ゴジラVSガイガン2019   作:マイケル社長

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ー終局Ⅲー

・7月4日 木曜日 18:11 静岡県浜松市北区三ヶ日町佐久米 三ヶ日温泉「湖畔の宿 柳明」

 

 

「それでは、再会を祝って」

 

「乾杯」

 

遠州灘で採れた魚介類を用いた料理が自慢の宿で、近藤は親友であるジョージ・マクギルと盃を交わしていた。

 

国後島で保安局による逮捕を逃げ延びたジョージは、輸送機で韓国・水原に到着後、東京の混乱が落ち着くと即座に日本へ渡った。

 

「しばらく身を隠していた方がいい」

 

ロシアの裏社会に通じる国後島のゴーゴリじいさんのアドバイスに従い、6月末まで静岡県の伊豆に潜伏。「政府の方で動きがあった。もう大丈夫そうだ」という電話を受け、故郷であるアメリカへ戻る手筈を整えた。

 

その前に、親友であり、お互い知らずのうちにゴジラに関係する分野に携わったこともあり、情報交換も兼ねてジョージの帰国前に一献傾けることにしたのだ。

 

官邸を出た近藤は、東名を西へ走らせ沼津でジョージを拾い、料理と温泉が絶品と話題の隠れ家的温泉旅館に入った。ひと風呂浴び、これから料理と地酒に舌鼓を打たんとしていた。

 

「サリー、今回は大活躍だったな。君の撮影した動画、全世界で3億回以上も再生されたらしいじゃないか」

 

地酒で口を潤したジョージは、先付けに箸をつけながら言った。

 

「君こそ、TIME誌とNewsweekに寄稿したルポルタージュ、大きな反響だったようだな。『ゴジラに立ち向かった勇敢なロシアの若き兵士』、よく取材したよな」

 

近藤に言われ、ジョージは照れたような、含みをもたせたような笑みを浮かべた。

 

「でもあれ、君が本当に取材しよとしてた内容とは程遠いだろ?」

 

「ああ、御察しの通りだよ。よくある話さ。書いてる途中で、テーマが変わってしまったってのはなあ」

 

「変わったというより、変えざるを得なかったんじゃないかと、オレは見てるが?」

 

一気に地酒を飲み干した近藤は、酒の勢いもあり鋭い語調になった。

 

「その通り。見たままを書いたら、オレの命が危うかったんでね。いやオレの命は良いが、クナシルの好青年まで危険に晒してしまうのは避けたかったのだ」

 

刺身を口に運ぶと、地酒で口内を含み流したジョージが言った。

 

「命には替えられないのはわかるが、悪い言い方をしてしまえば、バイアスがかった大手マスコミと変わらんぞ」

 

近藤の言葉に、ジョージはフフンと笑った。

 

「それを言うならサリー、たしかに君の報道は常にリアルタイムで真実を映し出してくれる。忖度も配慮もない。真のジャーナリストとは君のような人間を言うのだろうな。だがな、サリー。君のやり方は必要以上に敵を作るし、命がいくつあっても足りなくなる。今回の撮影、君はいったい何回死にかけた?」

 

「さあな。死と隣り合わせだから、いちいち数えちゃいない」

 

「危険な現場にも臆せず立ち向かう。スクープをモノにするなら必要なことだ。だが、死んだらスクープも報道もできなくなる」

 

「承知の上だ。お互い、どこに重きを置くかだろう」

 

近藤は淡々と話し、運ばれてきた天ぷらを口につけた。

 

「オレは天ぷらが好きだが、ここの天ぷらみたいにサックリとイケる天ぷらは希少価値だ。あくまで希少価値を追求するか、味も質も多少落ちたとしても、無理をしないか、その違いだ」

 

近藤の言葉に、ジョージも倣って天ぷらを口にした。言う通り、衣が上質のポテトチップスかの如くサクッとしている。中身のエビはしっとり、ほっこりだった。

 

「オレは君ほど天ぷらオタクじゃないし、正直どこで食べても一緒だと思うが、まあ、そうだな。一番美味い天ぷらを知ることも大事だな」

 

ジョージが言うと、近藤はジョージに酌をし、自身は地酒に粗塩を入れた。

 

「オレも、常に一番を追求はしてるが、妥協して食べる天ぷらが良い時もある」

 

