事態は一刻を争う。予感は的中した。
「頼む……! 間に合ってくれ……!!」
人のいなくなった町を走る、一人の青年。
表情には焦燥が滲み、「早く早く」と急かす観念だけが先走る。
時間は限られている。そして短く、逃せば二度はない危急存亡の秋。
どちらかが、いなくなる。
どちらとも、大切な人物。
どちらにも、信念がある。
だから、止めなくてはならない。
最早、『兄弟の問題』として看過されるべき事態ではない。
強い信念は、大切な人をも殺すのだから。
「……うん!?」
青年は突然、立ち止まった。
誰もいないハズの町、道路の中心、人影があった。
まるで彼を待っていたかのように、静かに佇む。
「…………君は……ッ」
意識が途絶えた。
鍵が突然、閉じられたかのように。
事態を究明しなければ。嫌な予感が渦巻く。
「兄さんが何を企んでいるのか……今日こそ突き止めてやる」
スーツ姿の人々が往来する中、静かに進む少年。
緊張で表情は固まり、「慎重に慎重に」と何度も自己に注意を飛ばす。
時間は限られている。そして深く、危険ながらも虎穴に入らずんば虎子を得ず。
なにかが、始まっている。
なにかが、隠されている。
なにかを、兄がしている。
だから、突き止めなくてはならない。
最早、『関係は無い』で見過ごされる事態ではない。
既に自分は、なにかへ踏み込んでいるのだから。
「……うわっ!!」
少年は突然、立ち止まった。
誰もいないハズの会議室、自分の背後、人影があった。
まるで彼を見ていたかのように、静かに佇む。
「あなたは……ッ」
意識が途絶えた。
扉を突然、閉められたかのように。
事態はより活気つく。勝利の予感は続いている。
「……お前はもっと、強くなる」
成功と歓喜に沸く会場を、一人の男は後にする。
その表情は安らかながらも、「強く強く」と自分の言葉を反芻している。
時間は限られている。しかし今は、錦上花を添える。
願わくは、新たな力を。
願わくは、平穏な時を。
願わくを、己の手中へ。
だから、戦わなくてはならない。
最早、『部が悪い』で逃げられる事態ではない。
光を背にして、更に眩い光を浴びる為なのだから。
「……ん?」
男は突然、立ち止まった。
人のいない会場外、道路の向かい、人影があった。
まるで彼を選別しているかのように、静かに佇む。
「貴様は……ッ」
意識が途絶えた。
灯を突然、吹き消されたかのように。
とっくに意識は途絶えた。
温もりのない、冷たい世界。
始まりのない、停止の世界。
光のない、闇の世界。
沈み行く身体を流されるがままに委ね、落ちて行く。
この手に掴んだ物は容易く離れ、やっと掴めた物をも失くしてしまう。
なんて人生だ、なんて運命だ。
あんまりではないか、後に残る者たちに。
自分がいなければ、あの子が堕ちてしまう。
焦燥感と危機感、なのに根底にある安心感。
それは一人の青年に向けられた。あの者ならば、大器晩成を迎えられる。
自分はただの提灯持ち川へはまる。
全てを預け、己はこの闇へと沈もう。
突然、光が満ちた。
これが迎えなのか。
動かないハズの身体をよじり、光を掴もうと伸ばされる腕。
そうだ。まだ終われないだろ。
「あの……だ、大丈夫ですか?」
「ま、マズイって! ヤバい人だって!」
少女の声に起こされ、青年はゆっくり目を開けた。
空は綺麗な青、鼻孔を擽る甘い花の香り。
「あっ。起きた……」
冷たい地面。視界の端に木の板があり、それがベンチだと気付くのに時間がかかった。
自分はベンチの下に落ち、地べたに寝ている状態なのだろう。そう気付くのにも時間がかかった。
「…………あれ?」
青年は声を漏らし、ベンチを手摺代わりにゆっくりと身体を起こす。
眠り過ぎか頭でもうったのか、意識が少し鈍い。
「…………あれ、俺……」
「す、すみません……その、ベンチから落ちていて……」
「起きたんなら、も、もう、いいんじゃない……かな?」
見ず知らずの男性に怯えながらも声をかける少女と、完全に危ない人として避けようとするもう一人の少女。
青年にとっても知らない人だが、随分と若く、学校制服っぽい服を着ている点を見て、通学途中の学生だと予想した。
暫くボンヤリしていた彼だが、頭が段々とスッキリし始め、二人から注がれる怯えの視線に気付く事が出来た。
「……あ、あぁ! ごめん! 疲れていたからなぁ〜……」
事態を把握し切れていないが、安心させる為に咄嗟に演技。
青年がマトモな人だと認識を改めたようで、恐怖の感情は止まった。
「その、何ともないのでしたらそれで良いんですけど……」
「お、おぅ……なんだ、優しいんだね君」
「いえ! 何かあったら大変だと思いまして……」
声をかけた少女の肩を抱くように、もう一人の少女が割り込んだ。
幾ばくかボーイッシュな雰囲気の漂っており、視線にはいまだ警戒心が宿っている。
「お兄さんが無事そうなら良かったです! では、これで〜」
「ちょ、ちょっと! 失礼だよ、さや……!」
「ほら! 時間時間! 学校始まるって!」
その少女に押される風に、道の角に二人揃って消えてしまった。
青年は微笑ましくそれらを眺めていたが、すぐに違和感が襲いかかる。
「……あれ? なんで市民が……?」
辺りを見渡したが、町中に根を伸ばしていた『果実』が全くない。
それどころか、全く見覚えのない場所だ。
「………………え?」
立ち上がり、並木の続く道の真ん中へ。
人々の活気が伺える町があるが、あの巨大な『ユグドラシル』の本社がない。
高層ビルがあり、綺麗な住宅街があり、モノレールがそれらの隙間を縫うように巡らされている。
回転する発電風車、青く輝くソーラーパネル、液晶ビジョンが付けられた巨大な飛行船が今日の天気を告げる。
『本日は快晴、向こう一週間は雨はないでしょう』
ここは彼の知っている町ではない。
そして陥っていた事態は嘘のようになくなり、平和な世界だった。
道路上にある案内板を見やる。
『見滝原市』
青年……『葛葉 絋汰』は当惑を込めて、声を漏らした。
「……ここ……何処なんだよ……?」
自分の知っている沢芽市とは違う、別の町で彼は目を覚ました。