ゴジラVSガイガン2019   作:マイケル社長

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ー混迷ー

6月5日 火曜日 15:52 東京都千代田区有楽町2丁目 ルミネ有楽町

 

 

額に衝撃が走り、まどろみから倉嶋は目を醒ました。

 

少し休もうと体育座りをしたところ、舟を漕いでしまい、自分の膝に額をぶつけてしまったようだ。

 

電気もなく外の様子もうかがえない廊下の踊り場には、おおよそ50名ほどの人々がただただじっと座っていた。

 

時折、暑さと空腹で泣く赤ちゃんの声以外、何をしゃべることもなく。

 

ふと、近くに座り込んでいる男性―午前中に地下鉄伝いに避難してきた近藤というジャーナリストを見やった。

 

この極度の緊張状態にありながら、彼はいびきをかいて眠りこけていた。

 

「シリアやパレスチナいた頃に戦場でも眠る必要性を痛感したから」とうそぶいていたが、この度胸、あながちはったりでもなさそうだ。

 

うっすらと差し込む陽の光に照らされた非常扉では、やはり午前中避難してきた高校生の男子が下を向いたままうずくまっている。

 

さきほど「きっと、助けがきますよね」と期待半分、不安半分の眼差しで話しかけてきた。

 

答えに窮していたところ、「本署でも対応協議中、きっと救援にきてくれる」と中村が励ました。

 

実際のところ、どうなんだろう・・・。

 

「倉嶋、倉嶋」

 

少し離れたコスメ用品店の前で、中村が手招きしてきた。寺田もいる。

 

「いま話し合ってたんだけどな、午前中にも話したように、16時半になったらオレが地下鉄線路通って、築地署まで行ってみる」

 

「え・・・班長、独りでですか?」

 

「まあな、単独行動禁止の原則には反するが・・・この場を独りきりにするわけにもいかんだろう。とにかく、本署まで行けば、何か状況が掴めるだろうし、避難の目処もつかもしれん」

 

「危険じゃないですか?」

 

「それはそうだが、ずっとこのままってワケにもいくまい」

 

言いながら、中村は寺田から殺虫スプレーを2本受け取っていた。

 

「拳銃の弾は残り2発、警棒とこいつで、なんとか行ってくる」

 

「あたし、まだ一発も撃ってないですけど、どうしますか?」

 

「おいおい、こっちがいざとなったときどうするんだ?それにな、お前のとオレのエアーウェイトじゃ口径が違って撃てないんだぞ」

 

「倉嶋、その辺よく理解しておけ」

 

中村に続いて寺田にも注意された。

 

(・・・こんなんで、これから大丈夫かなあ)

 

経験不足も多分にあるが、この非常時に自身の知識のなさを嘆いた。

 

「ちょっと、あの」

 

倉嶋たちの話をきいていたのだろう、年配の警備員が声をかけてきた。

 

「そういうことなら、オレが一緒行こうか?」

 

「いやあ、気持ちは嬉しいが・・・」

 

「いやいや、やっぱりいくら本職といえど単独行動はやめた方がいい。オレみたいな棺桶に片足突っ込んだじいさんでも、いないよりマシだろ」

 

しばし思案すると、「じゃあ、よろしく頼む」と中村は答えた。

 

ふと、避難者が詰めているカフェの奥で赤ちゃんの泣き声が響いた。抱いている母親が必死にあやすが、なかなか泣き止まない。

 

「おい、大声出すな!」

 

座っていた初老の男性が、我慢ならず怒鳴った。

 

「あいつらに気づかれたどうするんだ!」

 

「いい加減にしろ!」

 

「追い出すぞ!」

 

暑さと緊張で気が立っているのだろう、何人かが続けて詰った。

 

泣き止まない赤ちゃんを必死に抱きしめ、母親は下を向いたままだ。

 

