ゴジラVSガイガン2019   作:マイケル社長

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ー混迷Ⅱ-

・6月5日 16:22 神奈川県横浜市港北区 JR新横浜駅

 

 

改札に殺到しつつある乗客を整理しながら、新横浜駅長、上山光郎はメガホン越しに、喧騒に負けず、且つ落ち着いたゆっくりした声を出していた。

 

「ただいま改札は省略しております!また皆様の安全確保のため、新幹線ホームまでのご案内は駅員の指示に従い、順番が来るまで慌てずお待ちください!」

 

繰り返し案内を続ける上山に、スーツ姿の男性が詰め寄ってきた。

 

「おい改札省略てなんだよ!オレ切符買ったぞ?」

 

「誠に恐れ入ります、後日、払い戻しをさせていただきます」

 

上山はメガホンから口元を離し、やはり落ち着いたトーンで答えた。

 

「おいふざけるなよ、いまやってくれよ!」

 

「もうしわけありません、こちらでは対応ができかねますので、お降りになった駅にて・・・」

 

「なんだよ、それ!」

 

スーツの男性は上山の胸倉をつかんできた。

 

「適当なこと言って、結局ウヤムヤにすんじゃねぇだろうな!いまやれって言ってんだよ!」

 

怒り剥き出しに顔を近づける男性に、

 

「こんなときに!」

 

「おい、後にしろよ!」

 

と、周りから野次が飛ばされた。

 

「おい、なんだとコノヤロー」

 

スーツの男性は怒りの矛先を変え、注意した若い男性のジャケットをつかんだ。

 

「オレは新大阪までの片道分買ってるんだよ、安くねぇんだぞ!」

 

「んだよ、やんのか!」

 

いまにも殴りあいになりそうだったところを、上山は部下の駅員たちと収めた。

 

「どうか、どうか落ち着いてください」

 

なおもゆっくりと、またはっきりしたトーンを務めて出した。

 

「おい駅員さん、いつ乗れるんだ!?」

 

今度は頭の白い、年配の男性が唾を飛ばしながら向かってきた。

 

「現在、新横浜~静岡まで順次往復運行、静岡から先へはさらに多くの車両で運行させております。どうか、順番を守ってお待ちください」

 

「そんなこといって、いまにカマキラスの餌にでもなったらどうするんだ!」

 

「子供がいるんです、早く乗せてくれませんか!?」

 

「なんのために新幹線車両のストック持ってるんだよ!」

 

皆、不安が爆発した様子で言いたいことを口にしてくる。思わず怒鳴り散らしてやりたくなる衝動を必死に抑え、上山は「どうか、どうか落ち着いて、お待ちください!」と返事を続ける。

 

実際のところ、静岡から先はどうなっているのか、上山にもわかりかねていた。

 

1時間ほど前、八田部神奈川県知事から、神奈川県全域に避難指示が発令された。発令に伴い、神奈川県庁から避難協力を依頼された。一応、災害発生時のマニュアルに従い、JR東海本社と協議の上運行を実施する、と返答したが、県庁からはかまわずとにかく西へ向けて新幹線を走らせてほしい、と強く要請された。

 

JR東海本社、及び新横浜以西にある新幹線停車駅とまともに協議することすらままならず、元々昨日からの東京の混乱により新横浜発着となっていた東海道新幹線を、全車両順次発車させ、静岡にて避難者を降車させた後、即座に新横浜へ折り返すように、との運行指令を出すこととなった。

 

通常であれば運行を管理する国土交通省との連絡協議も必要になるが、通信が途絶した状態の上、「もし協力できかねると言うなら、今後、神奈川県内の新幹線運行及びJRによる借地利用を一切認可しない」という、脅迫じみた神奈川県知事からの通達により、今回の異例措置に立ち至った。

 

実際のところ、上山自身も神奈川県からの避難には賛成だった。昨日からの騒ぎは充分身に染みていた上、被害の拡大が明らかとなる状況では、避難すべしという理屈は理解できた。

 

だが問題は、1千万人近い神奈川県民を全員避難させるなどということが、果たして可能なのか、ということだった・・・。

 

「駅長、小田原、熱海で入れ替えの車両が、間もなく到着するそうです」

 

「小田原のホームで待ち合わせを行うそうです」

 

駅事務室から、部下が何名か出てきた。

 

「みなさん、ただいまの情報によると、現在迎えの車両が小田原を出発、あと20分弱でこちらへ到着するとのことでした!引き続き、お待ちください!」

 

再びメガホンを介して案内をするが、新幹線待ちの行列は先ほどより目に見えて伸びていた。現在最高出力で運転している冷房も効かぬほどの熱気が、改札階を包んでいた。

 

この状況を以てしてなお、上山は落ち着いた声色を崩すことはしなかった。人間は極限状態のパニックに陥れば陥るほど、理性を失い、秩序を無くした行動を取ってしまいがちだ。

 

だからこそ、上山は駅員として秩序を守るべく心がけることにした。だが次々と押し寄せる避難者を前にして、どこまで秩序が保てるのか、上山は自信が持てないでいた。

 

そのとき、改札階の照明が一斉に消えた。避難者はどよめき、上山は原因を探るべく部下に配電盤の点検を指示した。

 

「おおい、あれ・・・!」

 

