グレンが部屋に戻るのを見届けた後、罪悪感と自己嫌悪みたいなものを抱えながら、私は開けておいた窓から社長室に入った。
(全く……我ながら度し難いことこの上ないわ)
何が『ただ貴方が自分の夢を大事にしているのと同じくらい、現実で大切なものを守って欲しいと思っただけ』だ。
何が『夢を叶えるためにしている努力を、少しでいいから現実に向けて欲しいだけ』だ。
彼に特務分室で地獄を見せたのは、紛れもなく私だろうに。
室内で短く息を吐き、窓際に立っていた人物に目を向ける。
「人の休みに押しかけるのも、こんな時間に無断で部屋に入るのもやめてくれる?」
「君に聞きたいことがあるだけさ。それさえ済めば僕だってすぐに出て行くよ」
いつものシルクハットを片手に持って、杖を腕にぶら下げたジャティスはそう言った。己の『正義』に狂ったものではない、確かに理性を感じさせる瞳を私に向けて。
‹sideジャティス›
例え返されるものが己の『正義』に沿わないものであっても、それでも尋ねずにはいられなかった。
「イヴ」
ED郵便社の社長室にある机を挟んで、椅子に腰掛けた彼女と向かい合う。先ほどまで飲酒をしていたせいか、その頬は若干赤みがかっている。
「何よ。手短にして」
「君にとって『正義』とは何だい?」
少なからず僕の内面を知る特務分室のメンバーであれば、思わず耳を疑うであろう言葉を吐き出した。
実際にイヴも怪訝そうな表情をした。しかしすぐに一瞬だけ考え込む仕草を見せる。
何故そんなことを聞くのかと問われないことに安堵を覚えた。
僕は『正義』だ。誰に何を言われるまでもなく、僕こそがそうであるのだと己を定めた。その僕が他人の『正義』に興味を持つなど………形容し難い感情が湧いて仕方ない。
「私にとっての『正義』はーーー」
(イヴは僕からすれば脆弱に過ぎるグレンの誰かを助けたいという『正義』を是とする一方で、彼とは対極である悪を断罪する刃たる僕を……僕以外からすれば過激な『正義』をも良しとした)
彼女は『正義』なんてどうでもいいと思っているのではなく、その形は人それぞれなのだと納得しているのだろう。
そんなイヴだから『正義』をどう捉えているのか。僕はただそれが気になっているだけだ。
そう、それだけの筈なのに。
「“人を助ける”ものよ」
手段はどうあれ『正義』を志す誰もが求めるのはその結果であり、根底にあるものは誰かを助けたいという願い。
そう言うイヴから僕はどうして目を離せないのだろう。