「まあまあ、みなさん」と、中村と年配の警備員が仲裁に入ろうとしたとき、非常扉がドンドンと叩かれた。

 

皆驚いて非常扉を注視した。非常扉にもたれていた高校生が跳ね起き、扉から後ずさった。

 

「開けろー、開けてくれー!」

 

扉を叩きながら、男性の叫び声がした。かなり切迫した様子だった。

 

「警官だ、どうしたあ!?」

 

中村は扉に近づき、声を張り上げた。

 

「助けて、助けてくれ!!」

 

必死な様子から、どういう状態かある程度理解できた。だが下手に扉を開けた場合、ここに避難している全員に危険が及ぶ。

 

中村は顔じゅうに広がる汗をぬぐい、「いいか、一瞬だけ開けるぞ!すぐ閉めるから飛び込んでこい!」と怒鳴った。

 

だが扉の向こうの男性は理解不能なことを叫び、やがて動物のような悲鳴が上がった。

 

赤ちゃんの泣き声以外、誰もがシンと静まり返った。

 

「扉から離れろ、離れて」

 

中村が拳銃を握り、注目して集まってきた避難者たちを手で制した。

 

再び扉が叩かれた。いや、叩かれたというより、金属を切り裂くような鋭い音が響いた。

 

次に扉が叩かれたかと思いきや、鉄製の扉が外れ、口元から血をしたたらせた大きなカマキリが侵入してきた。人間の背丈をやや上回るほどだ。続けて、大小さまざまなカマキリが、沸き立つように侵入してきた。

 

避難者から悲鳴があがり、我先にとカフェから走り出した。

 

中村はためらうことなく、最初に入ってきたカマキリに銃弾を浴びせた。たまらず崩れ落ちるカマキリに、小さなカマキリが群がり、ボリボリと貪り始めた。

 

合間を縫うように、人間大のカマキリが中村に襲い掛かってきた。間一髪、今度は寺田が発砲しカマキリを屠ったが、さらに後ろから別な大カマキリが飛び掛かり、避けようとした中村の右肩に鎌を振り下ろした。

 

たまらず顔を歪めながらも、中村は鎌をつかみ、背負い投げの要領でカマキリを投げ飛ばした。床に叩きつけられたカマキリに、寺田が殺虫剤を噴きかける。

 

今度は足元から大量の小型カマキリが襲い掛かり、腰を抜かして逃げ遅れた男性の足元に喰らいついた。

 

絶叫を上げる男性を助けようとした初老の男性にも、小型カマキリが群がり、やがて全身をカマキリにかじられ出した。

 

寺田が警棒で群がるカマキリを叩くが、多勢に無勢、やがてカマキリたちは寺田の足元に喰らいついた。

 

呆然とする倉嶋に、「倉嶋ァ!」と中村が怒鳴りつける。

 

恐怖と事態に支配されていた倉嶋はかぶりを振り、自身が為すべきを考えようとしたが、思考がまとまらない。

 

「倉嶋!みんなを避難させろぉ!」

 

なおも迫るカマキリを左手に握った警棒で叩きつけながら、中村は声を張り上げた。

 

ようやく我に返った倉嶋は「み、みなさん、早く・・・」と言いかけて再び絶句した。

 

小型のカマキリたちが羽根を拡げ、一斉に逃げる人々に襲い掛かったのだ。赤ちゃんを抱いていた母親の背中にカマキリが飛びつき、白いカーディガンがまたたく間に鮮血に染まる。

 

ほぼ無意識のうちに、倉嶋は駆け出した。だが動きの止まった母親にカマキリは容赦なく群がり、たどりついた倉嶋は剥き出しになった肋骨に慄然とした。

 

だが母親は精一杯手を伸ばし、泣き叫ぶわが子を倉嶋に託してきた。赤ちゃんは無傷だった。倉嶋はしっかりと赤ちゃんを両手で抱き、胸元に抱き寄せた。母親は安心したように手が下がり、そのまま動かなくなった。

