・7月5日 金曜日 11:52 京都府京都市左京区吉田本町 京都大学吉田キャンパス
(これか・・・・・!)
キャンパス内にある自身の研究室に設置されたテレビに映し出された存在を見て、尾形は強く確信した。ガイガンを倒してもゴジラが敵意と闘志を露わにしていた相手は、この形容しがたい黄金の生物だったのだ。
テレビで観た限りでも、およそ地球上の生物にはあり得ない生体であった。首が三本あり、腕がない上、口から破壊的な稲妻を放出するなど、どんな進化過程をたどったとしても説明がまったくつかない。
驚愕と怒りにも似た表情を浮かべる尾形と、ただただ唖然とする学生、不安気に実家や友人に電話をする学生たち。
尾形のスマホが鳴った。まさかこの男が、自身に電話をしてくるとは。
『尾形先生、ご覧になってますか?』
台湾で先月出現した巨大蟹と亀の調査に参加している劔崎だった。
「はい。先生もそちらでテレビを?」
『ええ。どうやら、こちらが脅威の本命だったようですな』
「おっしゃる通りだと思います。これは・・・カマキラスやガイガン、果てはゴジラとも格が違いすぎるように感じます」
『尾形先生、この怪獣、どうお考えですかな?』
いつもの挑発的な問い掛けの雰囲気はなかった。ただ純粋に、劔崎は自身に見解を訊いてみたい雰囲気だった。
「形態から察して、これは地球の環境下で進化した生物ではないと思います。明らかに、宇宙からやってきたものでしょう。如何に巨体を誇っても、地球の重力と空気環境内でこれほどの速度で飛行できるなど、まったく考えられない」
しばし沈黙があった。
『尾形先生、突拍子もない話ですがね、先から地質学者の田所博士が提唱している説をご存知ですかな?ホラ、地脈を無視して、地殻内のマグマがフィリピン沖に集まったことが昨今の極東地域における地震、火山噴火の原因だと。私も眉唾だったが、5月の隕石落下地点、フィリピン海溝でしたな?すなわち』
「すなわち、この怪獣がマグマを欲したというか、エネルギーとして吸い上げてしまったということですか」
『それです。隕石飛来説で仮定すると、隕石の状態で地球に飛来したのは、生物で例えると卵、ないしは蛹の形態だったと考えられます。そしてどのような手段でマグマを吸い上げたかは不明ですがね・・・いや、こいつの、この口から吐かれる稲妻。ただの雷撃ではないでしょう』
普段飛躍しすぎな理論、仮説を展開することの多い劔崎だが、殊今回の事象については核心を突いているように思えた。
『この雷撃、直撃した対象をただ破壊するにとどまらない。見てください、まるで瓦礫を引っ張り上げてるようだ。強力な引力を発しているんでしょうな。この方法を応用して、地下からマグマを吸い上げてた・・・』
「劔崎先生の言う通りかもしれません。その前提に立った場合、田所博士の説も説明がつきます」
『ふむ。まあ、そうしてこのおよそ2か月、地球の養分を吸い上げ、満を持して現れた。私はそう考えてます。降り立った惑星のエネルギーを喰らうなど、恐ろしい話ですな、言うなれば、此奴は“星を喰うもの”だ』
「しかもこの怪獣は、恐るべきことにたったの10分程度で名古屋を壊滅させた上、行動速度と範囲が広すぎる。国家、いえ・・・人類存続の危機ともいえます」
電話の向こうで劔崎が笑い声を上げた。
『常々、私は地球における支配者の変遷を説いてきました。それがこうもあからさまに、そして急激に起こるというのは、やはり気味の良い話ではありませんなあ』
「・・・これもご存知かと思いますが、ゴジラが遠州灘に出現し、浜松に上陸しました。この怪獣を目指していることは明らかです」
『そうですね、やはり、ゴジラはこの怪獣に向かってるんでしょうなあ。ガイガン、カマキラスではなくて、ね』
「ガイガンといえば、劔崎先生、なぜガイガンはカマキリから進化した存在なのに鱗があるのか、ずっとひっかかってましたが、もしかすると・・・」
『ええ。この怪獣に影響を受けたんでしょうね。件のアメーバが此奴から発生したのか、あるいは寄生していたのかは知らないが、ガイガンの腹部に存在した金色の鱗。いま思えば、此奴の持つ鱗にそっくりだ』
電話に夢中になっていたが、研究室の職員がメモを持ってきた。
“安全保障会議招集。連絡を。内閣官房・国家安全保障局、宮澤審議官宛”
