ビターブラックゴールドライフ   作:目白皐月

9 / 30
花は心を養う

 あさひはぼんやりと公園のベンチに座っていた。あの日以来、何もする気が起きない。

 今まで、あさひの生活は妹のしおを探すことを中心に回っていた。父親が死んでくれて、ようやく母と妹と三人で安心して暮らせると思ったのに、母と妹の住所にたどり着いたとき、そこには虚脱状態になった母しかいなかった。

 母の話は要領を得なかったが、しおを外に置いてきてしまったということだけはなんとか把握できた。いったいどうしてそんなことになったのか。因果関係がまったくわからず、あさひはひどく混乱した。ただひとつだけ、指標のように心に浮かんだのは「しおを見つけ出さなくてはならない」いう、強い感情だ。

 それからあさひは毎日のようにしおを探し歩いた。母がしおを置いてきたであろう場所を中心に歩き回り、尋ね人のポスターを貼った。だが結果ははかばかしくなく。……そして。

 あの日起きたことを思いだし、あさひは悔しさで唇を噛んだ。昼間なので、直射日光が眩しい。あさひは青い空を忌々しげに見上げる。……静かな夜の方が好きだ。と、そのとき。

「あ~良かった。ここにいてくれたわ」

 横からそんな声がかけられたかと思うと、手首をぐっとつかまれた。思わず手を引き離そうとするが、相手の力は思ったより強く、振りほどけない。

「ダメよ。探すのに結構苦労したんだから。今逃げられたら困るの」

 あさひの手首を掴んでいたのは、警察で調書を取った刑事の片方、葉山アオイだった。以前見たスーツではなく、ブラウスにスカートという私服姿だ。

「なんだよあんたは!」

「それはこっちの台詞。……どうして施設をすぐに脱走したりするかな?」

「そんなのあんたには関係ないだろう!」

「あるわよ。君にはまだ訊きたいことがあるって言ったでしょ? 所在がわからなくなると困るの。君は保護者がいないしまだ未成年なんだから、施設で大人しくしてなさい。不良少年のレッテル貼られたくないでしょ?」

 あさひは葉山を睨みつけた。だが葉山は動じず、涼しい表情をしている。……否、笑顔すら、浮かべている。

「俺はあんなとこにはいたくない」

「はいはい、寝言は寝てから言いましょうね~。さっきも言ったけど、君は未成年なんだからね。施設で食事と衣服と寝るとこと教育の権利をしっかり受けとった方が身のためだよ? ……と、今日はこんな話をしに来たんじゃなかったわ」

「……なんだよ」

 不服だったが、あさひはそう問い返した。ここでこの刑事から逃げ出すより、施設から脱走するほうがまだ楽そうだったからだ。

「私、今日は非番なのよ。だからね、ここに来たのは個人的な用事で、仕事じゃないし、君を補導するつもりでもないの」

 のほほんとした口調で、葉山はそう言った。

「じゃあ何しに来たんだよ!」

「君を誘いに」

 あまりに意外な言葉だったので、あさひは驚きのあまり目を見開いて固まってしまった。そんなあさひを見て、葉山がおかしそうに笑う。

「あはははは……何を想像しているのかな?」

「う……うるさいっ!」

 やっぱり大人は嫌いだ、と声に出さずにあさひは呟いた。基本的にろくな奴がいやしない。そして、目の前のこいつはその中でもかなり上の方に位置する。

「いや、本当に誘いに来たんだけどね。でも、そういう誘いじゃないよ? 今日は非番だから、私、これからしょうこちゃんのお見舞い行こうと思ってるのね。で、君に、『いっしょにお見舞いに行かない?』と誘いにきたわけ」

「え……」

 また意外な言葉がでてきたので、あさひは再び固まった。飛騨しょうこ。あの火事の日に、救助隊に助け出されてから、まったく会えていない。あさひが知っているのは彼女の携帯の番号だけ。その携帯は相変わらず連絡がないので、たぶんさとうに取り上げられたのだろうとあさひは考えていた。しょうこの住所も通っている学校も知らない上に、まともな交渉能力を持ち合わせていないあさひには、しょうこの所在を知る術が皆無であり、入院先の病院もわからずにいる。

「で、どうする? いっしょに来る? 私としてはいっしょに来てほしいんだけど。しょうこちゃん、怪我の回復の方は順調だけど、精神的にはものすごく憔悴してて見てられなくってさ~」

 あっけらかんとした口調だが、表情は真面目だった。その様子に、あさひは少し怖いものを感じてしまう。だが、目の前に差し出された誘いは、あまりにも魅力的だった。

「……嘘じゃないだろうな」

 押し殺した声でそう答える。葉山は真面目な表情のままうなずいた。

「嘘じゃないわよ。まあそれに、しょうこちゃんがもう少し回復してくれたら、なんかもうちょっと突っ込んだ話できるかもしれないから、こっちとしてもメリットはあるの。それじゃ、行きましょうか」

 乗せられているようで気に入らなかったが、あさひはおとなしく、葉山という刑事のあとをついていくことにした。

 

 

「……おい」

「なに?」

「病院にお見舞いに行くんじゃなかったのか?」

 しょうこのお見舞いに行くからついてこい、そう言って歩き出した葉山だったが、向かった先は病院ではなかった。

「うん、行くよ」

「じゃあなんでこんな場所に来るんだ」

 あさひの言葉に、葉山は大げさなため息をついてみせた。、その余裕ありげな表情を見て、やっぱりこいつは嫌いだ、とあさひはあらためて思った。

「あのねえ、君、その格好でお見舞いに行くつもり? 下手すると病院の人に追い返されちゃうよ? しょうこちゃんにそんな辛い思いさせたくないでしょ? わかったらとっととお風呂に入って全身ピッカピカにして、コインランドリーでその汚れた衣類もちゃんと洗濯しなさい」

