ゴジラVSガイガン2019   作:マイケル社長

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ー爾後IIー

・7月4日 木曜日 10:43 東京都千代田区永田町1丁目 中央合同庁舎第8号館

内閣府会議室2

 

 

東京大停電から1カ月が経過したこの日、当時の関係者である者たちが内閣府に召集され、改めて事件及び前後の経過、分析を行う有識者を交えた会議が執り行われた。

 

官房長官である望月を座長とし、総理大臣の瀬戸を始めとする主要閣僚、各省庁の事務次官・局長級、そして事件当時実質日本の代理政府機能を果たした全国の各都道府県知事(災害対応などの事由で欠席者あり)、及び危機管理、生物学等の有識者が一堂に会した。

 

有識者の中には、ゴジラ研究の筆頭である尾形と、カマキラスの生態を解明した剱崎、及びゴジラとガイガンの争う様子を収めた近藤も含まれていた。

 

人的被害状況を総務省と警察庁、交通、物流の混乱状況を国交省、復興の模様を内閣府からそれぞれレクチャーした後、ここ1カ月、日本はおろか世界でもっとも再生されたであろう、近藤が収めた動画が公開された。時間にして1時間程度だが、敢えて編集することなく放映された。

 

皆、一様に出来の良い映画を観るようにスクリーンに見入り、やがて部屋が明るくなると、

溜めていたものを一気に吐き出すかのような吐息が一斉に漏れた。

 

「近藤さん、でしたか。いやよくぞ、ご無事でいらした」

 

近くに座っていた大阪府知事の原田が頭を下げてきたので、近藤は慌てて会釈した。

 

「それにしても、ああも早く生物が進化するとは」

 

腕組みをしたまま、高城総務大臣がつぶやいた。

 

「ガイガンだけじゃない。ゴジラもですよ。まるで、呼応するかのように強くなっていってる」

 

長谷川厚労大臣の言葉に、尾形は力強く頷いた。

 

「その、ガイガンとはいったい何だったのか」

 

大島警察庁長官の誰にともつかない疑問に、剱崎が挙手した。

 

「それについては、配布資料にあるように、信じ難い仮説ですがまとめをさせていただいてますがね」

 

そこまで資料に目を通していなかった何名かが、慌ててページをめくった。

 

「今夜の便で調査のため現地へ飛びますがね、先に台湾に出現した巨大な蟹と亀が答えの鍵を握っているのでしょう。解剖の結果、いずれも脳に不可思議なアメーバ状の物質が侵食していたとのことです。既に死体はないが、茨城に現れた巨大イカもアメーバに頭脳を侵されていた可能性が非常に高い。そしてそのアメーバは、少なくとも地球に存在する生物、あるいは細菌の類でもなさそうだ」

 

「では、先生はそのアメーバだかが、地球外から降ってきた存在だとおっしゃいますか?」

 

宮崎文科大臣の問いに、剱崎はニヤつきながら頷いた。

 

「まあ、そんな三文SF映画のようなことがあるのか、書いた当人も疑問でしたがね。裏付けとして、都内で死亡したカマキラスの遺骸を解剖したところ、アメーバの類こそ見受けられなかったが、肉の芽のような、見たこともない突起が脳から生えていました。まるで、何者からの命令を受信するアンテナのようでした」

 

「すると、カマキラスの始祖がガイガンであると?」

 

総理大臣である瀬戸の問いにも、剱崎は怖気づくことはなかった。

 

「厳密にはガイガンも最初からガイガンではなかった。ただ、一番最初にアメーバが取り憑いた存在だったことは充分に考えられますな。そのアメーバは驚異的な速度で地球環境に馴染み、人類に取って代わって地球の霊長にならんとした。どうでしょう、これをくだらんSF小説だと鼻で笑いますかな」

 

バカげた話だ、そう言いたげに笑う小林をはじめ、数人は首を傾げながら苦笑した。だが真剣に聞き入る者も多かった。

 

「先生、ガイガン、カマキラスの脅威は完全に去ったのでしょうか」

 

菊池内閣危機管理監が挙手した。

 

「あれから1カ月、幸いにして、停電の報告もなく、またカマキリが人を襲う事象は確認されていませんが、今後また発生する可能性はあるのでしょうか?」

 

「どうでしょうなあ」

 

剱崎は顎に手を当てた。

 