そう言うと、近藤は粗塩を入れた地酒をジョージに差し出した。

 

「ほう、こんな味わいも悪くないな」

 

満足げに微笑むジョージに、近藤はニヤリと笑った。

 

「ところでサリー。もしゴジラが生きていてまた日本に現れた場合、君はまた最前線へ行こうとするのか?」

 

「ああ。そうするだろうな」

 

ふむ、と頷くと、ジョージは煮物椀の蓋を開け、里芋の炊き合わせを箸で崩し出した。

 

「ゴジラは生きてると思うか?」

 

ジョージの問いに、近藤は大きく首を縦に振った。

 

「あれだけの傷を負って生きてるというのは、考えられんがなあ?」

 

「ジョージ、奴は我々の常識を超えた生物だ。オレはその様子を間近で見たから、そう言える。いつかまた、必ず現れるよ」

 

「オレたちを滅ぼしにか、それとも救いに、か?」

 

「前者、だろうな」

 

ジョージは黙り込み、顎ヒゲに手を当てた。

 

「あれほど騒いだ火山噴火や地震が、ここ最近急に鎮静化したが、ゴジラの沈黙と何か関係あるんだろうか?」

 

「わからない。この間のニュースで、ユーラシアプレートとフィリピンプレートの境目付近に、地下深くのマグマが四方から流入した形跡があり、それが極東地域の地殻変動を巻き起こしたんじゃないかって仮説が唱えられた。ゴジラがマグマを飲んだから、とか珍説もtwitterで囁かれたがな」

 

「バカな。ゴジラが出たのは北方海域だろ。第一、ゴジラはマグマをスープにして飲むってのか?」

 

「あくまで俗説だよ。だがオレは、ゴジラじゃなくても、マグマを補給したんじゃないかって部分は気にかかってる」

 

「さっき車で話してた、ガイガンがもう一匹いるかもって話に通じるのか。参ったな、口から火を噴いたりマグマをがぶ飲みしたり、とんだ怪物だらけになっちまったものだ」

 

ちょうど仲居が徳利のお代わりと、焼き魚にミニステーキを持ってきた。

 

改めて乾杯すると、大きくアルコールを含んだ息を吐き出したジョージが言った。

 

「なあサリー、お互い命知らずなことしてるが、もう10年になるな。ウイグルで立てた誓い。覚えてるか?」

 

だいぶ酔いが廻った近藤だったが、素面に戻ったように顔を引き締めた。

 

「仲間が死んでも、仕事をしよう。それが餞になるーだろ?そういえば、ウォンの死から、もう10年だな」

 

近藤は遠い目をした。10年前、当時勤めていた共同通信社の仕事で、中国・ウイグルの弾圧を取材したときのことだった。

 

暴徒鎮圧との発表とはおよそ程遠い、虐殺とも云うべき光景の中、たまたま出くわした3人のジャーナリストたちで立てた誓いだった。その直後、悲劇が起こり、近藤は共同通信社を、ジョージはCNNを退職した。忌まわしき、且つ常に心に在る誓いだった。

 

「ま、お互い戦争でも犯罪でも怪獣の取材でも、死なないようにしなきゃな。それが一番だよ、やっぱり」

 

塩焼きを頬張りながら、ジョージが言う。近藤が頷いたとき、iPhoneの通知音が鳴った。

 

倉嶋からのLINEだった。

 

『こんばんは。明日、和歌山へ一度帰ります』

 

笑顔の絵文字と共に送られてきていた。近藤は微笑むと、『気をつけてね。きっと、お父さんもお母さんも嬉しいと思う。戻ってきたら、美味しいお店一緒にいこう』と返した。

 

「おい、彼女か?」

 

ジョージがニヤつきながら訊いてきた。

 

 

 

 

 

 

・同日 18:47 東京都杉並区下高井戸5丁目 児童養護施設 「沢田縁」

 

 

近藤にLINEを返すと、倉嶋はスマホをしまい、建物の受付に備え付けられたブザーを押した。

 

「はーい・・・・・あらあ、倉嶋さん。いらっしゃい」

 

すっかり顔なじみになった中年の職員が笑顔で迎えてくれた。

 

「どうぞ。龍樹くん待ってますよ」

 

靴を脱いでスリッパに履き替え、倉嶋は案内の通り二階へ上がった。

 

