継がれているのだ。

 決して多いとは言えない残りの時間。

 それが視覚化してるウィズはかなり特殊ではあるが、それはあくまで生きられる寿命。

 いつどこで何が起きるかわからないし、それよりも早く何かの要因で死んでしまうかもしれない。

 それでもウィズは今度こそ、ティアの願いである精一杯に生きることを誓う。

 もう、考えることをやめない。

 考えて考えて考えて。そして選択するんだ。自分の未来を。

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