避難者の1人が窓の向こうを指さした。暑さで霞んだ空に、黒い波がうねりながら広がっていくのが見えた。

 

 

 

 

 

・同時刻 大阪府大阪市 大阪府庁舎

 

 

列席の知事たちは、息を飲んで剱崎の説明に全神経を集中させていた。もはや彼の発する汗や汚れの臭いなど、気にならないほどであった。

 

「先生、カマキリが飛ぶって・・・元々、カマキリは飛ぶもんじゃありませんでしたか?」

 

原田が沈黙を破った。

 

「まあね、たしかにカマキリは飛ぶことができます。ですがそれは、極めて限定的だ。カマキリの羽根というのは、天敵に遭遇したとき即座に逃げ出せるよう、ほんの2~3メートル飛べるに過ぎない上、飛び方も不安定だ。放物線を描くようにしか飛べないんです。増してや、渡り鳥や羽蟻のように群れとなり飛翔するなどできないんです。すなわちこれは、進化したんですな」

 

相変わらずまくし立てる剱崎は、乾いた口を潤すのにペットボトルの水をあおった。

 

「カマキラスは、その驚異的な進化能力によって、飛行能力を得て、餌場を拡大しているんでしょうな。ご覧なさい、この一時間で東京東部から、埼玉県全域、千葉県東部にまで通信断絶地域が広がっている。この飛翔した群れが、地上へ降下を始めたら、どうなるかは・・・」

 

話をずっと聞いていた会田は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「すると八田部さんの、全県民への即時避難呼びかけは正しい、と?」

 

原田はゴクゴクと水を飲み続ける剱崎に訊いた。

 

「まあ、正しいんでしょうね。避難が間に合うかどうかは別として」

 

『冗談ではないですよ』

 

画面越しに突っかかってきたのは、杉浦静岡県知事だった。

 

『たしかに我が県は、東海地震ないしは富士山噴火を想定した避難計画を策定してます。そのための避難訓練も行ってます。ですが他県民の受け入れなど実績はありませんし、第一、4百万の静岡県民の避難だけでも困難だというのに、1千万人の神奈川県民の避難受け入れなど・・・!』

 

『杉浦さん、お困りなのは充分理解できますが、既に横浜市の一部にも通信断絶が広がっています。カマキラスが勢いを増しているのは明白なんです。物理的に、神奈川県民は西へ逃げるしかないんです。どうか、ご協力いただきたい!』

 

画面を介して、八田部が切羽詰まった感を出しながら頭を下げた。

 

『八田部さん、あなたの判断は稚拙すぎます。避難先も確定せずとにかく西へ逃げろ、などと、無責任も甚だしい!』

 

『杉浦さん、こちらはすぐそばにカマキラスがいるんです!カマキラスに喰われた者もいるんです!全員とは言いません、どうか、一人でも多く、ご協力いただくことはできませんか!』

 

「ああー、まあまあ」

 

画面越しでも迫真の両知事を制するように、小林が手を挙げた。

 

「八田部さん、愛知県で、神奈川県民の受け入れ協力をしましょう。早速うちの県庁と協議を始めます」

 

『小林さん、本当ですか!』

 

「ええ。うちもねえ、東海地震を前提とした訓練を行ってますし、長久手の万博跡地や長島など、一時的な避難に役立ちそうな土地は多い」

 

やり取りを聞いていた杉浦は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、意に介さず小林は携帯電話を取り出した。

 

「ええっ!?・・・・」

 

他方、会田が携帯電話を握りしめたまま、表情も身も何もかもを固まらせた。

 

「・・・会田さん?」

 

立ち上がった原田が、立ち尽くすばかりの会田に声をかけた。

 

「・・・松戸、船橋、流山で、死者が出たとの報告ですが・・・」

 

呆けたように、会田は乾いた声を出した。知事一同、思わず下を向くか、嘆息を出すしかなかった。

 

「会田さん、さきほどは避難指示を躊躇なさったようだが、もはやかまっていられない。八田部さんと同じく、やはり避難を指示すべきでは?」

 

原田は会田の正面に向き直り、言葉を選びながら口にした。いますぐにでも、電話をかわって避難指示を出せと怒鳴ってやりたいのを堪えていた。

 

会田は顔中に汗を滴らせ、焦点の合わない視線を泳がせながら電話口に向かった。

 

「室長・・・現場に任せて。各自治体に、対応に当たるよう、各自治体に・・・」

 

「会田さん!そりゃあないでしょう!!」

 

とうとう原田が爆発した。

 

「あんたの口から避難を指示しなくてどうするんだ!しっかりしろ!しっかりしなさい!」

 

震えながら腰を曲げ、目をつむる会田に「会田さん、あなたの指示で助かる県民も多いはずです。避難を、指示してください」と、町田が声をかけた。

 

一連の様子をあおぎ、フン、と鼻を鳴らした小林の隣で、侭田がパソコン画面を見たまま声を上げた。

 

「あれ?誰か、八田部さんの回線切りましたか?」

 

全員がスカイプに目を向けた。異変を察知した町田が、テレビの音量を上げた。

 

『繰り返します、新たな情報です。停電域が神奈川県西部にまで及んだとの情報です。繰り返しお伝えします、つい先ほど―』

 

 

 

 

 


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