ゴジラVSガイガン2019   作:マイケル社長

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ー予兆Ⅲー

・6月4日 月曜日 11:37 北海道網走市 網走漁港

 

 

「はい、残念ですが実地調査は困難です。海保からの情報だと、北方領土での噴火で周辺海域は航行が制限されているとのことで・・・。はい、承知しました。いまから聴取します。はい、はい・・・はい、失礼します」

 

電話を切ると、緑川杏奈はフッとため息をついた。

 

「どうでしたか?」

 

部下の金崎がハンカチで額を拭いながら訊いてきた。

 

「どうもこうもないでしょ、船が出せないから関係者聴取のみで報告書仕上げるしかないって。まあ、慌てて出張したのに現地調査もできないなら出張費出さないぞ、て石頭の心の声は聞こえたけどね」

 

緑川の言うように、KGI損害保険東京支社の2人が、今朝一番の便で網走へ飛んだ意味がなくなったようなものだ。

 

昨夜20時過ぎ、網走漁協所属のカニ漁船「第二伸盛丸」が択捉島沖20キロのオホーツク海上で座礁、転覆する海難事故が発生したのだ。

 

第二伸盛丸の船舶保険はKGI損保が担当しているため、海損部から急遽調査員の派遣が必要となったのだ(船舶事故の調査担当部署は大阪本社と東京支社に置かれている)。

 

「あのう、よろしいでしょうか」

 

海洋漁業網走営業所の韮崎所長が遠慮がちに声をかけてきた。

 

「ああ、すみません。お願いします」

 

韮崎の案内で漁協内の事務室へ通される。漁協独特の魚臭さが、この地域に似つかわしくない気温と湿度に増幅され緑川の鼻孔を突く。正直、ハンカチで鼻を覆いたいくらいだったが、この暑さにも負けず作業する漁協のみなさんに失礼のないよう気を配る必要がある。

 

「まったく、運の良い限りです。船が完全に沈没したのに、たまたま近海で漁をしてた別の船に救助されて、乗員12名全員無事だったワケですから」

 

「救助要請が迅速だったんですね」

 

「ええ、まあ、それもありますが・・・・」

 

言葉を濁すと、韮崎は応接間を開けた。中には作業着姿の小太りの男性と、ババシャツに作業ズボンという姿の男が待ち構えていた。ババシャツの男は頭の包帯が痛々しい。

 

「ああ、どうも御足労おかけしまして。網走漁協副組合長の本田です」

 

小太りの男性が恭しく名刺を差し出した。

 

「大変なときに貴重なお時間をありがとうございます、KGI損保緑川です」

 

「金崎です」

 

互いに名刺交換をすると、緑川はババシャツの男に向き直った。

 

「この度はご災難でした。阪木さん、お怪我の様子はいかがですか?」

 

ババシャツの男・・・阪木は憔悴しきった表情で「ああ、痛みはだいぶ引きました」とだけ答えた。

 

「お疲れのところ、大変恐れ入ります。改めて、事故当時の様子をお尋ねしたいのですが」

 

またか、といった憮然とした表情で阪木は緑川を見る。

 

「阪木さんすまんねぇ、こちら様も仕事なもんだからさ」

 

本田に促され、阪木は「ああ」とだけ返した。緑川は軽く会釈すると、

 

「では、事実確認からうかがいます。事故日時は昨日、6月3日午後8:17、事故現場は択捉島から北東へ約20キロの地点。第二伸盛丸の乗組員は12名。事故状況としては船体座礁からの転覆、沈没。乗組員は沈没前に救命具を身に付け洋上にて救助待機。午後9:38、近くを航行していた蝦夷備後丸に救助される。乗組員は重軽傷、低体温症を負うも全員命に別状なし。ここまではよろしいですか」

 

「ああ」

 

何度同じこと喋るんだ、阪木の苛立ちが伝わってきた。

 

「ありがとうございます。それで、座礁ということですが、現場海域は水深が100メートルを超えるとのことですが、具体的にどのような物に乗り上げたのですか?」

 

「・・・それが、わからんだ」

 

「わからない・・・?ええと、阪木さんは網引きを担当なさっていたそうですが、操舵室から警告などは?」

 

「いいや、なかった」

 

緑川と金崎は顔を見合わせた。こんな呑気な話があるか―。

 

韮崎が横から口を出した。

 

「あの、現時点で一番怪我の程度が軽いのは阪木さんですし、船長や操舵士の榎並さんの回復待って海保が事情聴取しますんで」

 

「あんたら、オレたちが危険に気がつかんかったボンクラとでも思ってんだろ」

 

苛ついた阪木が口を尖らせた。

 

「オレはよくあの辺で漁をやるからわかるが、あんなトコで船が座礁するなんざ聞いたことがねぇよ。岩礁なんてないし、漂流環礁もねぇ。第一そんなのがあるならとっくに榎並が見っけてるよ。居眠りしながら船動かすバカはいねぇ。少なくとも、船のレーダーにはひっかからない何かに乗り上げたことはたしかなんだ」

