ゴジラVSガイガン2019   作:マイケル社長

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ー出現ー

・6月4日 月曜日 19:20 北海道網走市南3条東1丁目 居酒屋「大漁集団」

 

 

「副部長、飲み過ぎですよ?」

 

既に10杯目に至った生ビールのグラスを空けたところで、金崎は緑川を窘めた。

 

「飲まなきゃやってらんらいでしょー、ホンット、アホな会社!」

 

回ってない呂律でグダを巻く緑川を、本田と韮崎は苦笑いで呆れをごまかしている。

 

本来、沈没した海域への現地調査を行うはずが、ロシア側の海上封鎖により断念。事故の被害者へ聴き取りを行った後、本日中に戻るはずが、羽田空港の停電により登場予定の航空機が欠航してしまったのだ。やむなく明日の女満別空港発名古屋中部国際空港行きの便で大阪本社へ来るように、との指示を受けたのだ。

 

緑川が所属する東京本社とも連絡が取れず、大阪の本社からの指示だったのだが、電話してきたのが緑川の天敵である十村保障部長だったことで、すっかりご機嫌が斜めになってしまったのだ。

 

「だいったいさあ、あんなおバカさんが出世できるんだもん、うちも質が落ちたもんだっつーの、ねえ」

 

据わった目を向けられた韮崎は、ただただ苦笑いして頷くしかなかった。

 

帰るのが明日ならば、と、本田と韮崎が一席設けてくれたのだが、これはちと失敗だったかな、と2人は思い始めていた。

 

「ねー金崎、あんたも気をつけなさいよ。あいっつホンっと!ダメだから」

 

店員を捕まえてさらにお代わりを頼むと、今度は部下に絡み出した。

 

「ねぇ金崎、女が出世しちゃいけないですかー?」

 

「い、いえ、そんなこと・・・」

 

「そりゃあさあ、酔ってこんななるしぃ、いい歳して独り身だしぃ、足も臭いしぃ、部下には鬼って言われますけどぉ?・・・・・」

 

グダを巻きながら下を向いたと思ったら、なんとそのまま眠りこけてしまった。

 

「副部長、もうホテル行きましょ。すみません、ホント、こんなことになって」

 

上司の背中をさすりながら、金崎は向かいに座る2人に頭を下げた。

 

「いやいや、まあー、昼間一緒にいたけど、あれだけしっかりお仕事なさるんだ。きっとお疲れなんでしょう」

 

自分自身を納得させるように、本田はフォローした。

 

「副部長さんも、きっと大変なんですよ」

 

冷酒を呷り、韮崎も笑顔だ。

 

「ええ。・・・実は、うちの副部長、今月いっぱいで転勤なんです」

 

「へえー、この時期に?」

 

「はい。母親の介護で退職したうちの名古屋支社副支社長の後任人事で、急遽」

 

「ほーう、栄転じゃないですか、副部長さん」

 

「それが・・・会社の、女性管理職を増やしてますアピール広告塔だって、本社で噂になってるのが本人の耳に入っちゃって・・・。ここのとこ、荒れるんです」

 

「難しいですなあ」

 

ふと、緑川が顔を上げた。いまの会話を聞いてて気分害したか、と一瞬身構えたが、スマホが振動していたのだった。

 

「うわ、本社だ・・・」

 

苦虫を噛み潰したような顔で、緑川は応答ボタンをタップした。

 

『おう緑川、オレや。進藤や』

 

緑川の同期入社だった、本社海損部部長の進藤 英作だった。

 

「なアーんだ進ちゃんじゃーん!ひさしぶり〜。アホの十村だと思って身構えちゃった〜」

 

『はあ?』

 

「ねぇ〜進ちゃんも網走きなよ〜。一緒に飲もう」

 

『ちょお前、だいぶ酔ってるっちゅうか、オイ!お前いくら同期でもな、オレ上司やぞ。口の利き方ちゃんとせえ』

 