「少なくとも、ゴジラによって相当数が駆逐されたのは間違いない。それに共食いすることで巨大化を図り、ゴジラに対抗せんとしたことで、結果的に数が大幅に減少したこともたしかですからな。完全に鎮静化したのかどうか、確証はできませんが・・・。まあ、昆虫学に身を置く立場としては、カマキリを見かけたら駆除してしまっている風評被害の方を如何にするか、そちらも気になりますな」

 

そんなこと言っても・・・というぼやきが聞こえた。

 

「すみません、これは尾形先生に伺いたいのですが」

 

町田が挙手した。

 

「ゴジラは死亡したと考えて間違いないでしょうか」

 

その質問を待ってました、とばかりに尾形は席を立った。

 

「いえ、私は生存していると考えます」

 

座がどよめいた。

 

「しかし先生、ゴジラが流した血液量を測定したところ、体重比で全体の4割以上は流出したとの報告がありますよ。増して、海に入っては止血もままならんはずだ」

 

「海自からも、日本海溝付近まで追跡をしましたが、海底のクレバスへ向けてゴジラの血液が絶えることなく続いていたと報告されてます」

 

仲川防衛大臣も気色ばんだ。

 

「ええ、ゴジラは全体の5割に及ぶ血液を失ったと見積もって差し支えないでしょう。通常であれば、その状態で生命を存続できる生物などはありえない。ですが、ゴジラに対して通常や常識を当てはめて良いものでしょうか」

 

淡々と答える尾形に、「先生、確証がお有りなのでしょうな?」と小林が口をはさんできた。

 

「たしかにゴジラには過去砲弾も通用しませんでしたし、アンギラスと戦った際にも流血までは至らなかった。今回は相当なダメージを負ってます。これまでとは事情が異なるのですよ?」

 

仲川の追撃にも、尾形は顔色を変えなかった。

 

「確証はありませんが、確信はあります」

 

そちらこちらで小声話が始まった。特に1カ月前から対策を共に練ってきた知事会の面々は困惑するばかりだった。もしかすると、尾形は剱崎以上の変わり者なのではないだろうか・・・。

 

「皆さまのお話は、伺いました。政府としては、引き続きカマキラスの活動が復活するか注視しつつ、ゴジラに対しても、万が一生存の可能性を捨てることなく、警戒を続けるようにして参ります」

 

場を締めるように、瀬戸が宣言した。

 

「みなさん、少し早いですが食事の用意があります。隣の第四会議室へどうぞ。引き続き午後2時からも審議をおこないますので、よろしくお願い致します」

 

瀬戸の言葉が合図となり、望月が声を上げた。

 

「なお午後は、政府関係者、並びに知事の皆さまのみご出席ください。有識者の皆様、本日はお忙しい中ありがとうございました。6階の応接室にてお食事をどうぞ。以上をもちまして、この場を解散させていただきます」

 

三々五々、一行が立ち上がった。

 

 

 

 

 

・同日 11:22 東京都千代田区永田町1丁目 中央合同庁舎8号館 6階応接室

 

 

お手洗いを済ませて部屋に入ると、奥にいた剱崎と目が合った。

 

「これは尾形先生、最近よくお目にかかりますな」

 

尾形は黙って会釈した。

 

剱崎の他には、動画撮影をして召喚された近藤というジャーナリストが食事に夢中になっている。

 

「お互い、ここのところ学問に打ち込めず困ったものですなあ」

 

ニヤつきながら、剱崎が寄ってきた。

 

「まあこれも仕事ですから」

 

素っ気なく答えた尾形に、剱崎はなお笑みを浮かべた。

 

「しかし、皮肉なものですなあ。先生があの論文を発表さえ出来ていれば、今日のように歯切れの悪い断定などすることなかったでしょうに」

 

早速剱崎の厭味が始まったが、尾形は動じなかった。

 

「その場合、今日より早く私が変人だと思われてたでしょうから」

 

剱崎は黙って頷いた。笑みを崩すことはなかった。

 

「でしょうな。ゴジラの保護・研究を訴えたことに加え、ゴジラの生態が生きた原子炉とも言うべき核分裂反応によって半永久的に活動可能なものである、などといった仮説でしたからな。誰がどう聞いても耳を疑う話でしょうが。ま、私はあながち間違いだとも思いませんでしたが」

 

言いながら剱崎は座った。尾形も席に着いたが、用意された松花堂弁当に手をつけようとはしなかった。

 

「今回のことで、それが証明されたんではないですか?あれほどの出血にも関わらずゴジラは活動を止めなかった。地球上のどんな生物とも、生体組織が根本から異なっていることの立証になったでしょう。そしてその仮説が正しければ、ゴジラは出血多量程度では死亡しないすなわち、まだ生きていることになる」

