もういっそこれはこういう話だと割り切ってみてもらえれば幸いです。例えその後、原作の方でこの作品の設定が崩壊しそうな内容が出てもそういうものだと思っていただければ幸いです。
はい、ただのいいわけです。
ルブリスが自ら出席した関係各所の上層部を集めた大会議は、例年よりも半月も遅く終了した。
ルブルス皇帝の暗殺未遂。皇后美優の襲撃ならびに授かったお子の死産。アリスティア皇妃、モニーク侯爵の処刑。それに伴った旧モニーク領の離反。
これだけの大事に発展した件の事件は、後のカスティーナ帝国史におけるルブリス皇帝の治世に暗雲をもたらす凶報として述べられる。
会議の内容は概ね離反した旧モニークに対する討伐隊の遠征である。
皇帝の顔に泥を塗った謀反者を今すぐにでも討伐すべきと冬季遠征を望むルブリスであったが、ベリータ宰相とラス公爵の2名に諫められる形で、雪解けの春頃まで遠征は延長される事となる。
国の重要な事柄が話し合われる大会議の内容は身内であっても口外する事は禁じられている。しかし、モニークの離反は平民でも知る周知の事実。軍部の戦準備も着々と進められてる現状ではもはや暗黙の了解が周囲に認知されていた。
これに対し、貴族間の派閥の動きはあからさまであった。
まず、どこの派閥に所属するでもない中立派。彼らは、家の都合や個人の都合。宗教的な問題で派閥に所属できない、もしくはしない者達の集まりで正式には派閥とも呼べない烏合の衆だ。
平時の際でさえ派閥争いから遠のいていた彼らは口裏を合わせるでもなく一貫して、命が下れば最低限の援助はするが率先して賛同はせず、を貫いている。
皇室に牙をむくことは無論ないし、だからと言ってモニークを敵に回すつもりもない。どっちつかずの事なかれ主義である。
次に、現在の皇帝を主軸にした政治体系に意を唱える貴族派。今回の事件は外部から見れば、皇室と皇室派幹部の1人であるモニーク侯爵との間のいざこざだ。同派閥内で潰し合うのに邪魔をするわけもなく、自らの陣営からは最低限の後方支援と援軍をいずれ出すという確証の無い言質を残し傍観姿勢で事の成生を見ている。
例え、皇帝命令で派兵を迫られていても何かしらの理由をつけできるだけ遅らせる腹つもりだろう。戦場に姿を見せても雑兵を送り込み、指揮官クラスは陣地を築き穴熊を決め込むつもりの者や、戦闘後期に乗り込んできて武勲だけを掻っ攫う狡い考えの者もいるだろう。
それならばまだマシだが、中には兵を集める事もせず、逆にこの機に乗じて邪魔者を始末しようと暗躍する者もいるだろう。
最後に、突然の内部争いで今にも空中分解しそうなほど混乱の最中にある皇室派。
古参の貴族が多く、古くからある風習を尊重し、政治も皇帝陛下を主軸にするべしと考える帝国最大派閥である。
彼らにとって今回の事件は寝耳に水であり、状況把握だけでも不審な点が多く見つかり、そもそも皇室の醜聞である皇族の処刑を公開するなど何を考えているのか、というかモニーク侯爵はいつの間に処刑されたのかと、思考の統一すらままならぬ事態である。
「陛下は乱心されたのですか!?」
貴族として不出来としか言いようがない子爵が、ラス公爵を前にして発した言葉である。
他の者の目があり、彼の事をきつく処罰するしかなかったが派閥ほぼ全員が彼と気持ちを同じにしている。
皇族の婚姻は純度100%以上の政略懇である。
アリスティアの場合で言えば、美優の存在があり予言が覆されたにも関わらず彼女が位を落としてまで皇妃になった理由も、先帝の年子である幼いルブリスの後ろ盾としてモニーク侯爵が最適だったからだ。
アリスティア本人が美しく優秀であった事も要因だが、国の者ではなく、さらに身分すら保証できない美優の存在は帝国貴族に暗い影を落とした。仮に、彼女を見つけたのがルブリス皇帝ではなかったら、仮に、教会が予言を覆しアリスティアではなく美優を神に選ばれた皇后と宣言しなければ、早々に処分されていておかしくない。
この世界において常識もままならず、帝国人と異なる見た目をし、後ろ盾がない異世界人の悲しい現状だ。