今回の件で、東京都内だけでも推定2万人弱の孤児ができてしまったと言われている。この施設では2歳以下の乳幼児を中心に、50名の孤児を保護していた。

 

倉嶋が面会に訪れた、堂山龍樹くんは、有楽町マリオンで母親が命をかけて倉嶋に託してきた赤ちゃんだった。

 

カマキラスとガイガンがゴジラに倒され、ゴジラが血を流しながら東京湾へ去っていったあの日、倉嶋は有楽町マリオンに残る負傷者救援を丸の内署に依頼して、一緒に逃れた避難者と共に龍樹くんを守りながら、北の丸公園に臨時で設けられた児童保護施設に託した。

 

だが倉嶋の腕から離れた途端、龍樹くんは火がついたように泣き出した。泣き止むまで倉嶋はそばに付き、それから正式な保護施設への入所まで手続きを行った。

 

倉嶋が警察官の制服を着ているというのに、途上で知り合った人から「お子さんですか?」と尋ねられる始末だった。

 

あれから1ヶ月。倉嶋も多忙を極めたが、時折様子を聞くために施設へ電話を続けていた。そして休暇の前に、龍樹くんにまた会うことにしていたのだ。

 

倉嶋とさして歳の変わらない、メガネをかけた職員が龍樹くんを抱いて現れた。

 

「龍樹くん」

 

倉嶋が呼びかけて抱くと、キャッキャっと笑った。

 

「やっぱり倉嶋さんに抱かれるのが一番嬉しいんですよ」

 

メガネの職員が言うと、周囲の職員も笑顔で頷いた。

 

龍樹くんの母親、美嘉さんは有楽町マリオンでカマキラスの犠牲となり、父親の武司さんも大崎の職場で勤務しているところを、カマキラスに襲われて亡くなった。

 

両親を亡くしたことも理解できない龍樹くんは、よく笑った。その笑顔を見るたび、倉嶋は愛くるしさにキュンとなるだけでなく、両親がいないことを悟る年齢を迎えた時の龍樹くんを想うと、涙が止まらなかった。

 

泣き顔を龍樹くんに見られないように、倉嶋はギュッと抱き寄せた。せめて、私の泣き顔は見せないようにしようと決めたのだ。

 

涙を拭うと、倉嶋は龍樹くんの柔らかなほっぺを撫でた。まるでお礼をするように龍樹くんは手を挙げ、同じように倉嶋の頬に手を当ててきた。

 

できることなら、龍樹くんを引き取り、育てていきたかった。だがいまの倉嶋には不可能だった。せめて、時折にでもこうして、会いにくることしかできないのがもどかしくて仕方がなかった。

 

そして、倉嶋は決まってしばらく距離を置いていた両親のことを思い出した。

 

実家の柱に掲げられた、産まれたばかりの倉嶋を囲む父と母の写真。いままで強く意識したことはなかったが、龍樹くんを抱くと、なぜあの写真がずっと変わらず大事に飾ってあるのか、わかるような気がしてならなかった。

 

時間が来た。寮の門限は厳格だった。

 

倉嶋は龍樹くんを最後に抱き寄せると、職員に託した。

 

「あら、今日は泣かないねえ」

 

倉嶋の手を離れても、龍樹くんは笑顔で倉嶋を見つめていた。

 

「またね、龍樹くん」

 

倉嶋が手を振ると、龍樹くんも手を振って返した。初めて見せる反応だった。

 

(おっきくなったんだな)

 

そう感じた。

 

施設の玄関を閉めたとき、火がついたように泣き声がした。壁越し、ドア越しにでも、聴こえてきた。

 

たまらず、倉嶋は泣き出した。

 

我慢できるようになったのだ。

 

泣き腫らした目で、夜空を仰いだ。父と母の顔が浮かんだような気がした。

 

スマホの通知音が鳴った。航空会社からだった。

 

『ご搭乗最終のご案内 倉嶋 千夏 様 搭乗日 7月5日金曜日 10:40 東京羽田空港→11:50 南紀白浜空港 日本航空 5906便』

 

初めての帰省だった。それまでの両親へのわだかまり、負い目などまるでなかった。

 

綺麗な月が上がっていた。涙を拭うと、倉嶋は前を向いて歩き出した。

 

 

 

 

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