妄想フロントライン   作:杭打折

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今回破壊描写が入ります。
戦術人形保護団体の方は飛ばしたほうがいいかも知れません。


episode.6

『敵の近接型と交戦開始、数は3。二人は先行して、退路の確保を』

 

 417はそれだけ言うと、返事を待たずにネットワークから自身を切断する。

 長々とやっていては送信先が地下に居ることを探知される可能性があったし、戦闘の前に少しでも多く演算リソースの確保をしておきたかった。とはいっても、ネットワークに接続して消費されるリソースなど大したものではない。演算リソースの確保というのは、二人から返されるであろう反対意見を無視するための建前だった。

 

 そんなことよりも――そう自分に言い聞かせ、417は現状に思考を向け直す。

 状況としては3対1の近接戦闘。あと数メートルでも離れてくれれば射撃で容易く殲滅できたのだが。此処まで近く、お互いに少し踏み込めば手の届く距離となっては銃を構える時間が命取りになりかねない。

 更に言えば敵には増援の可能性があり、時間をかけられない。

 其処まで考えて、自分の思考が不利な状況へと向かっていくことが途端にバカバカしくなってきた。突き詰めて考えてしまえば、不利な要素は並べようと思えばいくらでも並べられる。そんなことに思考リソースを使うのはひどく無駄で、非効率的。考えるべきなのは眼前の鉄クズを本物の鉄屑に変えてやる方法、それだけで良い。

 左右と正面に立つBrute達に対し、417はマチェットの切っ先を正面に向け、左手を柄にゆっくりと添えるように動かしていく。

 刹那、その行為の意図を察した左のBruteが硬質な床を砕く勢いで跳び出し、肉薄。狙うのはマチェットを持ち替えようとしている左腕――だがその刃が届くより先に、左手で逆袈裟に切り上げられた刃がナイフごとBruteを弾き返す。

 間髪入れずに次は右から別個体が417を襲う。

 しかし、417の目はそれを逃さず捉えていた。即座に逆手にて引き抜かれたマチェットの刃が、Bruteの進出方向を両断する軌道で薙ぎ払う。この状況を明確に想定していた躊躇いのない動きは、タイミングも狙いも完璧だったのだが、Bruteの反射がそれを上回る。誘い込んだ筈の獲物は寸前で踏みとどまり、強化外骨格の脚力で無理矢理に後退した。

 その急制動は、結果として417の不利に働いた。

 

「っ!!」

 

 Bruteが後退すると同時に床面が砕ける音が響き、劣化したその一部が目くらましのように417へと襲いかかったのだ。想定していなかった事態に417は敵の姿を一瞬見失う。失態を悟るのと、腹部に強い打撃が走るのは同時だった。人間であれば間違いなく消化器系の臓器がまとめて破裂していたであろう一撃は、戦術人形の身体であってようやく耐える事のできるものだった。しかし、そのあまりの衝撃は踏みとどまることを許さずに417を後方へと大きく吹き飛ばす。

 

「っか、っは……ァ」

 

 古びた床の上を埃を巻き上げながら背中でブレーキをかけていく中で、床に転がる障害物に引っかかった左手のマチェットを思わず手放してしまう。堅苦しい金属音が床を滑る音に混じり、それに続くのは開幕時と同質の―――即ち、Bruteが床を蹴って急加速をする音。減速傾向にあった417へと一瞬で追いついたBruteの一体は、彼女を押し倒して馬乗りになり、ナイフを振り上げる。その切っ先が狙うのは、仰向けで倒れている哀れな戦術人形の首ただ一つ。

 振り上げられたナイフの鋭い切っ先が、暗闇の中で歪に輝いた。

 

 

 

 交戦開始。ネットワークから送られてきた情報を受け取ったSIG-510の焦りようはかなりのものだった。

 417に何度も撤退を勧めようとするも、送りつけるたびに返ってくるのは了解ではなくエラーコード551(宛先が存在しません)のメッセージ。

 

「切断されてるにゃ…!」

 

 同じ事をやっていたらしいIDWの言葉に、最悪の事態を想像してしまう。それはつまり、HK417が敵に破壊されたのでは無いのかということ。

 

――先行して退路の確保を。

 

 最後に送られたメッセージが、想像した事態の説得力を理由もなく増大させていた。

 SIG-510はその不安を払拭すべく、垂らされたままになっているロープへと歩み寄る。しかし、その間にIDWが割り込んでSIG-510と向かい合う。その目はSIG-510が何をしようとしているのか、理解していることを物語っていた。

 

「何をするつもりだにゃ?」

「上に戻ります。敵が来たのなら、援護が必要な筈ですわ」

「反対だにゃ」

 

 だから退いてほしい。強行しようとする意思を示すようにSIG-510は一歩詰め寄るが、IDWもそこを譲らない。

 

「あのロープで、入り口まで上って戻れるだけの確証は無いにゃ」

「それなら、負荷をかけないようにして上りますわ」

「駄目だにゃ。時間がかかりすぎるにゃ」

 

 ロープを固定しているであろう、隠し扉の裏側取手。梯子ほどではないが表面には劣化が見られていた。どれ程の耐久性があるかわからないが、二人が上って行こうものなら間違いなく破損する。

