・7月4日木曜日 13:30 東京都中央区京橋二丁目 セレモニーホール「観洋」
この日、先月に発生したカマキラス東京襲撃の際殉職した23名の築地警察署員の合同警察葬が執り行われた。署長以下署員全員、及び警視庁からは警視総監、警察庁からは警察庁次長が参列、犠牲となった警察官たちの写真が大きく掲げられた。
警視庁管内で200名に及ぶ殉職者が出たため、警察署単位で合同の葬儀を行う他なく、6月下旬からはほぼ毎日、合同葬が順次行われることとなった。
倉嶋が所属する数寄屋橋交番では、交代要員含め7名中2名が犠牲となった。写真の中でにこやかに微笑んでいる高田と寺田を見て、倉嶋は悲しみを新たにし、涙を流した。
僧侶による読経、そして警察庁次長、警視総監、警察署長による弔辞が読み上げられ、署員全員の敬礼で以って、合同葬儀は終了した。
倉嶋は車椅子に乗る中村を押し、専用のボックスカーへと向かう。
「中村君」
築地警察署長の渡部が声をかけてきた。
「やはり、考えは変わらんか?」
中村は言葉を発することなく、頷いた。
カマキラスに穿たれた右肩の傷は想像以上に深く、中村は右手が満足に機能しなくなってしまった。神経が断裂したらしく、指先の細かい動作に支障を来たしているのだ。
6月下旬、中村は怪我を理由に辞職を申し出た。責任感の強い中村は、警察官としての職務を果たせそうにないと、上役の慰留もリハビリ中の休職扱い保証も固辞した。
人事再編成まで署内勤務となっていた倉嶋は、話を聞きつけて入院中の中村に直談判した。だが中村は倉嶋の説得に嬉し涙を見せつつも、頑として首を振らなかった。
「人間万事塞翁が馬、倉嶋、覚えておけ」
そう言って微笑むばかりだった。中村の決意にそれ以上、上役も倉嶋もどうすることもできず、7月末で退職が決定した。
「中村君、いまならまだ撤回もできる。今回の悲劇によって、警察も深刻な人手不足だ。なんとか、考え直してもらうことはできないか?」
「署長、申し訳ありません」
中村は首を垂れた。倉嶋は無言で車椅子を押す力を込め、渡部に会釈すると、ワンボックスに乗り込んだ。
車椅子を電動で車内に引き上げ、動き出した車内でしばし無言の時間が流れた。
「倉嶋、お前は、この仕事好きか?」
「・・・・・はい」
戸惑いながらも、倉嶋は力を込めた。
「そうか。オレが言うのも無責任だが、大事にしろよ、その気持ち」
倉嶋は頷いた。
明日、明後日の二日間、倉嶋は拝命以来始めて有給休暇を取った。
上京してから距離を置いていた和歌山の実家に戻るのだ。
1ヶ月前、有楽町マリオンに避難した際、ジャーナリストの近藤から言われた「子どもを心配しない親はいない」という言葉に触発されたこと、警察官を志した動機を見つめ直したこと、そして何よりもうひとつ、親というものを理解する体験があった。
今夜、勤務が上がってから、訪れる場所がある。倉嶋はフロントガラス越しに、空を仰いだ。
・同日 14:36 大韓民国 仁川広域市 ロッテシティホテル仁川国際空港
※日本との時差は無し
チェックインを済ませ、部屋に入るなりスマホが鳴った。
「もしもしー?金崎?」
『副支社長、お疲れ様です』
懐かしい声だ。緑川はソファーに腰を落ち着け、ミネラルウォーターのキャップを外した。
「久しぶりだねー、どうしたの?」
東京大停電が解消されてから、KGI損保では全社規模で大規模な人員配置変更が行われた。
元々7月1日から緑川は名古屋支社副支社長への異動が決まってはいたが、東京支社の機能が復旧できない6月第1週、急遽イギリスにあるランスロット生命保険買収の緊急プロジェクトチームに召集された。
元々は東京支社にランスロット生命買収対応のチームが置かれていたのだが、支社の機能復旧が7月になること、事件収束後の急激な円高で、かねてからKGI損保が保有する円資産の価値が跳ね上がったことから、上層部はランスロット生命の買収を最優先で行うことを決定、全社から対応可能な社員を本社に集めたのだ。
その緊急対応チームのボスに、緑川が選ばれたのだ。東京支社の復旧、そしてかねてから担当していた北海道の「第二伸盛丸」沈没事故に関する調査を投げ打ってまで、緑川は6月半ばよりロンドンへ渡りおよそ2週間、買収交渉に尽力した。
