ゴジラVSガイガン2019   作:マイケル社長

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ー禍害ー

・6月5日 火曜日 13:07 茨城県ひたちなか市磯崎町 割烹旅館 『藤波』

 

 

「左様ですか、いえいえ、また、お待ちしております」

 

受話器を置くと、内田はふうっと息を吐いた。

 

「旦那さん、また予約キャンセルですかあ?」

 

仲居頭の檜山がのぞき込むように帳場から声をかけた。

 

「うん。もうこれで7件目だ」

 

大正時代から続く『藤波』は、数寄屋造りで総客室数が18部屋。いずれも12~15畳の広さを持つ。時期と曜日にもよるが平均して毎日10部屋ほどが稼働していた。

 

だが、先月始めから日本各地で発生し続ける災害の影響か、ここのところ良くて7部屋程度の稼働に落ち着いていた。

 

旅行・レジャー産業は平和産業と云われる。天下泰平、安穏とした世の中でこそ繁栄する。昨今の不穏な雰囲気は、『藤波』に限らず業界に深刻な影響を及ぼしていた。

 

加えて、昨日からの東京大停電、未明のゴジラ北海道上陸がダメ押しとなった。今朝から今日明日の宿泊予約を取り消してほしい、という電話が相次いでいた。

 

旅館業はお客が宿泊してくれてナンボの商売だ。こうも客室が稼働しないと、経営の先細りが目に見えてくる。

 

したがって今月に入り、10名いる仲居のうち、半分を自宅待機とした。いずれも住まいが比較的遠隔地であったり、同居家族の介護、子育てなどの事情を抱える者たちだった。そして今朝、檜山を除いて全員を出勤停止とした。

 

今日は昨日から連泊している部屋を含めて3部屋の稼働。自分と両親と檜山で充分だろう・・・そう考えた。

 

仲居たちに説明して頭を下げると、「旦那さん、むしろ助かります」と言われた。

 

聞くところによれば、ゴジラの出現により、市内の小中学校は休校、または半日授業の措置が取られ、子どもの送迎するのにちょうどいい、そう返事された。

 

内田の妻は市内の養護学校で教諭を務めている。昼前に電話すると、養護学校も午前中で休校とし、これから保護者へ迎えの依頼をする、ということだった。

 

「それにしても、ただゴジラが出ただけで、大げさ過ぎやしないですか」

 

手ぬぐいをたたみながら、檜山が声をかけてきた。

 

「うーん、そうだなあ。ゴジラが出たっていっても北海道だしねえ」

 

「磯崎は沿岸部だから、ていう理由らしいですけどね。何だか騒ぎ過ぎじゃないですかねえー。まったく最近は、台風だ大雨だですぐ学校休みにするんだから」

 

「時代が変わったんだよねえ。ま、でも、ゴジラがこっちにくるんなら、自衛隊なり海上保安庁なりから警報出るでしょ。そうそうやってきたりはしないって」

 

内田は窓の外へ目を向けた。今日はいくぶんか海風が強く、毎日続く酷暑をいくらか和らげてくれていた。

 

はるか先まで続く太平洋は、凪もなくきれいに広がっていた。旅館の前を走る県道6号線を、中学生たちが談笑しながら歩いている。休校になってよほど嬉しいのだろう。

 

机の上で充電していたスマホが鳴った。父の利三だった。今日は寺の念仏で、母の組子と一緒に出掛けているのだ。

 

「はい。うん、そう。もう7件キャンセル。ああ。取消料はもらえないよなあ、やっぱり。お父ちゃんたちも何時に戻るの?」

 

電話しながら、再び海を見る。さきほどより波が高くなったような気がする。

 

「わかった。そしたら、ぼちぼち夕食の支度しとく。今日は刺身盛りね、ハイハイ」

 

『藤波』では、伝統的に内田一家が旅館で供される食事を作ることになっている。それなりに勉強したとはいえ我流の会席料理だったが、魚介類の新鮮さは大きなウリだった。

 

半纏を脱ぎ、板場へ行って水がなみなみと入った鍋に火をかけた。

 

「檜山さーん、昆布持ってきてー!」

 

火加減を見ながら、内田は大声を出した。鍋がカタカタと揺れている。

 

「檜山さーん、聞こえたかーい?」

 

板場からであれば、帳場まで充分声が聞こえるはずだ。いつもならすぐに返事があるはずなのだが。

 

「檜山さーん!」

 

なおも声をかけるが、相変わらず返事がない。

 

「便所でもいったかな」

 

独り言をつぶやきながら帳場をのぞいた。檜山の気配がない。

 

ふいに、引き戸がガタガタと揺れだした。火がかかる鍋からは水が波打ってこぼれている。

 

慌てて火を止め、辺りの様子をうかがった。

 

「地震かあ?檜山さーん!?」

 

茨城は地震が多く、このくらいは慣れっこだ。この揺れだと、震度4くらいだろうか。

 

外から甲高い悲鳴が上がった。県道の方から聞こえた。さきほどの中学生たちだろうが、このくらいの揺れで悲鳴を上げるものか・・・?

