冬の気候から抜けて肌を焼くような陽射しの常夏の気候に突入したウィズは、現在ノンストップで海を疾走中。
気候が変わったということは目的地である天狼島のある海域に入った何よりの証拠。
ずっと魔導サーフボードで疾走していると同じ景色が続いて暇になってしまって、波に合わせてジャンプしてみたりと遊び心があったが、最大速度で波をジャンプ台にすれば結構跳べそうな感じがしたので何度か大ジャンプに挑戦。
しかしあんまりやると酔いそうだったのでそうなる前にやめてまだ見えない天狼島に着いた後のことを考える。
構成員の話では悪魔の心臓も各地に散らばった煉獄の七眷属を拾ってから天狼島を目指す算段だったらしく、寝坊で遅れたとはいえまだ慌てるようなタイミングではないかもと楽観視。
悪魔の心臓よりも早く着いたなら、それはそれでそこにいるらしいゼレフを探すのも手だし、また気まぐれでメイビスが話し相手になってくれるかもしれない。
どうあれギルドの聖地で荒事を起こす気はあまりないウィズは、喧嘩腰にだけはならないようにしないとなと思いつつ、ようやく輪郭が見えてきた天狼島の姿になんだかホッとする。
が、島の全体をぼんやり見える辺りまで近付いてから、何やらおかしなものが見えて目を凝らすと、超巨大化したマカロフが海上で暴れているのがわかって嫌な予感がする。
まずマカロフがいるという事態。これはこの時期から考えてもS級試験に間違いなく、そうなれば他のメンバーもいくらか島にいることを意味する。
そしてあのマカロフがあそこまで巨大化し暴れるということは、島に不測の事態が起きてその対処に乗り出した可能性が高い。
さらに近づき目を凝らせばマカロフの近くに飛行する物体が見え、情報と展開から来る予測でそれが悪魔の心臓の拠点と確信。やはり楽観視はするものではない。
そのあとマカロフは元のサイズに戻ったのか姿を消し、もうすぐ島に上陸できるというタイミングで森のある地点で眩い光が発生。
それが戦闘の光であることは間違いないので、上陸の直前で進路変更。波を利用して魔導サーフボードの最大速で大ジャンプ。一気に光の発生した場所まで翔ぶ。
着地とか全然考えてなかったが、森の木々の隙間に倒れるマカロフの姿を発見すればもうそんなことは関係ない。
頭で考える前にどうにか着地したウィズは、腹で地面に落ちた魔導サーフボードを乗り捨ててマカロフに駆け寄り抱き起こすと、酷いダメージを受けて意識もなかった。
とにかく目に見えて酷そうな怪我を見定めて持ってる道具で応急手当てをし木陰に移して寝かせたら、丁度マカロフが意識を取り戻して虚ろな目でウィズを見る。
「……ウィズか?」
「悪いじいさん。何にも成し遂げてないのに顔を合わせちまった」
「そんなことはよい……悪魔の心臓を追って来たのであろう。やつらは儂らに喧嘩を売った。そして儂は先に手を出した。ならばもう、お前さんが気に病むこともなかろう。ウィズ、ガキどもを……家族を守ってくれ……」
「……任された。んじゃ預けてたこれ、返してもらうよ」
ウィズが来たことに少々驚いたようだが、悪魔の心臓の出現と関連付けてすぐに受け入れたマカロフは、倒れてしまった自分に代わって家族を守るようにウィズに言う。
悪魔の心臓とは穏便に済ませるつもりだった。それは胸を張って再び妖精の尻尾に帰るために必要なことだったから。
だがもうその必要はなくなった。大事な家族の危機に穏便だなんだと言ってられるほど、ウィズは温厚な性格をしていない。
マカロフの言葉を受け取ったウィズは、ずっと預けていた自分のギルドの紋章をマカロフから返してもらってまた体に刻んでから、家族を守るために行動を開始。
「……メイビス。いるか?」
『ここに』
