警察車両で自宅まで送ってもらう間も、しょうこの気分はなかなか浮上しなかった。葉山がフォローしてくれたが、家に戻ればまたお説教だろう。
「しょうこちゃん」
そんな沈んだ気分でいるところへ、葉山が声をかけてきた。
「何でしょうか?」
「さっきはごめんね、生々しい話しちゃって」
さっきの……というのは、未成年が妊娠したらという仮定の話のことだろう。確かに生々しかったが、しょうこはそれについて怒る気にはなれなかった。
「大丈夫です。確かにちょっとショックがきつかったけど、大事な話だったと思います」
実際、遊んでいたとはいえ、しょうこはその手のリスクについてあまり考えたことがなかった。もし自分の身にそういうことが起きていたらと思うとぞっとする。
「ありがと。しょうこちゃんはいい子だね」
しょうこは、気になっていたことを訊いてみることにした。
「葉山さん、何か、あったんですか」
「ん~、直接にではないけどね、こういう仕事してるとやっぱり、色々あるのよ。へその緒がついたまま、首を絞められている赤ちゃんの遺体とか調べるの、やっぱり精神的にくるんだわ」
そういう葉山の声からは感情が抜け落ちていて、怖いくらい淡々としていた。あまり思い出したくない事件なのだろう。
「こういう事件を起こした子ってね、取り調べると、悲しくなるぐらい何も考えてないの。こんな大事になるとは思ってなかった、って。もう、元には戻らないのにね」
そして、葉山はおそらく、自分に対しこういう体験をしてほしくないのだろうな、としょうこは思った。風変わりなところもあるが、本質的には優しい人なのだろう。
「ところでしょうこちゃん、ちょっといいかな」
「はい」
「頼みがあってね。松坂さとうのこと、話してくれないかな?」
「さとうのこと、ですか? もう事件については大体喋ったと思いますが……」
意図がわからず、しょうこは内心で首を傾げた。この女刑事は何を訊きたいのだろうか。
「ああ、そういうんじゃないの。雑談感覚でいいのよ。しょうこちゃんからみて、松坂さとうってのがどんな子だったのか、少し聞いておきたくて。本人は姿くらましてるし、あの叔母さんはろくなこと言わないし、学校の先生とか友達に聞いてもあまり突っ込んだ話は聞けないし」
しょうことさとうは学校が違う。だから、接点はバイトだけで、しょうこもさとうが学校でどうしているのかまではわからない。でも、さとうのことだから、問題などは起こしてはいないだろう。彼女はいつでもそつがなかった。
「さとうは……美人で、器用で、笑顔が可愛くて、接客が上手で……」
思い出せることを思い出せる端からあげていく。バイトでのちょっとした出来事や、いっしょに遊びに行ったときのこと。
「ある意味、私の『理想』でした。ああなれたらいいな、っていう理想。メイドカフェでバイトをしていると、感じの悪いお客さんが来ることってわりとあるんです。でもさとう、そういうときも嫌な顔ひとつせず、上手に無茶なお客さんをあしらうんです。真似してみようとしたけど、私には無理でした。
さっき葉山さんに叱られちゃったけど、街で男遊びをしたことも何度もあります。でも、今思えば、男遊びは口実だったのかも。なんでもいいから、さとうといっしょにいたかった。いっしょにいるだけで、楽しかったから」
話しているうちに涙がこみ上げてきた。もう泣くのはやめよう、と思ったのに。
「しょうこちゃんは、さとうのことが好きだったんだね」
「好きでした、というか、今でも好きなんだと思います。友達として、ですが」
その感情だけはどうしても否定しようもなかったし、否定する気にもなれなかった。
「友情も愛のひとつの形だよ。恥ずかしがったり後ろめたがったりしなくていい。いろんな形の愛がある。親子の愛、兄弟の愛、友達への愛……人間以外への愛もある。自分の生まれ育った土地や、生業にしたい仕事へのとかね」
そう言う葉山の口調がとても穏やかで優しかったせいだろうか、その言葉はしょうこの胸のうちにすとんと降りてきた。
「刑事さんからしたら、犯罪をした相手を友達だと思うのって、変かもしれないですが……」
「それはしょうこちゃんの感情だから、私はどうしようもないと思うよ。人の感情に枷とかつけられないし。まあ、関わらない方がいいよ、とは思うけどね。なんといっても殺されかけたんだから」
あさひと同じようなことを、葉山は言った。たぶん、それが「多数派」の意見なのだろう。
「私、さとうを救ってあげたかった」
「ん~、それは、難しかったんじゃないかな。基本的に、人が救えるのは自分だけなんだと思う。他の人にできるのは、ちょっとした手助けまでなんだよ」
「どういう意味ですか?」
「しょうこちゃんの悩みはしょうこちゃんにしか解決できないし、さとうの悩みはさとうにしか解決できない。もちろん、手助けをしてもらうのはありだよ。行きたい場所があって、道がわからなければ、人に訊くことはできる。でも、その場所に最終的に行き着くには、自分の足で歩かなければならない」
「私が思いあがってたってことですか?」
「ある意味ではね。でも、しょうこちゃんは誰かを大事に思える、優しい感受性の持ち主だって証拠でもある。こういうのは難しいの。物事にはいい面と悪い面がある。悪い面ばかりを見すぎると、いい面が見えなくなってくるし、逆もそう。私が思うのは、しょうこちゃんには自分の感受性を大事にしてほしいけど、周りをよく見て、あまり危ない橋を渡らないようにしてほしいってことだね」
葉山の言うことは難しくて、しょうこにはよくわからない部分もあった。ただ、頭から全否定をされなかったことには、少し安堵を憶えた。
「これから、どうしたらいいんでしょう」
「それは、しょうこちゃんが自分で決めなくちゃ。お姉さんとしては、しょうこちゃんには自分の人生を大事に生きてほしいけどね」
人生を大事に生きるというのが、どういう感覚なのか、しょうこはよくわからない。だが、わからないなりに考えてみようとする。
そして思い出す。さとうといっしょに、光の当たる道を行きたいと思ったことを。何故自分は光の当たる道を行きたいと思ったのか?
それは、きっと、光の当たらない道の先に、幸せなどないのだと、本能的に感づいていたからだ。
「一人ででも、光の当たる道って、行けるものなんでしょうか?」
「行けるよ。というか、最初は誰でも一人なんだよ。でも、そうしていたら、きっと、いっしょに歩いてくれる人が出てくるの」
「葉山さんには、そういう人がいるんですか?」
「いきなり突っ込んだことを訊くね……今のところは、いないね。いっしょに歩いて欲しい人はいるけど、こういうのは片方だけの気持ちでは決まらないかな」
片想い、なのだろうか。
「葉山さんは美人だから、大丈夫だと思いますよ」
「あははっ……褒めてくれてありがとうね。あーでも、あの人の恋人は仕事だから」
そう言って、葉山はなんともいえない表情で笑った。