妄想フロントライン   作:杭打折

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episode.7

 戦闘は終わり、僅かな硝煙の香りと電子回路の焼ける音が空気中に広がり、そして消えていく。戦いの後に静寂を取り戻した建物内で、417は自らが先程落としたマチェットを拾い上げる。

 

「刃こぼれは無し、と……」

 

 落としたマチェットの刃に一度指を這わせる。大分荒く扱ってしまったので、刃にダメージが来ることを覚悟していたのだが、幸運にもそれは起こらなかったらしい。両方とも殆ど刃に傷はなく、本来の性能を十二分に発揮できるだろう。

 確認を終えた417はマチェットを鞘に収め、身体に付いた土埃を払い除ける。

 これ以上長居する必要はない。すぐにでもこの場から離れなければ、また増援として送り込まれる敵兵との戦闘になってしまう。

 次の瞬間、417の聴覚センサーは電気がスパークするような音を拾い上げた。敵か?そう思い即座に振り向くも、其処に居たのは破損部品をスパークさせているBruteの残骸だった。

 先程投げ飛ばした際に、更に破損をしたのだろう。幾つかの部品が顕になっている。417の視線はその中の一つに注がれる。

 

「……これは使えるかもしれない」

 

 鉄血のネットワークへと接続を行うための通信モジュール。下位の戦術人形から回収したものだから、ネットワーク内での権限は大したものではないだろう。しかし、それでも部隊配置を覗いたり、相互リンクを行っているであろう鉄血の全容を確認する分には問題ない。

 Bruteの亡骸へと歩み寄り、力加減に注意してモジュールを取り外して確認。接続端子に損傷はなく、使用に問題はなさそうである。 また、端子規格自体も至って汎用的なもので、417が所持する通信端末に対して通信モジュールとの差し替えを行えば動作するだろう。

 

「SIG-510には悪い気もするけど…」

 

 通信端末を渡してくれたSIG-510に対して罪悪感を覚えるも、必要なことであると417は自分に言い聞かせ、内心で彼女への謝罪を口にしながら端末の背面カバーを外してモジュールを交換し、端末の再起動を掛ける。

 

「よし、動いた」

 

 起動処理に多少時間がかかったが、接続完了を示すマークが表示される。

 417はその端末を一旦収納してから、室内より運び出したガスボンベのバルブに手を掛け、力を込める。

 

「っ、硬い……けど、問題ない」

 

 大分古い代物だからか、手には強い抵抗を感じるが感想としては先程握りつぶしたBruteの方が硬かったと言えるだろう。

 噴き出す音を聞き届けると、417は元の部屋で残りのガスボンベに対しても同様の処置を行っていく。

 全てに処置を終えた417は穴の縁に立つと、最後の焼夷手榴弾を取り出す。

 

「さて、問題はこれが耐えてくれるかどうか……」

 

 ロープがくくられた取っ手を見ながら417は不安を交えた言葉を吐き出す。

 焼夷手榴弾の信管の遅延はおよそ2秒ほど。それまでの間にどれだけ滑り降りるか――最下部まで到達するには自由落下に近い速度が必要だろう。

 

 電脳内でシミュレート――完了。417は手榴弾の安全ピンを抜いた。

 

 

 

 

 夢想家の見つめる画面は417が立てこもる建物と、その周囲を映していた。そんな中に一つだけ特異な影がある。

 

『で、夢想家は私をわざわざ呼び戻して、こんな建物に籠もった雑魚どもを押しつぶせってわけ?』

「完全に崩せとは言ってないわ、外壁の破壊だけ。爆破は得意でしょう?」

『任せておきなさい!私が爆破のプロフェッショナルだってことを見せてあげる』

 

 撮影を行うドローンを見上げ、得意げに鼻を鳴らして体躯に見合わぬ大型の重火器を誇らしげにせつける。彼女は破壊者と呼ばれる鉄血のハイエンド人形だった。

 破壊者の任務は主に周囲一帯の外縁部の警備。侵入してくるものは居ないかを探し、見つけ次第夢想家に報告するというのが仕事だ。では何故外縁部を受け持つ彼女がここにいるのかと言うと、それは夢想家が呼び出したからである。

