ウィズが妖精の尻尾に入って1ヵ月。
ギルドに入ってからのウィズは毎日クエストボードに追加される依頼書をザッと眺めて、報酬の良し悪しを問わずマグノリアの街からの依頼のみを選んではその日のうちに解決して、それがない日はカウンター席で何をするでもなく1日ボーッとギルドのメンバーを眺めたりしていた。
そのせいで喧嘩っ早いナツやグレイも下手に手が出る喧嘩ができなくてウィズに怯える日が多くなってたが、他のメンバーも賑やかにはするが揉め事はなるべく穏便に解決するようになっていた。
そのウィズが今日も目を光らせている中で、ここ数日ずっと気にはなっていた子を何気なく見ていたら、向こうも視線に気づいてウィズを見たが、すぐに読んでた本に視線を戻してしまう。
マカロフの言う『ギルドは家族』という想いを割と素直に受け取ったウィズは、あれ以降からかなりオープンに皆と接するようになって、ナツやグレイ。エルザやカナといった子とはよく話をするようになったが、いま目が合った少女、レビィ・マクガーデンとはまだまともに会話をしたことがなかった。
なので向こうから寄ってきてくれないならと自分から近付きレビィの隣に座ると、ビクッとしたレビィは頑としてウィズを見ずに本だけに視線を注ぐ。
「その本、読み終わったら貸してくれない? 暇な時にボーッとしてるのも勿体なくてさ」
おそらく人とのコミュニケーションが苦手なんだろうと思って相手の興味のあるものからアプローチするウィズ。
事実としてここ数日は本当に時間を有意義には使えていなかったので、読書でもできればいいなぁと思っていた。
すると本に興味を持ってくれたからか顔を上げてウィズを見たレビィは、テーブルに置いていた本のタイトルが見えるように持ち上げると、そこには『愛と憎しみの逃避行』とかいうなんか重たいタイトルがあってウィズも顔がひきつる。
「これ読みたいの?」
「なかなかハードそうなタイトルだな……じゃあレビィの今のお気に入りみたいのあったら、それを読みたいなぁ、なんて」
「……明日でいいなら持ってくるよ?」
「お、おう。よろしく」
ナツやグレイ達とほとんど変わらない年齢であまり似つかわしくない本を読んでいたのには少々困惑したものの、それならと出た言葉にレビィは友好的な返事をくれてひと安心。
いきなりグイグイ行っても嫌がられるかもと思って今日のところはそれでレビィとのコミュニケーションは終了させて元の席に戻って、目を離した隙に無言の顔の引っ張り合いをしていたナツとグレイにひと睨みしてからマカロフと他愛ない話を始めていった。
この翌日。約束通りレビィからお気に入りの本を借りたウィズが、レビィと隣り合って座って割と集中して読書に勤しんでいると、マカロフに連れられて3人の少年少女が姿を現す。
長旅でもしてきたのか大きめの荷物を背負ってる3人は、まだ幼さのある兄弟のようで年長らしき子は周りの目を気にするようにローブを着てフードも深々と被ってしまっていた。
しかしウィズはそんな見た目よりもその3人の中に異質な気配を感じ取って本からそちらに目を向けると、ローブを着た子がカウンターに座ったマカロフの正面に座って何やら言葉を交わすと、フードコートの下に隠れていた右手をマカロフにだけ見えるように見せる。
「それは
その会話の一部を鋭い聴覚で抜き取ったウィズは、悪魔の力だなんだとよからぬ言葉が続いたことで問題を抱えているのだということを敏感に察知。
マカロフとの話を終えた子達は住む場所を探すと言ってギルドを出ていこうとしてしまい、入れ違いでマカロフに近寄ったウィズは盗み聞いた話から余計なことは省いて直球で話をする。
「悪魔の力とやらで住んでた村を追われたか。まっ、マグノリアにはここがあるから多少の事には寛大だけど」
「それでも不安はあるじゃろうな。しばらくはここに顔を出すように言っておいた。すまんが気にかけてやってくれるか」
「オレもずいぶんな新参だけど、じいさんはそれでもオレに?」
「お前さんは面倒見が良いからの。それにわかるのじゃろ、あの子らのような心に傷を持つ者の気持ちが」
「…………じいさんには敵わないな。オレも気になるし、任されたよ」
そんな話をしたウィズは、どこまで自分を見透かしているのかわからない年の功マカロフにフリフリと手を振って出ていった3人を追っていったのだった。
「あれ? ミラさん達ってそんな時期にギルドに来たんだ。私てっきりもっと前からいたのかと思ってた」
「もっと前とは言うが、私やナツ、グレイですらそれより2年前後でギルドに来ているから、ウィズやミラ達とはあまり差はないのだがな」
何やら食いつくところが違うだろと言いたくなるルーシィの反応にちょっと苦笑いなエルザだったが、6年も前の話ですしとウェンディのツッコミが入ったところで、別のところで談笑していたリサーナ・ストラウスが賑やかなのを聞きつけて近寄って話に加わる。
「なになに、ウィズ兄の話してるの?」
「丁度お前達が来た頃のことを話していた」
