・6月4日 月曜日 12:04 東京都千代田区永田町2丁目 総理大臣官邸 4階
「ではこれにて、閣議を終わります」
望月 馨官房長官の閉幕宣言後、詰めの官僚と打ち合わせる大臣、大きく背伸びをする大臣、急ぎ地下1階の危機管理センターへ足を向ける担当者や閣僚。
やがて閣僚や官僚が部屋を去ると、警護のSP以外は瀬戸 周一朗首相と望月官房長官のみとなった。
「総理、昼食の用意が整いましたので、どうぞ執務室へ」
望月の促しにも、瀬戸は黙って頷くのみだった。
それ以上の催促は無用とばかりに、望月も黙った。
定例の閣議が終わると、数分その場を離れない総理は珍しくない。
だが現在の情勢では、殊更無理もないことであった。
10時から始まった閣議は、ここ一ヶ月国内で続発する災害の報告、並びに対応で大きく時間を割かれた。
総務省からは三つの噴火山を抱える鹿児島県へのさらなる増援の要請、財務省からは一連の災害による被害総額が、本日時点でとうとう1兆円を上回ったという報告、及び本年度補正予算の見直し、国交省からは多発する噴火による航空規制への対応、文科省及び経産省からは、来年に控えた東京五輪の見直し(かかる事態に至り、中止を求める世論が圧倒的だが、林五輪会長を始め実行論も根強い)、厚労省からは避難生活での二次被害、災害関連死への対応(特に、ネット上に公開された新潟県の避難場所の不備が物議を醸した)。
加えて野党への対応、本日午後からの衆議院臨時国会対策・・・。
トドメとばかりに、閉会直前に飛び込んできた、択捉島ベルタルベ山大規模噴火の報せ―。
瀬戸は目をつむり、しばし闇の中を見据えた。
昨年は西日本豪雨災害や台風、北海道胆振地震に南北朝鮮情勢の変移、米国との貿易協定交渉や消費税率引き上げ等、それなりに難問もあったが、今年は比較的穏やかに、このまま来年秋の総裁任期満了まで勤め上げられると踏んでいたが・・・。
「不運なものだな」
立場上、私的な感情は慎みたいところだが、そう言わずにはいられなかった。
「心中、お察しいたします」
改めて資料に目を通していた望月が顔を上げて言った。
「午後の臨時国会も荒れそうだな」
「国民行動党や共産党は特に、例の避難所問題を徹底的に突いてくるでしょうなあ」
「うむ・・・さて、望月君、食事にしよう。あまり時間がないはずだ」
半ば自身に言い聞かせるようにして、瀬戸は席を立った。望月も倣い、総理執務室へ向かう。
「ところで、東証のシステム障害はどうなったかな」
エレベーターの中で、瀬戸は望月に訊いた。今朝9時、普段通り始まろうとした東京証券取引所で、ほぼすべてのコンピュータが起動しないトラブルが報じられたのだ。
本来なら財務大臣なり経産大臣から説明があるはずだが、本日はそれよりも議論すべき大きな問題が山積だった。
「復旧した、というニュースがありませんから、おそらくは・・・・」
「そうか。一段と株価への影響が高まるな、今日は」
先月から続く災害により、日経平均株価は14000円を割った。昨年のバブル期以上の値上がりはともかくとして、今年初めから20000円弱をベースとしていたことを考えると、想像もしたくない下げ幅だった。
だがさらに恐ろしいのは、5月以降急激な円高が進行し、4月まで平均して1ドル110円だったところが、昨日はとうとう1ドル93円まで上昇した事実だ。
輸出関連企業はこの一ヶ月で今年上半期の収益を大幅に見直すこととなり、主に対外資産を多く抱える銀行や証券・保険会社は多額の為替損を計上することとなる。
「この騒ぎが落ち着く頃には、金融庁も銀行再編に本腰入れることになるかな」
「必然的にそうなりますねぇ」
そんなことを話していると、執務室の前で長瀬行政改革担当首相補佐官が待ち構えていた。
「総理、長官、よろしいですか」
「すまない、食事を摂りながらになるが」
「結構です」
長瀬はそのまま望月の後に続き、待ちきれないとばかりに動きながらしゃべった。
「さきほど東電より、都内西部に電力が供給されていない、という報告がありました」
「また停電かね。しかし都内西部というのはまた、ずいぶん広いねぇ」
始めに玉露に口をつけ、望月が応じた。
「はあ。ですが、本日は昨日よりさらに深刻です」
瀬戸と望月が手を止め、長瀬に注目する。
「昨日は新宿区、渋谷区で散発的に停電があり、原因不明のまましばらくして復旧しました。ところが今日は、新宿、渋谷に加え、目黒、港区西部、世田谷、太田で12時過ぎから現在に至り、まったく復旧しないそうです」
「おいおい、そうしたら、電車も羽田も・・・」
「はい。ただいま詳細を問い合わせてますが、JR及び私鉄各線は運行停止、羽田空港とも連絡がつきません」
瀬戸と望月は顔を見合わせた。
「総理、これは食事どころではありませんな」
「原因は何だね?」
「それが、まったくわからないと・・・」
そのとき、勢いよく執務室の扉が開き、「総理!」と挨拶もそこそこに倉持内閣副官房長官と高城総務大臣が入ってきた。
「失礼します。さきほどから都内西部を中心に、大規模な通信障害が発生しているそうです」
「通常の固定電話はもちろん、携帯電話も緊急回線はおろか、ネット通信も不通とのことです」
刹那、今度は執務室の内線が鳴った。首相秘書官の米沢が対応する。
「総理、地下の菊池管理官です」
この状況で、菊池内閣危機管理官から連絡が来るのは自然な流れだった。
「瀬戸だが」
「総理、お食事中失礼します。おそらく、倉持副長官からお聞きになってるとは思いますが・・・」
「うん、わかっている。いまから官房長官と4階に降りる」
電話を切ると、瀬戸は深くため息をついた。倉持はどこかからかかってきた電話に対応している。
「官房長官、午後の臨時国会までにどのくらい閣議ができるかね?」
「そうですな・・・ざっと20分でしょうか」
「急ごう」
瀬戸は歩き出した。そこに望月、米沢、長瀬が続く。
「総理、梅田幹事長からですが」
電話を切った倉持が話しかけた。
「ああ、後にしてくれ。どうせ、明日の党首会談のことだろ」
「いえ、臨時国会の開催を後ろ倒ししたいと」
「何?」
「都内で交通渋滞が激しく、間に合わない議員が与野党問わずいるそうです」
「そうか、停電の影響か」
「おそらくは・・・ですが、国民行動党の小森副代表が交通事故に遭ったとの情報も入ってます。走行中の車が突然急停止したとかで・・・」
瀬戸は足を止めた。
いい加減にしてくれ、そうつぶやきたくなった。