X782年。
ギルドに激震が走ったのがこの年。
妖精の尻尾はフィオーレでもかなり有名なギルド。
その噂は良いものから悪いものまで数えればマカロフが血反吐を吐きそうだが、評議院に何を言われようと家族のやりたいようにやらせるのがマカロフの方針なので、お上から怒られるのはもう慣れっこな腫れ物扱いのギルドでもある。
そうした有名なギルドには依頼も多く届くし、世界の様々な情報も舞い込んでくる。その中には当然、通常は入ってこない危ない話もあったりする。
ウィズはその通常は入ってこないヤバめな情報をずっと密かに収集していた。
日々ギルドに居座ることで聞き逃しを可能な限り無くし、求めている情報が舞い込んでくるのをひたすらに待っていた。
そしてそれがついにやってきたのだ。
「なんじゃウィズ。急に話したいことがあるとは珍しいの」
そこで情報を吟味したウィズは、どうにも危惧しなければならない事態を想定することになってしまったため、皆がギルドを去った夜遅くにマカロフだけを残して話を切り出す。
「じいさん、急で悪いんだが……ギルドを抜けようと思う」
本当に急な話に、のほほんとしていたマカロフもキリッとその目に真剣な色を含んでウィズを見ると、無言で訴える。何故、と。
「オレは本当はこのギルドに、家族の輪にいるべき人間じゃない。それはギルドに来た時からずっと思っていた」
「それを決めるのはお前さんではない。お前さんを認め受け入れた儂らが決めること。何か抱えてるのは最初からわかっておった。全部話せ。結論を出すのはそれからじゃ」
「…………オレはずっと、自分を育てただろう人を探していた。その人はオレに選択の魔法を教え、そして自分という存在をオレの記憶を抜き取ることで消し姿をくらませた。いなくなる直前にその人はある言葉を残した。『全てはゼレフへと至るため』だと」
断片的にではあるが本筋を残した簡潔な話にマカロフは驚愕。
ゼレフ。それは魔法世界で最も凶悪だったとされる伝説の黒魔導士。
400年も前の人物であるが、その存在は現在でも崇拝する組織が存在したり、或いはまだ生きているとして探す者までいる。
だがそういった人物達はほとんどが魔法の深淵への興味から闇に染まるため、世の中でもその存在の扱いは良くない。
「ゼレフを追うあの人を探すなら、当人を探すよりゼレフを追うのが良いと考えたオレは、その情報が舞い込んでくる可能性があるここに来た。特に闇ギルドの巨頭、バラム同盟の3柱の情報には注意していたが、先日その1つにオレが知る特徴と一致する人が傘下に加わったかもしれない情報が入った」
「うむ、闇ギルド。それもバラム同盟とはのぅ……して、そのギルドは?」
「
闇ギルドはギルドの解散を勧告されても無視して活動をしている犯罪者ギルドというのが世間の見解で事実。
ギルドには評議院によってギルド間抗争の禁止が定められているため、闇ギルドとはいえその枠内に収まってしまうので下手に闇ギルドへ手を出せば、よしんば壊滅などができたとしてもとばっちりでギルドを解散、といった処置も取られかねないし、その勧告を無視すれば晴れて闇ギルドの仲間入りだ。
「正直なところオレはその人に奪われた記憶を取り戻すのが目的ではあるけど、その過程でどうなるかはわからない。もしかしたら荒事になることだってあり得る。そうなった時にこのギルドの紋章を付けてるのはギルドとしても困るだろ。それこそナツ達のしでかしてる問題なんか可愛く見えるくらいにはさ」
話の筋は通っていた。
確かにこのままウィズが探す人物を追えば、いつか悪魔の心臓と相対する可能性も十分にあり得るし、その時に妖精の尻尾の肩書きがあってはいざという時に何もできずに終わってしまうことだって考えられる。
「だからお前さん、頑なにマグノリアから出なかったわけじゃな。そしてそれはこうなる可能性も考慮しておった」
「下手にギルドで活躍して有名になると、ギルドを抜けても『元妖精の尻尾』ってものがついて回ることになる。それが巡り巡ってギルドに報復なんてことにもなりかねないしな。だからマグノリアから出られなかった」
「……事情はわかった。ギルドを出ることに異論はない。じゃが、その紋章を消すことは許さん」
自分の事情をギルドを抜ける直前まで話さなかったことを悪く思ってたからこそ、隠し事なく話したわけだが、本人の意思を尊重するマカロフの方針として、ギルドの長としてウィズの脱退を認めないわけにはいかない状況なのは明白。
