拘置所の待合室で、しょうこは緊張して座っていた。さとうの叔母は、しょうことの面会を承諾した。手続きが全部終わって順番が来たら、これから狭い面会室で松坂みつと向き合うのだ。
「しょうこちゃん、大丈夫?」
ついてきてくれた葉山が心配そうに尋ねてきた。しょうこは大丈夫です、とうなずく。
「無理しないでね、時間が残っていても、切り上げても大丈夫よ。それと、相手のペースに飲まれないようにね。あの人、いろいろと厄介だから。基本は平静心よ。それと、今回の件について、あなたはとがめられるようなことはしていないっていうことを忘れないで」
「ええ。気をつけるようにします」
しょうこがそう答えたとき、拘置所の職員がしょうこの番号を呼んだ。しょうこは大きく息を吸い込むと、葉山に向けてひとつうなずいて立ち上がり、面会室へと向かった。
狭い部屋だった。中央に大きなアクリルの間仕切りがあり、向かい合わせに椅子がひとつずつ置かれている。しょうこは自分の側に座った。ほどなくして、反対側のドアが開いて、刑務官に連れられた松坂みつが入ってきた。
「久しぶりね、小鳥ちゃん」
松坂みつは向かいの椅子に座った。刑務官は出て行かず、部屋の片隅に立っている。松坂みつが変なことをしないか監視しているのだろう。
しょうこはじっと松坂みつをみつめた。前に会ったときとあまり変わりなく見える。少なくとも、ここに入ってやつれたとかはなさそうだ。もっとも、もともと不健康そうな印象の女性だったので、わからないというのが正確なところかもしれない。
「あら……? 前ほど寂しそうではないのね。それなら良かったわ」
火をかけて焼き殺そうとした相手を見ても、松坂みつは動じず、以前と同じ気味の悪い笑顔を浮かべている。しょうこは用意してきた質問を口にしようとしたが、不意に、そのとき、まったく違う言葉が頭に浮かんだ。
「叔母さん……叔母さんは、さとうを愛していたの?」
「愛しているわよ、今でもね」
当たり前のように、松坂みつは答える。けれど。
「ならどうして、私にさとうの居場所を教えたの? 知らないって突っぱねれば良かったじゃない」
「おかしなことを訊くのね。あなたが教えてくれって頼んだのに」
しょうこは息を深く吸い込み、アドバイスどおり、心を落ち着けようと努めた。
「ええ、私は教えてくれと頼んだ。でも私はさとうの友達に過ぎない。あなたがさとうを愛していたのなら、さとうの秘密の隠れ家の場所を教えたりなんかしないはず」
言葉にするうちに、気持ちも思考もはっきりしてきた。そして確信する。彼女の言う愛はまやかしだと。
「心外だわ。私はあの部屋に来る人みんなを愛してきたの。いっしょに暮らしたさとうちゃんのことだって、当然愛してる」
「あなたは嘘をついている。今、はっきりわかった。あなたはさとうを愛してなんかいない」
松坂みつが意外そうに目を見開く。しょうこは平静心を保とうと努力しながら、言葉を続けた。
「あなたの中に愛なんてない。さとうは前、自分の中には空白があるって言ってた。そりゃそうだよね。だって、あなたがさとうの中の大切なものを、吸い取ってしまったんだから。そんな邪悪なものは愛じゃない。あなたはさとうを搾取していただけよ」
「知ったふうな口をきくのね」
「叔母さん。さとうはきっと、あなたにきちんと愛されたかったんだよ」
何故だろう。何故こんなことがわかるのだろう。でもきっと、そうだ。さとうがもともとほしかった愛は、親代わりになる存在からの愛だったのだ。
「私はさとうちゃんを愛しているからこそ、頼まれたことは全部やったのよ。そしてさとうちゃんは逃げおおせた。それが私の愛のあかし」
「それも違う。さとうはしおちゃんをみつけた。しおちゃんがさとうの一番大切な存在になった。あなたはそれが許せなかったけど、しおちゃんを直接害そうとしたらさとうは反撃するだろうし、そもそもさとうがあなたの前で、しおちゃんから目を離すなんてありえない。だからあなたは手の込んだ方法で、さとうを試したんだ」
松坂みつが目を細める。しょうこの意図を探ろうとでもするかのように。しょうこは目をそらさず、落ち着いた口調を心がけながら、言葉を続けた。
「自分が警察に逮捕されたら、さとうは戻ってくると思ったんでしょう。残念だったね、さとうは戻らないよ。だって、あなたはもう、さとうにとって、どうでもいい存在なんだから」
そしてそれは自分もいっしょだ。わずかに胸が痛む。だがその痛みをこらえ、しょうこは前を向き続ける。
「もう、さとうはあなたのものじゃない。さとうを食い物にすることはできない。さとうはあなたの呪縛から逃れた。私は、それが嬉しい。だって、私は、さとうを友達だと思ってるから」
「……もういいわ。あなたと話をしていても、仕方がない。面会は終わりにします」
面会室を出て葉山のいる待合室に戻ると、しょうこの足は突然力を失い、その場にくずおれてしまった。葉山が立ち上がり、こちらに駆け寄ってくる。
「しょうこちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、です」
葉山の手を借りてしょうこは立ち上がろうとしたが、うまくいかない。支えてもらいながら、待合室のベンチに座る。
「な、なんか、よく、わからないんですけど、すごく、疲れました」
「自分を殺しかけた相手に会ったんだから当たり前だよ……」
葉山はしょうこの前にひざをついて目線をあわせると、両手をしょうこの肩に置いて、しょうこに笑いかけた。
「よく頑張ったね」
その言葉を聞いた瞬間、しょうこの瞳からは堰を切ったかのように涙が溢れ出した。止めようとするが、止まらない。
「わ、私、わかったんです。さ、さとうは本当は、あの叔母さんに、ちゃんと愛して、ほ、欲しかったんだって。あ、あの人、誰のことも、愛してなんかいない。あの人にできるの、だ、誰かから、吸い取ることだけ。さとう、きっと、吸い取られて、カラッポになったんだ。なんで、もっと、早く、わかって、あげられなかったの。な、なんで、あんな人、存在してるの。あの人、まるで、吸血鬼、みたい」
もっと見る目があれば。もっと状況を見抜く力があれば。そうしたら……目をそらさずにいれば……。
葉山の前で、しょうこはひたすら泣き続けた。葉山は何も言わず、しょうこの肩に手を置いたままでいてくれた。その手は温かかった。
「さ、さとう、しおちゃんから、吸ったり……しないかって、それ、だけ、心配。さとうも、吸血鬼に、なっちゃうんじゃ、ないかって……、そ、そうしたら……」
「あのね、しょうこちゃん。人は、代償行為というのをすることがあるのね」
聞いたことのない言葉だった。
「何かが手に入らないときに、代わりになってくれるものを求めるの。そういうのの中にね、『自分がしてほしかったことを、誰か他の人にする』というパターンもある。私は松坂さとうという子を直接的には知らないけれど、そちらのパターンになる可能性もあるわ」
それは本当なのだろうか。自分を慰めようと、言ってくれているだけなのではないだろうか。
そんな疑念を抱きつつも、しょうこは願わずにはいられなかった。さとうとしおがいっしょにいるのなら、どうかそういうふうであってほしいと。
『平成ピストルショウ』っぽくなってしまった。
あの作品の主人公、ハートとさとうって似ていると思うんです。
そういやハートも心配してくれた友人を射殺してしまったんだっけ。
……してみるとこの作品のしょうこちゃんは、松里に向かってあれこれ話していた友人のような存在なのかもしれない。