昼食のあとで、四人は警察署に向かった。奥の部屋に通してもらい、そこであらためて調書を取ってもらった上で、書類に署名をする。
「松坂みつの主張の一角は飛騨しょうこの発言により崩れたわけだから、もう一度取り調べた方が良さそうだな」
「確かに崩れたわけですけど、あの人ならのらくらとかわすんじゃないですか? 『小鳥ちゃんが記憶違いをしてるんです~』とか言いそう」
葉山の口調はまたも心底嫌そうであった。しょうこはこの女刑事とさとうの叔母との間に、いったい何があったのだろうと思ったが、訊くのも怖かったので、黙っていた。
「そうやってあまり嫌悪感を出すな」
「わかってますけど、難しいんですよ」
「あの」
しょうこは、二人のやりとりの割って入った。二人の刑事がしょうこを見る。
「さとうの叔母さんに会うことってできますか?」
五島も葉山も驚いた表情になった。あさひも驚いている。一瞬の空白ののち、あさひは叫んだ。
「殺されかけたんだぞ!」
「うん……でも、今は逮捕されてるわけだし、さすがにもう殺されかけはしないと思う」
「面会自体は認められた権利なわけだから、面会を申し込むことはできるよ。向こうが『嫌です』って言ったらダメだけど。でもしょうこちゃん、あの人に会ってどうするの?」
実を言うと、しょうこにもよくわからなかった。だが、何故か会わなければという気持ちがあるのだ。
「自分でも、よくわかりません……。でも、会っておきたいって思うんです」
「……まあ、しょうこちゃんには大事なことなんだろうねえ」
「面会を申し込むのは構わんが、今日はもう時間がない。明日は取り調べをしたいから、申し込んでも明後日以降になるが、大丈夫か?」
五島の言葉に、しょうこはうなずいた。
「あ」
あさひが何かを思い出したのか、声をあげた。
「どうした?」
「あの、俺、管轄とかよくわからないんだけど、俺の母さん、いつ逮捕されるの?」
あさひが思ってもみなかったことを言い出したので、しょうこは驚いた。それは二人の刑事も同じ様子だった。
「逮捕? 神戸しおに関する保護責任者遺棄及び児童虐待の容疑の話か? 神戸しおが行方不明なままである以上、検察が起訴したがらんだろう」
「そっちじゃない。……母さん、父さんを殺したんだ」
あさひは瞳を伏せ、淡々とそう言った。
「今、病院に入ってるけど、落ち着いたら逮捕されるんだろ?」
「なんの話をしているんだ?」
五島が心底わからないといった様子で尋ねる。あさひは気色ばんだ。
「だから、俺の母さんは父さんを殺したんだ」
「お前の父親の死因は肝硬変だぞ? 少なくとも死体検案書にはそう書かれていたが」
「えっ……?」
あさひがうろたえ、視線をさまよわせる。
「あさひ君、その話、誰から聞いたの?」
「母さんから。父さんが死んで、母さんに会いに行ったとき、母さんが『あの男は私が殺した。子供のために、私が殺した』って」
「方法はわかる?」
「薬を酒に混ぜたって、言ってたけど」
「なんの薬?」
「そこまでは……」
五島と葉山は顔をみあわせた。五島が息を吐き、ペンでこめかみをこづく。
「イマイチ状況がよくわからんな……神戸、お前の父親の件だが、さっきも言ったように、死因は肝硬変だ。検死解剖の結果、そう判明したんだ。だから、病死扱いで、引き取り手がなかったから、行旅死亡人扱いで火葬になっている」
「えっと……?」
「君のお父さんの遺骨をどうする? 葬式は? って話」
「遺骨はいらない」
あさひは即答した。五島がやや呆れた表情で葉山を見る。
「葉山、いらんツッコミをするな。話を戻すぞ。お前の父親は病死だ。母親が薬を混ぜたと言ったが、家にある酒瓶のどれかに入れただけなら、それを呑む前に、父親の方がポックリ逝ってしまったんだろう。検死の結果わかったが、お前の父親の身体は長年にわたる不摂生でボロボロで、いつ死んでもおかしくなかった」
