「……現在、元モニーク系貴族は皇帝陛下に対する造反を宣言。その後、モニーク領にて防衛の陣を構えている模様です」
重々しい空気の中、壮年の貴族男性がチラチラと上座を気にしながら詳細を述べます。彼は、皇宮に仕える大臣の1人で、ここは帝国を支える首脳陣が集まる会議室です。
身分の上の者を中心に、半円状に広がる会議室。
私は宰相という身分のため最も中心に近い席で、中心におわすのは我が帝国の太陽こと、造反され皇帝陛下ことルブリス陛下です。現在大層不機嫌そうにコツコツと指先で机を鳴らしています。
「奴らの掲げる大義名分は不当な罪により断罪されたモニーク卿の仇討。旗頭にはモニーク卿の元側近騎士リーグ卿がいる模様です」
補足の必要はないと思いますが、アリスティア皇妃様の処刑に連なる諸々の歪が原因ですね。
騎士の本分とは主に仕える上級仕官であり、階級が一番下とはいえ列記とした貴族階級です。普通に考えれば一介の騎士が皇帝陛下を糾弾する事なぞありえません。
主への裏切りをした武装兵とか害悪以外の何もでもない上、誰もが眉を顰める侮蔑の対象でしょう。
けれど、今回の場合は少し違います。今回造反したのは元々モニーク侯爵家に仕えていた貴族達であり、彼らの主はあくまでモニーク侯爵なのです。
不当に断罪された主の仇討えおするためなら皇帝陛下すら敵に回す。それはまさに、忠義の人と呼ばれたモニーク侯爵に仕える騎士としてあるべき姿でしょう。
造反した彼らにとって皇帝陛下は主の主であり、自らの主を害した瞬間、ただの怨敵となるのです。
「規模は領地騎士団の主だった部隊。第二騎士団から離反した200名あまりの騎士達。それから有志で集まった民兵の混成軍。合わせて5000人規模と推測されます」
「侯爵領の本隊だけでも厄介だというのに、離反した騎士たちまでいるのか……」
大臣の報告に反応したのは、私とは逆の位置に座る赤毛の美丈夫。ラス公爵家の当主にして第一騎士団の団長様です。
ラス公爵は腕を組み深くため息を吐きます。それは彼の心情を現した複雑な色をしていました。
ラス公爵とモニーク侯爵、それに我が父であるベリータ公爵は旧知の中であり前帝の時代からの友人です。色々と思う所があるのでしょう。
「くだらん。そんな逆賊ども早々に潰してしまえ」
苛立ちを隠すこともないままルブリス陛下が言いのけます。
シンと辺りが静まり緊張感が会議室に充満するのが分かります。現在会議に参加しているのは私が率いる文官とラス公爵が率いる武官。その他の諸々の大臣たちですが、誰もが口をつぐみ賛同の声を上げません。
理由としては、つい一年ほど前まで共に働いていた者達に対する心情……なんてものもあるでしょうが、正直な話別の理由でしょう。
「お言葉ですが陛下。帝国全土の戦力を考えれば5000人は極めて少ないと言えるでしょう。けれど、問題は相手があのモニークである事です」
ラス公爵は厳しい顔で文官視点の様々な理由を述べます。
「武の誉れ高きモニーク侯爵家の騎士たちはみな精鋭ぞろい。第二騎士団からの離反者も幾戦の修羅場を潜り抜けた猛者達です。侮れる相手ではありません」
我がベリータ領はは代々文官を中心にしてきた土地柄ゆえ、優秀な文官を数多く輩出してきました。モニーク侯爵家はその逆です。文官よりも武官を多く輩出し、様々な戦いを潜り抜けてきたのでしょう。
今まで、皇帝陛下の剣として営んだ歴史がそれを物語っています。
同じく武を尊ぶラス公爵は、私よりもよほど彼の地の戦力を把握しているのでしょうね。
「フン。ラス公爵ともあろうものがなんと及び腰なのだ。それとも貴公は当主を失った烏合の衆ごときに遅れをとるのか?」
「いいえ。戦えば必ずや勝利を陛下に届ける事はできるでしょう」
皮肉気に侮辱の笑みを作られた陛下とは対照的にラス公爵は能面の様な感情の見えない顔です。
「けれど、その際には我らにも多くの被害が出るでしょう」
勝つには勝てる。けれど、被害も大きい。それが第一騎士団の団長としてラス公爵の意見でした。
単純な話ですが歴史ある大領地といえどたかだが一領地の反乱です。鎮圧する事自体に不可能はないでしょう。例えどのような猛者がいようと数の利は我らにあります。
しかし、問題は彼らが当主を失った忠臣であるという事です。
本来の戦場で皆殺しという事は早々ありません。勿論、一部隊や極端に戦力差があれば別ですが、勝敗が決まった時点で和解交渉なりしますし、大将の首を取ればそれで戦闘は終わりです。
敗け際をわきまえた判断ができるかどうかで優秀な指揮官は決まります。けれど、優秀な指揮官であるモニーク侯爵は死んでしまいました。
逆軍に侯爵がいないのは幸いですが、リーグ卿とやらがそういった合理的な判断ができるかどうかは不明です。最悪、死兵相手に不毛な殺し合いが起こる事でしょう。
掃討戦なんて他国からの侵略者相手なら意義も意味もありますが、身内相手にしたら時間も労力も資金も人材も無駄にするだけです。不経済この上ない。
「何より、防衛の陣という事は正面から向かうと最低でも3倍の兵力は必要です。編成にも進軍にも時間がかかります」
そこでラス公爵はちらりと私の方に目配せをしました。
段取りを決めたわけではありませんが、視線の意味くらい察する事はできます。
「前皇帝が推し進めた軍備増強のための資金はあります。けれど、それは反皇帝派に対する抑止力であり諸外国に対する牽制です。 ……以前の暴動事件のあおりから回復傾向にある現状ですぐの行軍は帝国民の負担になりさらなる暴動が起きかねません」
「何を悠長な……! 我が治世に剣を向けた愚か者どもを野放しにするとでもいうのかッ!!」
ラス公爵に続き最初の私も難色を示したことから陛下の機嫌は一層悪くなりました。
おっしゃることはある意味で正論ですが、なんでしょうこのもやもやとした気持ちは? 言ってはなりません。けれど、どうしても原因を究明すると陛下の短慮さに起因するのですが?
