「彼」にとっては、あまりにも突然の出来事だった。
永久に続くと思われた「主」との乖離だった。
果てしのない凍てつく闇において、「彼」のみでの生存は絶望的であった。
だがしかし、この青い惑星の引力に導かれ、「彼」を覆っていた芽胞が大気圏の摩擦熱によって崩壊し終える頃には、白い雲を突き抜け、惑星の空気層に突入していた。
「主」がこの惑星に引かれたのか、はたまたみずからの意思で訪れようとしたのかはわからない。
少なくとも「彼」は幸運だった。「主」に寄生せずとも、この惑星の環境なら充分に生存が可能だった。
自由落下の末、「彼」は大地に落下した。ただただ感嘆する他なかった。
この惑星は窒素と酸素で満たされており、気温は極めて温暖で、それまで「主」に憑いたまま旅していた空間よりはるかに快適で過ごしやすそうだった。
そして惑星が作り出したものでは到底ないであろう、幾何学的な多くの存在。どうやら知的生命体が存在しているようだ。
すると目の前にこの惑星の住人が現れた。
頭部に複眼、そして身体から生えた四つの足。典型的な惑星居住生物だった。
生物は「彼」を見るや、前足を構えてきた。どうやら威嚇されているようだ。
だが「彼」はその生物より小さいが、素早さではるかに勝っていた。
「彼」はその生物をこの惑星での生きる拠点とすることとした。
それまで憑いていた「主」は到底支配の及ぶ存在ではなかったが、寄生することで半永久的に生命を保つことができた。
だが、「主」に比べはるかに体格の劣るこの生物であれば、支配も可能なはずだ。
案の定、容易く生物の意識下に入り込むことができた。
「彼」は生物の記憶から、この惑星を学んだ。
どうやら支配したこの生物は、ここでは取るに足らぬ存在らしい。
惑星を支配するのは、自分たちでこれだけの文明を築いてきた者たちらしかった。
そして、その支配者たちは「彼」にとって忌々しい波長を発していた。
「主」に寄生した際も、その波長に長く悩まされた。
どうやらこれを何とかしない限り、この惑星で生きていくことは叶わぬらしい。
逆にいえば、支配者の波長さえ克服すれば、「彼」がこの惑星の支配者となることもできそうだ。
幸運なことに、「彼」が欲する気温はこの支配者たちが恒常的に発していた。
大気が何かによってかき回され、排出されている場所で、「彼」は耐え忍んだ。
この生物は自身の種子を、自身とよく似た存在として生み出すことで、種を保っているようだった(この生物ばかりでなく、どうやら惑星に暮らすほぼすべての生物がそういった機能を備えているらしい)。
なので生物の記憶に従い、同族他者と交わり、種を増やすことにした(この生物はその後、交わった相手を栄養源として捕食してしまうようだ)。
やがて「彼」は子孫を産み、さらに別な他者と交わることを繰り返した。
「彼」の卵から孵った子孫たちは、「彼」の意識に従順だった。
いくらか時間が経ったのだろうか、惑星の空気はさらに温暖になり、「彼」とその僕たちにとって最適ともいえる環境となった。
この惑星に暮らす者たちには、多少の差はあれ成長の限界というものがある。
「彼」が支配した生物は、やがて成長の限界を易々と超えるに至った。