 

尾形はチラリと、弁当をパクつく近藤に目を向けた。視線こそおかずに向かっているが、耳がダンボのようになっているのがわかった。

 

たしかジャーナリストだったはずだ。尾形は自制するよう、剱崎に強い視線を向けた。珍しく空気を読んだ剱崎は咳払いをし、話題を変えた。

 

「尾形先生、やはりゴジラは、ガイガン・カマキラスを察知して復活、日本へ向かってきた。そうお考えですか?」

 

「ええ。かつてアンギラスと激しく争ったことから、ゴジラは自分以外の種族に強い敵対心を持つ傾向があると考えられます。問題は、あのカマキラスに寄生したアメーバがどこから来たのか、そしてまだ存在しているのか、といったことです。寄生した対象を劇的に進化させてしまう、恐るべき作用があるとすれば・・・」

 

「ですな。アメーバそのものは、まだ地球に存在しているかもしれない。そして、それを察知したゴジラは復活し、茨城、そして東京で進化した存在を屠った。さながら、ゴジラは地球のパニッシャー、掃除屋ですかな。これは私の立てた仮説ですがね、尾形先生。2ヶ月前、フィリピン沖に落下した隕石が話題になりましたな。もしかしたら、その隕石にくっついてきたのが、そのアメーバなんではないでしょうかね?」

 

「たしかに。実は私もそう考えてました。あの隕石落下後から、一連の事件が起きてますからね」

 

「そうですか」

 

妙なところで気が合うものだと、剱崎は笑った。

 

「当初私は、カマキリの異常進化説を採ってましたがね、他の生物由来による進化が作用したとなれば、今後はその生物、すなわちアメーバと人類の、いや地球生物との覇権争いになるというのは、飛躍した考えでしょうかねえ。そしてアメーバ由来の生物に関し、ゴジラが闘争本能で駆逐を仕掛ける。ゴジラ救世主説なるものが話題になってますが、案外、的を得た議論かもしれませんなあ」

 

「剱崎先生、私はそうは思いません。結果的にゴジラによって東京は機能を復活させたのは事実ですが、救世主などとはまた別な次元でしょう。あれは、人間の思惑で説明のつく存在ではない。だからこそ、さらなるゴジラの研究を必要とするのです」

 

「さすが、先生はゴジラとなるとお熱くなりますな。ゴジラ生存説は、果たして先生のお立てになった仮説に立脚したものばかりでもなさそうだ。尾形先生、あなたはまるで、ゴジラにまた会いたがっているかのようだ」

 

剱崎は笑みを消し、尾形をじっと見据えた。返答こそなかったが、唇を噛む尾形の表情には否定の要素はうかがえなかった。

 

「そしてね、尾形先生。あの映像見ると、ゴジラはガイガンを倒した後東京湾へ去りましたが、あれはなぜでしょうかね?あのまま東京を再び火の海にしていたかもしれないし、深手こそ負ったが、そればかりでしょうか?いやよしんばそうであったとしてもね、私はこう思うんですよ。ゴジラはまだ、敵となる対象を認識してたんじゃないのか、とね。だってそうでしょう、アメーバが宇宙由来の存在として、完全に殲滅したという保証がどこにありますかな?」

 

そのとき、2人の背後から「あのう」という声がかかった。食事を終えた近藤が席を立っていた。

 

「すみません口を挟んで。実は、オレもそう感じたんです」

 

「ほう。それは、なぜですかな?」

 

剱崎は口を窄めて訊いた。

 

「なんていうか・・・オレは間近でゴジラの目を見ましたけど、終わったって目をしてなかったんです。全身、ボロボロでしたよ、あの通り。でも、目だけは違って見えました。何かに向けて、怒りを燃やしているような・・・それこそ、尾形先生のお言葉を借りるなら、確証はないけど、確信があるんです。オレはあの目を見て、まだ終わってないんじゃないのか、まだ何か起きるんじゃないのか、そんな不安にかられました」

 

剱崎と尾形は黙った。もっとも近くでゴジラを見た男の言葉には、妙な説得力があった。

 

「尾形先生、ゴジラがそこまで敵意を剥き出しにする対象はいったい何でしょうな。アメーバによる新生物なのか、もしくは」

 

「人類、ということも考えられますね」

 

剱崎が言わんとしたことを、尾形は言い放った。近藤は唾を飲んだ。

 

「傷が癒えたら、ゴジラは人類を滅ぼしにまたやって来るんでしょうか?」

 

近藤の問いに、尾形は黙って目を閉じた。

 

 


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