そんな美優と、何よりもそんな美優を皇后に向かえる事となったルブリスを支えるのがアリスティアに課せられた使命であり、貴族達の願いであった。
どのような情勢でも千年の間ずっと皇室派を貫いたモニークの子女ならと皇室派は納得し、どちらにしても自らの派閥の者を皇帝の伴侶に送る事のできない貴族派は渋々了解し、自分たちには特に関係ないけどそれで国が回るのならいいやと中立派は適当に相槌を打った。
結果だけ見ればアリスティアは彼らの期待を裏切る形となった。それも誰もが予測すらしなかった大きな禍つをもって。
それでも、皇室派が今も原型を留めているのは派閥トップの2名が率先して行動しているからだ。
軍部のラス公爵は、初老というには若々しい見た目に反し実に堅実で狡猾な采配を振るう。モニーク侯爵が率いた第二騎士団の副団長は彼の長子であった。ラス公爵はまず、息子であるカイシアンを騎士団より除名しラス家に名を連ねる者達を有無を言わさず騎士団より排除した。
それは、反逆者であるモニーク侯爵が率いた部隊にいる事で下手な邪推を避けるための必要な処置であったが、貴族にとって騎士団の除名は不名誉極まりない事だ。
ラス公爵は、その不満を自身の長子を真っ先に除名する事で封じた。
部隊を着々と再編していく姿は、ルブリス皇帝という灯台を見失なった皇室派の貴族の灯となる。
少なくとも彼らはラス公爵が指揮を執り続ける限り皇室派を裏切る事はしないだろう。
政務部を司るベリータ宰相は、元からの病弱であり能力も平凡である。だからこそ、1人ではどうにもできないと早々に諦めた彼は周囲の手を頼った。
自分以外の皇室派には父の代と年を同じくする年寄りも多くおり、そんな彼らに頼る姿勢は誉められたものではないが、周囲からの反感は少ない。混乱の最中にあるからこそ冷静でいる老獪な彼らは実に巧妙に働いてくれる。
調整や雑務を自らが引き受け、経験と実力で勝る彼らに役割を振り分ける。
組織とはしかるべき部署に、しかるべき実力の者を配置すればうまく回る者である。ベリータ宰相はそれを実現させた。
軍部に政務部は確実にモニーク領攻略に向けて動いている。ただし、全てが順調であるかと言えば、そんな事はもちろんない。
派閥の人間が世話しなく働いているという事は、彼らが守り担ぐ神輿である皇帝陛下の守りが一時的に薄くなることを意味していた。
・ ・ ・
「神の寵愛を受けし太陽、皇帝陛下ご機嫌うるわしく」
貴族が使う枕詞とは異なる言葉を述べるのは、教会の最高責任者の1人であり、カスティーナ帝国首都の中央神殿に在籍する唯一の枢機卿。ピエール枢機卿その人であった。
今、彼は皇宮内で最も調度品の質が高い陛下が来賓と会合を交わす応接室にいた。
対するのは無論、この部屋の調度品に位が釣り合う人物。青髪の美青年、皇帝ルブリスである。
「下手な挨拶は不要だ。この場には我々2人しかいないのだから。そなたも席に座ったらどうだ?」
「では、お言葉に甘えまして失礼いたします」
枢機卿というしっかりとした身分のある貴賓に対し、側仕えにメイド、護衛の騎士ですら人払いをされた部屋の中。
温厚そうな笑顔の恰幅のいいピエール枢機卿と不機嫌さをこれでもかと前面に押し出した眉間の皺が深いルブリスは全く逆の表情で相対する。
本来なら枢機卿といえど、皇帝陛下と1対1で謁見することなど不可能。現にこの謁見に反対した皇帝の側仕えもいた。しかしそこは、ルブリスお得意の皇帝特権をフルに使用した。
もちろん建前としては皇后美優の身体に関わる事と名を打ち。
「本日はどのようなご用件で? 政治の事は分かりませんが、どうやら皇宮は大変お忙しいご様子。しがない聖職者であるピエールめにはこれより起こる未来にただおののくのみでございます」
「フン、貴様のどこが聖職者というのだ。白々しい。あの女の事では随分と世話になった。これはその報酬だ」
ルブリスは懐から革袋を取り出しピエール枢機卿に投げ渡す。勢いがなかったのか狙ったのかは不明だが、革袋はピエールの元に届かずテーブルの上に落ちた。
その拍子に封が開き眩い黄金色の硬貨が流れ落ちる。
