ゴジラVSガイガン2019   作:マイケル社長

17 / 44
ー探究ー

・6月5日 火曜日 6:15 大阪府庁舎

 

 

早朝にも関わらず、少しの休憩だけでほぼ徹夜状態の知事たちは、夜も容赦なく続いた暑さと極度の緊張状態に、多かれ少なかれ体調が万全とはいえない状態であった。

 

そこへきて、日本最高学府である京都大学からやってきたというこの剱崎という准教授はしかし、およそ最高学府らしい知性と品格からは大きく離れた人間だった。

 

何より、彼から強烈に漂う汗と脂の臭い。

 

小林は露骨にハンカチを鼻にあて、会田と侭田はこみあげてくる胃液を抑え込むことに難儀した。

 

「昨日お話しました、京都大学の准教授で、昆虫研究分野においては我が国の大家です」

 

川名は列席のメンバーに補足説明した。さすがに自身の提案で呼んだだけあって剱崎に対し無礼な振る舞いはしないが、内心では川名も剱崎をこの場へ呼んだことに若干後悔し始めていた。

 

「あの、それで私は何を話せばいいんですか?川名さん、私できれば論文で発表したかったんだけど、ここでしゃべらなきゃいけませんか?」

 

臭いといい、この男はとにかく面喰うことばかりだな―誰もが思った。

 

「剱崎准教授、もうしわけない。危機管理上、いまここでお話をしていただきたいんです」

 

とんでもないヤツを呼んだものだ―小林を筆頭に、自身に突き刺さる厳しい目線を必死に挽回しようと、川名は頭を下げた。

 

「・・・では、スクリーンを用いて説明しましょう」

 

府の職員が用意したスクリーンに投影されたものは、A4紙にビッシリと打たれた細かい文字だった。

 

いい加減にしろよ、怒りと失笑が知事たちから漏れた。この先生、図やグラフで表すなど、もうちょっと見やすい資料を用意してくれても良さそうなものだが・・・。

 

「ではこれから、カマキラスに関して私がここ数日調査をまとめたものを、時系列で説明していきます」

 

剱崎がスクリーンに身体を向けたとき、町田が声を上げた。

 

「失礼します、その、カマキラス、というのは?」

 

鋭い視線を、剱崎は町田に向けた。純粋な怒りが込められた目線だった。

 

「まあ、これから説明するカマキリに対して、私が名付けた名前ですな。不可解な能力を持つ上に、自然界の法則を無視した成長と人間すら襲う凶暴性、獰猛さ・・・以上を含めて考慮の上名づけたんです。昔、アンキロサウルスが変異したアンギラスという怪獣が現れたでしょう?そのアンギラスと同じです。ただの昆虫ではなく、もはや怪獣といえる存在だ。このアンギラスの末尾から、“ラス”とつけてみたんです。我ながら、安直だとは思いましたがねえ、ええ」

 

しゃべるのが苦手なのかと思いきや、剱崎は一気にまくし立てた。聴く者を考えない圧倒的な速さと情報量が混在する。

 

「名前なんかどうだっていいだろう。我々が議論すべきはそこではない」

 

小林は邪険にハンカチを押さえ続ける。

 

「いや、名前はいずれ必要になってくる。その、カマキラスについて先生の考察をお願いいしたい」

 

何とも絡み難い剱崎だったが、原田はとにかくいま聞きたいことを聞くべく空気を回そうとした。

 

「では改めて。発端は先月の22日、水曜日。東京で最高気温が12日連続で30℃を上回ったという日ですな。うちの学生から“カマキリがツイッターのトレンド入りした”と聞いたんです。私はね、あまりツイッターだのインスタだのといったものはさっぱり詳しくないが、東京都内でカマキリが多く見られる、という話が上がってると学生たちは言うんですよ。生存環境に適さない東京でずいぶん珍しいな~と思った程度だったんです、そのときは」

 

レーザーポインタで、文字がビッシリ打ち込まれたスライドを照らしながら説明する。誰もスライドを見る気にはなれず、とにかく剱崎の解説を聞くことに徹する。

 

「それから一週間後の29日、水曜日です。やはり学生から妙な写真を見せられましてね。ああ、写真をスライドに起こしていたんだ」

 

剱崎は袂のパソコンをいじった。キーボードを叩く力が強すぎるのか、けっこうな音がする。

 