 

「ところで、きちんと引き継ぎはやってから来たの?」

『え? 当たり前じゃない。ちゃんと見回りを続けるようにって命令してあるんだから』

「その割には、数が増えてないように見えるけど?」

 

 うぐ、と通信越しに喉を絞められたような声が届く。夢想家は大方の状況を察して、大きく呆れの混じったため息を吐き出した。

 

「自分の抜けた分のフォローは考慮していなかったのね」

『ううっ!?』

 

 夢想家は自分の想像が当たっていた事を知り、同じハイエンドとは思えない破壊者の短絡さに、再び大きくため息を吐き出す。

 

『ね、ねえ夢想家……』

「なに?」

『怒ってる?』

「怒ってなんてないわ」

 

 不安そうに問いかける破壊者だが、夢想家は少しも怒ってなどいない。ただ、失敗をしたら破壊者のメンタルデータをScoutのボディに入れてやろうとは思っていたが。

 

『やっぱり怒ってるじゃん!』

「早く仕事を終わらせなさい。そしたら」

 

 鬱陶しい――そんな感想を懐きながら仕事の遂行を求める。まともに取り合う気がない夢想家の態度に破壊者は不満がある様子だったが、最終的にはおとなしく従っていた。

 映像の中の破壊者は、二門のグレネードランチャーを標的の壁面に向ける。破壊ポイントを探っているのだろう。

 彼女の榴弾の破壊力は凄まじい。火力だけで言えば鉄血の中でも随一であり、構造物の破壊任務などには高い適性を発揮する。

 軍用の施設でもない多少頑丈な建造物であれば、壁面に穴を開けることなど、障子紙に穴を開けるようなものだ。

 

『始めるわ』

 

 夢想家に再度の通信。破壊者が行動の開始を告げる。

 映像の中でも既に姿勢の固定に移行し、発射体制を整えている。そして―――

 

『発射――って、わっ!? うそ!? きゃああa――』

 

 突如として標的であった建造物が、内側から爆発した。その規模は局所的なものだが、生じたエネルギーはかなりのものだった。衝撃波が周囲の崩れかけの建築物を道連れにし、広範囲を瓦礫と土煙が覆う。

 それに巻き込まれた破壊者の音声も途中で途切れる。

 破壊されたというわけではない。彼女が回線を開いたまま喚くので、夢想家が回線を一方的に閉じただけだ。

 静寂を取り戻した司令部で夢想家は思考に浸る。

 

「自爆という線は……薄いわね」

 

 予め命令を受けていたと言うのならそれもあるだろう。だが、それならもっと早い段階で実行するはずだ。

 だとすれば別の理由、逃走のための目くらまし。

 煙幕と衝撃波により、監視と包囲には綻びが生じている。この中を事前に定めておいた移動ルートをなぞれば離脱はできるだろう。可能性としては一番高い。よって、地上を広範囲に探すことが妥当な選択肢と言える。

 

「それとも、別の道でも見つけた?例えば、地下とか? ああ、そちらの方が面白そうね……私の裏をかいてるもの」

 

 夢想家の口が愉快そうに歪み、その思考は更に加速していく。

 人間の都市には下水道なんてものがあった、そこならば通り道になるのだろう。

――だとすれば侵入口は?

 どうでもいい。

――追撃方法は?

 マンホールと呼ばれるものがある。そこに手駒を流し込んでみよう。機種はDinergateあたりが良いだろう。

 

「期待通りよ。久々に楽しいわ……だから素直に逃がすなんて勿体無いことはさせてあげない」

 

 夢想家は部隊に対して次の指示を出していく。普段であれば退屈でしかないそれも、今日は特別だった。

 

 

 

 

 

 

 散布されたガスが爆発する衝撃と音は地下にも響いていた。地面を隔てているから幾らかマシであるとはいえ、真下にいた417にもそれは当然襲いかかる。こうなることが分かっていたから、予め聴覚センサーなどを遮断し保護モードに入れていたが、そうでない部分は影響を受けた。穴の中を反響しながら飛来した衝撃波は、オンライン状態のままであった417の触覚に痺れを感じさせるほどの衝撃を与えた。