「ごめーん、で、何?」

 

『いやさっきあげてもらった報告書で確認したいとこあったんやけど、もう明日でエエ。酔い醒まし」

 

「酔っ払いでぇーす、ゴメ〜ん」

 

最後の方はテーブルに顔をつけたまま、電話を切るとまた寝てしまった。

 

「金崎さん、タクシー呼ぼう。ホテルすぐだけど」

 

「すみません、ホント・・・」

 

本田は支払いがてら店にタクシーを頼み、金崎は韮崎と2人がかりで緑川の肩に手をかけ、やや無理矢理に立ち上がらせた。

 

「うわっ・・・・」

 

外に出た金崎は、入店時の光景と打って変わった風景に目を丸くした。

 

「日中、すごく暑かったでしょ?夜冷え込むと、こんなふうに霧で真っ白になるんですよ」

 

本田が説明してくれた。10メートルほど先もぼやけるほどの濃い霧だったが、街の灯りがボンヤリと浮かぶ幻想的な光景に、金崎は思わずスマホで撮影した。

 

これで、一緒にいるのが酔い潰れた上司でなければなあ・・・金崎は心の中で己の不運を嘆いた。

 

 

 

 

 

同日 20:22 北海道網走市南5条東7丁目

第一管区海上保安本部。網走海上保安署

 

 

日中の酷暑がウソのように引いてきたので、当直の飯井はコンビニのざるそばではなく、戸棚にストックしていたカップ麺に湯を注いだ。

 

実はこれが、今日の昼食でもあった。今日の朝、ロシア沿岸警備隊より、択捉島、ベルタルベ山噴火に伴うオホーツク海一帯の無期限海上封鎖を通達されてからこっち、海上封鎖対応に加えて沈没事故を起こした第二伸盛丸の事情聴取調書作成で、食事はおろか用便も満足に足せないほどだった。

 

だが海上封鎖後、航行船舶はなくなったのでいつもより平穏な当直を迎えられそうだった。

 

休憩室の窓を開けると、湿気をふんだんに含んだ冷たい空気がなだれてきた。季節外れの猛暑が続いたが、今夜はだいぶ過ごしやすくなりそうだ。

 

闇と霧の中、時折防波堤に設置された灯台の灯りが霧を裂いて視界に飛び込んでくる。まあ、海上封鎖されているのだから、今夜は灯りを頼る船舶もなかろう。

 

のんびりスマホゲームでもやるか、そのとき、防波堤の向こうから微かにズン、という鈍い音が聴こえてきた。

 

沖合の国後島でまた噴火でもしたか、飯井は大して気にも止めず、カップ麺を手に取ろうとした。

 

ズン・・・・

 

テーブルの上のカップ麺が揺れた。

 

ズン・・・!

 

地震にしてはおかしい。こんな小刻みに揺れるものだろうか?

 

ズン!

 

今度はよりはっきりと聞こえた。

 

(また爺爺岳が爆発したのかな)

 

ここから国後島北部、爺爺岳までは直線距離で100キロ程度だ。1週間の噴火では、日中でもごく僅かだが噴火の爆発音が網走でも観測できた。

 

飯井は防波堤の向こう、オホーツク海を仰いだ。といっても、夜であり濃霧見えはしないだろうが。

 

ドン!

 

今度はだいぶ強い音と揺れだった。それでも、規則正しく廻る灯台の灯り以外、何も見えないはずだった。

 

だがよく目を凝らすと、灯台の少しばかり沖合に、岩のようなゴツゴツとしたものが見えた。灯りが一巡すると、そのゴツゴツはより大きくなっているようにも思えるが・・・。

 

ドンッ!

 

サッシ窓が揺れ、テーブルからカップ麺が床に落ちたが、飯井の注意はかまうことなく灯台の向こうにあった。

 

隣のアパートから住人たちが出てきて、海の方を注視しているのが見えた。

 

ドーン!

