6月5日 火曜日 11:32 大阪府庁舎
列席の知事たちと尾形が議論を重ねる中、緑川は失礼します、と頭を下げ、金崎を伴って廊下へ出た。
緑川はスマホを出し、昨日から何度も発着信ある相手に発信した。
『おう、どうした?』
3コールで進藤が出た。
「知事会への情報提供は概ね役を果たしたから、お昼過ぎまでにはそっちへ行けると思う。それで、ちょっと気になる情報が尾形教授からもたらされたんだけど・・・」
『どないな?』
「あたしたちが調査してた、網走の第二伸盛丸。沈没原因が不明って報告書上げたでしょ?」
『ああ。こっちの審査委員会もだいぶ難色示しとったで。調査ほかして網走で寿司でも食うてたんやないか!て』
「うん・・・一番は沈没船の引き上げを実施してからだけど、状況的に、ゴジラによって沈没させられた可能性が浮上してきたの」
『どういうこっちゃ?』
進藤は毒を混ぜつつ、関西人特有の軽い口調を崩さない男だが、ここで声を低くした。
「はっきりとした実証がない、という教授による仮説だけどね、ゴジラはどうも、レーダーやソナーに感知されない身体を持っているのではないか、って」
『んなアホな。ゴジラは何かい、幻や幽霊みたいな存在なんか?』
「私も信じがたいって思ったけど・・・昨日の報告書にも載せたでしょ?第二伸盛丸が沈没する寸前、レーダーやソナーに障害物などの存在は確認されなかったと証言しているっていう部分」
『・・・・・』
「それに、証言の取れた船員によれば、反転した船底に爪痕のような傷が走っていたっていうでしょ。本人は熊にひっかかれた傷に酷似してるって話してたけど、ゴジラによって沈没させられたと仮定した場合、船底の傷に関しても説明がついてしまうの」
『・・・仮にゴジラによる沈没だとすれば、保険金支払いの扱いはどないなるんかな』
「第二伸盛丸は『包括的特約』も契約に織り込んでるでしょ?契約に則れば、保険金満額支払いになると解釈してたけど・・・。」
『まさか60年経って、またゴジラ絡みの保険金支払いに頭抱えるとはなあ~』
進藤も緑川も、64年前にグループ本社である海洋漁業の船が、ゴジラによって沈没させられたことはよく知っている。あの後、船舶保険を契約していたスペインの保険会社が『ゴジラによる沈没は天災か事故扱いか』でだいぶ議論されたらしい。天災か事故かで保険金支払いの金額が変動する契約だったからだ。
幾度の海難審判と保険会社の調査の末、天災によるものと認定され、保険金が支払われたのは沈没から8年も経過したときだった。このとき船舶保険の必要性を会社が強く認識したのが、KGI損保設立のきっかけとなったと云われている。
『まあでもわかった。早速調査委員会に話すわ。もし落ち着いたんなら、こっち戻りぃや』
「うん。そうする。ところで・・・東京支社は?連絡ついた?」
『あかん。それどころか、東京アカンのとちゃうか、って話になっとるぞ』
「どうして?」
『停電に加えて、何やら人喰いカマキリがぎょうさん出て人を喰らうって話でな、こっちもゴジラとカマキリのおかげで保険金発生案件増えて、てんてこ舞いや。とりあえず、お前ら本社へ来てもらえばエエが・・・』
間もなく向かうと告げて電話を切った。緑川は暗澹とする気分を払うように、顔を上げた。
最初は程度の悪すぎる停電くらいに思っていたが、北海道から大阪へ飛んでる間、都内の状況は思ったより深刻で、東京支社のある五反田付近で多数の死者が出ている、という未確認情報も耳にしていた。
「副部長、やっぱりダメです」
緑川が進藤と連絡をとっている間、金崎は支社や同僚に電話をかけ続けていた。
「・・・とにかく、あたしたちも本社へ向かおう。こっちはもう大丈夫だと思うから」
そういって再度会議室へ入ろうとしたとき、ニュースの通知があった。
【速報 国連安保理を緊急招集】
同時に、知事たちのいる会議室から「核攻撃!?」という声が聞こえた。
同日 11:40 大阪府庁舎 小会議室二
知事たちの集う会議室の隣、長テーブルが長方形に組まれただけのこの部屋は、職員たちの休憩所となっていた。
知事会にもたらされた情報で話題はゴジラではなくなったタイミングで、尾形は席を外しこの休憩所へと案内された。
積み上げられた仕出弁当と、限られた時間でそれをかきこむ職員に混じり、剱崎がパソコンに向かい眉をしかめていた。
部屋へ入ってきた尾形に気が付くと、剱崎は立ち上がり軽く頭を下げながら「これはこれは、真打の登場ですな」と近寄ってきた。
尾形は言葉を発せず、椅子に座った。
「どうです、ご自身が待ち望んだ状況が訪れて」
皮肉たっぷりに笑みを浮かべながら、なおも剱崎が絡んでくる。
「こういう状況は、訪れてほしくはなかったのですがね」