 

飛び回るカマキリに他の避難者も喰われ始めたが、その中でも果敢に殺虫スプレーや鉄の棒で立ち向かう者もいた。カフェの入り口では、両足に喰らいつかれ悶絶する男子高校生をなんとか助けようと、数人がカマキリを踏みつけていた。

 

だが、後から入り込んだ大型のカマキリが迫ってきた。慌てて殺虫スプレーを噴きかけるが、うまく顔に届かない。背を向けて逃げようとした男性に、カマキリは逆襲とばかりに鎌を振り下ろし、袈裟斬りにされた男性は血を噴きだしながら倒れた。

 

倉嶋は赤ちゃんを抱いたまま、大カマキリに右手で拳銃を向けた。警察官を拝命した大勢がそうであるように、警察学校の射撃訓練以外で発砲するのは初めてだった。

 

思い切って引き金を引くが、大カマキリには当たらず、逆に注意を引くことになってしまった。猛然と迫る大カマキリに次弾を発射する。大カマキリの左腹が弾け飛んだが、勢いよく飛び掛かってくる。

 

倉嶋は目をつむり、赤ちゃんを庇うようにしゃがみ込んだ。そのとき、誰かが自分のそばに立ったのがわかった。顔を上げると、さっきまでいびきをかいていたジャーナリストの近藤だった。手に持った鉄パイプで、大カマキリを強かに叩きつけたのだ。頭部への一撃が効いたのか、床でのたうち回る大カマキリに、近藤はとどめを刺した。

 

「おい、しっかり!」

 

近藤は倉嶋を抱き起し、カフェの奥にある非常階段を指さした。

 

「何人かあそこから上の階へ逃げた。あっちだ」

 

倉嶋は無言で頷いた。緊張で喉がカラカラに渇き、うまく言葉が出てこない。

 

改めて周囲を確認すると、最初こそ大量に出てきたカマキリたちも、多くの獲物に散り散りに襲い掛かっており、当初の勢いが削がれていた。避難者たちも手持ちの武器で逆襲を始め、床には大小多くのカマキリの死骸が転がっていた。動かなくなった同胞を共食いすることが、人間側への被害が軽減される結果になっていた。

 

近藤は他の避難者と、足を喰われ苦しんでいる高校生を助け起こし、階段を目指した。倉嶋も続いていると、中村が後を追ってきた。

 

「倉嶋、お前怪我はないか?」

 

「はい、大丈夫で・・・」

 

倉嶋は二の句が継げなかった。中村は右肩から血があふれ、制服が真っ赤になっていた。

 

「オレはいい、なんとか動ける」

 

そう言うが、かなり痛むのだろう、息は荒く、じっとりとした汗を浮かべている。

 

「班長、早く上で手当てを」

 

倉嶋の言葉に頷いた中村が、その場に崩れ落ちた。足元に子犬ほどのカマキリがいて、中村の左ふくらはぎを切り裂いたのだ。

 

「こんの・・・!」

 

おかえしとばかりに、中村は左拳でカマキリを叩きつぶした。そこに、不快な羽音を立てながら大きなカマキリが舞い降りた。床に転がった中村に目をつけたのだ。

 

倉嶋は咄嗟に赤ちゃんを近藤に預け、腰の警棒を握ると、中村を狙うカマキリを叩いた。今度は倉嶋に狙いを定め、威嚇するように両手の鎌を持ち上げてきた。

 

倉嶋は歯を食いしばり、警棒を力いっぱい握った。大丈夫、大丈夫・・・何のために警察学校で剣道2段まで取ったんだ、しっかり・・・!

