ガツン、と衝撃が走って。
ふわりと、空中に浮いたような感覚があって。
気がついたときは、床が目の前に迫っていて。
その短い時間を、永遠のように感じた。
ふわふわと浮遊するような感覚。自分がどこにいるのかもわからない。断片的な映像が目の前に閃く。
長い髪の一部をシニョンにし、残りを垂らした髪型の少女。にっこりと笑っている。
「お帰りなさいませ、ご主人様。お席にご案内しますね」
てきぱきと動く動作には隙がない。席に案内し、メニューを渡して、笑顔で注文を取る。店の人気者で、彼女を目当てにくるお客さんだって多い。
そんな彼女――松坂さとうと仲良くなったのは、ほんの偶然だった。更衣室のロッカーが近くて、シフトが重なることが多くて、彼女が好きなアクセサリーが、自分の好きなものと同じだった。そこから、話すことが多くなって。いっしょにアクセサリーを買いに行こうよ、という話になって。
「あ、見て見て! これかわいー!」
「こっちのも可愛いよ」
「わ、ほんと! 色違いもある! ねえねえ、一個ずつ買おうよ」
彼女はピンク、自分はオレンジを選んだ。並んで会計を待つ、そんなちょっとしたことが、当時の自分にはすごく楽しくて。
他の誰とも、こんなに楽しい時間は過ごせない。
「さとうって、すごく話しやすいよね」
実際、こんなに話しやすい相手は今までいなかった。家族とも、学校の友達とも、他の誰とも違う。どんなことだって話せる。どんな内容でも、明るい笑顔を浮かべながら聞いてくれて、決して否定したりはしない。
「そうかな?」
そう言って小首を傾げる。その姿は、同性であっても見ほれてしまうぐらい可愛い。
「そうだよ。さとうみたいに話しやすい人、私、初めて会ったもん」
嬉しさにかられて、つい腕に抱きついてしまう。暖かな腕。嫌がらなかったので、密着する力を強くしてみる。
自分たちは、親友。そう思っていたのに。
亀裂が入り始めたのは、何かが食い違い始めたのは、いつからだろうか。わかっている。さとうが「もう男遊びはやめた。好きな人ができたから」と言ったときだ。
さとうが「ただひとつの愛をくれるただひとりの人」を求めているのは知っていた。本人から聞いていたからだ。自分も似たようなものだったから、それが見つかれば良いと思っていたし、面食らったけど祝福するつもりではいた。
……少し寂しかったけれど。自分にも同じときに「最愛の人」がみつかっていれば、違ったのだろうか。
でも、相手が「彼氏」なら「親友」のポジションは動かない。仲のよさを冷やかしながら、喧嘩をしたら愚痴を聞いてあげればいい。そうできるのはきっと自分だけ。それでいいのだと、思っていた。
なのに、生じる違和感。どこかがおかしい、と思ってしまう。つきあいが悪くなったのは、仕方がない。でも、親友に彼氏の紹介もしてくれないというのは、おかしいのではないだろうか。
次から次へと起こる、おかしなできごと。イケメンなのに反応がおかしいバイト仲間。憔悴した様子で、尋ね人のポスターを貼る少年。いくら電話をかけても出ないさとうの叔母さん。さとうは女の子を誘拐したとバイト仲間は言ってくる。
親友は、何か面倒なことに巻き込まれているのではないだろうか。それなら、話してほしい。少しでも力になってあげたい。手助けがしたい。
ねえ、誘拐犯だなんて、嘘だよね? ただちょっと、話しづらいことに巻き込まれてるだけだよね?
甲斐性なしな男に引っかかって、ちょっと苦労してるだけなんだって思いたかった。年端も行かない幼い女の子を、部屋に閉じ込めているだなんて思いたくなかった。
大事な親友だから、失いたくなかったのだ。踏み込もうとして、引き当てたのは、最悪な結果。得体の知れない不気味な女性。あれが彼女の血の繋がった叔母だなんて。どうして自分はあのとき、目をそらしたりしたのだろう。血のつながりなんて関係ないって、言ってあげられなかったのだろう。
ねえ、いっしょに、いたかったんだよ。ずっと隣で、たわいもない話をして、笑いあっていられれば良かったの。
思考が、とりとめもなく、浮かんでは消える。ぷくぷくと空中に浮かぶ泡のように。それは少しずつテンポを落とし、暗い闇の中へと飲み込まれて行った。
あわせていたのはどっちだったのか……それがはっきりしない。