 SIG-510も理解していないわけではない。しかし417が危機的な状況にあるという事実が、彼女の電脳に焦りを与えていた。

 

「ですが!」

「落ち着くにゃ! HK417は先行するように言ってたけど、置いて行けとは一言も言ってないにゃ!」

 

 尚も反論しようとするSIG-510に、口調を少し強めたIDWは言葉を続けていく。こんな状況だからこそ、焦って判断を間違えたら自分達も417も全滅すると言い聞かせていく。

 

「――今は417の事を信じるにゃ」

「……わかりましたわ。先に行きましょう」

 

 本心から納得した訳ではない。しかし、他に選択肢もないからやむを得ず……SIG-510の言葉はそんな彼女の内面を強く感じさせるものだった。

 下水道には、割れてしまいそうなほど強く握りしめられたグリップの軋む音が響いていた。

 

 

 

 

 

「――――っ!?」

 

 振り上げられたナイフは、しかし、それが振り下ろされるよりも速くBruteの首に黒い外骨格の顎が食らいついていた。毒蛇が獲物の首へと牙を突き立てるように一瞬の内に変化した事態に、417を押し倒しているBruteは困惑しつつも、瞬間的な一対一に持ち込んだ自分の失態を悟る。

 そんな後悔を置き去りにして、人工筋肉と金属の部品の軋む音が響く。417はBruteの首を掴む左手を覆っている強化外骨格へと優先的に電力を配分し、最大駆動へと引き上げた。

 その音は何に似ているだろうか。例えば、束ねた糸を引きちぎる音。或いは、力づくで鉄を引きちぎる音。言うなれば、プレス機が自動車の車体を押しつぶしてスクラップに変える音が一番近いだろうか。

 哀れなBruteは、僅かな生き残った配線を残して、人間で言うところの脊髄を砕かれ機能不全に陥る。明滅するラインアイが、未だに彼女の電脳が稼働を続けていることを示すが、電脳の出す命令を全身へと伝達する方法は完全に喪失されていた。

 

「まずは一人」

 

 キルカウント。仕留めた獲物を手放さずに立ち上がった417は残りの2体へと視線を向ける。連中が多少たじろいだように見えたのは、自分のやっていることがどの様に見えるのか、自分なりに理解しているからだろうか。罪悪感はないが、この破壊方法は戦術人形として酷いことをしたとは自覚している。

 

「来ないの?」

 

 残りのBruteは先程までとは全く異なる反応を示している。此方に攻撃をせず、様子を見るように動かない。違和感を覚えて問いかけてみるも、踏み込んでくる気配はない。まるで攻めあぐねているようなそんな気配だ。そこでふと、417は自分が未だに掴んだままでいるBruteの体の内側から、ある種の信号が発せられている事に気づく。

 

「ああ……鉄血の救難信号はこんな波長だったっけ」

 

 データ照合し、その信号の正体を把握する。それは緊急事態用の救難信号だった。緊急時、味方に回収を求めるために発せられる信号が、命乞いをするように微弱ながらも発せられている。どうやらそれが2体のBruteの動きを鈍らせているらしい。

 正直な所、417にとってその反応は意外なものだった。だが、彼女の電脳はすぐにそういうものだろうと結論付ける。SIG-510かIDW、或いは人間かがこのような状況になっていれば自分の動きも鈍るだろう。

 電子的な敵味方識別装置の働きか、それとも感情的なものの働きなのか。どちらかはわからないが、鉄血の人形への認識を少し改めるべきかもしれない。だが、壊す(殺す)

 右手に握っていたマチェットを落とすと、コートの内側で寄り添うように控えていた自らの片割れ――HK417を構える。力なく垂れ下がったBruteの腕を押し上げて突き出された銃口が自分を向いていることに気づいた標的は、脚部に力を込めている。

 だが、遅すぎる。

 銃口を向けたと同時に銃弾は放たれていた。セミオートで響いた銃声は全部で3つ。うち2つはBruteの両脚の駆動部分を撃ち抜いて、残った1つ標的の頭部へとまっすぐに飛翔して、風穴だけを残して電脳を完全に停止させる。

 

「――――!!」

 

 ようやく此処で状況を理解したのか。3回目の銃声と同時に最後のBruteは銃口が自分に向くよりも早くに行動を起こした。

 高加速の突撃に、417は左手に掴んでいたBruteを投げつける。残骸は自由になった関節をバラバラと不規則に踊らせながら放物線を描き、無視できない障害物として最後のBruteに対応を迫る。

 眼前に迫る残骸となった同胞に対し、Bruteの対応は素早かった。一際強く床を蹴って跳躍、天井を這うような動きで宙返りをし、417の背後へと降り立とうとして――

 

「流石に」

 

――自分の動きをトレースして追う、HK417の銃口と目が合った。

 

「空を飛ぶ機能は無いでしょ?」

 

 カメラを焼き尽くすようなマズルフラッシュ、それがBruteの見た最後の光景だった。

 




筆が乗ったので今回は早い。
因みに都市脱出に関わる話では、だいたいエピソード10くらいまでを予定。その後については、別の作品の構想もあるし続きの構想も浮かぶしで、正直どうしようかといった感じ。
まあ、マイペースにやる予定だけどリクエストとかあったら筆がトランザムする。

次回もよろしくです。
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