 

面打ちの要領で、倉嶋は警棒を思い切り振り下ろした。カマキリの鼻先を切り裂き、こけおどしにはなったが、すぐにカマキリは迫ってきた。

 

「うあああーーー!!!」

 

恐怖と怒りで意図せず叫び、倉嶋は警棒を振り続けた。そのうち数発がそれなりのダメージになったのか、たまらず後退するカマキリ。

 

無我夢中で警棒を振るっていると、カマキリは再度両手を持ち上げてきた。柔らかそうな腹が倉嶋の視界に広がった。

 

剣道の突きで、倉嶋は腹めがけて警棒を突き刺した。その一撃が致命傷だったのだろう、透明なねっとりとした体液をぶちまけながら、カマキリはピクピク動きながら床に崩れ落ちてしまった。

 

大きく息を吐くと、後ろから声がした。年配の警備員が中村に肩を貸し、「おい、あんたも早く!」と階段から声をかけていた。

 

顔中にあふれた汗を腕で拭い、階段へ向けて駆け出す。ふと、通路の先に目をやると、避難者を守りながら奮闘する寺田の姿があった。

 

「寺田さん!」

 

「オレはいいから!早くこの人たちを逃がしてくれ!」

 

寺田は負傷した男性を庇いながら、必死に警棒を振り回している。数匹のカマキリが寺田に詰め寄り、寺田の下半身を切り裂いている。

 

「倉嶋、早くしろ!」

 

助けようと近寄る倉嶋に、鬼のような形相で怒鳴る寺田。なおも逡巡する倉嶋に「オレが引き付けてるから、急げよ!」と肩を突いた。

 

「お姉さん、ほら!」

 

階段から、中村を介抱する警備員が声を上げた。倉嶋は迷いを振り切るようにかぶりを振ると、数名の避難者を階段へ誘導した。

 

昇りがけに寺田を見ると、全身にカマキリがたかり、顔は血で真っ赤になっている。

 

「行けー!扉閉めろー!」

 

痛みの苦しさに任せたような、悲痛な声を上げ、寺田は膝をついた。次々にカマキリが群がっていくのが見えた。

 

断腸の思いで倉嶋は扉を閉め、左足の複数個所を噛みちぎられた男性を抱えながら上を目指した。

 

「おい、大丈夫か!」

 

近藤が上階から顔を出し、避難者の引き揚げを手伝ってくれた。そこは地下一階から一階の間に設けられたスペースで、テナントがひしめく他の階と違い、殺風景で閉鎖的だった。だがカマキリの侵入は比較的難しそうな空間であった。

 

あまり広くない廊下には、10名ほどの負傷者が横たわり、うめき声を上げていた。一人の男性が左上腕を切り裂かれた女性の手当てをしていて、女性の絶叫に近いうめき声が傷の痛みを物語っていた。

 

「失礼、あなたは警官ですね?」

 

女性の手当てをしている、黒い肌の男性が英語で倉嶋に話しかけた。一目で南アジア出身とわかる風貌だった。

 

「英語は理解できますか?この人たちに治療の説明をする必要があるのだが、私は日本語ができなくて・・・」

 

男性は独特のイントネーションはあるものの、滑らかなクイーンズイングリッシュで話してきた。

 

「大丈夫です、私が翻訳してこの人たちに説明します」

 

倉嶋が答えると、男性は安心したように口元に笑みが浮かんだ。

 

「わかりました、頼みます。あ、私はモデ・ガンガダールといいます。インドで医師をしています」

 

「千夏です、倉嶋千夏」

 

モデ医師が足を喰われた高校生の服を剥ぐのを手伝いながら、倉嶋も名乗った。

 

 

 

 

 

6月5日 火曜日 17:00 イトゥルップ島クリリスク

※日本名:択捉島(北海道紗那郡紗那村)日本より1時間進んでいる点に留意

 

 

昨日アプローチしたクリリスクの漁師たちを束ねる、ゴーゴリじいさんからレオニドに電話があったのは、15分ほど前だった。

 

ジョージは話をきくとレオニドをけしかけ、ゴーゴリじいさんから指定された集落の診療所を目指した。

 