「この写真を見てください。うちの学生が友人のインスタグラムに掲載されたものを、私に見せてきたんですがね。ここ、ビルのエアコン室外機群ですな。御覧の通りここに、カマキリの卵がくっついている」

 

室外機のファンのそば、あるいはビルの壁面に、スズメバチの巣のようなものがいくつか付着している。

 

「これはね、卵鞘といいます。産卵直後は、小さな泡の集合体です。その小さな泡ひとつひとつが、カマキリの卵なんですな。ひとつの卵鞘はおよそ、200~300の卵で形成されているんです。やがて泡が固まっていき、このような固形卵鞘とおして完成される。見た目だけでなく実際に泡でしてね、スポンジのような構造をしております。たとえば外敵の攻撃など、物理的な衝撃を軽減する効果がある。種の生存が進化の末図られてきた結果です。カマキリの生命の神秘ですな」

 

「早く本題に入ってくれんかな」ボソッとつぶやいた小林を、剱崎は睨みつける。

 

「続けましょう。ここで不思議な点がある。カマキリは通常、外気温が20℃前後という日が一ヶ月続いて孵化します。人間がもっとも心地よいと感じる気温は、カマキリにとっても同じです。産みつけられたものはオオカマキリの卵ですが、たいていは草叢ですとか、木の枝、それも直射日光に当たらないところが選ばれます。ひるがえってこの写真はいかがですか?」

 

ポインタで照らされた卵鞘を見ると、たしかに直射日光に晒されている上、室外機のファンから排出される風がまともに当たるように見える。

 

「通常はこんな場所に産卵するなど考えられない。日差しもですが、何より室外機の近くというこの環境。常時激しく風が生じている上、気温は50℃前後になる。これでは孵化が促進されるどころか、卵鞘そのものが乾燥して孵化の前に幼虫が全滅してしまう。それ以前に、産卵する親だってこんなとこ、10分といられない環境のはずなんです」

 

「すると、なぜこのような場所に産卵したのか、そこがカギとなるのですか?」

 

町田が訊いた。剱崎の目線は、先ほどより幾分か穏やかなものだった。

 

「その通り。この写真を見て、私は何としても現場へ行き調査をしないことには気が済まなくなった。なので、6月1日から3日まで私のゼミを休講としてもらい、一路東京へと足を運んだんです。インスタグラムを見せてきた学生の友人には、ぜひとも逐一様子を写真に収めてもらいたい、とも頼みましてね」

 

寡黙で気難しいタイプかと思ったが、とにかくこの剱崎という准教授、自身の研究事項に関しては口がよくまわる。彼の口から飛ぶ泡に、小林は不快感も露わに顔を背けた。

 

「東京へは自分の車で行きました。学生の友人から該当の場所―銀座数寄屋橋近くでしたが―へ赴くと、間違いなくありました。室外機にあえて産み付けたと思われる、この卵鞘の数々がね」

 

スライドが変わった。

 

「これは私が撮影したものです。この卵鞘に注目してもらいたい。もうすっかり乾燥して崩れかけてますね。そりゃあ、こんな温風サウナみたいな場所にあればこうもなります。ところがこの卵鞘をよく観察すると、泡がね、潰れているんですよ」

 

示されたところを見ると、たしかにスポンジ状の卵は見受けられず、鼈甲飴が固まったような状態になっている。

 

「これは卵から、元気にカマキリが孵った証拠です。この過酷な環境にも負けず、孵化したんです。そこからはもう、ええ、大発見ですよ。室外機群の暑さと我慢くらべしながら辺りを探すと、いるんです、カマキリが」

 

別な写真には、壁の隅や室外機の内側など、比較的目につきにくい場所に群がるカマキリたちが写っている。

 

「手元の温度計では52℃あるんです。こんなとこでカマキリが生息できるはずがない。この辺りから、私はひとつの仮説を導き出しました。突然変異です」

 

たしかに、常識的に考えれば、それほどの高温下ではカマキリはもちろん、地球上のどんな生物も生命を保つことは困難だ。

 

「とはいえね、先生。そんな簡単に突然変異など起こるものですかねえ?」

 

なんだかんだいって真面目に聞き入っていた小林が訊いた。

 

