ED郵便会社の社長室で、カリカリと次々にペンを書類に走らせる。
さっきからしているのは、ED郵便会社の社長としてやらなければならない書類仕事だ。
特務分室の室長である私は、当然のことながらこっちにはあまり来ることができないので、偶に来た日は大体この部屋でこうして過ごしている。
悲報。齢十代にしてブラックな書類仕事に慣れる。
いや特務分室の室長になって数日で慣れたわそんなもの。
「社長、追加の書類をお持ちしました」
そう玲瓏な声が聞こえたと思うと、一人の少女が書類の束を抱えて部屋に入ってきた。
柔らかな編みこみがされた髪型はダークレッドのリボンで飾られ、細い体はスノーホワイトのリボンタイワンピース・ドレスに包まれている。
シルクのプリーツが入ったスカートは歩く度に清楚に揺れて、胸元に付けられたロードライトガーネットのブローチが煌めき輝く。
ドレスの上に着込んだジャケットは白を引き締めるプルシアンブルー。使い込まれて深い色合いを出している革のロングブーツはココアブラウン。
「ヴァイオレット」
私は彼女の名前を呼んだ。
ヴァイオレット・エヴァーガーデン。
金糸の髪に青い瞳という可隣な容貌をしている彼女もまた、シノブ同様に私が育てた時期がある。
「はい、何でしょうか?社長」
「ちょっと多過ぎじゃないこれ?」
そんな私の発言は当たり前のように無視され、再び書類の束が机に置かれる。
思わず死にそうな声が出た。
「そうは仰られても、社長は此方に居られる時間が少ないのです。なのでこうなるのは、仕方ありません」
心なしか呆れたような表情でそう言われる。
いやしかしこうなると最初から分かってはいたが、もう少しは手加減して欲しい。例え慣れていても疲れるものは疲れるのだ。
まぁヴァイオレットの言う通り、あまり来れない私が悪いんだけど。
「分かった分かった、やればいいんでしょう?やるから置いといて」
「はい、よろしくお願いします」
そして彼女に退室を促してしばらく経ったが、ヴァイオレットは私がペンを書類に走らせるのを近くで黙って見ている。
何となく気になって仕事は良いのかと尋ねれば、今日はもう良いのだと言う。
「最近どうなの?仕事とか、会社の皆は」
ED郵便が扱っているサービスの一つ、その一番人気の職員がヴァイオレットだ。
その仕事内容を一言で言うならば代筆業。元は人間の肉声を文字として書き起こす機械人形のことを指す言葉だったが、それが転じて人形のように代筆業を行う女性を「自動手記人形」、あるいは「ドール」と称すようになったのだ。
「そうですね」
ヴァイオレットは顎に片手を添えて、少しの間黙り込む。
「会社の運営は特に問題はありません。カトレアは相変わらず、自由奔放と言うのでしょうか。ベネディクトも口は悪いですが、街の方からは慕われているようです。………私は」
何故かそこで言葉を止めたので、何となく机に向けていた視線を持ち上げて彼女を見る。
ヴァイオレットは胸元に付けたブローチをぎゅっと握りしめて、そして以前の彼女からは想像もできない、あまりにも穏やかな笑みをそっと浮かべていた。
「いえ、何でもありません」
どことなく嬉しそうな、喜んでいそうな表情だった。
一体全体何に喜んでいるのかは知らないが、ただ彼女の成長が、人間的な意味でのそれが私にはひたすらに喜ばしい。
「貴女ホント、変わったわよね」
自然と口元を緩めた私を見て、ヴァイオレットは不思議そうな顔をした。
そんな彼女に「何でもないわ」と言う一方で、私の冷静な部分は全く別のことを考えている。
(もしかしたら思い違いだったりするの?)
ED郵便社の詳細を調査しろという旨の指令があったのだから、特務分室に回ってくる前にどこかの部署が一回くらい調査を行ったのではと思っていたが、そうでもない……?
そもそも十分に調べられなかったから特務分室に回されることになっていたのだが、そんなこと私は知らなかった。
その日の夜。従業員のほとんどが帰宅し、ヴァイオレットを含めた住み込みで働く数人が寝静まってから少しばかり経った頃。
「一体どこの誰で何が目的なんだか知らないけど、舐めた真似してくれるわね」
防犯用に設置してある結界が、侵入してきた人物がいることを私に知らせた。
あとでまたタグ追加しておかねばですね。
※ロードライトガーネット
紫炎色のような感じの宝石だと思って頂ければ。
他に何かいい宝石の類を知っていたら教えて下さい。