「劔崎先生、もうしわけないが別な電話が入りました。どうかお気をつけて」
『ええ。こっちも、此奴が持ってきた台風の余波か急に前線が発達しましてね、天地ひっくり返るような大雨だ。なんにも出来やしない。ま、尾形先生も、ご注意を』
通話を終えると、尾形は急ぎ自宅へ電話をかけた。
「靖子か、僕だ。ニュースは見たか?そうか。いいかい、今すぐ、京都を離れなさい。避難が本格化して混乱が起きる前に、だ。そう、福知山の明叔父の家が良い。僕の方はなんとかするから。良いね?」
性急に話をして、電話を切った。テレビでは、定点カメラで観測された怪獣の様子が映されていた。
地上建造物を対比した上でのラフな計算だが、この黄金の怪獣は身長が150メートル程度、翼を広げた最大値は200メートルを上回る。ゴジラの倍近い巨体が高速で飛翔する事で発生する強風、というより衝撃波は、風速100メートルにも達することだろう。
NHKのアナウンサーが焦りと不安を隠さぬ口調で喋っている。
『繰り返しお伝えします。愛知県、岐阜県、静岡県、長野県全域に、特別警戒態勢が発令されました!当該区域のみなさんは防災無線、テレビ、ラジオの情報に従い、今すぐ!最寄りの避難所へ避難を開始してください!命を守る行動を、取ってください!』
果たして避難所へ逃れた程度で、無事が確保できるだろうかー。
この圧倒的な破壊力を持つ怪獣には、何をしても無駄ではなかろうかー。
唯一、ゴジラこそがこの怪獣に対抗できる存在かもしれないー。
尾形はメモを持ち、踵を返した。
・同時刻 大阪府大阪市中央区 大阪ビジネスパーク内 KGI損保本社
『この時間は、通常の放送を中断して、報道特別番組をお送りしております。いま、入りましたニュースです。愛知県日進市、並びにみよし市消防本部によれば、名古屋市緑区、千草区、名東区、南区、瑞穂区、中区、天白区が壊滅的被害を受け、また愛知県長久手市、尾張旭市から<市内被害甚大、消防・救急至急要請>という通報を受けている、とのことです。えー、ただいま、愛知県みよし市防災管理課との電話がつながったようですー』
デスク上のテレビに視線を集中させながら、進藤は外出中の部下に対して矢継ぎ早に電話をかけていた。
「ええか、こっちゃかまわへん!いますぐ自宅帰りや!ええな、自宅待機や!戻ってくるんやないぞ!」
黄金の怪獣が出現してから30分あまり、大阪は現時点で行政からの指示こそ発令されていないものの、KGI損保では先の怪獣被害を受け、次にまた怪獣が現れた場合、必要最小限人員以外の全社員に帰宅を命じることとしていた。
社内に居る者たちで外出している社員に連絡をし、ある程度目処がつけば社内の人間も早急に帰宅する手はずとなっている。1か月前のカマキラス事件の際も、大阪市内の交通機関は避難者でごった返した。そうなる前に帰宅、避難をする必要がある。
特に、今回は事態がより深刻と思われた。わずか10分ほどで、名古屋都市圏が壊滅など、これまでのゴジラやアンギラス、ガイガン出現時とは規模が違っている。
受話器を置いた進藤は、テレビに映る怪獣を凝視した。
全身が黄金の鱗に覆われ、龍のような顔を持つ首が三本。直後、カメラが激しくひっくり返り、スタジオにカメラが戻った。
『え、ここで、新たな情報です。ただいまから瀬戸内閣総理大臣より、緊急の会見が行われるとの情報が入りました。テレビをご覧の皆様、できるだけ周囲の方に声を掛け、会見をご覧いただくよう、ご協力をお願いいたします。え、ただいまから、瀬戸内閣総理大臣より有事特別会見が行われます。今回の総理会見は、現在中部地方を蹂躙している黄金の怪獣、並びに11時30分、静岡県浜松市に上陸したゴジラに関する内容と思われますが・・・・え、官邸と繋がりましたでしょうか?』
カメラが首相官邸に切り替わり、画面中央に向けて瀬戸内閣総理大臣が歩む様子が映し出される。
テレビを追いつつ、進藤はスマホのボタンをタップした。今日午前、中部国際空港に到着したはずの緑川へと電話しているのだが、<おかけになった番号は、電源を切るか、または電波の届かないところへー>というガイダンスが繰り返されるばかりだ。
そして名古屋支社の電話も、どの回線もまったく通じない。電話が殺到して回線がパンクしているためか、あるいは、支社が吹き飛ばされたか・・・近鉄名古屋駅から近くに、支社はある。報道によれば、名古屋駅周辺は甚大な被害を受けたそうだ。