「じゃあ……母さんは、人を殺してない?」
「少なくとも、お前の父親の死に不審な点は見当たらない」
あさひは目に見えてほっとした表情になった。しょうこは、あさひが背負っていたもののひとつが、これで少なくとも消えたのだと思い、安堵した。
「そう言えば、神戸。お前、これからどうするつもりだ」
五島が尋ねた。あさひが怪訝そうな表情になる。
「どうって……」
「生活の話だ。行く当てはあるのか?」
「ない、けど……施設はいやだ」
あさひは横を向き、視線をそらした。五島が小さなため息をつく。
「あのな、こっちは、保護が必要な未成年に外をうろうろしてほしくないんだ」
しょうこはどうにかしてあげたいと思ったが、どうにもできるはずがない。もどかしい気持ちでいっぱいになる。
そんなしょうこの目の前で、あさひは怒りを爆発させた。
「未成年、未成年って、あんたたちはそればっかり!」
「あさひ君は実際未成年だからしかたがないよ。未成年は成年と比べるとどうしてもできることが少ないの。例えばさ、ちょっと考えてみようよ。あさひ君、もしあさひ君がしょうこちゃんを妊娠させたとしたら、あさひ君、いったいどうする?」
あまりと言えばあまりのたとえに、あさひとしょうこは真っ赤になった。
「そ……そんなことするかっ!」
うろたえた様子であさひが叫ぶ。
「避妊に百パーセントはありえません」
「そんな話をしているんじゃないっ!」
「だからさあ、たとえの話だよ。実際にそういうことをしてみればとか言ってるんじゃなくて、もしそうなったらどうするか考えてみて? って言ってるの。家が火事になったらどうやって逃げる? っていうのと同じだよ。それに対し『火事になんてならない』とは答えないでしょ」
しょうこは考えてみた。あさひとのあれこれははっきり言って想像したくない――嫌なのではなく、ちょっと思い浮かべただけで恥ずかしくてたまらなくなるからだ――のでやめておくとしても、自分がもし妊娠してしまったらどうする? 両親に言う? ほぼ確実に両親は逆上するだろう。そのときのお説教を想像してしまい、しょうこはげんなりした。下手したら、高校を卒業するまで学校以外の外出を禁止されるかもしれない。
「で、ほらほら、どうする? 放っておいたら赤ちゃんはどんどんお腹の中で大きくなっちゃうよ。ちなみに、中絶手術はできる期間が決まってるからね。その期間過ぎちゃったらできないよ。あと、中絶するってのは、お腹の中の赤ちゃんを殺すことだから。育ち具合によっては、ずたずたに引き裂いて取り出すの。それと、未成年の場合、病院は親の同意書を持ってこいってとこが多いよ」
容赦のない言葉に、しょうこは血の気が音を立てて引いていくような感覚に襲われた。あさひを見ると、今度は青ざめている。さすがにショックがきついようだ。
「わからない……」
「じゃ、選択肢を絞ろう。しょうこちゃんが妊娠しました。しょうこちゃんに選べる選択肢は『産む』か『堕ろす』になります。どれを選んでほしい? あ、あさひ君はこの場合『逃げる』てのもあるね」
「そんなことしない!」
「うん、あさひ君はしないと私も思いたいなあ。でも実際、最後のを選ぶ人って結構いたりするんだよね」
あさひは青ざめたまま震えている。しょうこは気分の悪さも忘れて、あまり刺激しないでほしいと思ってしまった。
「『堕ろす』のは嫌だ……」
「あれれ、珍しいね。逃げなかった場合、堕ろしてくれって頼む人が多いんだけど。でも、産むにしても、生まれた子供をどうするの? 子供を育てるのってお金がたくさんかかるよ。しょうこちゃんはまだ高校生だし、あさひ君だって定職についてないでしょ。収入なしでどうやってやっていくの? 面倒は主に誰が見るの?」