やや憮然と答える尾形に「それは嘘だ」と剱崎が被せてきた。
「絶滅危惧種、あるいは希少種への研究・接触の機会が訪れて、心が躍らない研究者はいません」
「剱崎先生、いまは心の躍る状況ではない」
「それは本心ですかな、尾形先生」
立ち上がったまま、剱崎は尾形を見下ろすかっこうとなった。一気に険悪な空気となったのを察し、弁当をかき込んでいた職員は弁当箱を抱えて席を外した。
「尾形先生、何も気後れすることないでしょう。もし本当はゴジラが現れて喜ばしく思うんならそう素直におっしゃれば良い。僕だって研究者の端くれだ、お気持ちは充分理解できますよ、ええ。もし本心からそう思ってるなら、人道を第一に考える尾形先生らしくて素晴らしく模範的回答だ。研究者としては、僕は軽蔑しますがね」
底意地の悪そうに剱崎はにやりと嗤う。
「剱崎先生、私の言動をどう解釈しようと私は関知しないが、いまは目の前の危機事態をどう乗り越えるか、そこに注力していくべきではないかと思います」
議論を打ち切るべく尾形は断言したが、剱崎はフン、と鼻で笑った。
「先生がお書きになった論文に、ゴジラに関する対策はたっぷり盛り込まれてますな。そして国家の中枢や行政機関はみんなその中身を知っている。おかげで先生はいつも以上にひっぱりだこだ。研究検体が現れた上でも、先生はさらなる研究に時間を割くのか、政治や行政への提言を行って国家を動かす快感に浸るのか、僕はそこも注目していますよ」
フフ、と笑い、剱崎は席に戻り、パソコンに向き合った。
「東京に繁殖しているカマキリ、先生に倣ってカマキラスと呼びますが、新しいことはわかりましたか?」
剱崎の挑発には乗らず、尾形は訊いた。
「うちの研究室から実験結果が届きましてねえ、やはりカマキラスには、市販の殺虫剤成分が有効のようです。知事会の要請に従って具体的な有効成分を分析してますよ。尾形先生の真似事ですな、行政の御用聞きとなるのは」
剱崎の厭味に意を介さず、尾形は供されたお茶をふくんだ。
「さきほど情報がありました。ロシアの呼びかけで国連安保理が招集され、カマキラスが繁殖している東京に核攻撃実施の是非を議論することが決まったそうです」
「ほう、ずいぶん思い切りましたなあ」
「瀬戸総理以下、閣僚誰とも連絡がつかない以上、日本には外交的に対応する術がありません。剱崎先生の研究成果次第では、カマキラスの駆除も可能性は残されています」
「僕は亡国の救世主か何かですかな。ですがね尾形先生、このままいくと計算上、カマキラスの繁殖は東京に留まらない。早ければ今夜にも、カマキラスは首都圏一円に生息圏を拡げていくでしょう」
剱崎はパソコン画面を尾形に見せた。4段にも及ぶ計算式が示された。
「カマキリがここまでの繁殖力を持つとは思えませんが・・・」
「尾形先生、もはやこれはカマキラスという完全な別種です。産卵数と繁殖数がほぼイコールと考えると、こうなる。国連安保理ですか、結論が出るまでには事態は東京だけでは済まなくなる可能性がありますよ。果たして東京だけ核攻撃して鎮静化するかどうか、ねえ」
笑みを浮かべる剱崎。
「剱崎先生、あなたは東京がどうなっても良いとお考えなのですか?」
半ば答えはわかっているが、尾形は敢えて訊いた。
「僕はね、尾形先生。今回のカマキラス出現は地球における支配者の変遷となると考えてます。事はやれ東京だ、日本だといった議論に収まらない。人類種の絶滅すら充分想定される。だってそうでしょう、繁殖拡大に従って人間が生活を営む上で必要不可欠な電気エネルギーが使えなくなっていく。こりゃ少なくとも文明は崩壊しますね。あとは石と棒を握って、カマキラスと生存競争を仕掛けるしかない」
あまりしたくはなかったが、尾形はキッと剱崎を睨みつけた。
「このまま座して、滅びを待てとおっしゃいますか?」
「どうでしょうな。まあ人間にも生存本能がある。当然僕にもね。現実的議論をしましょう、カマキラスの繁殖スピードを上回る対処を人間ができるかどうか、武力でも殺虫剤でも核攻撃でも、遅くとも半日のうちに有効的な決定打を放てるかどうか、そこがカギでしょうな」
ちょうど川名京都府知事が剱崎を呼びにきた。
「ほらね。いまから先生と話した内容をそっくり、知事の方々にもお話してきますよ」
不敵な笑みを浮かべたまま、剱崎はパソコンを持ち隣室へ向かった。
「すみませんでした、尾形先生。別室にするなど配慮をすべきでしたね」
小声で川名が謝ってきた。
「いえ、いつものことです」
「・・・しかし、困ったものですなあ。相も変わらず、尾形先生をお許しになりませんか、あの人は」
おそらく終生、自分を許しはしないだろう、尾形はそう考えている。