焦りのあまり、額から汗が浮かび上がる。
「えらいこっちゃ、いったいどないなんねん?」
スマホには、次々と号外通知が表示された。
【総理緊急会見。自衛隊に防衛出動を命令】
【首相会見“かつてない危機。自衛隊に対し総力を挙げての対応を指示”】
【愛知県名古屋市、都市機能喪失。死者数十万人規模か】
【浜松市で爆発的火災発生。市内混乱し避難に支障】
【号外 岐阜県中津川市で大規模な山体崩壊。土砂崩れで市街地埋没か】
【岐阜県・愛知県境付近で山林火災。極めて広範囲に延焼】
【日本航空5906便 羽田空港発南紀白浜空港行き 三重県上空で消息を絶つ】
・同時刻 愛知県常滑市多屋町三丁目交差点付近
額にズキンとした痛みが走り、近藤は顔を上げた。ジョージを空港に送り届け、東京へ帰る前に眠気覚ましのコーヒーでも買おうと、ファミリーマートに入ったところまでは覚えている。急に雨脚が強くなったかと思うが早く、暴風が店舗を直撃したらしきことを思い出した。
様子をうかがうと、レジカウンターわきの陳列棚が倒れ、自身の額にぶつかったらしかった。額には瘤が出来ていて、うっすら血が滲んでいる。
立ち上がると、店舗のガラスがすべて吹き飛んで、店内に散らばっていた。商品はごちゃ混ぜに床に転がり、店員と客がその下でうめき声をあげていた。
「おい、しっかり」
若い女性の店員を助け起すと、顔中に細かいガラス片が刺さっている。近藤は思わず仰け反った。
「あ、お客さん、大丈夫ですか!」
レジの奥から別な店員が顔中に汗を滴らせた顔を覗かせた。
「救急車呼んでるんですが、電話がつながらなくて・・・」
「何があったんだよ、これ?」
「わかりません、何が何だか・・・」
倒れている客と店員を2人で介抱してから、近藤は駐車場に出た。愛車のパジェロはガラスがすべて吹き飛んでいたが、エンジンは正常にかかった。
外に出て唖然とした。先程まで走行していた空港接続道路、通称セントレアラインの高架が横倒しになっており、隣の倉庫には横転したトラックが覆いかぶさっている。
もし、思いつきでコンビニ寄ろうとしなかったら・・・近藤は自身の悪運に感謝すると同時に、これがどういう事態を招いているか考え、暗澹とした。
鉛色の空に、ドス黒い煙が流れ込んでいる。近藤は瓦礫を乗り越え、対岸の中部国際空港を仰ぎ見た。ところが見えなかった。
さっきジョージを降ろした空港が、きれいさっぱりなくなっていた。海面が侵食したわずかな地面から、もうもうと上がる炎と煙が飛び込んできた。
近藤は息を呑み、立ち尽くすばかりだった。目から涙が溢れてきた。あれは、ダメだ。直感的にそう思った。
隣では、中年の女性が誰かの名前を泣き叫んでいた。また近くでは無表情に空港だった海面を見つめる老人。
さっきまで、友と話していたのだ。
こんなにもあっさり、別れの刻が訪れてしまうとは・・・。
近藤は目を瞑り、俯いた。とめどなく涙が溢れた。
ー仲間が死んでも、仕事をしよう。それが餞になるー
真っ暗な視界に、ぼうっとジョージが現れた気がした。そして、10年前に死に別れたウォンも現れたように思えた。
しばし、近藤は涙を拭うことなく、黒煙上り荒れる海を見ていた。ポケットからスマホを出し、撮影を始めた。
ーそうだ、サリー。伝えろ、報じるんだ、ありのままをー
ジョージがそう言った気がした。
近藤はファミリーマートへ戻った。怪我をした店員と客は、会話が出来るくらいまで回復していた。
「店員さん、すまん。オレ行かなきゃいけないが、途中で消防や警察いたら、ここに救援寄越すよう伝える。必ず伝える」
店員は頷き、店にある消毒液で応急処置を始めた。
近藤はパジェロに乗り込み、瓦礫やガラスが散乱する道路を走り出した。下手に踏むとタイヤがパンクするため、慎重に運転する必要があり、必然的に速度は出せない。
セントレアラインは倒壊したが、海沿いの産業道路は比較的走行しやすかった。それでも、動ける車がその道路に集中し、混雑が始まった。
北には、大木のように図太い黒煙が何本も立ち昇っている。あの方向は、名古屋市街地のはずだ。ありのままを、動画で報じるー近藤はいつもの仕事に戻ろうとしていた。