 

「旦那さーん!」

 

今度は檜山の声がした。外にいるらしい。

 

そのとき、ズズズズズ、という、何かを引きずるような音がした。揺れも激しくなり、板場の棚にあった茶碗が床に散らばる。

 

「旦那さーん!」

 

さっきより大きな声で檜山が叫んだ。

 

「どおしたー!?」

 

内田も板場の窓から大声で返事をしたとき、何かが雪崩打つように落ちてきた。屋根瓦だった。アスファルトに叩きつけられ、次々に割れていく。

 

慌てて板場に引っ込んだ内田に「旦那さーん!逃げて―!」と檜山が絶叫する。

 

屋根が剥がれるような、激しい音がした。板場の天井板がいくつか外れ、ほこりをまき散らしながら落ちてきた。

 

目に入ったほこりを拭い、どうにか板場から這い出た。屋根の柱が折れるような音が聞こえてきた。地震にしてはおかしい。揺れは地面ではなく、天井の方から伝わってくるのだ。

 

廊下に出たところで、旅館全体が激しく揺れ、引き戸のガラスが一斉に割れた。身体が床に叩きつけられ、降ってきたガラスが額を切り裂いた。強い痛みに歯を食いしばり、帳場の手ぬぐいで止血しながらようやく外へ出られた。

 

足元がふらつき、散らばる瓦につまづいてしまった。顔を上げると、すっかり瓦が落ちた屋根の土台から、白く垂れさがる筋がいくつか見えた。筋には規則的に丸い模様のようなものが見える。

 

額からの血を拭って目を凝らした。模様と思えたものは吸盤だった。

 

四つん這いで瓦と木材が散乱する玄関先を離れると、檜山が走ってきた。

 

「旦那さん、しっかり!」

 

檜山に抱え起こされ、もう一度旅館を仰ぎ見る。大きな目玉と目が合った。

 

旅館の屋根いっぱいに広がる足、三角形の頭・・・巨大なイカが、旅館の屋根に乗り上げたのだ。

 

「こりゃあ・・・」

 

言いかけて絶句した。数年前、磯崎の海岸にダイオウイカが打ち上げられたことがあった。近隣の大洗水族館職員によれば、大きさは7メートル。一番大きくて15メートルほどになると聞いたことがあった。

 

だが旅館に乗り上げたイカは、15メートルではとても足りない大きさだった。旅館全体にのしかかれるということは、最低でも20メートルはあるはずだった。

 

近所の人たちも集まってきて、呆気に取られながらも内田と檜山を促し、とにかくここを離れようとした。

 

ズン・・・!

 

地の底から響くような音がした。

 

ズン・・・ズン・・・ズン・・・!

 

やがて地面が、音に合わせるかのように揺れだした。今度は地面から揺れが伝わってきた。

 

あの巨大なイカだろうか?いや、もっと遠くから聞こえてくる。

 

「おおい!あれ」

 

住人の男性が海を指さした。波打つ海面が割れ、山のようなものが姿を見せた。

 

「背びれ・・・?」

 

檜山が呆然とつぶやく。海を割った背びれは垂直になり、大きな黒い塊のようなものになった。

 

全員が言葉を失い、海に現れた存在を凝視した。重苦しく、それでいてつんざくような咆哮が放たれた。

 

「ゴジラ・・・?・・・!」

 

口に出した言葉を自身の脳が処理したとき、そちらこちらで悲鳴が上がった。県道から中学生の一団が駆け上がってきた。

 

人間たちの喧騒をよそに、ゴジラは海面を激しく波打たせながら迫ってきた。旅館の屋根に上がったままのイカは、ズリズリと身体を引きずりながらさらに陸へ上がってくる。まるでゴジラから逃れるかのように。

 

海岸から上陸したゴジラは、半壊した『藤波』を蹴散らすと、住宅街を超え田圃をのたうちまわるイカを見据え、雄叫びを上げた。

 

背びれが発光し、ゴジラは口を開けた。内田は瞬間的に「逃げろ、逃げろー!」と叫んだ。

 

朝、ワイドショーの緊急特番でやっていた、ゴジラの習性を思い出したのだ。背びれが発光するのは、凄まじい放射能を帯びた高熱の息を吐きだすときだと。

 

ゴジラの口から白熱光が放たれた。巨大なイカは一瞬皮膚が泡立つように膨れ上がり、間髪入れず燃え上がった。田圃に引かれた水が瞬時に蒸発し、地を這う白熱光は周辺の住宅や電柱に降りかかった。

 

ゴジラの周囲は一気に炎に包まれた。巨大なイカはあっという間に燃え上がると、黒い炭のようになって崩れ落ちはじめた。

 

天に向かって咆哮すると、ゴジラは向きを変え、海へと歩み出した。直線上の住宅を踏み潰し、太平洋に進むと、やがて水平線の向こうへ消えていった。

 

もうもうと上がる炎と煙、そして踏み荒らされた住宅を、住民たちはただただ眺めるほかなかった。思い出したようにサイレンが鳴り、那珂川を越えてパトカーと消防車がやって来るのが見えた。

 

「旅館が・・・旅館が・・・」

 

手で口を押さえ、ワナワナと震える檜山に、内田は「大丈夫」と声をかけた。

 

「大丈夫。命は助かった。旅館は、また建てる。大丈夫だ・・・」

 

呆けた自分の口から、自身に言い聞かせるように、内田はつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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