 

一瞬だが飯井の身体が宙に飛び、サッシ窓が割れた。外からは住人たちの悲鳴が耳に入ってきた。

 

バアーン!!

 

何かが爆発するような音がして、灯台は灯りを失った。飯井は保安署の屋上へ行き、サーチライトをつけた。

 

灯台が瓦礫と化していた。そして岩はより近くに見えた。

 

飯井はサーチライトを上へ向けていった。岩、というか、ワニの皮膚のようなヒダヒダと言った方がしっくりくるような・・・。

 

さらにサーチライトを辿らせると、白と黒の目玉が見えた。

 

(目玉?)

 

飯井が異常を理解するより早く、一帯にものすごい音が轟いた。

 

思わず両耳を塞いだ。うるさい、というより、音そのものが鼓膜を叩いてくるような咆哮・・・そう、咆哮だった。

 

何かが激しく崩れる音がして、ひときわ大きな揺れが飯井と保安署の建物を襲った。

 

身を起こすと、飯井は天を仰いだ。はるか頭上で、先ほどの目玉が自分を見下ろしているように感じた。

 

アパートの住人たちも、目の前に存在しているものが何なのか、わからぬまま立ち尽くしていた。もとい、正しくはわかっていた。とてつもなく恐ろしい何かがすぐそばにいる・・・本能は察知しているが、察知するのみで全神経が用いられ、逃げ出す、という判断にまったく至らなかったのだ。

 

次に轟音が鳴り響いたとき、一帯は瞬く間に瓦解し、瓦礫の山となった。

 

 

 

 

ドン! メリメリメリ・・・!

 

どこかから聴こえてきた激しい音は、過剰なアルコールの作用で深い眠りについていた緑川の意識すら覚醒させた。

 

いつの間にか、ホテルのベッドでスーツのまま寝ている・・・まず自分が置かれた状況を理解するより前に、さらなる轟音が緑川を揺らした。音すら物理的な衝撃だった。

 

ふらつく足も気にせず、緑川は窓のカーテンを開けた。

 

夕方、時間が空いたので見て回った流氷船発着場、通称海の駅。この部屋から見えるはずだった。

 

だが窓の外には、不可解に赤く染められた街が見える。そして、昔、住宅保険を担当しているときに聞いたことがある、ブルドーザーが住宅を潰す音・・・あれと同じような、いやさらに大きな音が聞こえる。

 

ベッドでスマホが振動していた。

 

「副部長、副部長!」

 

「金崎、いったいこれ・・・」

 

「いますぐ部屋行きますから、逃げましょう!」

 

いつになく怒鳴り声で、金崎は電話を切った。

 

緑川は再度窓の外を見た。ブルドーザーではない、街を、家をなぎ倒しながら進む何かが、確認できた。

 

 

 

 

 

「ヒロ爺ー!」

 

緑川らと別れ、漁協事務所に泊まることにした本田は、異常な音と揺れで微睡みから目を醒まし、早朝作業のため泊まり込んでいた漁師や作業員たちの安否に走った。

 

その中でヒロ爺・・・この漁協の生き字引ともいえる、谷津広重爺さんの姿が見えないことに気づき、他の要員を待機させると、漁協施設を駆け回った。

 

すると、積み上げられたパレットのところに佇むヒロ爺を発見した。

 

「ヒロ爺、中に入って!」

 

だがヒロ爺は、網走川を挟む対岸を見つめたまま、岩のように動かなかった。

 

家や電柱が小石のように巻き上がる様子は、停電で暗くなった中でもはっきりわかった。

 

一瞬、引きちぎられた電線から派手に火花が散り、引きちぎった張本人の下半身が照らされた。

 

ガス管でも破ったか、炎が上がると、その全容がヒロ爺と本田の目にも飛び込んできた。

 

ヒロ爺がガタガタと震え出した。

 

「ゴジラ・・・・・」

 

炎に照らされるその姿、紛れもなかった。

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