「これはこれは申し訳ございません。陛下からの教会に対するご支援、大変喜ばしく思います」
素早く金貨をしまいしっかりと封をして自らの袖の下に革袋を入れる。ピエールはあたかもこれが寄付金の様に言葉を選び言っているが、皇帝自らがこんな風に枢機卿を皇宮に招き入れ直接渡すようなモノではない。
これはルブリスがピエールに依頼したある仕事の報酬である。
「いやはやしかし、一時はどうなる事かと思いました。まさかあのタイミングで陛下自らがお手を下すなど、当方は大変驚きましたぞ」
「あれは僕のせいではない! あの女が勝手に倒れただけだ」
「もちろん、もちろん。分っておりますよ。全ては陛下の身心のままに」
ルブリスがピエールに依頼し、こんな人目から憚るように会う必要のある仕事。それは。
「アリスティア皇妃のお腹のお子を神の元にお導きになられたのは、母である皇妃自身にございます。陛下に過失はございません」
妊娠したアリスティアの子の暗殺。それがルブリスの依頼である。
この世界で教会とは神に祈り神の言葉を届けるだけの存在ではない。貴族や皇族とは全く別の利害が存在する。それは医者である。
神に仕える彼らだが、活動するには資金が必要で、貴族や富豪、市民からの寄付金だけでは大きな組織である教会を存続させることは不可能。
そんな中、教会は病院施設として神の門を開けている。
その中には、妊婦を専門に扱う産婦人科も存在し、皇族の専門医となれば枢機卿自らが選んだ腕利きを派遣する事は珍しくない。
逆に言えば、枢機卿の推薦がある医師ならば大抵の場合皇宮に入る事はできる。その上皇帝自らが許可を出したというのなら意義を唱える者はいない。
それが分かっていたからこそ、ルブリスはこの枢機卿に依頼をしたのだ。
「全ては美優と僕の子供を皇位につけるため仕方のない処置だ」
ルブリスは昔から周囲の悪意に晒され生きてきた。故に、美優に向けられる周囲の猜疑心も関知していた。どんなに表面を取り繕っても貴族の笑顔の裏にはドロドロの暗黒が存在する。それを誰よりも知るのは自分であるとルブリスは自称する。
異世界人である(?)美優の存在は、血統主義の帝国貴族には容認しがたい存在である。そんな中、生粋の帝国人であるアリスティアの妊娠は色々と不安定な美優の立場を追い詰める者となる。
いくら自分が否定しようと、大会議のように周囲全てを封じられると身動きが取れなくなる。そのための処置だ。
故に、美優が子をなすまでアリスティアに子は必要ない。
そんな自分本位過ぎる理由をもって、ルブリスはアリスティアの子を、自分自身の子供を産まれる前に始末する事にしたのだ。
「それともうひとつお前に命じる。この件に関わった医師を始末しろ」
共犯者である枢機卿にルブリスはさらなる依頼をする。表情から感情を推し量る事はできず、ただ淡々とそう言いのけるルブリスに良心の呵責は見受けられない。
「おや、それはまたどうして?」
「モニークの残党共の討伐が決まった。しかし、今この情報が流れるとこちらに不都合となる。本当ならば関係者はすべて始末した方がいいのだが、貴様はまだ必要だ。他言無用を絶対の条件としてその命、救ってやろう」
睡眠不足の為か、感情を伴わない表情の中でその目だけが血走っている。
ピエールは終始変わらない表情でその話を聞いている。ある意味こちらも逆に感情を伴っていない表情だ。
「陛下のご温情大変うれしく思います。かしこまりました、数日中にはこちらの後片付けは終わっている事でしょう」
彼らのやり取りが世間に出回る事はなかった。しかし、確かにそこにはいたのは帝国の太陽と呼ばれた男であった。
すでに彼の太陽には黒点が浮かび上がり、いずれ月に覆いかぶさりあまねく光を遮る事になるだろう。
しかし、それは、まだまだ先の話。これは後の帝国史に残る事のない帝国の太陽が闇に沈んだ瞬間のお話。
ルブリスが色々と画策したとして実行犯は別にいると思いました。この作品での実行犯は貴族派ではなく教会という事になります。
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