さとうへ
この手紙を、あなたが読むことはないでしょう。でも私は、この手紙を書かずにはいられません。だから今、これを書いています。
あなたが逃げてしまってから、十年が経ちました。その間、私はもしかしたらあなたが戻ってくるのではないか、あるいは逮捕されるか、死亡の通知が届くのではないかと思いながら生きてきました。結局、どれも起きず、あなたとしおちゃんは、行方不明のままです。
十年一昔、という言葉があります。だから今、区切りのために、これを書いています。
あれから、いろんなことがありました。あなたの叔母さんは罪を自供し――そもそものことのおこりである、1208号室の件の発端は、たぶんさとう、あなただと思いますが――起訴されたすべての罪で有罪になって、無期懲役の判決を受けました。今もまだ、刑務所にいます。そこでどうしているのかまでは、わかりません。
あなたは今、どうしているのでしょうか。この事件を捜査してくれた刑事さんたちは、あなたが犯罪に巻き込まれた可能性が高いと言っています。言葉も通じない国で、悪い人たちにつかまったのではないかと。十六歳だった私にはその話は信じられなかったけれど、二十六になった今、そうではないかと思い始めてしまっています。
私はあのあと、いっしょに働いていたカフェを辞めました。但馬先輩にはずいぶん引き止められたけど――何しろ、あなたもすーちゃんも三ツ星君も辞めるかいなくなってしまったのだから――あそこはあなたとの思い出が多すぎて、いるだけて辛かったんです。
代わりに、私は生まれて初めて両親に頭を下げて、頼みごとをしました。本腰を入れて勉強をしたいから、家庭教師をつけてくださいって。両親は驚いていたけれど、思っていたよりもあっさりと承知してくれました。外部の大学への進学も、認めてくれました。
あれから、私はいっぱい勉強をしました。不思議なもので、勉強なんて嫌いだと思っていたし、実際大変だったけど、やりきれました。そうして、法学部に進学して、またたくさん勉強をして、今では、弁護士です。
たぶん、この事件に巻き込まれなかったら、弁護士の道は選ばなかったでしょう。思うと不思議な気がします。
さとう、私は、今もまだ、あなたのことは友達だと思っています。そして、人生という道のどこかで、またあなたとひょいとめぐり合えるのではとも。そのとき、私はやはり、あなたに出頭を勧めてしまうでしょう。その上で、できるかぎりあなたの手助けをしたいと思っています。
さとう、私はずっと待っています。いつかどこかで会えることを。 しょうこより。
しおへ
この手紙をお前が読むことはないんだと思うが、やっぱり書いておく。それが必要なことだと思うから。
お前と別れて、十年が過ぎた。あれから、いろんなことがあった。お前は母さんに捨てられたと思っていて、きっとそれを恨んでいるだろう。あのとき、母さんは心の病気だった。それで、自分で自分をコントロールができなくなっていた。ごめん、俺にはやっぱり、母さんを責めることはできない。母さんもしおも、俺の家族だから。
お前がどう思うかわからないから、ここには事実だけを書く。母さんはあのあと入院していたけど、なんとか自力で生活ができるまでに回復して、何年も前に退院した。今は、DVの被害者だった女性が集まる施設で生活している。
そして……母さんは、お前のことを忘れてしまった。心の病気の後遺症? のようなものらしい。無理に思い出させると、またおかしくなってしまうそうだから、母さんの前でお前の話はしないことにしている。ダメな兄貴でごめんな、しお。でも、俺まで母さんを見捨てたら、母さんは一人ぼっちになってしまう。それだけはできないんだ。
俺はあのあと、事件で知り合った刑事さんに、仕事を紹介してもらった。刑事さんのお父さんの知人だって人がやっている、定食屋だ。時間がかかったけど、高校も卒業した。今もその店で働かせてもらっている。いい店だよ。
お前たちが無事なのかどうか、心配するのはやめた。根拠も何もないけど、きっと生きている、そう思うことにしたんだ。
だから、もし、お前の気が向いたら、店に来てくれ。近江食堂って店だ。 あさひより。