そして幾ばくかの時が過ぎたある日、『彼』は赤毛の少年と共に満月が浮かぶ夜空を見上げていた。
その少年はかつて『彼』が行った魔術儀式の生き残り。
その魔術儀式の内容は恒久的世界平和を実現する一心で臨んだ、あらゆる願いを叶える万能の釜ーーー聖杯を顕現させるというもの。
しかし聖杯が完成する直前に『彼』は気づいた。
聖杯が致命的なまでの呪いを孕んでいることに。
仮に『彼』が恒久的世界平和をその聖杯に願ったりしたならば、聖杯は争いを起こす人間を全て滅ぼして、結果的には世界に平和を齎すだろう。
故に『彼』は聖杯を破壊した。例え『彼』が愛した妻を核にしたものであっても、それでも妻を犠牲にすれば多くの命が助かるのだと、涙ながらにそう言って。
だが聖杯を破壊したときに中身が溢れてしまった。膨大な魔力に世界を滅ぼし得る呪いを宿したそれーーー聖杯の泥は、儀式を行った街一つを容易く焼き尽くした。
建物も人も何もかもが燃えていく中で、唯一助けることができたのがその少年だった。
『子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』
『彼』が月を眺めながらそう言えば、少年は不満そうに言葉を返す。
『何だよそれ。憧れてたって、諦めたのかよ』
『うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ』
そんなこと、もっと早くに気づけば良かった。
『そっか………それじゃあしょうがないな』
『そうだね。………本当に、しょうがない』
自嘲するような響きで言う『彼』に向けて、少年は明るく言い放つ。
『うん、しょうがないからーーー俺が代わりになってやるよ』
え?と零す『彼』へ、さらに少年は続けて言う。
『爺さんは大人だからもう無理だろうけど、俺なら大丈夫だろ。任せろって』
爺さんの夢はーーー
『……そうか。あぁーーー安心した』
そして『彼』は眠るように息を引き取った。その死の間際に浮かぶのは、いつかの夜にあの島で交わした少女との会話。
『■■■はさ、どんな大人になりたいの?』
僕はねーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーー正義の味方に、なりたいんだ
「今の話のどの辺りに『正義の魔法使い』要素があったんだよ」
「そんな要素が、分かりやすくあるわけないじゃない」
落胆の雰囲気を隠しもしないグレンに言えば、彼は「分かってたよ」と呟いて顔を伏せる。
「それでも“何か”があるかもしれないって、そう勝手に期待してただけだ」
「………そう。期待に沿えなくて悪かったわね」
屋根の上で立ち上がり寝間着を叩くと同時に「でも」と口を開く。
「『彼』は幸せだったと思うの」
「そんなわけ、あるか………。実の親を自分の手で殺して、親同然の人すらその手に掛けたんだろ?妻を犠牲にしたのも無意味だったんだろう?」
それで幸せなわけがねぇだろ。
「そうかもしれないわね」
グレンの言葉に頷く。確かにそういう見方をする人もいるだろうし、まして幸せと言う私の方が稀だろう。
だけど。
「それでも最後にその手は届いたから」
それまで“殺す”という手段でしか何かを為せなかった『彼』が、たった一人だけでも“助ける”ことができたのだ。
だからきっと報われた。救われた。
「別にグレンの手が届いてないとか、そんなことは言わない。貴方に自覚がなくても、貴方が救った命は確かにあるもの。
私はただ貴方が自分の夢を大事にしているのと同じくらい、現実で大切なものを守って欲しいと思っただけ。夢を叶えるためにしている努力を、少しでいいから現実に向けて欲しいだけ。ーーーあぁ、でも」
言葉を切った私にグレンは先を促すような目を向けたけど、「何でもない」とだけ言って首を横に振った。
ーーーセラがいるならわざわざ言う必要もなかったかもね。
そう胸の内で呟いて。
もうちょっとだけ続きます。この話を聞いたもう一人がまだ出せていないので。