全速で森を駆ける中で、もしかしたらと思って声をかけてみるとウィズを追随するようにメイビスが姿を現し、真剣な顔つきでウィズに耳を傾ける。
「家族の居場所と敵の数と強敵の分布は?」
『急を要する事態なため全てを把握していませんが、ギルドの仲間達はかなりバラついていて、敵もまた島全体に散らばっているようですね。幹部クラスを各個撃破していてはどこかで犠牲が出てしまう可能性は高いでしょう』
「あれもこれもと同時にはできない。うちの家族もそうヤワな連中じゃないし、やれることからやる。まずは拠点防衛。有事の際の集合場所を確保する。その近くに誰かいればいいが……」
『……あなたはとても冷静ですね。戦いの鉄則を弁えています。軍師に向いていますよ』
「オレにはそこまでの器量はないよ。それこそあんたの足元にも及ばない。妖精軍師」
島の住人? であるメイビスなら島の状況を把握してるかもと思ったが、そんな都合の良いこともなくどうしても優先順位を決めなきゃならない。
その冷静な判断にメイビスは自分ではどうすることもできないもどかしさを少しだけ面に出してから別行動をするためかウィズの前から姿を消してしまうが、それを咎める暇も理由もないので決定した行動を遂行するために前を見る。
今は自分の目的など後回し。全ては家族を守るために。
……強い。
あまりに突然の襲撃によって冷静な判断が出来なくなっていたミラは、襲撃者アズマの卑劣な策によってリサーナを人質に取られ、時限爆弾まで設置されてしまう。
リサーナを助けるには制限時間内にアズマを撃破するかリサーナを拘束から解放し助け出すしかないが、後者が無理と悟り試験でだいぶ消耗し残り少ない魔力でアズマの撃破に乗り出したものの、全力で撃ち込んでもほとんどダメージを与えられないまま時間だけが過ぎ去っていく。
今の自分の限界を悟り、リサーナの時限爆弾も止められない。
あまりの無力に涙が出そうになるが、残り20秒を切った時限爆弾を見てせめてリサーナだけでもと戦闘を放棄して拘束されたリサーナに近寄り抱きついて接収を解除。
それにはアズマが戦えと喚くが、家族を放って戦い続けることなどミラにはできなかった。
「悔しいけど、今の私じゃあいつを倒すのは無理。だけど信じてる。あいつを倒せる人がギルドにいるって……」
「ミラ姉……」
もう2度と失わないと誓った。
自分は無理だったが、別の誰かがアズマを倒してくれる。
そう信じてリサーナを守るミラの姿にリサーナは涙し、戦意を失ったアズマは見るに耐えんとその背中を向けてしまう。
「(こんな時、あなたならどうするのかしら……ねぇ、教えてよ、ウィズ……)」
爆発の直前。不意にそんなことを思ってしまったミラは、ここにいるはずもない、勝手にいなくなったバカにそんな問いかけをしてしまう。
「よく頑張ったな、ミラ。良いお姉ちゃんになったじゃないか」
目を閉じてリサーナを抱き締めていたミラにとっては、あまりに突然すぎるその懐かしい声。
次いで頭に触れた手の感触は、何度も何度も触られた温かい手。
褒められた時も怒られた時も、そこに込められた温かさは今も変わりなくミラの心に伝わってきて、ゆっくりと目を開けたその時にはリサーナに仕掛けられた爆弾はそのカウントをゼロにしながら爆発していなかった。
代わりに訪れたのはアズマがいた場所で起きた壮絶な爆発。
「……ウィズ兄……」
爆発の余波を背中に受けながらリサーナから少し離れたミラは、前を向いてボロボロ泣きながらそう口を開いたリサーナに続くように振り返ると、そこにはずっと自分達を見守り導いてくれていたとても大きな背中があった。
「家族を傷つけた報いは受けてもらうぞ、三下」
──ウィズ・クローム。妖精の尻尾へ復帰。