あさひが見舞いに来た日の夜、しょうこは寝付けずに、病室の天井を眺めていた。彼が見舞いに来てくれたのは嬉しかったが、刑事から聞かされた話は、しょうこに様々な悩みをもたらしていた。
さとうは、しおと共に行方をくらませている。いったいどこに行ってしまったのか。いやそれ以前に。
1208号室の住人だった、深谷という男性。彼を殺したのはさとうではないかと、刑事は言っていた。
しょうこは、さとうの話を思い返していた。さとうはしょうこに、恋人ができていっしょに住み始めたと話してくれた。その相手はさとうとつりあう年齢の男性だろうと思っていたが、あれはしおのことを言っていたのだろうし、そうなら、彼女が自分に会わせたがらなかった理由もわかる。いきなり恋人だと言って小学生の女の子を紹介したら、しょうこはあわてふためいて何を口にしたかわからない。加えて、しおはただの子供ではなく、厄介な事情持ちだ。
さとうの恋人について詮索しなかったら、どういう状況になっていただろう? 今までのように、いっしょにバイトに行って、たまに街で遊んで、さとうの話を聞き、自分も話す。そんな、なんでもない日常が続いていただろうか。マンションは火事にならず、さとうも行方もくらまさず、二人だけの箱庭はそのままだったのだろうか。
……でも、それでは、あさひはずっとみつからない妹を探し続けてしまう。ろくに食事も取らず、満足に眠ることもできず、毎日のようにポスターを貼って、危ない目にあって。下手をしたら死んでしまうかもしれない。
あさひのためには、踏み込んだのは正解だったのだ。でもそれは、さとうのためにはならない。踏み込むべきだった? 距離を置くべきだった?
あのとき目をそらさないで、さとうの欲しがった言葉をかけてあげられれば、良かったのではないか? どうして自分はあのとき、目をそらしてしまったりしたのだろう。目をそらさずに彼女を受け入れ、時間をかけてゆっくりと信頼を得ていたとしたら? さとうが自分に、しおのことを話しても構わないと思えるくらいになるまで。そうしたら、ふたりの架け橋になってあげる、そんな可能性も、あったのではないだろうか?
けれど、「恋人ができた」と言ったとき、さとうはもう、人を殺してしまっていたのだ。1208号室の住人だったという男性を。しおの存在までならともかく、人を殺した相手を、受け入れてあげられただろうか?
さとうは何故、その人を殺したのだろう。しょうこはさとうがその男性を殺すところを想像してみようとしたが、うまくいかなかった。1208号室の男性について知っているのは名前だけで、年恰好などはわからないし、その人がさとうとどんな関係だったのかもわからない。だからその姿はしょうこの中で黒い影にしかならなかったし、それと対峙しているさとうの姿を思い描いても、二人は身動きもせず、ただ佇んでいるだけであった。
わからない。いくら考えても何もわからない。
胸の奥が苦しい。しょうこはもがき、身体を起こした。嫌な気持ちから解放されたくて、首を回す。そのとき。
テーブルの上に置かれた花瓶が、目に入った。今日、あさひが持ってきてくれた花が生けられている。
それを見たとき、わずかだが心の辛さが軽くなった。だが、次の瞬間、また別の感情の波がしょうこの心を襲う。
もしかしたら、自分は……。
ダメだ、としょうこは思った。このままではダメだ。答えを、出さないと。
あさひは寝場所にしている公園のベンチの下で、目を覚ました。ついさっきまで、嫌な夢を見ていた。しおが行ってしまう夢だ。しおは夢の中で、あさひを拒絶して、さとうといっしょに行ってしまった。
夢だけど、夢じゃない。あさひはそう思った。実際、しおはあさひを拒絶して、さとうを選んだのだ。
いや、それだけではない。
あさひはごそごそとベンチの下から這い出して、ベンチの上に腰を下ろした。目が冴えてしまって眠れそうにない。
頭上を見上げると、晴れた夜空に月が浮かんでいた。満月と呼ぶにはやや欠けた月だ。以前は、月を見るとしおを思い出して心が慰められたものだったが、今は、なんともいえないくすぶった感情がこみ上げてくる。それがなんなのか、自分でもよくわからない。
しおはいなくなり、母は壊れた。もう、何も残されていない。生きている意味など、あるのだろうか。
そう思ったところで、あさひは首を横に振った。以前しょうこが自暴自棄になったとき、必死で彼女を慰めた。助けてくれようとした優しい彼女に、泣いてほしくなくて。
ここで自暴自棄になってしまったら、しょうこはきっと傷つくだろう。傷ついて、自分を責めて。それだけは、してはならないことだ。
彼女だけは。自分が救った彼女だけは、報われて、幸せになってほしい。
あさひはため息をつくと、寝なおそうとまたベンチの下に潜った。自宅に戻ることも考えたのだが、誰もいない家に一人でいると、ストレスでおかしくなりそうだった。
ふと、葉山の言葉が思い出された。「施設で食事と衣服と寝るとこと教育の権利をしっかり受けとった方が身のため」と彼女は言った。
彼女の言葉は正論なのだとは思う。だがあさひはどうしても、施設で生活したいとは思えなかった。かといって、ひとりで生きていく方法も思い浮かばない。
だけど。
この公園で野良猫のような生活を続けるのは、どうなのだろう。そう遠くないうちに、野垂れ死に、とまではいかないまでも、ひどい状況にはなりそうだ。実際、暴力も受けた。
未来は真っ暗で、先が見えない。しおをみつければ、光で照らされるのだと思っていたけれど、その夢は潰えた。この先、いったいどうしたらいいのだろうか。
あさひの生活スタイルがよくわからなかったので、公園でホームレス生活送ってることに。まあ、アニメだと公園で寝てたしね……。