 降下に使用していたロープを括っていた取手も爆破の威力に耐えきれず破損したが、幸いにも地面スレスレまで来ていた417は然程の影響を受けなかったが。

 

「少しは目眩ましになると良いんだけど」

 

 そう言いながら417は、足元から遠くへと見通していくようにライトを動かし、真新しい二対の足跡を辿っていく。それがSIG-510とIDW二人のものであることは言うまでもない。

 二人に先行してもらってから、およそ10分弱の時間が経っている。急げば追いつける距離にまだいると計算はするが、その過程はあくまでも予定通りのルートを辿れている場合の話だ。何らかのアクシデントに遭遇していた場合、通信を切断していた417がそれを知る方法がない。

 

「そういえば、今のうちに敵の配置を確認できるか、やっておこうか」

 

 417はこういうときのために、鉄血の通信モジュールを埋め込んだ端末を用意していたことを思い出す。降下の際の衝撃などで駄目になってないか不安ではあったが、問題なく動作し続けていた。

 端末からネットワークに接続を行う。認証済みの通信モジュールを生きたまま抜き出すことが出きたおかげで、鉄血のネットワークへの侵入は比較的容易であった。これで敵の動きを察知すれば、と417は今度は此方から先手を打つつもりで居た。

 

「嘘、早すぎる……」

 

 だが、その思惑は現実に裏切られる。

 敵が地下に展開を始めている。全ての戦力が地下へと差し向けられているということではなく、小型で機動力に優れた機械兵の「Dinergate」が主に投入されている。

 状況としては最悪だ。417は即座に遮断していたネットワークをオンラインに戻し、強引に回線を開いて呼びかけを行う。

 

「SIG-510! IDW!」

『417かにゃ!?』

『無事だったのですね!』

 

 入り組んだ下水道の中という環境だけあり電波状況は芳しくなかったが、回線はすぐに繋がった。おそらく回線をオープンにしたまま、リクエストがあれば即座に繋がれるようにとしていたに違いない。

 

「ご心配をおかけしました…それよりも、今何方に?」

『位置情報を送りますわ』

 

 送られてくる位置情報が示す座標を受信し、それを下水道の地図と敵の配置とを重ね合わせて全体のマップを構築。SIG-510達の位置と、Dinergateが投入された位置が近い。

 

「今すぐ走って逃げてください!全力で!」

 

 

 

 

「にゃ!? どういうことだにゃ?」

「それよりも合流を……って、なんですかこのデータは!?」

 

 417が送りつけたマップデータを受け取ったSIG-510達の反応は一様だった。両者とも自分たちの身に迫る脅威を十分に理解したが故の驚愕である。

 地図上では敵を示す光点が動き始めており、徐々に近づく進路を辿っている。このままのペースで進めば前方を塞がれ、撤退は不可能になる。

 弾の少ない現状、群れで襲いかかるタイプの敵と正面から戦った場合、SIG-510達に勝ち目はないだろう。急いで離脱を試みるべきなのだが、しかし――

 

「417さんはどうするんですか! 貴女は今一人でしょう?」

 

 417をまた一人で残すことを拒む感情が、SIG-510の声音を荒くさせる。

 

『後からすぐに追いつきます。それに、あなた達が逃げれば私の撤退の助けにもなります』

 

 しかし、あくまでも淡々とした声音で事実を告げていく417の声に思考は落ち着きを取り戻し、状況を正確に分析する。

 少し考えてみれば、417が言うように自分達が急ぎ撤退する意義はあると判る。敵に見つかることはどちらにしろ避けれない。だが、見つかったとしても出口に向かって走り、敵を引き付ければ後方の417に対しても脱出の可能性を作ることができる。

 

「……わかりましたわ、先に行きます」

 

 決断に迫られたSIG-510は、今度は躊躇わずに走り出す。共有した位置情報で417も走り出しているのを確認し、自身のやるべきことを強く意識する。IDWが安堵したような様子なのが非常にもどかしい。自分はそこまで不安に思われていたのか、と苦笑する。

