『護る』というコト。 作:シャール
非常に短いけど許して。
「♪~♫」
綺麗に整頓された部屋に置かれた、一台のピアノ。真っ白な鍵盤の上を滑らかに動く綺麗な指。ピアノから奏でられる旋律は月の光のように静かに消えていくけれど、それすら意識できないほどボクの目はピアノを弾き続ける人物へと向いていた。その間も、演奏は続いていく。
ベルガマスク組曲 第三曲 『月の光』というこの曲は、ほとんどがピアニッシモで構成された夜想曲。優しく切ない印象を持たせる曲として有名で、音楽の教科書なんかにも載ってたりする。その印象を見事に再現しながら演奏する目の前の人物…『白金燐子』はボク『白金凛音』の姉で、ボクは『燐ねえ』って呼んでいる。
やがて演奏が終わりに近づき、ピアノを弾く手が止まった。そのタイミングで拍手をしながら、ボクは燐ねえに声を掛ける。
「どう?今回の調律はボク一人でやってみたんだけど…」
「うん…すごくいいよ、凛音」
「やった!よかったぁ…」
今日は初めて一人でピアノの調律をしたのだが…上手くできていたみたいだ。ほっと息を吐くと、ピアノを弾いていた燐ねえが椅子から立ち上がり、静かに鍵盤の蓋を閉めた。
「それじゃあ、ご飯食べる…?」
「そろそろ七時だし、そうしよっか」
時計を見れば既に夜の七時を回っていた。二人揃ってピアノの置いてある部屋…燐ねえの部屋から出て、リビングへ続く階段を下りていく。夕食はボクが調律をしている間に燐ねえが作ってくれたらしい。両親は今日帰ってこないと連絡が来ているので、燐ねえと二人で夕食を取ることになる。
「そういえば、最近バンドはどうなの?」
「うん…練習は大変だけど、凄く…楽しいよ」
「そっか、ならよかったね!」
燐ねえは最近話題のアマチュアガールズバンド『Roselia』のキーボードを担当している。始めにバンドをやると聞いた時は凄い驚いたけれど、昔から引っ込み思案だった燐ねえが勇気を出したんだなと思うと嬉しく思えた。
(まあ、ボクの役目も終わったって意味でもあるんだけど…)
幼いころに約束した事を、燐ねえは覚えていてくれているだろうか。───いや、きっと覚えていないだろう。何せ10年以上も前だ、覚えていられるわけがない。
(『燐ねえの事はボクが護って見せる』、かぁ…)
この約束は今までの『白金 凛音』を形作る芯のようなモノだ。もしこの芯が消えたとき、ボクはどうすればいいのだろうか。
「凛音、聞いてる…?」
「えっ!?な、なに…?」
「明日、お休みだし…どこか、出かけないかなって…」
「あ、明日?特に予定は無いけど…」
「ふふ…なら、決定だね?」
嬉しそうに笑う燐ねえを見て、少しだけ心が軽くなる。
(…少なくとも、今考えることじゃないか)
「そうだね、久しぶりに二人で出かけるの嬉しいな!」
──────今はまだ、その時じゃない。そう考えて、ボクは早くも待ち遠しくなった明日へと思いを馳せた。