あさひは黙り込んでしまった。しょうことしても、もしそんな事態になった場合、自分は何もできずに呆然としてしまうだろう、と思ってしまう。
「まあ産んでから捨てるとか殺すとかいう選択肢もあったりするよね。といっても、ほとんどの未成年の妊娠で出産まで至ったケースって、誰にも相談できないでいるうちに、限界を迎えて自宅出産ってケースが多いから、捨てたくて捨てるというより、始末に困って思考放棄したあげく……って感じなんだけど」
「葉山、お前……人にはオブラートに包めとあれだけ言っておいてまあ……」
五島が呆れた声を出す。が、葉山がうろたえる様子はなかった。
「ある程度身近な事例の方が、わかりやすいと思うんですよ」
「それはそうだが……」
ちょうどそのとき、部屋に電子音が鳴り響いた。しょうこの携帯だ。すいませんと言って、携帯を取り出す。着信を見ると、母からだ。しょうこはあわてて通話に出た。
「ちょっとしょうこ! あなた、退院してきたばかりだというのに、家にいないって、どういうこと? もう遊び歩いてるの? 何を考えているの?」
出るやいなや、携帯から母の怒りの声が響いて、反射的にしょうこはすくんだ。
「い、いえ……お母様、私、遊んでたんじゃなくて……」
必死でそう弁解するが、母の怒りは収まらない。延々と小言をまくしたてる。しょうこの気分は深く落ち込みかけたときだった。不意に、携帯が横からひったくられた。
「あ、もしもし、すみません、よろしいですか? 私、刑事の葉山です」
それは葉山だった。葉山はそのまま、しょうこの携帯で話し始める。驚きのあまり、しょうこは口を挟むこともできなかった。
「いえね、実はしょうこちゃん、事件について思い出したことがあるとかで、わざわざ警察まで証言に出向いてきてくれたんですよ。きっとすぐ話さなくちゃと思ってくれたんでしょうね。正義感の強い、いい娘さんでいらっしゃるんですね。ええ、すみません、お役所仕事の事務手続きというのは、どうしても時間がかかっちゃうんですよ。お待たせしてしまって本当にすみませんでした。娘さんは私が責任を持ってそちらに送り届けますので、はい。それでは失礼します」
葉山はそう言うと通話を切り、携帯をしょうこに手渡した。
「あ、ごめんね、突然で。でも、たぶん、私が話した方がわかりやすかっただろうし」
それに関してはそのとおりだったので、しょうこはうなずくしかできなかった。それに、母の説教を途中で断ち切ってくれて、ほっとする気持ちもあった。
「しょうこちゃん、どうする? 手続きはもう終わってるから、帰っても大丈夫よ。帰るのなら、送っていってあげる」
本音を言えば、帰りたくはなかった。だがもうできることもないし、いたずらに時間を長引かせれば、母の機嫌は悪くなるだろう。
「帰ります……」
「わかった。じゃ、ちょっと待ってて」
葉山は自分の席から上着とバッグを取ってきた。しょうこは五島に頭を下げた。
「それでは、失礼します。ありがとうございました」
「ああ、色々話してくれて助かったよ。あ、神戸。お前は残れ。まだ話がある」
しょうこについて外にでかけたあさひが立ち止まる。しょうこはそっと、あさひに向けて手を振った。あさひも手を振り返す。そんな些細な事実が、心を慰めてくれた。
二時間サスペンス的手法でゆうなさんの殺しはなかったことに……いや、こっちのネタまで入れてると書き手完全にキャパオーバーなんで。
というか、アニメじゃざっくりとした表現しかされてなかったから、時系列がよくわからないんですよね(あと、暴力亭主殺すならさっさとやれよと見ながら思ってしまった)