 

「うちの漁協でも、だいぶ前ですがね、4月にカニ漁に出たときに季節外れの流氷に乗っかったってことはありましたよ。でもね、いま6月ですよ。しかも網走で32℃だなんて聞いたことない温度だ」

 

本田が補足するように口を出した。

 

「副組合長は、どんな見解ですか?」

 

金崎が訊いた。阪木は面白くなさそうな顔で金崎を見る。

 

「んー、答えようがないですが、早いところ船を引き揚げて船体の傷をたしかめてみたい気分ですねぇ。でもあの辺はホラ、ただでさえやかましい上にこの噴火騒ぎだ、ロシアの連中も殺気立ってましてね」

 

「副組合長、オレ傷見たぞ」

 

「傷って、船のかい?」

 

「おう。死ぬ思いで沈む船から這い出てな、真っ逆さまになった船底見たよ。いいか、ありゃひっかかれたんだよ、熊に」

 

「はあ?」と声を上げた金崎を、緑川はヒールの先で突いた。

 

「オレなあ、こっからだいぶ山上がった糠別ってとこの生まれでなあ、昔、ヒグマに背中ひっかかれたことあんだよ。ホレ、この背中のこいつがそうだ」

 

阪木はシャツを脱ぐと、背中を見せた。腰の左上あたりに、三本の爪痕がくっきり残っている。

 

「船底にな、これとそっくりなでっかい傷がついてたんだよ。見間違いなんかねぇぞ。たしかに夜中で灯りもなかったが、きのうは月が昇っててな、船の様子くらいは見えた」

 

 

 

 

阪木から訊くべきは聞けたが、応接間から漁師詰所と一緒になってる漁協事務所に移った緑川は途中まで書きかけたレポートを眺めていた。向かい合って座る金崎が訊いてきた。

 

「副部長、どうします?」

 

「他の船員から聴取できない以上、いまの段階ではこのままレポート上げるしかないでしょ。第一、座礁の原因が判然としないんだもの。彼の証言がすなわち全てよ」

 

「あのう、阪木さんはだいぶぶっきらぼうですが、嘘をつくような男じゃあ・・・」

 

本田がフォローに入り、「いえ、疑ってるわけではないんです」

 

「ただ、熊にひっかかれたような傷が船底にできる状況というのが、どうにも想像できなくて」

 

周りで弁当をパクついてた漁師たちも「保険屋さんなあ、オレたち事故の聴取で嘘なんかつかねぇよ」「好きこのんで嘘ついて保険金ふんだくろっていうんなら、漁師なんかやらねーで詐欺師になってるよ」と囃し立ててきた。

 

「やっぱり・・・・・」

 

ふいに、年配の漁師が口を出してきた。

 

「ゴジラかもしれねぇ」

 

漁師たちはシンと静まり返り、緑川は息を呑んだ。

 

「ゴジラ?ええと、昔東京と大阪を破壊したっていう?」

 

「おいアンチャン、あんたゴジラ知らねぇのか?」

 

一番手前に陣取る漁師が金崎の無防備な発言を窘めるように尋ねた。

 

「はい。まあ、教科書とかで勉強しましたけど・・・」

 

一人だけ異なる空気を醸してしまい、金崎は恐縮気味に答えた。

 

「ヒロ爺ィ、あんたも余計なこと言うなよ」

 

するとヒロ爺ィと呼ばれた年配の漁師は、やや気色ばんだ。

 

「おめぇら若いから知らねぇかもしんねがな、オレはよーく覚えてる。あんときは、そうだ、海洋漁業の船だな。ゴジラに沈められたのを、オレが乗った船が助けに行ったんだ。たった一人しか助けらんねかったがな、いまでも忘れねぇ。歯ァガチガチ震わせて『ゴジラ・・・ゴジラ・・・』て呟くあの漁師の血まみれの顔」

 

「だけどさあ、ヒロ爺ィ、ゴジラはとっくの昔に死んだっていってたじゃないか」

 

本田が口をはさんだ。

 

「だいたいなあ、もしも伸盛丸沈めたのがゴジラだとして、そんなものとっくにレーダーに映ってなきゃおかしいじゃねぇか」

 

他の漁師も口々に「いまどきゴジラなんてなあ」「年寄りの昔話じゃねぇか」とぼやく。

 

「おめぇら、そうそう馬鹿にするもんでもねぇ。その沈められた船なあ、春になってようやく引き上げたんだが、そしたら船底がな、きれいに切り裂かれてたんだよ。オレは阪木の話きいて、やっぱりかってそう思ったよ」

 

ヒロ爺ィが強い口調でしゃべった。

 

ちょうどそのとき、その場にあるスマホが一斉に通知音を出した。

 

「なんだよ、またどっかで地震か噴火か大雨かよ」

 

誰かが言いながらスマホを見た。緑川と金崎もスマホを見た。

 

 

 

【速報 択捉島ベルタルベ山噴火が活発化】

 

【ロシア非常事態省、極東地域に非常事態を宣言】

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