「うっ……」

 反論したいが、相手の言うことがもっともすぎて反論できない。渋い表情のままあさひは、葉山に連れられて銭湯ののれんをくぐった。番台にいた年配の男性が、二人に声をかける。

「おや、葉山さん。あ~、またなんかやってんですね」

「うん、そういうこと。とりあえずこの子風呂に入れて衣類も洗濯させてくれる? 私じゃさすがに男湯についてけないからさ」

 言いながら葉山は財布を取り出している。それを見て、あさひはあせった。

「いや、お金は……」

「君、銭湯というものは有料なんだよ」

「そうじゃなくて!」

「どうせろくに持ち合わせないでしょ? いいからさっさとお風呂に入る!」

「あ~、坊主、言われたとおりにしとけ。このお姉さん、怒るとこれで結構おっかないから」

「やだなあ、私は正義の味方だよ? はい、お金」

「正義の味方ねえ……。あんたはどっちかっていうと……いやなんでもない。はい確かに。ほら坊主、行くぞ」

 

 

 銭湯で汚れを落とし、洗濯済みの衣類を着ると確かに気持ちがさっぱりした。そしてその次に、葉山があさひを連れて行ったのは花屋だった。

「……なんで」

「お見舞いに手ぶらで行く気?」

 反論しても無駄そうだったので、あさひは黙ることにした。花の名前や種類などはさっぱりわからないので、店員と話している葉山をぼんやりと見ることしかできない。そもそも、花屋に足を踏み入れること自体初めてなのだ。

 花屋の店先には、赤、黄、青、白、ピンク、オレンジと、色とりどりの花が溢れている。その花が眩しくて、あさひは目を細めた。

 最終的に葉山は、縁が紫になっている白い花の花束を選んだ。そして、それを当然のようにあさひに持たせる。半ば諦めムードで、あさひは花束を抱えた。……せめてこの花束をしょうこが喜んでくれればいいのだが。

 今度こそ葉山は病院に向かった。大きな総合病院の受付フロアは雑然としていて、様々な人が行きかっている。葉山は迷いのない足取りで奥に向かい、あさひはその背を見失わないように注意せねばならなかった。

 エレベーターで五階に上がると、葉山はそのフロアの受付に向かい、さっさと紙に何か書き込んでいる。たぶん受け付けをしているのだろう。病院のシステムをよく知らないあさひは黙っていた。抱えている花束のせいか、病院のスタッフも入院患者とおぼしき人たちも、あさひの存在を普通に受け止めてくれている。

「しょうこちゃんの病室は512号室。さ、行くよ」

 消毒液の匂いが漂う廊下を歩いて、目的の部屋へ向かう。葉山がドアを軽くたたいて「飛騨さん、刑事の葉山です。入ってもいいですか?」と声をかけた。ほどなくして、中から「……はい」という声が戻ってくる。

 葉山は病室のドアを開けた。が、自分は足を踏み入れず、あさひの肩をつかんで、ぐいと病室へと押しやる。葉山がこんな行動を取るとは思っていなかったあさひは、されるがままに、病室の中に転げ込むように飛び込んでしまった。転ばずに踏みとどまれたのは幸運だった。

「え……え……?」

 日当たりのいい病室の中のベッドはひとつだけで、その上にしょうこはいた。あさひを見て、驚いたのか上体を起こし、こちらを見ている。

「あ……」

 しょうこの頭にはまだ包帯が巻かれていて、血色も良いとは言いがたい。それでも、きちんと彼女の目は自分を見ていた。その事実に気づいたときに、胸の奥が暖かくなる。

 あさひはおずおずとベッドのすぐ近くまで歩みを進め、しょうこに無言で花束を差し出した。しょうこの目が驚いたように見開かれる。

「これ……」

「うん……お見舞い」

 それだけ言うのがやっとだった。他に何を言えばいいのかわからなかった。しょうこが花束を受け取り、花に顔を埋める。その瞳から涙がこぼれ落ちた。

「えっ……も、もしかして、気に入らなかった……?」

「バカ……その逆……すごくうれしい……」

 しょうこの瞳からは次から次へと涙がこぼれ落ちる。

「あ……あんたが……花、くれるなんて……思って、なかったから……私、私、あのとき、足手まといにしか、なってなかったのに……」

 あさひは前にしょうこが泣いたときにしたように、しょうこの頭をそっと撫でた。しょうこは腕を伸ばすと、あさひの肩に回してしがみつき、泣きじゃくった。

 ああ、少なくとも、彼女を助けることだけはできたのだ、とあさひは思った。

「……生きててくれて、うれしい」

 




 あさひの家ってどうなってんでしょうね? アニメの中では公園で寝てましたけど、父親が住んでた家とか母親が住んでた家とか、持ち家なのか賃貸なのかもわからないし、名義がどうなってるのかもわからないし、というかそもそも父親が死んだとき、ちゃんと法的な手続きしたんでしょうか? 未成年のあさひ一人で父親の葬式出せるとは思えないんだけど、まさか父親の遺体って放置されてるの?(さすがにそれはないと思いたい)
 人が一人亡くなるのって、いろいろと面倒なんですよね。手続きも山ほどあるし……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。