アリスティア様は直接に陛下を害した事で処罰は確実でした。けれど、モニーク侯爵の処罰に彼らの家臣は納得していません。
当たり前です。
事件当日にモニーク侯爵は国境の付近の返事で遠征の最中であり、皇后様の襲撃事件に直接の関与はありません。それは副団長であるラス公爵のご子息が証言しています。
皇帝陛下は手の者にやらせたといいますが、実行犯は逃亡または死亡しているため犯人の自供はありません。仮に犯人が侯爵の指示と証言しても証言力の有無は別の上、賊の言葉だけで貴族は処罰できません。
ましてや、相手は忠義のモニークと言われる傑物です。仮に10人の賊が侯爵の指示と言い募っても侯爵1人の否の声の方が大きいです。
それは周辺貴族の誰もが同じというわけではありません。それほどまでの貢献をしてきた一族こそがモニーク侯爵家なのです。
陥れるにしても断罪するにしても年単位による根回しを必要とする強敵でしょう。それをルブリス陛下は皇帝権限の元に碌な裁判や調査をするでもなく一方的な断罪を行いました。それも周辺貴族の誰に相談するでもなく独断です。
どの様な情報規制をしても人の口にとは建てられるといいますし、モニーク侯爵の家臣がこの話を知るのは遅かれ早かれ同じでしょう。
といっても、例え道義反した行いでもそれだけで造反なんて早々起こりません。後継者ないし身内の者が家臣を止めるのが普通だからです。
家を守る家臣と、領地を守る領主一族の仕方のない対立であり、領地を守るためにも苦渋を飲み干す選択をする事は多々あります。
モニーク侯爵の唯一の身内それは皇妃であるアリスティア様です。
アリスティア様が陛下に危害を加えたことは事実ですが、命に別条があるわけでもない以上、モニーク家に対する人質といして生かしておくなり幽閉する選択肢がないわけではありませんでした。
不満は出るでしょうが、これまでの彼女の貢献とモニーク侯爵家の建国いらいの貢献を合わせれば助命はできたのです。しかし、陛下は処刑を選びました。
結果として領主一族を失ったモニーク侯爵家は暴走し今回の事態に発展したのです。
害意を加えたのは事実でも、後々の治世を考えれば慈悲深さのアピール的にも皇妃様の処刑は浅はかだったといえるでしょう。
なんせ今回の事件で陛下は何も得ることができなかったのですから。
仕事ができる皇妃様、忠臣の騎士であり陛下の強力な後ろ盾であるモニーク侯爵、時代を担う生まれ来なかった2人の赤子。造反したという事は大領であるモニーク侯爵領からの納税も期待できません。それどころか、貴族からの信頼も失いつつあります。
はぁ……まぁそうはいっても、私はこの方の宰相なのでお先が真っ暗な現状でもどうにかしないといけません。
中継ぎの宰相と言えど、私もベリータ公爵家の名を背負う者の自負があるのです。
「無論これから必要な軍備の確保を始めますし、モニーク侯爵領との境に防衛の兵を送ります。それと同時に使者を送り彼らとの対談をしながら状況を推し量り落としどころを見つけるつもりです。陛下の御身をお守りする誉れ高い騎士達を無用に減らす事はないでしょう。幸いにもこれより先は、雪の降る季節。彼らもすぐにどうこうする事もできますまい」
「年が明け、状況が悪化しないよう我ら騎士団が陛下の手足となり帝国の中に睨みを利かせます。今、陛下と皇后様の守りを手薄にして事が起こすことは避けなくては避けなくてはなりません。まずは、御身の安全を確実にすることが我らの責務であります」
ラス公爵の後援もあり、どうにか不平不満といった様子の陛下からモニーク侯爵領に向けての急な行軍は雪解けの春まで延長することができました。
第二騎士団の再編成が終わっておらず、収穫時期である今はどこの領地も大忙しなのです。モニーク侯爵領からの納税が見込めないので下手に作物の収穫量を減らす徴兵や、出兵がなくなり安堵の息を吐きます。
しかし、同時に来年までにどうにか手を打たなくてはなりません。
内乱に混乱の最中にある宮中を諫め、滞っている仕事を片付けながら、反帝国派に睨みを利かせねばなりません……この調子でいったいいつになったら弟に宰相の座を押し付けて領地でのんびりスローライフがおくれるのでしょう?
「はぁ……」
これからの仕事の多さと幸先が暗い事に不安の息を吐きだします。
情報は国の中央に近いほど鮮度が高く、遠いほど伝わるのも遅いといいます。
モニーク侯爵領の位置とか分かりませんが、中央よりも比較的に遅い事が考えられますし、皇帝に嫁いだ自領の姫の悪口を風潮する奴なんて早々いません。なので中央に悪評があってもモニーク侯爵領では比較的に友好的だと解釈します。
そこに突然処刑されたという一報が入り、中央に行っていた騎士たちが当然戻り当主と姫が謀殺されたと騒ぎ立てます。
結果として宰相の胃に穴が開きそうな負担がかかるのです。