しかしマカロフはどう捉えたらいいかわからない謎の言葉をウィズに返して、意図が理解できないウィズも首をかしげてしまう。
「お前さんの魔法で、その紋章だけを儂に移すことは可能かの」
「あ、ああ。体の一部とかじゃなきゃ付着物として抜き取れるけど……」
「ならその紋章を儂に預けろ。幸いお前さんの名は目論見通りこのマグノリア以外で知る者も皆無。その紋章をぶら下げてなければギルドの一員とは思われんじゃろ。そして全てを終わらせたら帰ってこい。ここはもうお前さんの帰ってくる場所。『家族』の住む家じゃろ」
「……じいさん……」
ギルドの紋章を預ける。そんな発想がなかったウィズは、それでも迷惑をかけるかもしれないし、ずっとギルドを利用してきた過去からスッパリ抜けようと思った。
利用してきたからこそ、せめてと思ってエルザ達の面倒をお節介のレベルでしてきたし、マカロフの言うことにも反論はしてこなかった。
「お前さんはギルドを利用してきたのかもしれん。家族に本心を語らなかったかもしれん。じゃがお前さんのしてきたことは全てそこから来る罪悪感だけでしてきたことではなかろう。儂らのことを大切に思うからこそ、守ろうとしてくれたから、ギルドを抜けると言ったのであろう。優しい男じゃよ」
「………………オレは……このギルドを……妖精の尻尾を守りたいよ……だから抜けるって決意してたのに……じいさんズルいよ……」
罪悪感から来る行動は本当に始めだけ。そんな気持ちでエルザ達と接していた過去の自分は忘れかけているほどだった。
それをマカロフはわかっていてずっとウィズを見守ってきた。そして再び1人になろうしているウィズを止めてくれている。
それがわかってしまったから、ウィズは涙を流してしまった。それがどうしようもなく嬉しかったから。
「すぐに行くのか?」
「もう、大家さんには話は通してある。10日後に部屋の物は処分してくれていいって。ギルドの連中には黙って行くつもりだった」
「そっちは儂から上手く言っておくが、また喧嘩が絶えんギルドになると思うと面倒臭いのぅ……」
溢れた涙を拭ってから自分の首に刻んだギルドの紋章を選択で抜き取ってマカロフに預けつつ、すでにまとめてあった小さな荷物を担いでしばしの別れを惜しむように話をするが、ウィズがいなくなると喧嘩が活発化する可能性を憂いたマカロフのため息に思わず苦笑。
「んじゃ行ってくるよじいさん。帰ってくるなんて約束はできないけど、このギルドに恥じない姿で帰れるようにするよ」
そうしてその夜。ひっそりと妖精の尻尾を出てマグノリアから姿を消したウィズは、どんな結果になってもいいという覚悟をほんの少しだけ変えて、ギルドに胸を張って戻ってこれるような結果を以て帰ってくる新たな決意でマグノリアに背を向けた。
この翌朝、マカロフによってウィズが止むなくギルドを脱退したと説明がされたが、それはウィズの意思を汲んでそういう形にしておく方が迷惑をかけないと判断したから。
当然その理由について詳しく聞いてきたエルザ達だったが、全てを話すわけにもいかないし、何かを話せばまた面倒なことになることもわかってしまうので黙殺。
それ以降ウィズのことを聞こうとする者にはマカロフの無言の睨みが入るようになり、いつしか聞こうとする者もいなくなってしまった。
「とまぁ、ここまでがウィズのいたギルドの過去といったところか」
長い話を終えてふぅと一息ついたエルザにしばらく無言になったルーシィ達。
ウィズを知る者は皆がまだその脱退に納得していないし、頑なに話をしないマカロフに怪しさは満載。
「ウィズ兄、部屋の物も処分するよう大家さんに言ってたみたいで、それはほとんどギルドのみんなで譲ってもらったけど、あの時のミラ姉がもう……」
「ああ……あれはもう見てられなかったよ……まさかあのミラがあんな……」
何かがあることはもう察するに明らかだが、話し疲れたエルザに代わってその後の話をするリサーナとロキの勿体ぶるような言い回しにルーシィとウェンディは今までの話から泣き喚いたりしたのかと勘繰った。
「怒り狂って半日くらい街の外で暴れてたからね……」
「岩山1つ削り取った時は私ももう泣いて止めたんだけどね……」
「最後はマスターが直々に止めて事なきは得たが、まさにあの時のミラは魔人そのものだった……」
……あれー?