途中で激しい渋滞が始まった。先を見ると、名鉄空港線が脱線し、白煙を上げながら集合渋滞にのめり込んでいた。
運転していた何人かが車を降り、乗客を救助しているため車列が動かないのだ。近藤もそれに倣い、車を降りて車両に走った。
既に事切れた乗客が道路上に寝かされ、中途半端だが衣服などで覆われている。怪我の程度にもよるが、どうにか這い出てくる乗客、助け出される乗客も多かった。
近藤も他の人たちと協力して、ガラスやひしゃげて鋭利な凶器と化した車体に注意しながら取り残された乗客を救い出す。
どうにか目処がつき、渋滞が解消されつつあった。
「119番つながんねーよ!」
「警察呼べ警察!」
「誰か!医者はいないかー!」
そちらこちらで怒号が上がる中、「すみません」と近藤に声をかけた女性がいた。
紺色のスーツに身を包んだ女性だった。列車に乗っていたのだろう、全身埃まみれだが、怪我は大したことがなさそうだ。
「本当にすみません、スマホを貸してくれませんか?」
「ああ、いいですよ」
近藤は自身のスマホを渡した。どこかへ架けたようだが、しばらくして「繋がらない・・・」と電話を切った。
「あの、もうしわけありませんが、これからどちらへ行かれますか?」
女性が訊いてきた。
「名古屋方面ですけど」
「図々しいのは承知ですが・・・途中まででも結構です。同乗させていただけませんか?」
女性は懇願するような目を向けてきた。特に断る理由もない。近藤は承諾し、助手席に女性を乗せてパジェロを発進させた。
渋滞は断続的に連なり、もどかしくも低速で進める。傍らでは、何度も何度も電話をかける女性が、もどかしさと切なさを綯交ぜにしたような表情をしている。
「金崎・・・」
女性がつぶやいた。未だ、繋がらない様子だ。
「会社の方ですか?それとも、彼氏?」
近藤が訊くと、びっくりするような目を向けてきた。
「い、いえ、部下です。それに、会社も繋がらないんです」
よほど焦っているのだろう、女性は涙声になっていた。
「しっかりして、きっと、大丈夫です」
根拠はまるでないが、近藤は言った。
「ありがとうございます」
少しは安心してくれたのだろうか、女性は表情が綻んだ。
「この際だ、貴女の目指すとこまで行きますよ。どちらへ行けば良いですか?」
「近鉄名古屋駅近くの、KGI損保名古屋支社です。あ、申し遅れました、あたしはKGI損保の緑川です、緑川杏奈といいます」
「オレは近藤です、近藤悟」
互いに自己紹介したとき、道路が海沿いに差し掛かり、より視界がひらけた。
名古屋方面はあちこちで炎が上がり、猛烈な黒煙が天に届いていた。何かが焦げるような臭いが鼻をつき、湿気った風が吹き始めた。先ほどから止んでいた雨も降り出してきた。煤を吸ったらしい、黒い雨だった。
・同時刻 静岡県浜松市中区砂山町 JR浜松駅付近
アクトシティ浜松が倒壊し、浜松駅前にごった返していた市民たちが阿鼻叫喚を上げた。
ゴジラ上陸後、ただちに市内全域に避難指示が発令されたが、市内主要交差点あちこちで一斉に動き出した群衆の流れが合流、場所によっては群衆雪崩が発生し、避難が進まないところにゴジラが進撃をしてきた。
途轍もない土煙が落ち着くと、瓦礫を蹴散らしながらドス黒い影が現れた。
自身よりも高いビルを突き倒した黒い影に、1か月前に負ったはずの傷はどこにも見受けられなかった。損傷し失われたはずの背鰭は綺麗に生え揃い、斬り裂かれたはずの腹部や脚部は何事もなかったかのように元に戻っている。
全容がはっきりし、叫びながら駅前大通りを駆けていく市民には目もくれず、ゴジラははるか先、ここから北にそびえる、赤石・木曽山脈方面を睨みつけた。
晴れ間の覗く浜松市に、灰色の雲が北の方から急速に広がってきた。その勢いに、我先にと走る市民たちも足を止めた。
膨れ上がる雲からは、絶え間なく雷光がほとばしる。
ゴジラは歯軋りを始めた。猛獣のように唸り声を上げ、やがて大きく吼えた。
憤怒、憎悪、敵意、およそ考えられる表現すべて込められたような、憎しみ溢れた叫びだった。
さらに吼えると、怒りに震える尻尾がJR浜松駅を直撃した。
灰色の雲はさらに近寄りつつあった。さらに大きく吼えたゴジラは口を閉じた。
憤怒に満ちた燃え上がるような目は、射るように灰色の雲を向いていた。
これから襲い来る存在を、獰猛に威嚇するかのようだった。