ロシア非常事態省から火山噴火による非常事態宣言が発令されているクリリスクだが、空は透き通るほど青く、また火山灰もそれほど観測されていない。

 

風向きがオホーツク海へ向いているため、というのがロシア気象委員会の発表だが、少なくともジョージはまったく信じていなかった。

 

昨日の夜、日本の北海道にボーフジェーディ島に封じられているはずのゴジラが上陸したことと、おそらく無関係ではないだろう―そう思っていた矢先の情報提供だった。

 

通訳兼運転手のレオニドが殺風景なアパート群の一角にある診療所に車を滑り込ませると、ジョージは待ってられないとばかりにドアを開け、診療所の中へと入った。疑いの眼差ししかない年配の看護師が怪訝な顔をするが、待合室にいたゴーゴリじいさんの出迎えを見ると奥へと引っ込んでしまった。

 

「さすが、早いな」

 

長年、北方の冷たい風に鍛えられたであろうダミ声のゴーゴリじいさんは、北方4島の漁師たちの指導者的立場にあるばかりでなく、イトゥルップ島のもう一人の村長、島の顔役などとも呼ばれ、「裏の世界にも通じている」という噂もまんざらではなさそうな雰囲気を漂わせている。

 

昨日の取材協力要請にあたり、ジョージはロシア人の多くが好物のウォッカ(それも最高級種であるヴェルヴェデール)を15本といくばくかのドル札を手土産にしたところ、快く話を聞いてくれた(地元の青年レオニドの存在も大きかった。

 

ゴーゴリじいさんの後ろから、赤ら顔の四角い顔をした男が出てきた。村にただ一人の医師であるグナイェフと名乗った。

 

グナイェフは3つある病室の一番手前を開けた。全身を痛々しく包帯に包まれた男がこちらに目をよこしてきた。

 

「今日の昼過ぎ、警報を無視したうちの活きのいい漁師が、カニ採ってたときに助けてきてなあ、ここへ担ぎ込んですぐ、あんたに電話したって次第だよ」

 

ゴーゴリじいさんの説明にジョージは笑みをうかべて頷き、ベッドの上のけが人に歩み寄り、ベッド脇の椅子に腰かけた。

 

「こんにちは。ジャーナリストのジョージ・マクギル、アメリカ人です。こちらの、ゴーゴリじいさんの好意でここに招かれました」

 

ジョージの英語を、レオニドは忠実にロシア語に訳す。

 

見たところようやく20歳になったかならないかといったところか、まだ少年の面影を残す青年は苦し気に口を開いた。

 

「ロシア海軍太平洋艦隊所属、ウマール・アジェダンスキー水兵であります」

 

ジョージは弱弱しい声をいたわるように頷いた。

 

「大変なところもうしわけない、なぜあなたがそのような怪我をしたのか、なぜあなたの艦が非常事態を宣言されている北方海域にいらしたのか、どうかあなたの口から聞かせてほしいのです」

 

ウマールは包帯の下でもわかるくらい、困惑した表情を浮かべた。この真面目な青年は、どこまでこの得体の知れぬ軽薄なアメリカ人に話して良いものか、考えあぐねているのだろう。

 

「ウマ―ル、この男は嘘を平気で流すモスクワの連中と違って、真実しか書かない。お前の話したことが、やがてはきっとお前の名誉を回復させて郷里の両親を安心させてくれることにしてくれるだろうよ」

 

ゴーゴリじいさんが助け舟を出してくれた。なおも逡巡するウマールだったが、やがて意を決して口を開いた。

 

「一昨日、6月3日のことです。自分が所属する太平洋艦隊、ブールヌイに出動命令が出されました」

 

ジョージは大きく頷き、続きを促した。

 

