「またあなたたち?」
「他に適当な人間がいなくてね」
以前と同じ警察の取調べ室。そこで、五島と葉山は松坂みつと向かい合っていた。松坂みつは相変わらず、身体のあちこちに包帯や絆創膏をつけたままの姿で――新しい怪我を作るような事態は起きてないはずなのだが――薄笑いを浮かべている。
「刑事さん、愛をみつける気にはなったの?」
同じことばかり言い続けて彼女は飽きないのだろうか、と五島は思った。後ろで葉山が苛立っているのも感じる。
「そんな話はどうでもいい。私が興味があるのは事件の真相だけだ」
「つまらない人……」
「あんたはつまらないかもしれないが、私にはそうではない」
五島は淡々と告げる。この相手に対し怒ったり苛立ったりするのは、時間の無駄だ。
「飛騨しょうこの記憶が戻った。そして、彼女は証言してくれた。1208号室で自分を殴って昏倒させたのは、あんたの姪の松坂さとうだと」
「あら? 小鳥ちゃんたら、結局は友達を売ることを選んだのかしら?」
しょうこ本人ならその言葉を聞けば傷つくのだろう。もっとも、五島はしょうこではないので、それを言われたところで、とくにどうとも思わない。ついでに言うなら、しょうこが友達を売ったとも思っていない。そんな言葉を使う人間の人間性に呆れるだけだ。
「彼女は真実を口にしただけだし、道を間違えたらそれが間違いと言ってやるのも友情だろう。その選択肢は正しいと私は考えている。で? 何故自分が飛騨しょうこを昏倒させたと嘘を言った?」
「あれは嘘じゃないわよ? 一度さとうちゃんが気絶させたんだけど、そのあとで目を覚ましそうになったから、今度は私がやったの」
笑顔のままで、松坂みつはそう言った。五島の背後で葉山が「クズ女」と小さな声でつぶやいている。
「ということは、あんたは飛騨しょうこがまだ生きていると知ったうえで、あの部屋に火をつけたんだな?」
「そうね」
これで彼女を殺人未遂罪で心おきなく起訴できる、と五島は思った。
「何故さとうの関与について最初から話さなかった?」
「さとうちゃんは可愛い姪っ子だからよ。小鳥ちゃんがいらないことを言わなければ、さとうちゃんの関与は証明されなかったのに」
「可愛い姪っ子、ねえ……あんた、本当に松坂さとうを可愛がっていたのか?」
「心外だわ、そんなことを言われるなんて」
さも意外そうに、松坂みつは答える。五島は淡々としたペースのまま、質問を続ける。
「どうかな。……あんたは、姪の松坂さとうを性的に虐待していたんじゃないのか?」
しょうこたちには言わなかった疑問を五島は口にした。そうしながら、注意深く松坂みつの表情を見守る。だが、その表情に変化は訪れなかった。相変わらず、うっすらと笑っている。
「なんの話?」
「松坂さとうは小学生の女の子を連れて海外に逃げた。この手の虐待は連鎖する。彼女は、かつて自分がされたことができる相手、を求めたんじゃないのか?」
しょうこやあさひにその可能性を言わなかったのは、これがただの推測に過ぎないからだ。こんなおぞましい推測を、身内に言うべきではない。
「さとうちゃんは愛をみつけただけよ。その愛のためなら、さとうちゃんは何だってするの」
五島は重ねて同じ問いをしたが、松坂みつはのらりくらりとかわすだけだった。
「ああ、そうだ。神戸あさひが松坂さとうを未成年者誘拐容疑で告訴したぞ。国際指名手配もかけたから、運が良ければ松坂さとうを逮捕できるかもしれない」
五島がそう言ったとき、一瞬だが松坂みつは驚いた様子を見せた。だがすぐにその表情は、もとの薄笑いへと戻ってしまう。
「あらまあ、ご苦労なことね。でもさとうちゃんはもう日本には戻ってこないと思うわよ?」
「戻るべきだと思うがな。タチの悪い奴らに捕まって人身売買にかけられる前に」
この言葉に関しては、五島は心の底からそう思っていた。消えた子供の運命は、大抵は悲惨なのだ。
「さとうちゃんならそんなヘマはしないわ」
「ああ、そうか。ところで、あんたは神戸しおの存在は知っていたのか?」
「私は、さとうちゃんから愛する人と逃げると訊かされただけ。マンションへの放火は偶然よ」
松坂みつはそう言ったが、五島はこれも嘘だろうなと思った。
「飛騨しょうこへの殺害未遂の件は?」
「逃げるのに反対されて殴ったと訊いたわ。いっしょに火葬してあげたらいいかと思ったのよ」
無理があるな、と五島は思った。松坂みつはどうあっても、深谷を殺したのは自分だと言いたいらしい。
「松坂さとうが海外へ逃れたのなら、深谷殺しについて事実を喋ってもいいんじゃないのか?」
「事実って?」
「深谷を殺したのは松坂さとうだということだ」
「あれは私よ。さとうちゃんじゃないわ」
何度同じことを尋ねても、松坂みつは自供を覆しはしなかった。
ふっと思ったんですが、あの「ガラス瓶にいっぱい入ったキャンディ」って、もしかして性的虐待を意味してるのかな。いや、実際のところ、どうなのかさっぱりわかりませんが。
五島と葉山の二人はいろいろと最悪の想像もしていますが、あくまで想像にすぎず、はっきりした証拠もないので、その手の話はあさひとしょうこの前ではしていません。