最後のライブが終わった後の楽屋、入って来た彼女に「はじめまして♪」と声を弾ませ、自己紹介をするアイドルとしての「
「私がアイドルに……ですか?お父様、仕事である以上は断るつもりもありませんが、何故私なのでしょうか?弦巻の娘が表に出る理由がありませんし、出るにしてもこの手のものはこころ姉様の方が向いていると思うますし、こころ姉様も喜んでやると思うのですが」
道の始まりは、お父様に仕事を任せると言われ、お父様の部屋である企画書を渡された事だった。その内容は、弦巻のPRの為のアイドルを企画する、というありふれたものだった。問題なのが何故か私、いや、アイドルとしての「あゆみ」があったことだ。その時の私は中学生になったばかりで、父に初めての仕事を任せられると聞き、少しワクワクしていたのだがその内容を聞くと疑問に思ってしまう。
「あぁ、確かに本気でアイドルを運用しようとするならば、お前達二人を使う理由は全くない。だが今回の件の目的は、あくまでアイドルという形での宣伝効果がどれほどあるかを知る為と各報道やテレビ関係へのコネクションを作る為だ。第一の目的はともかく、第二の目的の為にはなるべくこちら側の上の人間であるのが望ましい。その条件も最も適しているのがお前達だったのだ。それに、これは父親としてだけど、こころはその……元気があるだろ?だからあゆみに頼んだんだ」
「成程、確かにこころ姉様の真っ直ぐさはこの手の戦略には向いていないでしょうし、それを補う為に私がいる。けれど学んだだけで今の私は経験が無い。そこで試験運用という形で私の経験を作ろうという訳ですね」
「そう言う事だ、だが試験運用だからといっても、これは次に行う本格運用にも関わる事だ。下手な事をしては大きな問題になる。更に成果によっては長期運用も有り得る、初仕事にしては責任は大きいぞ、それでも構わないか?」
責任は大きい、その言葉に緊張してしまうが、逆に言えばお父様はそれだけ信じてくれている。そうなると私としてはやらない訳にはいかないのだが、私の様な加虐趣味者がアイドルになるのはやっぱり想像がつかない。
私が思うアイドルのイメージは、例え嵐の中でも折れず咲き誇る花なのだ。その花を脅かす嵐が花になど果たしてなれるのだろうか。
だがお父様の期待には答えたい。こころ姉様と違い、私は厳しく育てられたが、私はそこにお父様の確かな愛情があると知っている。故に私の答えは質問こそあれど、最終的に一つしか無い。
「ええ、構いません。ですが、この企画書の通りですと私の髪が茶髪になっているのですが……」
「ん?あぁ、いくらなんでも流石に弦巻の金髪は目立ってしまうからな。露骨に圧力をかける訳にもいかないし、いらない虫が寄って来る危険もある。だからウィッグで隠し、年齢も2つ程上にみせる。ウィッグは特別に作らせて、不備のないようにするが、分かる奴には分かるだろうし、あの世界特有のやっかみもある。だがお前ならきっと大丈夫だと信じているさ。さて、アイドルに向けてのレッスンの事は後日伝えるから、今日はもう休むといい」
「はい、分かりました。その仕事、期待に応えられるようにきっとやり遂げてみせます。ではお父様、おやすみなさい」
お父様は微笑むと、最後に私の頭を軽く撫でてくれた。そしてお父様の部屋を出る。それが私のこの道の始まりだった。
「えっ!?今、私の名前……」
「知ってるよ、Pastel*Palettesの、ふわふわピンク担当の彩ちゃん♪私、ずっと彩ちゃんに会いたかったもの!」
握手してほしい、と差し出された彩さんの手を握りながら彩さんの名前を呼ぶと彼女はまた驚きを口にする。
Pastel*Palettesの丸山彩。私とは違う事務所の子だが、その名前は知っていた。Pastel*Palettesのお披露目ライブでの失敗のニュースで見た事が始めで、解散の危機に面してしまったが、挫けず、前に進み、Pastel*Palettesを復活させるまでの姿は何度か見る機会があったのだ。
その姿はベクトルこそ違えど、姉様の様で、私にとって彩さんは憧れの人なのだ。
そして、そんな彼女は、私のインタビューでの言葉に勇気を貰い、アイドルを目指したのだと語った。
───どんな人でも、努力すれば夢は叶う。だからみんな、『自分なんか』と思わないで、夢を見てほしい。
そうだ、あの日から歩み始めたこの道は、決して平坦な道なんかじゃなかった。
「弦巻あゆみ」ではなく、印象や声色を変え、茶色のカラコンとウィッグをした、ただの「あゆみ」としての私は、そこら辺にいる新人アイドルで、偶然に弦巻のPRアイドルになれただけの弱い泣き虫な女だった。……こころ姉様には一瞬で私だと見抜かれたが。