「激しく噴火を続けるベルタルベ山への近接と命じられ、最初は意味がわかりませんでした。なぜ火山噴火を続ける海域に我々が急行するのか、駆逐艦ではなく調査船の仕事ではないか・・・ですが、出航前に艦内の営巣に集められたとき、艦長閣下が命じたのは、火山噴火への対処ではなく・・・ゴジラ掃討でした」

 

ジョージは息を飲んだ。ウマールは激しく咳こみ、苦しそうに左胸に手をあてながら続けた。

 

「自分はゴジラは、海軍に入隊したときの座学で聞いていた程度で、よもや昔日本を壊滅状態にさせた怪物と戦うことになるとは思っておらず・・・激しく困惑したまま、現場海域へと向かいました。といっても、閣下の説明では、我が軍の砲撃で確実にゴジラを仕留められる、とのことだったので、巨大なヒグマ退治くらいにしか認識しておりませんでした」

 

「確認しますが、出航前のブリーフィングで、艦長ははっきりとゴジラの名前を告げたのですね?」

 

ジョージの問いに、ウマールは頷いた。首を動かすのも辛いのだろう、再び咳きこみ、両目から涙を流した。

 

「・・・昨日の昼です、何の前触れもなく、一緒に出航した駆逐艦ボエヴォイが突然轟沈し、救助に向かったベヤボヤーズネンヌイも爆発したまま沈没しました。さっぱりわけがわからないまま、仲間のザイツェフと慌てていたところ、艦首から10時の方向に、黒く大きなものがヌッと姿を現しました。大きなヒグマかと思いました」

 

ジョージは話に聞き入りながら、遮るように訊いた。

 

「艦のソナーやレーダーには察知されなかったのですか?それほど大きな存在が」

 

「・・・わかりません。自分は甲板担当でしたから。ですが、我が軍の探知能力に疑いはありません」

 

やや怒気を含んだ口調だった。

 

「やがて黒い怪物に向けて、砲撃を開始しました。ですが、当たってもまったく損傷が認められず、気がついたら白くて熱いガスが降り注ぎ、甲板にいたザイツェフたちが一瞬で炭のようになったと思ったら・・・気がついたら、漁船の上でした。その間に何があったのか、自分はまったく、わかりません・・・」

 

「ありがとうございました。最後に、あなたの故郷は、どちらですか?」

 

ウマールは意外そうな目を向けてきた。なぜそんなことを訊いてくるのだ、と言いたそうな目だった。

 

「シベリアのオレニョークって、田舎です」

 

「オレニョークか。永久凍土の取材で行ったことがある。あの川沿いに拓けた町ですね」

 

ウマールはびっくりした目を向けてきた。

 

「自分の故郷を知ってるんですか?」

 

「ええ。私はアメリカ人の誰よりも、シベリアを歩いたと自負しています。きっとオレニョークのご両親へも、あなたの名前が届くはずです」

 

両親、という言葉を聞き、ウマールは泣き出した。きっと自分でも、故郷の両親に一目会うことが二度とないことを悟っているのだろう。

 

「大変な中、ありがとうございました。あなたから聞いたことは、決して無駄にはしません」

 

ジョージはウマールと握手した。泣きながらも、ウマールは笑顔を向けてきた。

 

部屋を出ると、早速ゴーゴリじいさんに呼び止められた。

 

「ここまで聞いたからにはあんた、さっさとこの島を出た方がいい。いや無論、ロシアからもな」

 

「そうしたいが、ベルタルベ山のせいで空港が閉鎖されてて・・・」

 

ジョージは笑みを浮かべて言った。わかっておる、とばかりにゴーゴリじいさんは頷いた。

 

「あんたも知ってるんだろ、この国は建前と本音に大きく乖離がある。シャナにある民間飛行場から、韓国企業の貨物便が今夜飛び立つ。あんたの分のチケットくらい、もう3つほどドル札もらえれば手配できるんだがの」

 

「そうこなくちゃ。戻ったら、土産にウォッカをまた送るよ」

 

 

 

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