 前から後ろへと流れていく古びたコンクリートの壁。視界の前方に、それが途切れている部分がある。

 二つの水路の合流地点――ここを通過したらDinergateは自分達を捕捉する。

 

「……、敵だにゃ!」

「ええ、逃げますわよ!」

 

 数歩先を走るIDWが敵発見を告げる。SIG-510も、通過する時、417から共有されているマップデータ通りの位置にDinergateの一群を視認した。

 417がどうやってこのデータを手に入れたのか、あまり想像したくはないが、きっと先程交戦した際に何かをしたのだろう。

 

「追加のグループだにゃ!」

 

 考えながらも走り続けていると、また別の水路との合流地点に差し掛かる。新たな敵グループとの接触を告げられるが、想定の範囲内だ。しかし、予想を上回りこちらに近い。

 最初に接触したグループからの情報を受け、即座に行動したのだろう。敵軍の指揮は相当に優秀であるらしい。

 後ろに一瞬だけ向けると蝗の群れのようなDinergate達の目、目、目。これらをどう排除するべきか、417と合流しても明らかに弾が足りない。

 考えながら、先行するIDWが曲がり角に差し掛かる。データマップ上、敵はいない問題なく進めるはず。

 

「うそ、正面っ!?」

「やりますわよ!」

 

 しかし、その予想を裏切って、正面に戦術人形らしき陰が塞ぐように待ち構えていた。

 彼女らは一様にゴーグルを装着し、こちらを見た途端に射撃態勢に入っている。存在想定外の事態ながらも、SIG-510とIDWは銃口をその一団へと向けようとして――

 

『伏せなさい!!』

 

 グリフィンの回線で送られてきた命令に、考えるよりも先に身を伏せた。

 直後に下水道内に響く、不揃いな各種口径の銃声の大合唱。装甲を貫く音がそれに混じり、静寂であるはずの下水道は頭が割れるほどの爆音に二人は思わず耳を塞ぐ。

 

 時間にして僅か数秒。

 その間に、SIG-510達の背後に迫っていたDinergate達は殲滅されていた。

 

 一団は射撃態勢を崩さないまま近づいてくる。よくよく見れば、彼女らは暗視ゴーグルをつけているが、その服装は鉄血のように規格化されたものではなく民間人のそれに近い。グリフィンの戦術人形の特徴だった。

 コマンダー役と思われる、長いARを持った人形が指示を出すと3体の人形がその場を離れる。状況的に撃ち漏らしの確認と、周囲の警戒をしにいったのだろう。

 残った2体の人形がSIG-510達の目の前までやって来る。亜麻色のサイドテールを揺らしながらゴーグルを外し、柔らかく微笑んだ。

 

「D08地区司令部所属、FAL。私達が助けに来たからには安心して」

 

 FALと名乗った人形はそこで一度言葉を区切って、改めて二人を見てから首を傾げる。

 

「要救助者は三人居るって聞いていたんだけど、もう一人は?」

 

 その内心を代弁するように、FALの隣に立つ人形が口を開いた。銀のツーサイドアップを左右に揺らし、何かを探すように周りを見ていた彼女はゴーグルをつけたままSIG-510達に顔を向ける。

 

「こら、挨拶しないのはナンセンスよ」

「あ…うん、ごめん忘れてた」

 

 うっかり、と非礼を詫びた彼女はFALと同様にゴーグルを外してSIG-510とIDWをその瞳に映す。

 

「D08地区司令部所属、HK417。ややこしいと思うから、作戦中はHK417-rfって呼んで」

 

 彼女の名前を聞いたSIG-510とIDWは、しばらくの間、開いた口が塞がらなかった。




ブルンバスト!(挨拶
カカオの錬金術師さんからキャラをお借りしました。
この場を借りて御礼申し上げます。

「元はぐれ・現D08基地のHK417ちゃん」はいいぞぉ……
ダミーの動かし方とか特にいいぞぉジョージィ…



今後の予定は次話投稿の前に番外編みたいなので一話今週中に投稿する予定。
本編には関わらない内容ですが、気が向いたら読んでやってください。
それではノシ
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