シリアスな雰囲気満載だったからその方向で間違いないと思ってたのに、何故か半分くらいは笑い話になってしまってどう反応したものか困惑してしまう。
「じゃ、じゃあミラさんがウィズさんのことを悪く言うかもってお話は……」
「勝手にいなくなりやがってー、みたいな怒りが原因ってわけね……」
「なんだー。てっきり私はミラさんがウィズさんのことを好きなんだと思ってたのにぃ」
「まぁミラはおそらくウィズに1番あれこれ言われていたから、皆よりも思うところがあったのは事実だろうな。それにあながちルーシィの読みも間違ってはいないかもしれん」
「なんだかんだでウィズ兄と絡んでる時のミラ姉は楽しそうだったし、村を追い出された私達とまっすぐぶつかってくれたウィズ兄には感謝してるもん」
色恋沙汰には敏感な女らしい話題に明るい雰囲気が一気に増したのはいいのだが、この話をする上で避けては通れない話題をするためにひとしきり笑ってからエルザは仕切り直すようにちょっとシリアスな雰囲気を出し始め、チラッとリサーナを見てから口を開いた。
「そのすぐあとだったな。リサーナが依頼の最中にあんなことになったのは……」
「あ、そっか。今から2年前ってリサーナがエドラスに送られちゃって、こっちではずっと亡くなったってことになってたんだ」
「そうだ。あの時の私達はウィズが抜けたことで少し……いや、かなり気持ち的に余裕がなくなっていた。皆でウィズが帰って来る時にはもっと強くなってビックリさせてやろうと張り切って……だからリサーナの事故は起こるべくして起きたと私は思うのだ。あの時の私達は間違っていた。強くなるということの本当の意味を、な」
ウィズの脱退から起きた悲劇。
ウィズが悪いわけでも、エルザ達が直接的に悪かったわけでもないリサーナの一件。
がむしゃらに強くなろうとした皆がどこか合わない歯車で無理矢理動こうとした結果。
「だから私達はリサーナの一件で改めて考えさせられたのだ。強さというものの意味を。ウィズが私達に伝えたかった強さはどんなものだったのか。各々が考えて考えて、そして今の私達がある。私はウィズがしてくれたように、真剣に皆を叱り姿勢を正させ、自らも日々正しくあろうとしている。たまに間違えてしまうが、その時は皆が私を正してくれた。ミラもああしてウィズのようにギルドにいてくれるだけで安心する存在でいようとしているのかもしれないな」
「あー、なんかわかるかも。確かにギルドに戻ってミラさんの顔を見ると帰ってきたーって感じがするから」
「私もここに来て日は浅いですが、ミラさんがいるとホッとします」
間違いを犯さない人間はいない。大事なのは同じことを繰り返さないこと。
そうやって話したエルザは今の自分に少しは自信が持てているのか、とても優しい表情でルーシィ達に笑顔を向け、予想ではあるがミラの今の在り方にどこか納得したルーシィとウェンディが揃ってカウンターにいたミラに視線を向けたところでピシリッ、と固まってしまう。
「さっきから誰の話で盛り上がってるのかと思ったら、ウィズの話をしてたのね」
さっきまでカウンターでマカロフと談笑していたはずのミラが自分達の席の近く。エルザの背後に移動していて、その瞬間にロキは即座に星霊界に戻っていき、リサーナもレビィのいる方に退散。唯一反応が遅れたエルザはその声に振り向くことができずにフリーズしてしまう。
「いや、あのだなミラ。ルーシィ達がウィズの話をどうしても聞きたいと言うから仕方なくだな……」
「別にウィズの話をしたっていいわよ。私だっていつまでも引き摺ったりしてないもの」
何か良からぬ展開になるのかとビクビクしていたルーシィとウェンディ、シャルルだったが、思いの外冷静なミラにちょっとホッとしてエルザもそうなのかと安堵の息を漏らす。
「まぁもし帰ってきたら顔の原型を留めないくらい殴るのは確定してるけどね」
が、満面の笑みでそんな恐ろしいことを口走ったミラにすぐに戦慄するのだった。