「ウィズ兄にはホントにお世話になりっぱなしだったなぁ。ギルドに行った日からいきなり追っかけて話しかけてきて『住む場所なら丁度隣の住宅に広めでお得な部屋があったからそこに住めばいい』って話を通してくれたり、しばらくの間の生活費を肩代わりしてくれたり、2日に1回は部屋に様子を見に来たり、ギルドで孤立しないようにナツ達との仲を取り持ってくれたり」
「優しい人なんですね、ウィズさんって」
「血の繋がりはなかったけど、私にとってウィズ兄はミラ姉やエルフ兄ちゃんと同じくらい大切な人。だから急にいなくなった時はショックだったよ……何よりミラ姉が一番……」
話に加わるなり昔を懐かしむようにどんどん話をするリサーナに、全員が笑顔を見せたが、この話の最後にされるであろう別れの時の思いを口にして表情も少し暗くなるが、その話はまだ早いかと途中で口を閉ざしてしまう。
しかしルーシィ達が気にはなっていたリサーナが口にしかけたミラとウィズの関係についてがまだ不明。
それほどに良くしてもらっていたなら、別れが悲しかったのは理解できるが、それ以上にリサーナのように感謝の気持ちが大きいのではないだろうか。
それがどうしてそれ以上の憎悪に似た感情をミラが今も持ち得ているか。
そんな疑問が増す中でエルザとリサーナの話は続いた。
ミラ達兄弟がギルドにやって来て半月ほど。
ウィズのお節介も手伝って3人は割とすぐにギルドに受け入れられ、エルフマンとリサーナは同じ年の頃のナツ達ともすっかり仲良しに。
しかし一番上のミラだけは未だギルドの誰とも話をしようとせず、悪魔の力を宿して禍々しく変化した右手を隠すようにローブを着たままフードまで被り続ける有り様。
すでにエルザやカナといった面々が会話を試みているのだが、ミラは一向に応じる様子もなく話しかけられると決まってどこかへと無言で行ってしまう。
だからギルドのみんなもできるだけ機嫌を損ねないように、傷口を広げないように放っておくという選択をしていたが、ウィズだけはそんなミラを見て何もしないわけにはいかないと思う。
紹介した住居が隣の建物とあって1日置きくらいで3人の様子見をしているウィズだが、ミラは話こそ一言二言はしてくれても、まだ笑顔を見せてはくれない。
ここまで自発的な行動で馴染んでくれることを願っていたが、全く進展しない状況はさすがにもうダメかと考えて席を立ったウィズは、1人寂しくいたミラに声をかけたが本人は無視。
顔すら向けては来ないが、そんなの百も承知なので首根っこを強引に掴んで持ち上げ肩で担ぐと、ボコボコ背中を殴られながらギルドの外へと出ていった。
ミラ自体は非力な部類だから殴られたところで大したことはないのだが、悪魔の力を宿した右手は別で相当痛かったので移動自体が大してできなくて仕方なく人の気配のない路地裏に入ってミラを下ろすと、散々殴ってくれたお礼に1発拳骨をくれて帰るだなんだ喚くのを黙らせてからあぐらをかくミラに目線を合わせてウィズも腰を下ろす。
「ギルドのみんなは嫌いか?」
「…………」
「それ以前に自分の身体に宿ってる悪魔の力が嫌いか」
「……だったら何だ」
「じいさんも言ってたが、それを宿しているのはミラ、お前の力だ。それが嫌いっていうのは自分が嫌いって言ってるのと同じ」
逃げられないように若干の威圧感を持ってミラと接したウィズは、回りくどい話は抜きで自分を好きになれないミラの心を強引にこじ開ける。
「その力と向き合わないからいつまでも腕はそのままだし、気持ちも前を向かない。ミラはそれでいいのか?」
「……仕方ないだろ。こんな力いらないのに、どうしていいのかわかんないんだから!」
「わからないなら学べばいい。そのために必要なものはギルドにある。まっ、それより前にミラはその力をどうするか真剣に考える時間は必要かもな」
初めて本音を語ったミラに対して優しい表情でそう言ったウィズは、近くにあった手頃な石を拾って左手に持つと、右手でサッとミラの体の中心を透過。
抜き取ったものを持っていた石へと移すと、その時にはもうミラの右腕は元の人の腕に戻っていた。
最初はセクハラみたいに胸の辺りを触られたかと思っただろうミラだが、自分に起きた異変が大きくて思考が吹っ飛んだ様子。
「今ミラから悪魔の力を抜き取ってこの石に移した。それができるのがオレの魔法、選択。石程度なら勝手に暴れたりとかはしないだろうから、必要ないと思ったら壊して消せばいい。だがミラ、忘れないでほしいのはその悪魔の力と接収があったから、お前はエルフマンとリサーナを、元いた村を守ることができた。どんな力もそれを扱う人の心で良くも悪くもなる。守りたいものがあるなら、それを守るだけの力は必要になる。それを忘れないでくれ」
悪魔の力が宿るだけのただの石をミラに渡しながら、今のうちに言ってあげたいことだけを言って笑顔を向けると、考えがまとまらず言葉の出ないミラの頭をポンと撫でてから立ち上がったウィズは、それ以上は何も言うことなくその場を立ち去ってギルドへと戻っていってしまい、残されたミラは呆然とウィズの背中を見てから、その手に収まる石へと目線を落として物思いに更けていた。