ユニット『Marmalade』とのメンバーとだって、始めの頃の私はこれをただの仕事としか思わず、自分勝手に理想のアイドル像を作り、そこに固執して他のメンバーと向き合えず、衝突してばかりで、そのうち他の先輩アイドル、名が売れ始めた頃からはマスコミにも目をつけられ、弦巻で見たものとは違う悪意というものにも晒さられた。
何度も涙したし、辞めてやろうとも、自分の苗字を憎いとまで思った事もある。けれどその度に、始まりの日のお父様の微笑みと撫でられた感触を思い出し、奮い立ち、努力をした。『Marmalade』のメンバーとしっかり向き合い、絆を結び、見えない悪意に対し共に這い上がる事が出来た。
───そして、『Marmalade』は私のかけがえのない場所になった。……何故かヘンテコポーズの人だとかお笑い担当とか呼ばれるようになったのには物申したい気もするが。
とにかく、今まで弦巻の世界しか見た事のない女が最低限の補助あれど、単身この世界に飛び込んで、有名になるまで努力出来たのだ。無論、夢が叶わない人もいる筈だが、努力した果ての夢の成否に関わらず、そこで努力するその事自体はとても尊いものになるだろう。
彩さんには、私と似てると言ってしまったが、そこは少しだけ違う。むしろ彩さんは、始めの頃の私のアイドルの理想そのものなのだ。
どんな嵐でも折れず、咲き誇る綺麗な花。
その理想の体現者と思えるような彩さんに憧れて貰えただけで涙が出てしまいそうになるが、ここは堪えなくてはいけない。ここで泣いてしまったら、それこそ全てが終わってしまうのだから。
───試験運用期間終了に伴う『Marmalade』の活動停止及び解散。
一月前に告げられた言葉に私は誰よりも反対した。もっと『Marmalade』を続けていたかった。レッスンの合間にする笑い話や、ファンのみんなの期待に応える為励ましあった日々、それはこころ姉様が教えてくれた、痛みや苦しみではない「楽しさ」だったのだ。別にメンバーに会えない訳じゃない。他のメンバーは解散後に弦巻の系列の会社に就職する事が決まっているので、会おうと思えば会えるのだ。けれど私の名前がその邪魔をしてしまう。
元々分かっていた事なのだ、「あゆみ」の姿であっても私はあくまで弦巻の人間であり、高校に入る年齢になった私には、姉様のバンド活動へのお父様の交渉を受ける受けないに関わらず、弦巻の仕事を果たす責務がある。けれど、ただの「あゆみ」で居られるあの場所や、仲間が、ファンのみんなが、大好きだったのだ。でも、結果とては変えられはしなかった。
「……彩ちゃん、『Marmalade』や、『Marmalade』の「あゆみ」は彩ちゃんやファンのみんなの中で、生き続けていられる」
私の言葉に反応し、彩さんの息の飲む音が聞こえる。
「でも、『Marmalade』は今日で終わり。だからこそ、これからもアイドルを続ける彩ちゃんには私を超えていって欲しいの」
「あゆみさんを、超える……」
そう、『Marmalade』は今日で終わってしまった。だけど、最後のライブにはみんな笑顔だったのだ。その光景を見て、あの日、こころ姉様が私に教えてくれた笑顔で「あゆみ」は終わりを迎えられた。凄く綺麗だったと、それは先に楽屋に来ていた、こころ姉様が言ってくれた。後はもう彩さんが私を超えてくれたならば、私の歩んで来た道のその先で美しく咲き誇るというのならば、私にもう悔いはない。
「うん。何があっても絶対めげない、諦めない、どんな時だっていつも笑顔!それを忘れなければ、必ず私を超えて、彩ちゃんがなりたいアイドルになれるって保証する!だって彩ちゃんは今の私にとって憧れのアイドルだもの!」
「私があゆみさんの憧れ……。ど、どうして私なんか……って私なんかなんて言ったらダメですよね!分かりました!私、あゆみさんを超えて、みんなに夢や勇気を与えられる、そんなアイドルに絶対なってみせますっ!!」
そして彩さん達は帰ってゆき、私も会場を出て、帰宅する。
弦巻としての私がもう「あゆみ」にとして表に立つ事はないと思い、ウィッグはスタッフに渡したのだが、お父様が私の判断で使う分には構わない、とウィッグを残してくれた。そのあまりの嬉しさに、お父様の前で涙を流してしまったが、お父様はあの日のように微笑みながら頭を撫でてくれて、お疲れ様。良いライブだったよ。と言ってくれて、私に特別に長い休みを取ってくれた。
こころ姉様と相談して、やりたい事や、見てみたいものは沢山出来たが、まずは憧れの人のCDを買うのと、私の言葉でファンレターを書てみようと思う。