「突然変異という事象そのものは、いつどんな生物に起こっても不思議はないんです。環境の変化、それに起因する遺伝子情報の変異、あるいは染色体異常・・・。不思議に思うなら、かつて現れたゴジラやアンギラスといった巨大生物。彼らはどうですか?ええ、そりゃあ生物学的には、地球上どんな生物も強い放射線を浴びれば生命の危機となる。実際はどうでしたか?放射線を浴びて死に至るどころか著しく変異した生物に、我々は二度もひどい目に遭わされた」

 

「じゃあ、今回のカマキラスなるカマキリも、放射線が原因で変化したっていうんですか?」

 

会田が手を挙げて質問した。

 

「変異の原因は不明です。だがどうも、放射線によるものだとは考え難い。50年前と違って、昨今は核実験など実行されていないし、かつてと比べて地球全体の空間放射線量も低下している。もしカマキラスが放射線による変異の結果だとした場合、福島第一原発付近で確認されて然るべきだ」

 

喉が渇いた、水、と、剱崎は自身で用意したタンブラーで喉を潤した。

 

「本題に戻ると、私は実験すべく、持ってきた大きめの虫カゴに卵鞘をいくつか採集し、京都まで持ち帰ることにした。前後しまして、学生からさらなる情報提供があったんです。東京都内で、自動販売機の商品交換をしようとして、中にカマキリが多数蠢いていたですとか、猫ほどはあるカマキリを目撃したとか。いずれもツイッターやインスタグラムといったSNSからの情報でしたので、それらは学生に調査を依頼しました。私は―ビルの谷間をうろついて警察の職務質問受けたこともありましたが―車に乗り、京都まで戻ろうとしました。東名高速の浜名湖まで来たときでしたか、尿意を催したのでSAに立ち寄ったんです。ついでに腹ごしらえにと、うどん食べて車へ戻ると、なぜかエンジンがかからない。バッテリー上がったかとJAFに電話したら、携帯もつながらない。おかしいなと思っていると、採集した虫カゴでね、カマキリが孵っていたんです」

 

ここにきて、最初は変人である剱崎を疎ましく思っていた知事たちも、興味津々に聞き入っていた。特に、エンジンがかからない、携帯もつながらない、といった事象には、誰もが注目した。

 

「通常、カマキリは20℃で一ヶ月、孵化まで時間をかけると申したが、少なくとも私が採集して2時間で孵ってしまったのは面喰いました。で、だいたい一度に200~300匹孵ると言ったが、そこから成虫まで残るのは多く見積もっても2割なんです。病気だったり、孵ってすぐ外敵に襲われたりしてね。ところが、このカマキリ―そのときには、カマキラスと名付けようと決めてましたが―、どんどん孵っていって、籠の中でそれぞれが大暴れしている。やがて、共食いを始めたんです。カマキリは元々共食いをするものですが、ここまで積極的に同族を喰らうなんて見たことがない。しばらく観察していると、共食いに競り勝った個体が、みるみるうちに大きくなっていったんです。そりゃ栄養を摂取すれば成長もしますが、見ているうちに身体も育つなんて、これはどうかしている・・・携帯で撮影しようにも携帯は動かないし、どうしたものかと考えていて、やがて閃いたんです」

 

スライドが変わった。ただの氷の写真だった。

 

「突然変異種と思われるカマキラスは、高温下で積極的に活動する。高温に適してる。ならば冷やしてやったらどうだと思いつきまして、SAの売店からロックアイスと保冷剤買って、無理言って厨房から発砲スチロールをもらったんです。で、虫カゴを発砲スチロールに入れ、ロックアイスと保冷剤を投入した。どうなったか」

 

次の写真は、発砲スチロールで固まっているカマキリの写真だった。写真で見てもわかるくらい、一般的なカマキリの倍近く大きい個体が確認できた。

 

「私はどうも人工的な温度変化が苦手でね、どんなに暑くても車のエアコンはかけないもんですが、それが、カマキラスにとっては好環境だったんでしょうなあ。このように冷却してやると、たちまち動きが鈍ってしまったんです。そのときですよ、学生から電話があったのは。カマキラスの動きが鈍った途端、携帯が復活したんです。まさかと思ってキーを回すと、何事もなかったかのようにエンジンがかかった。確信しました。こいつら、原理は不明だが電子機器に何らかの障害を起こす能力があるのか、とね」

 

一気にしゃべり終えると、剱崎は首筋をボリボリ搔いた。解説が終わったら、風呂を勧めよう・・・誰もがそう思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。