そして一昨日7月2日、ランスロット生命は日本円でおよそ3,000億円でのKGI損保傘下入りを決定。現地支社と祝杯を挙げた後、ロンドンから韓国・仁川経由で日本への帰途にあった(乗り継ぎ便の関係で同日中の帰国は不可能であるため、本日は仁川に宿泊し、明日新たな職場となる名古屋へ向かう手筈となっている)。
一時は保有資産の劣化に伴い倒産も囁かれたKGI損保だったが、急激な為替反動による円高で日本円の価値が上昇したため、ここ一番で保有している日本国債の一部を売却。それにより入手した現金でランスロット生命を買収するという、まさしく社是である「窮すれば通ず」を地で行く結果となった。
『副支社長、実は今日から僕、名古屋支社へ出張してるんです』
「え、そうなの!?」
『はい。それで、明後日までこっちにいるので、ぜひ副支社長と一杯ご一緒したいんです』
「あらあら、あたしとのデートは高くつくよ?」
『ボーナス出ましたから大丈夫です』
電話越しに2人は笑った。
『それにしても、副支社長すごいですね。社内で話題になってますよ。困難な案件だったランスロット生命買収を成功させたって』
「あはは、ありがと。金崎、第二伸盛丸の方は、どうなった?」
急にシリアスな口調になった緑川に、金崎はややたじろいた様子だった。
『あ、はい。6月末、ロシア側の許可が得られたので沈没した船体の引き揚げを行いました。やはり証言通り、船底に切り裂かれたような傷が大きく走り、微量ですが放射能を検出しました。海保の海洋事故調査部も、やはりゴジラによって沈没させられたって結論を出し、事故扱いで満額の保険金支払いになる方向で、調整してます』
「そっか・・・・いろいろ、勉強になったでしょ?」
『はい・・・副支社長とご一緒できましたから、おかげさまで』
「ちょっと、あんまり褒めても、明日は奢らないからね?」
そうは言ったが、緑川は嬉しげな笑みを含んだ。
『はい。副支社長、明日お気をつけて』
「うん、ありがと。明日、楽しみにしてるね」
金崎との電話を切るとほぼ同時に、また電話が鳴った。大阪の進藤だった。
『おうオレや。今回は大活躍やったなあ』
「ありがとう」
『お前、持ち前の語学力と迫力でランスロットのお偉方タジタジにさしたそうやないか。やっぱ、デキる女はちゃうわなあ』
「ちょっと、やめてよ進ちゃんまで」
『まあでもな、急しのぎやったし人事もムチャブリやったもんな。ホンマ世辞抜きで、ようやったわ、お前』
緑川は返事をせず、黙った。察したように進藤は言った。
『あんま浮かへんようやなあ?』
「うん・・・進ちゃんには言うけど、あたし今回言われるほど活躍なんかしてないよ。あたしが交渉まとめたみたいになってるけど、あたしじゃない。全部、元々のプロジェクトチームが、段取りしっかりさせてただけだからね」
『なんや、謙虚やなあ』
「だってホントだよ。今回呼ばれなかったら、あたし買収交渉のことなんかちっとも頭になかったし、円高のおかげで買収資金調達が簡単にできた、それだけのことだよ?」
『まあ、なあ・・・・お前、聞いたら怒るやもしれんから黙ってたけど、お偉いサンたちの「うちの会社女性幹部メッチャ活躍してます〜ハッハー!」てなプロパガンダやないかって声も上がってるのもまた事実や』
「怒んない。それが正解だろうし」
『ま、そんだけ普段から注目されてるからそうなるってこっちゃ。そこはエエやないか』
緑川は微笑み、それ以上は語らなかった。
『そうそう、お前、来週本社来るやろ。遅うなったけど今回の祝杯とお前の昇進祝いや。一杯やらへんか?』
「ありがとう・・・でも、ごめん。ちょっと仕事も心も落ち着いてからが良いな。あたしこの1ヶ月、全然落ち着いてないもん」
『おう、さよか・・・ほな、9月の支社長会議んときはどないや?』
「そのときに落ち着いてれば、ね。ごめん進ちゃん、またね」
緑川は電話を切ると、ルームサービスを頼み、シャワー室に入った。自分でも話したように、この1ヶ月まともに落ち着く時間などなかった。今日この乗り継ぎまでの長い時間だけが、前後1ヶ月のうち唯一の自分だけの時間になるだろう。
一方、大阪のKGI損保本社では、スマホから通話終了音が聞こえてもしばし耳から離さない進藤の姿があった。
「ニブいやっちゃでえ、ホンマ」
ため息混じりに、進藤はぼやいた。